第59話

 ♦♦♦


 それから数刻後にユピクス王国軍の本陣にある、ウルタルとバインク、及び指揮官のいる天幕に、マヘルナ王国の王族である第四王子コランタンの捕縛が伝えられた。戦端が開かれて実に3時間半を少し過ぎた頃であり、かなりの短時間の間での出来事である。その報告に先触れとして来た伝令役の兵士が話す内容に、天幕内が騒然となった。しかし、もたらされたのは報告は吉報も吉報、うまく事を進めれば、速やかに今起こっている戦争が収束されそうな内容であった。


 ただ、どうやって捕縛したのか、事の経緯を説明されるのだが要領を得ない伝令の言葉に、天幕内にいる誰もが人違いか替え玉の可能性を考え始めていた。それから大体40分ほど掛かるかどうかと言った頃、悶々とする雰囲気漂う天幕の中に、オルクスの乗った馬車が、捕虜を乗せた馬と共に本陣にある天幕の付近に到着したと連絡が入る。


「マヘルナ王国の王族という者を連れてまいりました」


「待っていた。即、ここに連れてこい!」


 報告に来たのはサイラスと他に数名の兵士。それ等に連れられて天幕に姿を見せた者に天幕内の視線が集中する。そして――。


「間違いない。彼は第四王子コランタン殿だ。幻術やその他の魔道具は所持していなかったか?」


「調べましたが所持品には、それらしき物はございませんでした。オルクス殿からも、その類の魔術や魔道具は検知されないと言われております。こちらがコランタン殿が所持していたものです。王家の紋章がいくつかの品に入っているのを確認しております」


「そうか、でかした。大手柄だ、本当に良くやってくれたぞ。しかし、伝令では捕らえたのはオルクスだと聞いているが、そのオルクスはどうしている?」


「はっ、未だ目的を新たに実行中とのことで、馬車にて我々が想像も及ばない方法で敵の指揮官や階級をもつ者を探索し無力化されています。こちらにある書類の人物達はもう無力化したと」


 サイラスが手渡してきた書類の束を目を点にしながらめくりつつ机に置いていく。置かれていく書類を他の指揮官も拾い上げて目を通していくにつれて、どよめきが天幕を支配した。それは敵軍の指揮官や階級持ちに関する書類だ。無力化したということはもうこの世にはいないという意味だろうか? それとも手傷を負わせたぐらいの認識だろうか。そう皆が思っていると、サイラスが察したように付け加える。


「無力化とは、負傷ではなく殺害したという意味でお受け取りください」


「本当にこれだけの人間を、階級持ちに的を絞って殺害したのか? サイラス、お前はその現場を見たのか?」


「間違いなく。最初はコランタン王子が砦の塔に姿を現したところから始まりました。コランタン殿の足を潰すと言い。その後に周囲にいた人間を手段は分かりませんがいらないでしょ? と言った次の瞬間には、言葉の通りになっている現場を望遠鏡で確認しております。それは、ここにいるコランタン殿も見ているはず。それにコランタン殿自身の足の傷はその動かぬ証拠であります」


 誰かが生唾を飲み込む音を立てたような気がした。だが、そんな事はどうでもいい。バインクが座り込んでいるコランタン王子に詰め寄り、事実関係を確認する。お前が砦の塔にいたときに起きたことを話せ。お前のその傷はどのようにしてついたものなのだ、と。


コランタン王子の言葉は支離滅裂な部分もあったが、概ねサイラスの証言と一致している。その事実が、天幕にいるユピクス王国の王族と、指揮官達の心胆を寒からしめる。あれが敵側であったら、と。誰もが自分の死を予感しない者はいないはずだ。場の雰囲気が緊張に包まれる中、天幕の外から伝令の兵士が声を上げながら入ってきた。


 敵の動きが見るからに鈍く、号令があればすぐにでも攻め落とせる状況に相手を追い詰めていると。その伝令が去った後、サイラスがオルクスが言っていた事だと伝えた上で述べる。


「敵の指揮官や階級持ちを少しは残しておくと言っておりました。正確には多少の部分は省きますが、“頂いた資料にある敵国の指揮官や階級の高い者、有能な者達は順調に無力化できています。ただ、残りの役職持ちを全部処理すると、混乱が生じて敵が引くか、無策で力任せに押し込んでくる可能性があります。前者であればいいのですけど、後者ではこちらの被害が増大しますから、戦端が開いてから早3時間弱と言ったところでしょうか? ただ、やるなら早目に降伏勧告を行う用意しておくべきでしょう。敵側の心情的には指揮官がいなくても見た目の数が目減りしたわけじゃありません。状況が分からず混乱しているけど目の前に敵がいるこの状況下。相手が素直にこちらの言うことを聞いてくれるのか。やってみないと分かりませんからね”、とのことでした。時間についてはその話をされた時の時間を指しております」


