第95話
でさ、今日は生憎の雨みたいなんだよ。ただ、行く場所は馬車で通れるところだから問題はないけどね。先に到着したのは移転後の役所。正式名を職業斡旋所、そのままやん。ちなみに、庶民からは役所か
僕の馬車が裏道に入り、職員の出入りに使われている出入り口の方に回って停車した。前もって旧館となっている場所に配置した従者達からの連絡だと、もうこちらに来る者はいないという事だった。ならばもうその旧役所には用はない。と持ち場から撤収して休むように伝えた。
そいて、僕が馬車から少し濡れてすぐに役所内に入る。役所の人間達は仕事にかかりきりでいるようだが、書類整理の一貫だろう職員に声を掛けて、所長の席に行くことを伝える。ここで僕が誰かなんて言うのは誰も聞いて来やしない。そんなの周到なヘッケン所長が通達をしていないということはないはずだ。
「オルクス様、お久しぶりです」
「ビスラ補佐役」
「今日来られるのは聞いてましたので、所長は執務をしながらお待ちですよ」
「では悪いけど、行かせてもらうよ」
「ごゆっくり」
そう言って彼女は仕事に戻っていった。その彼女の後姿を見送り、奥にあるらしい所長室にノックをして名前を告げる。中からどうぞと声がかかったので中に入らせてもらうことにした。
「ご無沙汰しています。ヘッケン所長。お身体の方はもうよろしいのですか?」
「ええ、派遣されてくる神聖術師の方が見事な腕で、私も持ち直させてもらった。書類の書式も確認しやすく、書き入れる面も少ない。判子で十分になった面もあるので大変スムーズに仕事ができているよ」
「それはよろしいですね。ちなみに派遣の人手、人数を徐々に減らしていっていますが」
「ああ、最初は戸惑いもあったが、整理番号の案を採用して問題なく。人手もそろそろ、うちの職員だけで事足りそうだと思うが」
「そうですか。では明日以降はそちらで人員整理をお願いします。従者達も1月以上人員整理ばかりでしたから。そろそろ職場を移動させようと思っていました」
大変世話を掛けた、本当に助かったよ。そう言って握手を求められた。
「それは良かったです。所長に倒れられては回らない職場ですから。補佐役と上手く回して休みも取ってくださいね」
「ああ、人員が増えたし、役所も広くなった。十分10日に2度の休みは取れるようになったよ」
「ちなみに、今問題になっていることはありますか? この後発行所に挨拶に行く予定なんですけど、言伝でもあれば」
「いや、今のままで安定しているから問題はないかな。あるとすれば、仕事の怪我で治療院が困ってるという話を聞いた。現状の確認をできたらしてもらいたいが、頼めるかね?」
お安い御用です。僕がそう言ってもう一度所長と軽く握手してから、役所を後にした。一先ずは発行所に行くべきか? お世話になりっぽなしだからな。僕はケンプに馬車を発行部へ向かうように伝えた。
♦
発行部に寄り、大将と呼ばれる人が指示を出しているのを見て、邪魔にならないように近づいて挨拶を述べる。
「この度はご尽力に感謝を。役所は何とか問題なく動くようになりました。今日は生憎の雨ですが。これを……」
「おー、蜂蜜とクッキーじゃん。休憩の時にもらうよ。それで書類の方は変更なしでいいんかね?」
「ええ、このままでいいそうです。また変更があればその時に伺いますので」
「あいよ。まあ、急すぎる変更じゃなきゃ何とかしてやるからさ。また来なよ」
大将と呼ばれている人だが実は女性だったりする。体格はかなりガタイが良いが、ちゃんと女性である。そこだけは言っておかないと誤解が生じるので今更ながら付け加えておく。
「はい、それではこれで」
僕はその挨拶で、お
「ケンプ、次は治療院に移動してくれ。どういう状況か見ておきたいからね」
「かしこまりました」
馬車はほどなくして、街の中央寄り城に近い場所に建物を構えた場所に到着する。
「表は凄い数だな。これは裏口から行くか?」
建物まで距離がそれほどない、なので傘は不要と言っておいたが、土砂降りに少し晒した服には雨粒がついているのを、今日の担当メイド、ケーイが僕の身体を軽くタオルで拭う。
「ありがと、それにしてもあそこでへたり込んでる連中は、魔力切れっぽいね。ちょっと声かけてきてくれる?」
「はい」
ケーイに声を掛けられた、床にへばっていた職員、でいいんだよな? 彼等は急にきびきび動き出してこちらに早歩きで近づいて来た。
「ヴァダム伯爵。ようこそろおいでくださいました。見苦しいところをお見せして申し訳ありません」
「魔力切れでしょ? 休んでいると良い。院長にご挨拶に伺ったのだけど。面会はかなうだろうか? 役所のヘッケン所長から、こちらが大変そうだと聞いて来たのだけど」
僕の言葉に目を瞬きして、互いに顔を見合わせた職員達は、実は……、と話を語り始めた。
役所の立ち上げ以降、治療院に人が来る頻度が高まり、神聖術師あるいは、水属性の治癒術師の人員が不足するという事態に陥っているそうだ。そう言う話があるならもっと早めに、話を上げるべきだろうと思うのだが。院長の性格が呑気なものらしく、一時的な事だろうと話を上にあげていないそうだ。
なんだそれ、見誤ったってレベルを通り過ぎて、どこのだれにも相談していないとはどういう了見だ。困るのは院長本人もそうだし、職員の事だってある。僕は話を聞いて溜息をつきたくなるのに耐えた。
「兎に角、院長と話をさせてください。どちらにおられるのか、案内してもらえますか?」
「は、はい。ではこちらへ」
案内中も、職員は愚痴に等しい言葉を述べ、出来るならなんとかしてほしいと懇願してきた。何とかするのはやぶさかではないが、先ずは院長と話をしないと始まらない。案内している彼に同席を求めると、私がですか? と嫌そうな表情を返された。
「他に適任者がいるならその人をすぐ連れてきてください。話は対峙してするにしても、現状を良く知る人間と、部屋に閉じこもって何してるか分からない院長。二人を相手にして話した方が効率的でしょう」
「では、マリリン殿をお連れします。院長と話をいつもつけてくださるのはマリリン殿ですので。すぐお呼びしてまいります」
そう言って、僕を通路に置いてけぼりにして行ってしまった職員A、もう彼のことは職員Aで良いだろう。僕の中で治療院に対してのイメージがガラガラと音を立てて崩れていくようだ。時間にして15分と言ったところか。息を切らした女性と、それを急くように促す職員A。
彼女が言っていたマリリンと言う女性だろうか。
「お待たせしました、ヴァダム伯爵。こちらが、マリリン殿です」
「ハァハァ、伯爵、お待たせして、申し訳ありません。来てくださったことに、誠に感謝します」
「貴女も魔力切れ寸前なんですね。院長と話をする前にどこかで詳しい状況をお聞かせ願えませんか? 人手が足りないというならば、僕の医療に携わる従者に応援を呼ばせますが――」
「本当ですか!? すぐ、今すぐお願いします」
「ケーイ、すまないが医療班を総動員して屋敷から連れてきておくれ。僕は彼女と話をするから、ケンプと共に事に当たってほしい」
「承知致しました」
「助かります。伯爵の従者はとても腕の立つ術師が揃っていると聞いております。これで少しは、赤札連中も収まるでしょう……」
「何処か部屋で話せませんか?」
「失礼しました。貴方、受け入れの準備をして、ちゃんと給金は伯爵の医療班に回すのよ? 不正なんてしたらただじゃおかないからね?」
「分かりました。しかし、院長にはお伝えしなくても?」
「私の責任と権限で受け入れる。急ぎなさい!」
「は、はいー!」
♦
マリリン殿についていき、途中にあった応接室らしき場所に着いた。今からどんな話が出てくるのか心の準備をしておく。
「改めまして、私マリリンと申します。元は貴族でしたが、おてんばな私の言動から、親には
「とりあえず、そこまでは理解しました。先ほどの赤札と言うのは、僕が考案した仕事場で怪我をした人宛に配布された、治療費削減の事であっていますか?」