 サイラスの告げた言葉に、バインクがハッとした表情になり、急ぎ伝令に次のように連絡を回す様にと伝えた。


「そちらの国の第四王子であるコランタンなる人物をこちらで預かっている。戦闘の意思がなくば砦から退避し、即刻明け渡した上で交渉のテーブルを用意するが良い。さもなくば、そちらの国は、王族を見捨てても砦や領土をかすめ取る蛮族であると自ずと証明することになるぞ、とな。急げ! 外にいる味方の指揮官とそれぞれの階級持ちにも知らせていけ! 敵が暴走する前に決着をつける!」


 それから情報が錯綜した敵国側に何とか降伏勧告を受け入れさせたのは1時間近く経った後だ。その後も数時間、戦闘ではなく敵の退却を待つという待機で時間を浪費することとなったバインク等ユピクス王国側は、砦と一定の距離を保ったまま待機と休息することとなった。戦争はただ勝てばよいと言うわけではないという事をバインクは分かっていると言うように、ユピクス王国側から交渉の扉を開けたという事実を作りながら交渉を有利に進める考えでいるようだ。



 ♦



「オルクス、功労者の一人であるお前が、いつまで経っても俺達の前に姿を見せんとは、どういう了見か問い質しに来たぞ」


「お邪魔するよ?」


 そう言って僕のところに来たバインク殿下とウルタル殿下。僕が乗る馬車に仲良く滑るように乗り込んでくるのだから止めようがない。馬車の中でバインク殿下が見た光景に一瞬目を点にしたが、サイラスさんとは違い再起動までの時間は早かった。ウルタル殿下は、驚いて興奮しているみたいだ。


「これが、サイラスの言っていたものだな? これは、砦の中の様子を映し出しているのか。しかも誰からも気づかれずに中の様子がまるわかり、おまけに音声まで拾えるなどと……」


「おおー、なんだこれは! これは城で管理している、通信球のようなものの汎用版か簡易版みたいだなぁ」


「お二方、総大将が天幕におられなくてもよろしいのですか? 私は、敵が砦を放棄する際に、置き土産的な罠などを仕掛けていないか監視しているところです。お二人に何かあっては、砦を奪還しても喜べないですから」


 僕が言ったことにきょとんとした表情をした殿下二人は、我に返って仰る。


「私達の為にやっていたのか」


「お前はどこまで先を考えて行動している。確かに取り戻した砦の内部をくまなく探査するとはいえ、お前がそこまでしなくても良かろうに」


「確かに私の仕事ではないでしょうけど、気になると調べたくなるのが私の性分でして……。そろそろ砦の人間が減り始めていますが、物資も根こそぎ持っていくんでしょう。それにかなり手間取ってるみたいですね。馬車の数が全く足りてないのに、横着して欲張るから……、あ、転んだ」


 鏡に映る映像を指して、敵軍の様子を窺う。両殿下も敵兵の様子に呆れるなり、叱咤するなりで頭を抱えている。こんなことで時間を潰されるこっちの身になってほしい。


「この無駄な時間を有効にするには、相手に物資を諦めさせるしかないんでしょうけどのんびり待ってたら数日かかるんじゃないでしょうか?」


「そうだな。こんなことで時間を浪費させられていると知ると本当に頭にくる」


「オルクス、何か手はないかな?」


「そうだな、お前ならなんとかできるだろ?」


 そんな二人して僕を何でも屋みたいに扱わないでほしい。だけど、確かにこれを待つのは苦痛だな。時間の浪費であることに変わりはない。それに、今度は北西の方でも仕事しなきゃならんのだし、足止め食ってる暇はないのは確かなことだ。仕方がない、か。


「それでは、お二人にも手伝って頂いてもよろしいでしょうか?」


 僕の考えを馬車の中で二人の殿下に話す。僕が考えた安全かつ効果的な方法。それを実践してもらい、さらに効果を上げる打って付けの方法を伝える。



 ♦



 それは、未だ砦から資材を持ち出すマヘルナ王国の兵士達の前に突如として現れた。


『私の名は、ユピクス第二王子ウルタル』


『俺は、ユピクス第一王子バインク。そちらの国の第四王子コランタン殿を預かっている』


 二人が、互いの間を開けて、その間に腕を後ろに縛られ、椅子に座らされている状態のコランタン王子の姿。それを見た兵士達が数人で飛び掛かっていくが、彼等が目の前の三名に触れられることなない。