「さようです。画期的なものだと思って、私も賛同しました。これで高い医療費を少しでも下げて、病気や怪我の費用が浮けばどれほどの人が救われるだろうと……。ですが、実際の今の治療院では、それが大きな問題と言うか、言いにくいのですが、問題視されています」
「遠慮せず、問題点を挙げていってください。それを解消するのも僕の仕事ですので」
「では……」
彼女から聞いた問題点は大きく分けてこの3つだ。一つは赤札の受給者が不正している可能性。赤札の怪我の水増しで関係の無いところまで治療することになっている可能性。また、それに治療する側の人手と魔力が追い付いていない問題。これは僕の落ち度だな。人を信用し過ぎて人任せにしている点を悪用されたというべきか。
宰相様に、この赤札の発行許可を一般に任せる危険性は話し合ったはずだが、様子見でやったことが裏目に出たか。やはり現場監督だけでなく、視察者は必ず現場にいなくてはいけない。それも複数で現場検証ができる組織が必要だ。
「申し訳ない、前者の2つの点は、こちらの責任でもあるので早急に対処します。これは早急に手紙を出して、宰相様と打ち合わせをします。人員の不測の件は、状況が収まるまで、こちらでも手を打ちますので人員の補充はしなくてもよくしましょう。収入は減りますがそれはご了承ください」
「いえ、いつまでこの状態が続くのかと、やきもきしながらも報告を上げなかった我々にも問題はあったのです。恐らく私の思い過ごしでなければこの、赤札の不正には現院長ヘレエルン殿が何かしら関わっている、そう思います。ただ根拠はないのですが……」
分かりました。院長にも一度お会いしてみましょう。何故報告を上げなかったのか問い質さなければなりませんので。僕はそう言って席を立った。彼女にはヘレエルン院長の執務室へ向かう案内を頼んだ。
長い通路と言うほどでもないが、5分ほど歩いて到着した部屋は、何と豪勢な作りだろうか。元々こうなっていたのかは知らないが、変なところにお金かけてるなと思いながら、マリリン殿がノックをして部屋への入室が許可された。
さて、ここからが僕の仕事だが。まずやる事は決めている。
「ヘレエルン院長ですね。初めまして、ヴァダムと言います」
「ようこそ、伯爵自らの御来訪とは、何かありましたかな?」
「役所と発行部に挨拶を兼ねて視察した際、治療院が何やらお困りだと耳に挟みまして。窺って話を聞いていました。赤札の件で何かと負担があるそうで、伺った限り問題として報告を上げないのはどうしてかと思いましてね」
「いやはや、もしかして、でなくとも君がここにいるという事は、伯爵に何でもないただの仕事がかさましになった程度の話をお伝えしたのかね? いや、彼女は仕事に熱心過ぎましてな。何でもないことを問題にしたがるのですよ」
「……そうですか。ところでここの部屋は凄く豪勢ですが、前院長の頃からの者ですか?」
「いえ、その扉は私が院長になる際、何方でも迎えられるように少し際立ったものにしただけです。お気に召しましたか?」
「ええ、それはもう。では、院長はこの現状で問題がない。そう仰るんですね?」
「勿論ですとも、さあて。私もやる事がありますのでこれでお引き取りを願えますかな?」
「ええ、では」
僕は院長に手を出して握手を求めた。
「これからも、良い運営をお願いします」
「誠心誠意尽力いたします」
そう言って5秒、互いに目を合わせて手を取り合った。
♦
僕とマリリンはそのまま院長室をでて、先ほどの応接室に入った。
「サイレントを掛けるけどいいかな?」
「あ、はい、どうぞ」
僕は指を鳴らし魔術を発動する。
「短いやり取りであったけど、貴女の話は信用できることがわかった。それだけでも収穫だったよ。後は少し時間をもらうけれど、彼にはあの席は相応しくない。貴女は院長の席についても問題ないだろうと思うが。派閥が煩いならそれも何とかしよう。どうだろう、この場所を守る為に協力してくれるかい?」
「そ、それは勿論!」
「じゃあ、僕も用事ができたし、今日は人手を派遣したが、明日からはしない。明日からは別の場所に、治療院を仮設として用意するよ。それで収入が減っっても、あの院長が何も言ってこなければいいけどね」
「それは無理でしょう。彼は元々金の亡者でしたし、妨害を掛けてくるかもしれません」
それはいい。来た相手の背後関係を根こそぎ洗い出してやるさ。僕がそう言うと驚いた表情でこちらを見てくる。
「貴方様は……」
「僕が怖い人間に見えるかい?」
「い、いえ……」
「表情が引きつってる。嘘をつくならもう少し面の皮を厚くした方が良いだろうね。僕や宰相様の計画を利用してズルする連中の末路なんて、大抵決まってるよ。君はそのままの君でいればいい。後はこちらで何とでもしてやるさ」
大変だろうけど少しの辛抱だ。そう言って僕は自家用の馬車に滑り込む。さっき握手したことで相手の記憶はばっちり読み込めた。後は関係者を芋ずる式に引っ張り上げてやるさ。
僕が次に向かったのは宰相様のところだ。国の頭脳であるトップにやすやすと会える者もそうはいないのだろうが。今はそんなことをとやかく言っている暇はない。
「火急の用とは、いかがしたかね」
僕は宰相様に短い時間をもらい、現場で起こっている赤札について、懸念していたことが実際に起きたことを告げる。宰相様は唸ったが、僕が解決案を言って、対処してよいか裁可を頂く段になると。
「既に相手のしっぽの一端は掴んでいるのか? 頭が良く回るな、よかろう。許可を出す。この国の治療院に巣くう狸のしっぽに火をつけてやれ。いかようにでも踊るだろう。それと保険の職員のことは了解した。人員の移動をすぐに見繕って用意させよう。ただ、5日ほど時間をくれると助かる」
「旧役所跡地を使います。問題なければ数日で相手から言い寄ってくるでしょう。邪魔したいのならひっかけてやります。それで辿り着いて見せますよ。元凶まで」
「任せる。後は頼んだ」
「はい、では失礼します」
未だ雨の続く中、僕は旧役所の立て看板を一枚増やし、このような告知をした。“治療院にて治療が行えない人達へ。赤札の患者が優先され病気や怪我が治療できないとお困りの方へ、救済処置としてこの役場跡地を治療院の補助的立ち位置として利用できるようになった。動けない患者は申し込みの上、現地まで人員の派遣を行う。尚、この役場の責任者は、オルクス・ツオ・ヴァダム伯爵である、意見や異議の申し立ては、役場の人間ではなく
値段設定は治療院と基本的に変わらない事と、赤札が優先されない場所という事もあり。一般の市民や貴族でも、優劣がないものとなっていることが評判を呼んだ。普通の治療院よりも丁寧な対応であると、治癒が完全にされることからも、第二の治療院として、すぐに噂が広がった。
♦♦♦
そしてヴァダム伯爵が動くことで、民に何かしら善い行いが行われるという噂は、オルクスの意図とは別に発生するようになったのもこの頃が、一番のピークである。それにあおりを受けて被害を被ったのは、赤札を優先させる治療院の存在であった。対応は雑であるし、魔力が尽きて治療が中途半端な場合もある。赤札を優先する癖に、人手不足だからと理由を付けては、患者を放置する治療院の対応に、とうとう堪忍袋の緒が切れる患者達は、すぐにその治療院を見限って離れていった。
ちなみにオルクスが設置した治療院は夜間でも営業をしており、ちゃんと申し込みをすれば診てもらえる。加えて緊急の患者が来てもやはり、対応は変わらない。後からちゃんとした手続きと医療費は必要となるが。治療院としての立場を確立したものである。
これに対し、オルクス宛に感謝状が日々送られるが、オルクス宛の手紙でこういうものが多い。多すぎると問題なので控えてほしいと、看板が新たに更新されて、民衆の話題となった。