「げ、幻影、か!?」


 誰が言ったか、その答えに対して応えたのはウルタル殿下。


『当たり前だろ? 襲われると分かっていて敵軍の懐に飛び込むわけないじゃないか。というか、名乗りを上げた僕等を見て誰か分かった上で飛び掛かってくるなんて、国の品格が知れるってものだね』


『言ってやるな。明け渡す砦の物資を足りない馬車で運び出そうとして躍起やっきになっている連中だ。余程国が困窮こんきゅうしていると見える。交渉の際に王子が偽物だ何だと難癖を付けられるのも時間の無駄なのでな。そこにいるお前達の中で階級が高い人間を複数出せ。ここにいるそちらの国の王族が本人かどうか見定めてもらおう。と、思ったが人を待たせるのがそちらの専売特許らしいからな、待っていても埒が明かぬか。おい! そこの階級章を持っているお前とその後ろの奴、それから馬車の陰にいる奴も出てこい。こちらからはお前達が見えている事も分からせておく。名前と階級を言え。交渉の際に証人として呼び出してやる』


 バインク殿下に指名された三名は、それぞれが自分の階級と名前を言う、が。


「三人共違う! お前達の咄嗟とっさに考えた偽情報などが我等に通用すると思ったか? 階級は階級章を見ればわかるので合っているが、死んだ上官の名前をそれぞれ使うとは……。どこまでも見下げ果てた連中だな。右から順にお前達の名前、家族構成などを言い当てて行ってやろうか? 最初は向かって右側のお前だ! お前の名は――」


 それからの出来事は彼等にとって地獄であった。バインク殿下にことごとく、自分達の名前から家族構成、その他の趣味や性癖など、公にしたくない個人情報を散々言われた三人は、見るからに顔が真っ青だ。止めたくても目の前にいるのは幻影だという事実。バインク殿下はそれを何でもないようにふん、と上から目線でさらにこう告げた。


「今までのやり取りも記録しているぞ。交渉に役立ちそうだな。これが公になれば、お前達の家は取り潰しでもされるか? ゆえに階級も剝奪だろう。他にも道連れが欲しいならここに呼んで来い。貴様等の詳細な情報を握る俺の前で、やめてくれ、許してくれと懇願こんがんするほどの個人情報をばらまいてやるぞ?

 さぁ、どうした? お前達だけが損をして、周囲の奴等は御咎おとがめなしだ。悔しいだろう? 道連れに恨みのある奴でも連れてこい。そうだな生きている人間であれば誰でも良い。恨みのある上官でも良いぞ? 階級が高ければ高いほど尚良い……。駆け足だ! 一秒でも早く俺の前に連れてこい! さもなくば、次は国のど真ん中でお前達の情報をばらまくぞ!」


 三人は互いを一瞬見た後、一斉に周囲を見回した。殿下達の話を聞いていた者は一様にその場を逃げ出す様に駆け出しながら、つまずいても、人同士がぶつかって倒れてもお構いなしに、元あった自分達の国境を守る砦に向かいながら一目散に走り続けているのが見える。荷馬車を拾っていく余裕もないらしい。見ていて実に滑稽だ。


 その間、バインク殿下の脅し文句に、上官らしき人間を連れてくる三人。そして、再び始まるバインク殿下の個人情報の暴露オンステージ。それが何度も繰り返され。階級持ち達が出そろい始めた。今までどこにいたのやら……。その人物達は、二人の殿下の間にいる人物がマヘルナ王国の第四王子コランタン殿下であると全員が断言した。


 これで、交渉に滞りは出ないだろう。そろそろ、彼らを解放してもいいのではないだろうか。僕が、そろそろステージの幕を下ろすよーにジェスチャーする。それを見たバインク殿下が少ししぶりながらも残念そうに幕引きの言葉を告げる。その隣で少し困った顔をしているウルタル殿下。


「そなた等の国のどこでいつ、どんな情報が出るともわからん。だが、決して他人事だとは思うなよ? 貴様等の動きは情報として、どこでどのように拾われ見られているか心しておくことだ。それと最後に、交渉役や国王に王族、国にいる階級持ちにも伝えておけ、今後も我が国と事を交えるなら覚悟しておくことだ。戦場にいなくても油断していれば不意に死んでいる者が出るかもしれん。遠くにいても寝首をかかれないとは思わぬことだ、とな」


 ウルタル殿下がクスクスと笑い、バインク殿下がクククと笑いそこで映像を消す。相手にどういう心境を与えたことだろう。バインク殿下はすっきりしたような表情でとても愉快だと言いたそうな珍しい表情を見せている。その横でウルタル殿下が楽しそうに感想を漏らす。


「あれだけやり込められては、相手からしたらたまったもんじゃなかっただろう。兄上も独壇場で容赦ないしね。言葉だけで人の表情があれだけコロコロ変わるのは見ていてかわいそうなくらいだったよ」


「もう、こっちはひやひやものでした。あ、……目隠しと防音しとかなきゃ」


 僕はインベントリから、耳栓と目隠しを取り出し、未だ項垂れているコランタン王子の後ろから近づき、手早く目隠しを彼の両眼に貼り付け、耳栓を耳で塞ぐ。すると。


「うわああああ。な、なんだ目が見えん! 音も聞こえん! うぎゃあああ! だ、誰かぁああ!!」


 いきなりだったのがいけなかったのかな? 喚き回る口にも栓をしてやる。全て魔道具屋で買ったものを少し改良したものだが、効果は期待以上。マティアの作るものは僕の期待を裏切らないな。ネーミングセンス以外は……。


静かになった、もとい静かにさせた王子を待機していた兵士等に連行させる。体型ゆえにその体重と装備品が重いらしい。苦労しながら外に運び出そうとしている兵士にストップをかけて、装備品を片っ端から剥ぎ取り自分のインベントリに放り込む。これで少しは重さがましになったのではないだろうか? 再び運ぶ兵士等にお礼を言われながら敵国の王子が運び出されるのを見送る。止血の応急処置もしたし、軽く治癒を施しているので問題はないだろう。


「はぁ……。バインク殿下はちょっとやりすぎですよ? さりげなく情報を持っていない兵士を見逃す様にもっていきましたけど、把握してる人物にも限度があるんですから、向こうに分からない様に資料を拡大しなきゃボロが出てるところでした」


「許せ、ああいう場面を一度は経験したいものだし、ボロが出てもお前の事だ、フォローぐらい何とでもできただろう?」


「出来ないとは言いませんが、するべき場面ではないのに無駄に手の内を晒すのは好きではないんです。僕を何でも屋みたいに扱うのはおやめ頂きたいですね」


「ふふ、お前のそう言うところがまた何とも言えんな。色々と引き出しを持っているびっくり箱みたいで俺は楽しいぞ?」


「同意ですね。種明かしがされないのが、余計に興味を引きます」


 僕は二人の殿下にからかわれながら分かり易く不満顔をして見せる。それが二人の笑いに拍車をかけたようだが、僕からしたら扱いに抗議したくなる。だが、そんなことしてる間に砦の制圧が完了した。砦の罠や改良した痕跡を探すのは兵士達の仕事なのでお任せするとして。予想以上に早く奪還できた砦に、僕は一息ついた。


 一息入れて次は北西のヘーベウス王国に向かわなければならない。一応早目の報告が良いだろう、とユピクス王国にいるフォルトス陛下とヘルウェン王国にいるラクシェ王女に念話を送って一時報告をする。二人とも喜びの度合いと言うかベクトルはさすがに違うように感じるが、フォルトス陛下の方は二人の殿下の無事と、敵国の王族を捕虜にしたことに重きを、ラクシェ王女は純粋に僕の心配をしてくれた。


 今日は砦で一晩過ごす予定らしい。僕は自前の馬車で十分だ。我慢していたトヨネの入れてくれる飲み物を心置きなく堪能する。さすがに馬車に水浴びできる機能などはついていないので、お湯を用意して身体を拭くことにする。お風呂のようにさっぱりした感じはないが、戦場の土埃で汚れた身体を拭くことでゆとりが持てた気がする。


 明日の朝は早いらしいので就寝はいつもより早めだ。改造した馬車の恩恵が実感できる場面だ。背もたれを後ろに倒して横になる。靴を脱ぐと圧迫感が取れたような小さな開放感を得る。さて、食事は頂いたし、着替えも済ませた。今日は一日お疲れ様だよ。僕は小さく横になり、そのまま意識を手放した。



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