それに対して、赤っ恥と言うか面目を潰された、赤札を優先する治療院は、経営不振に陥りそうになるほどの患者の激減が、漸く影響が出始めた頃。この男が動いた。ヘレエルン院長その人である。
7月に入りかなり気温が上がってきた今日この頃。異議申し立てをしに旧役所に顔を出したところで。話を聞いてもらえずにとんぼ返り、看板に書いてある通り、意見具申はオルクス・ルオ・ヴァダムまでと丁寧に書いてある立て札を力任せに蹴り。逆に自分の足を痛めたはた目から見れば馬鹿らしい男の姿が、ついに学院に通っているオルクスのところまでやって来た。
学院に来たヘレエルン院長は、先ず教員のいる部屋に殴り込みに、もとい言い掛かりをつけに行ったが。そう言うことはヴァダム伯爵本人に責任能力が云々と相手にされず、漸くオルクスのクラスに来た次第である。
その頃のヘレエルン院長の目には他の生徒や教師など目に入っておらず。薄い黄色のクリーム色といった感じだろうオルクスの髪の色が廊下近くにあったのを、その手で掴みかかろうとしたところ、脇に控えていたアイリスが、ヘレエルン院長の腕をねじり上げて、そのまま壁に押し付けられた。
授業中の一幕にしてはあり得ない光景に、生徒もデインズ講師も、何事かとオルクスの後ろで未だ壁に押し付けられているヘレエルン院長の姿に釘付けになる。
「先生、ヘレエルン院長が僕に話があるそうです。少し席を離れてもよろしいでしょうか」
「え、ええ」
今現在算術の勉強である。オルクスが算術にかなりの実力があることを知っている担当教師のデインズ講師も問題ないと思ったようで、許可を出した。
♦
僕の執務室を使っても良かったのだが、力ずくで攻めようとして来た相手に警戒をしたアイリスが、職員室をと場所を指定してきた。確かに、この際何でもしそうだからな尻尾についた火を見事に消したいのだろうが、そうは上手くいかないんだよ?
「それで、ヘレエルン院長は僕に何かご用があって来たんですよね」
「何を今更、第二の治療院あれはどういう事だね」
「どういうこと? 言って言うる意味がよく分かりません。具体的に何がどう問題なのか仰ってください」
「我が治療院の一般の患者を取り上げておいてよく言う。そんなにこちらの邪魔がしたいのかね君は?」
「これは異なことを仰います。赤札を優先して、一般の患者に満足のいく治療ができないそちらの落ち度を、こちらはフォローしているのです。感謝されても邪魔とは酷い言い掛かりだ。患者さんがこちらを選ぼうとそちらを選ぼうと、それは自由意思の選択じゃないですか?」
「自由意思? 赤札の制度を作ったのは君じゃないかね」
「それが何か? 赤札の制度の目的は大きく分けて3つ。職場で怪我が多い働けない人の援助、職場に復帰するための援助、労働できない分で支払いに困窮する為の援助。職場を選り好み出来る一般の人よりも、医療に掛かれる頻度を高く、一定収入を得るための制度です。それが何か問題でも?」
「あれは、そう言うものではなく怪我人の多くを治療院に置くための制度ではないのかね。怪我人多ければ治療院は儲かる。その為の流れを作り出したものだろう?」
「は?」
「は、ではない。治療院にお金を多く落とす為に仕事場で怪我を容易に受けれる。それは、治療を安く受けられる人間を増やす為の事だろう? 赤札が優先されるのはその為ではないのかね?」
「貴方はもの凄く根本的なことが頭から抜けていますね。もうお引き取り願えませんか。貴方の勘違いで僕の授業は妨害された。妨げで邪魔ものなのは貴方ですよ?」
「なにお!?」
「良いですか? 赤札に優先権などというものはないんです。赤札は元々、さっき言った大きく分けて3つの大きな役目を担う制度だった。金目的のための道具ではない。貴方が多くの赤札を使い、何の病気も怪我もない人間、あるいは軽い怪我や病気の人間にも不正で赤札を現場監督に使わせているのを僕が知らないとでも? 今からその現場監督を引っ張ってきて、根拠を一つずつ引っ張り出してあげましょうか?
おや、どうされました。表情が硬く、顔色が悪くなってますよ? 証拠がなくてこんなこと僕が言うはずはありません。根拠と証拠、両方揃えて貴方の前に連れて行ってあげましょうか。今日、今から1時間もあれば拘束と移送を完了できるでしょう。貴方との関係をあらいざらい吐かせるのは見ものだ」
「そんな世迷言を」
「貴方が以前から、赤札を横流ししている現場ちゃんと上がってるんですよ? 見ます? 写真ちゃんととってますよ? 現場? そんなのすぐにばれます。ずっと貴方や他の共犯者をはっていたのだから。貴方の部屋の机の上から二つ目の引き出し、赤札の偽造に印鑑が入ってますよね。今から行ってその場で開けてくれたら貴方の首は飛びますね」
「何を馬鹿な……」
「嘘をついてると思ってます? 思ってませんよね? 実際にあるんですから。貴方の豪勢な執務室のこれまた立派な机のその引き出し。鍵付きの引き出しに……。今、どうやってしらを切ろうか考えてますか? 残念、貴方の後釜ももう準備できているし、証拠は揃ってるんですよ。実は、あの赤い紙、特別製なんです。ただの赤い紙に印刷したものじゃない。貴方が印鑑押しただけじゃ、不正って分かっちゃう仕掛けがしてあるんです。教えましょうか? 嘘だとか思ってます? ふふ、良いですよ貴方の前でじっくり見せてあげましょう。発行部の一握りしか知らない方法で作られた製法。証明して見せますよ。ただの赤紙だと思っていた愚かしい貴方には――」
「死ね! 小僧! 死ね! 死ねぇ!!」
ヘレエルン院長は懐から刃渡り30cmほどのナイフを取り出して僕に向かって振りぬこうとした。
「……で? あー、とうとうやっちゃいましたね……。こんな場所で僕を殺そうとか。もう後がないと思って焦りましたか? 本当に愚かしい。僕の警護が甘いわけないじゃないですか。講堂で止められておいてそんなことも分からないとは……。毒がついてるナイフですか。もう言い逃れとかする以前に、人間としてもう貴方はただの狸だ。尻尾に火がついてるのに気づかない。やっと気づいた頃にはヤケごげたしっぽと背中を丸出しにした、ね。今までご苦労さまでした。後の事は任せてください」
腕をねじられて机に叩きつけられたヘレエルン院長。結構早い段階でけりがついてよかった。僕はそう思ったが、アイリスからお小言を頂いた。我々がいるからと、相手を挑発するのは危険だと。その辺は反省しているが、いや反省したままでいよう。自分の身を危険にさらす主人など、従者からしたらとんでもないし、たまったものではないことなのだから。
職員室は騒然となって騒ぎに発展したのは言うまでもないだろう。回収されたナイフについた毒は、触れても危険なものらしい。そこまで思い詰めていたってことかな? まあ、事なきを得たので何ともないが。
その話はいつしか学院から外へ、街中に広がっていくのに時間はかからなかったようだ。人を小ばかに挑発するって案外楽しいかもしれない。いや、この思考は危険だ封印しておこう。僕は連行されていくヘレエルン院長を、いや、もう元かな、彼を見送るにとどめた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます