第96話

 ヘレエルン院長を含む、治療院及び現場監督者達の悪事が露見して7月がそろそろ終わろうとしている。ラクシェ王女からは、リホームが思いのほか長引いたが、いい具合にできているので、もう自宅通いをしてはどうか。なんて言葉をもらった。


 執務室案外使いやすいので、どうするか悩むところなんだよあなぁ。治療院もトップが入れ替わり、僕のとこからも魔道具である補充式手当キットを支援してあげているので、安定した運営ができているようだ。こちらも7月には第二治療院を閉鎖すると告知を出した。


 民衆の声は残念と言う声もあるが、第一治療院が運営の切り替えを宣言した6月の下旬、不正が発覚したことを公表し、お詫びとともに経営方針の改善を告知した。それもあって、第二治療院の閉鎖が成ったという理解が民衆に流れたようだ。それでも、僕が動けば何かが改善される、そう言う噂は絶えていないようだが、僕をそのような評価に祭り上げられても困るので、一度正式に告知をさせてほしいと、宰相様に相談した。


 願いは受理されたが、利用できることもあると言われ、オブラートに包んだ言い方で告知が流されることとなった。曰く、“ヴァダム伯爵の行動は、以前より計画されていた民衆の改善に当たり、その中で不備を説く為の行動であった。思い付きや付け焼刃の行動で陣頭指揮を行ったわけではなく、全てにおいて計画の一部であったが為の行動である。”全ては計画の一貫である、オブラートに包んでもこの表現なのだから、どうしたものかと思うほどだ。



 せめて、何事も優劣はあると付け加えてほしかった。何でもかんでも上手くいくなんてことはないのだから。さておき学校の行事で差し迫っているのは生徒会の委員の決める為の投票に、6月中に決めた球技大会の選手表。その一覧を提出済みではあるが。あー、僕でないよ? 魔術を使ってもいいとかなら出たんだけど、純粋な身体能力では僕は役に立てないからね。


 代わりにBGMの件はコネッチス先生に了承を得ている。選曲は先生や放送委員達の方で決めるという条件ではあったが、そんな些細な事はお任せすることになった。


 生徒会の方はもう、殿下達三人に6年生の書記が一名。それで決まった様なものだ。文句はあっても王族には何一つ物申せる強者がいないという事かね。というか、去年の卒業生が卒業する前に決めるものがどうして今頃に、と言うのは派閥の影響らしいが。誰か気づけよ、王族に頼み込めば済む問題じゃないか。いや、僕が頼まなきゃ首を縦に振らなかった可能性もあるのか。


 まあ、それで片付いた仕事が大分進む。良いことだ、と言っている僕には休み中も色々と行動する予定がある。8月から9月序盤までは1ヵ月ちょっとの長期休みが待っている。この際に、漸くだがもらい受けた領地を視察することができるわけだ。


 先ずは安定しているフィナトリーよりも、カイルナブイの方を先に見た方が良いだろう。それと、少し遅れていたが、ユピクスと停戦中のマヘルナにヘーベウスとの交渉も進んでいると聞く。飛竜の件もあるし、動き回って進捗を聞くのも良いだろうか。それと、僕は夏休み中に動けるうちに、ユピクスはヘルウェンとの交渉で決めていた船着き場の土台を構築するのを決行するらしい。僕にも同席することが条件づけられている。


 結局やる事が多くて、休みらしい休みってない様な気がするのは気のせいか?いや、自分で蒔いた種が多少芽吹いているのも原因ではあるけど。さてどうするかな。念話で各所に連絡をして、辻褄合わせからやらなきゃならないか。


「執務室は誰もいないし、問題も起きないからのんびりできるなー! あ、独り言だから気にしなくていいよ。暇であるわけじゃないんだから。こうしてPCに入力作業、段取りの予定に、手紙の配布、外出届、後は諸々やる事は山ほどある」


「何かご用があれば何なりと」


「うーん、いや? 今は特にないかな。移動の護衛とか、普段の事だけで十分さ。この世界には多少慣れたかい?」


「はい、普通と称した人間の能力値、スキルに武技、色々と勉強になりました。特に兵士には昔の脅威を感じる能力は皆無であり、我々ガーディアンにとっては初期値以下であります。結論から申しますと、何も問題はないかと」


「うーん、そう言う結論は早計かな」


「? どういう事でしょう?」


「人間にもずるがしこい奴もいれば、からめ手を得意とする者もいる。役職や階級、あるいは数の上でこちらを封殺とかかな。取るに足らないと高を括るのは感心しない。いつでも警戒は怠るべきではない。いつか足元をすくわれたとき、“しまった”ではもう遅い場合もあるからね」


「なるほど、心得ました。何事も慢心は禁物という事ですか」


「そういうこと。追い詰めた相手は何するか分からない。先日僕は体験したからね」


「主様も無茶はお控えになってください」


「おや、藪蛇だったか」


「ふふ」


 今日の僕の担当はチヌイにケールトス、気心知れた面子はいない。だが、作業にも動きにも問題はない。予定調和がそこにできているのだ。


「算術に物理と語学、その辺はもういいかな。地理と歴史と世界史は重要だが、体育と魔術、これは選択にしてほしかった。後は芸術と音楽に道徳か。この世界の道徳は、一神教であるが故に、愛や風物、物事の道理を説くことが多い」


「警戒の際に聞いておりましたが、今更感がありました」


「そりゃそうさ。今更それを君達が習っても仕方ない分野だからね。僕もその時間は復習はするけど身を入れてやっているのは入力だ。試験には関係ないからね」


さて球技大会で結局優勝できたのは1年1組、我がクラスである。喜ばしいことに、運動能力が高い陣営が女子に多かったという事だ。僕はと言えば何もしていなかった。観戦して独り言をつぶやいていたくらいだ。学年別の球技大会だったのも影響があったのだろう。


さすがに12歳と18歳では能力の差が大きすぎる。学院側もそれは考慮したようだ。学食、6年までと期限はあるが、卒業してまで学食は来ないだろう。教員になれば別だが。今は使う予定がないからしまっておくか。執務室にいるようなことが多く見られてそうだがちゃんと授業は受けてるよ?


 そうでないと、成績や内心に響くしね。内申ではなく内心だ。試験の結果が良くても教師達の心象が悪いでは、何かしら成績に響く可能性もあると考えての事だ。あざとい、などと思われても普通の事じゃないか? お高くとまってる奴の鼻をへし折ってやろう。そんな心理状態を生むのはマイナスでしかない。


 さて、食事をして明日に備えるか。僕がそう思った時、部屋の扉がノックされた。返事を返すと、相手は殿下達であった。


「よう!」


「来たぞ」


「久しぶり!」


「これはこれは、お揃いでどうされましたか?」


 僕が席を勧めるまでもなく、三人はソファーに腰かけた。


「10月の遠征で少し気になる情報があってね。少し修正を加えに来たんだ」


「気になる情報、ですか。それはいかなものでしょうか?」


「オルクスは、自分に直結することは耳が良いのに、関係ないとあまり関心を持たないね」


「オルクスとて、人間だぞ? なんでも知ってたら逆に怖いわ」


「それもそうだね」


 僕を置いてけぼりに話をする三人は、出されたお茶とお茶請けを口に入れて一息ついたらしい。


「あーうま。これお土産ある?」


「帰りに用意させます。で、情報は僕の与り知らぬことであると?」


「まあな、こっちとユピクスの事だから知ってるかと思ったが、その様子だと知らないらしいな。まあいいさ。で、情報と言うのは何でも――」


「お待ちを、サイレントを使いますがよろしいですか?」


「ああ、任せる」


「では……、どうぞ」


「なんでも、王族を亡き者にする計画、あるいは学院の生徒に損害を与える計画があるらしい。そこに颯爽さっそうと現れる人物が救助をして、一件落着。褒賞を得るというのが流れらしいぞ」


「なんですそれ、とんだ茶番だ。まさかそれを企んでるのが両国の貴族ですか。確かに片方の貴族だけでは疑われやすいか……」


「そう思うだろ? でも実際にやる奴がいる。実行犯も含め事前に察知できたのは運がいいだけさ」


「それならばすぐに捕まえるのですか?」


「いや、問題なのは実行犯が、ある派閥の親類ってことなんだよ」


「殿下達はその派閥ごと消したい、とお考えなんでしょうか?」


「当たり。これで僕等が何がしたいか分かってきたろう?」


「まさか、実行させた上で捕らえるのですか? かなりリスクがあるかと思いますが」


 お前が言うか? 治療院の話は聞いているぞ、そう言われて僕は押し黙る。


「ですが、僕と違い立場が……」


「守ってくれるだろ? お前の頼れる従者達が」


「まあ……。それで、お望みの変更とは?」


 殿下達の要求は影の護衛を倍以上にすること。飛竜を4体にすること。それからある程度武力を持つ回復要員を入れてほしいとのこと。


「殿下、今回指揮を執られるのは何方になるんですか?」


「学生のか? それとも騎士団のか?」


「統括した立場の方です」


「んー? 私かヨウシアだろうな。ユルマは学年が一つ下だからと言うのもある」


「では、ヨウシア殿下とターヴィ殿下、二人に指揮権を譲渡するというていで、僕が部隊を派遣するというのはいけませんか? 3年生から従者を付けても良いという風習ですが。指揮権を譲渡する形をとれば、誰も文句は言わないでしょう。どう思われますか」


「そう言う手もないわけじゃないな。半々で従者部隊を預からせてもらおう」


「そりゃないよ! 僕だって護衛貸してほしい!」


「勿論です、ただユルマ殿下は、恐らく学生の誘導が主な役割となるでしょう。ですので従者はつけますが、前線に出られませんように。従者に大筋の指示を流してお下がりください。再来年の年は、殿下一人で事に当たらなくてはいけないのですから。大任ですよ?」


「僕にはそれまで我慢しろと言うのか。まあ、しょうがないと言えばしょうがないのか。わかった、誘導指示は僕が担おう」


「最悪のシナリオを想像して事に当たります。遠距離攻撃に優れた者を待機させますので、慌てず迅速な対応をお願いいたします。安全な野営を楽しんできてください」


「騒動を楽しめとか……」


「まあ、オルクスが安全だと言うならそう言うことなのだろう」


「全くだ」


 僕の笑顔は何と言うかきな臭い感じがしたのだろうか。


「では、10月までに編成は任せる。総勢20ずつまでだがよろしくな」


「またな」


「よろしく~」


 そう言って殿下達は部屋を去って行かれた。


 考えることがまた増えた。僕がそれを表情に出していたのか。食器を片づけていたケールトスが、笑みを漏らす。


「忙しくしている主様は、何となくですが楽しそうですね。普通は嫌気がさしてぐったりするはずなんですが、なんだかんだと手を動かしてらっしゃる」


「こう言うの、俗に仕事中毒って言うんだよ」


「それはそれは」


 7月中には大抵の事はやっておく。それで長期の休み中に何があっても動けるようにしておく。それが目標かな。7月に入るのだし、半袖にしたいくらいだけど、肌を見せるなって風紀の人が言ってる。半袖導入しようよ……


 水泳が授業にあるのに、何故半袖が認められてないのか。それは魔道具があるからだ。いやいや、クールビズとは言わんが、薄着でも半袖でもいいじゃないか。学院長に相談してみるか。……、そう言えば僕って未だ学院長に挨拶したことないな。入学式に見たくらいじゃないか? これは、早めの暑中見舞いも兼ねて行ってみるべきだろう。



 ♦



 ウラン・フリーヌ先生、それが校長先生の名前である。フリーヌ先生って名前に引っかかりが? いやまあ、カッニー・フリーヌ先生のお母上だからね。祖母から受け継いで、親子三代で教師をしてきたそうだ。カッニー・フリーヌ先生のチャラい女子と言うのは見せかけのようらしい。尻軽女、は言い過ぎか。チャライと人に見せて実は……、なんて言うのがあの先生の本性というか、本質なんだろうね。


 今僕はウラン先生に夏服の考案を申し出ている最中である。


「話は分かったのだけど、魔道具で何とでもなるものに、何も服を用意するというのは非効率な感じがするのだけど」


「夏服と言うのは、それこそが季節を先取りする物なのです。学生が学生服で外を出歩きそれが夏服だったら。それを見た店の人はどう思うでしょう? 魔道具は確かに特殊で効率の良いものかもしれません。実際にそうでしょう。でも、生徒の中には服を着崩したい人もいるでしょう。

 いつもきっちりしているだけの長袖の制服と言うのは、季節感がありません。衣替えの季節に学院が無頓着なのは、全体的に四季を無視している様で、着飾りたいわけでなく、厚着をしたくない生徒もいるんです。魔道具に頼りたくない金銭的に節約したい生徒もいるはずです」


「今の風紀が乱れるのは容認できませんが、何か理由があるのですか?」


「たまに風紀委員が、袖をまくっている生徒を注意しているのをご存知ですか? 注意された彼等は庶民の出の者でした。彼等は魔道具をつけず、食費を節約して、学校が終わればアルバイトをして学費や食費を稼ぎます。そうして何とか日々を過ごしている生徒達です。そう言う生徒がいるなら、夏服と冬服に分けた方が良いのではないでしょうか。

 現在の服を今から買い直せというのは酷ですが、今の服が冬服、後から生地の薄いものを出して夏服とする。それも一つの案だと思います。夏場は熱中症の恐れもありますから、厚着を嫌がる生徒には受けが良いでしょう。夏服を導入するのを検討して頂けませんか?」


「なるほど。そう言う理由があるならば、動かないわけにはいかないでしょう。もしかして、冬服のデザインなんかもあったりしますか?」


「何点か用意しました。学院風にアレンジしてみたのですが、議題にあげてみてください。7月でまだ暑さが本格的になっていない今しかないと思います。生徒の為を思うなら、是非ご一考ください。話は以上です」


「分かりました。講師達と一度話し合ってみます。お見上げは後で頂きます。意見を上げてくださってありがとう。ヴァダム伯爵」


「僕は一生徒としてここに来ただけです。僕の提案は歴史や風物、また時代により追加されたり、消されたりするものの一貫です。参考になれば幸いです、ではこれにて」



 ♦♦♦



 カッニー、もういいわよ。私がそう呼ぶと、控えの扉からあの子が出て来た。うちの娘は、見た目がとても軽いというか、ちゃらちゃらした装飾品をつけている。だがこれは擬態だ。それを知らない生徒は目をくぎ付けにする。よく風紀委員から苦情が出るが、その辺は握りつぶしている。先生としてはダメよね。子に甘い親と言うのも何とも言えないわ


「夏服の案は以前から出ていたけど、ああも生徒の、しかも一般庶民からの声を拾ってくるなんて。中々筋が良いというか、やりてよね。」


「それで、その案件通すわけ? 私は良いと思うけど、確かに魔道具頼りのお金に困っていない生徒からすれば、不用品ではあるでしょうけど、庶民出の生徒は確かにいつも汗だくね。水をぶっかけてやりたい気分よ」


「そうなのね。魔道具を使わず夏を乗り切る生徒の視線。確かに抜けていたものね。学院の魔道具も全部が全部無料ではない。夏場は地下の冷房が効いた場所の確保が多くされてる。それも大半は庶民出の子達ばかりね。涼しい顔してるのは貴族での子達ばかり。学院の支払いとして生徒の負担をなるべく下げる形で支給するのが筋かしらね」


「無難ね。あの子の目は確かよ。学院が国立である長所を生かしてる。税金から生徒の負担を下げて、物が手に入りやすいようにしてるのも計算ずくかしらね。貴族目線で上から押し付けないのも高評価、はぁ~」


「随分、彼にお熱を上げてるけど――」


「やめてよ、その言い方。正しいことをしてる子に正しい評価をしてるだけよ」


「別に冷やかしてるつもりはないのよ。ちゃんと生徒として見てあげてるってことよ。彼は自分の爵位や役職をひけらかしたりしない。クラスメイトにも優しいのでしょ?」


「そうね。でも、全員にってわけではないみたい。ちゃんと努力してる子と、ただ甘えてくる子とでは、見えない壁があるみたいに差があるみたいよ。さり気ない仕草でだから、相手も嫌に思わないし、気のせいかって思ってしまうようだけど、実質的には彼のお眼鏡にかなった子は、ちゃんと努力してる子が多い。途中でくじけそうな子にもちゃんとフォローしてるって、デインズ先生が感心してた」


「人心掌握もお手の物かしら」


「怖い。はっきり言って、何するか分からないのよ。殿下達を味方につけてるのも、生徒達の関心を集めてるのも計算ずくかしら。分からないから怖い」


「もう少し距離をとってみて見なさい。関心を持ちすぎると視野が狭くなるものよ」


「分かった、そうする」


 この子が偉く素直に返事をしている。相当参っているのかしら。でも、伯爵と呼ばれた子供には必死さが見えていたし、努力の跡も垣間見えた。生徒として優秀、人間としても努力家だ。悪い人間ではないと思える。彼が卒業するまでに何を見せてくれるのか楽しみでもあるしね。


 ここはこの子に鞭打って、しっかりと監視させるのが良いか。


「じゃあ、問題が起きないかちゃんと見ておきなさい。この学院に不穏分子がいれば、それを見るのも私達の仕事なのよ?」


「分かってるわよ。じゃあ、もういくわ」


 ほんと、ちゃんと目を光らせないと……。



 ♦



 さて、今日は夏休み中の外出許可を取らないといけない。


「休み期間中の外出許可をもらいに来ました」


「はい、では署名と外出許可に必要な書類にも理由と期日を書いてください。受理は明日以降になりますので、外出証明書を3日後以内で取りに来てください」


「ありがとうございます。……書類と署名確認お願いします」


「はい。……確かに。では後日取りに来てください」


 放課後学院を動き回る僕は、よっぽど暇だと思われているのか、良く挨拶をされることが多くなった。顔が広がったと思えばいいのか、僕の行動パターンが、用事が無ければ図書館か執務室のどちらかにあるので、そんな印象を持たれているのかもしれないな。


 そろそろ、本当に自宅通いをすることになりそうだ。自宅に帰ったら帰ったで、ラクシェ王女の勉強を見たり、礼節作法の練習をする羽目になるんだろう。そう言うのは分かっているんだけど、リホーム完全に終わってるみたいだしな。これは、あれか、亭主元気で留守が良いでは通してくれそうにない。ご機嫌伺いも兼ねて今日からは帰るとするか。


 そうと決まれば馬車で自宅に帰る用意をしなくてはいけないか。


「おや、ヴァダム君。どうしたのかね?」


「リッテマン教授。そろそろ自宅通いをした方が良いかなって言うころ合いになりまして。婚約者にへそを曲げられない為に、何か買って帰ろうかと考えていたところです」


「ほう。いつも図書室か執務室に詰めとる君が、奥方が怖くて家に帰るとは、なんとも他人ごとではあるが……、そう睨まんでくれ。ちょっとした冗談じゃて」


「別に睨んでませんよ。何かいいお土産、知ってたら教えてくださいませんか?」


「そうじゃのう、少し遠回りになるが、馬車で行くなら良かろう」



 そう言って教えてもらったお店に馬車を向かわせて、15分と言ったところか。ついた店、ここであってるよな? テンテリー、うん、店の名前に間違いはない。僕は馬車を降りて店に入り、時間帯が遅い為か、商品の陳列が少ない。


「もし、土産にケーキを頼みたいんですが。お勧めはありますか? 知人の勧めではクリッキーが良いと聞いたのですが」


「申し訳ありません。人気商品故、完売しておりまして、代わりと言っては何ですが……、あれ? オルクス君」


「ん? やあ、ホッカじゃないか。ここでバイトしてたんだね」


「うん。庶民出はこれが普通だもん。オルクス君は珍しいね。いつも図書室か執務室にいるって聞いてたけど」


「うん、自宅のリフォームが終わってね、そろそろ家に帰らないといけないんだよ。案外学院が居心地よくて後ろ髪を引かれてるけど、こればかっりは仕方ないさ」


「そうなんだ。あ、えっとおススメなんだけど。このアーモン、イチゴケーキが人気かな。クリッキー寄りなのは、モンランかな?」


「じゃあ、それを3種類3つずつ頼む。買い占めちゃってるかな?」


「ううん、この時間ではありがたいよ! 包むからちょっと待って」


「ケーキ屋さんなんて、女の子らしい職場だね。結構競争率あったんじゃない?」


「うーん、実はここ、叔父の経営してるところなんだよ。コネで入った感じ?」


「なるほど、リッテマン教授がお勧めしてくれたんだけど、今度は人気商品手に入れる為に少し早めに来る方が良いかな」


「クラスメートじゃない。言ってくれればその日に届けてあげるわよ。取り置きでもいいけどね」


「それは助かるけど、店に迷惑じゃないかい?」


「数を少し多く作ってもらうだけだもん、良いってもんよ!」


「ありがと、その時は頼らせてもらうよ」


「はーい。じゃあ、学生書見せて、判子押すから」


「割引利くんだ? いつしか常連になってそうだよ。あ、ありがとね」


「まいど! じゃあ、必要な遠慮なく時は頼ってよ。なるべく前日にだけど、その辺は融通利くからさ」


「分かった。じゃ、またくるよ。明日学院でね」


「うん、また明日!」



 こうして、クラスメイトとの出会いを経験して僕は馬車に乗り込む。ケーキはインベントリに収納して保存しておかないとな。さて、ラクシェ王女は喜んでくれるかな?



 ♦♦♦



 いきなりの事でびっくりだ。いきなり来るんだもん! そりゃお客なんだから当たり前なんだけど、伯爵が自らケーキ屋に足を運んで、ケーキ買ってた! いや当たり前だけど、だけどぉ! 凄い自然に話せたけど、彼と話せる機会って実はあまりないのよね。


 クラスでは気さくな人気者だし。私も広報委員のフォローとか連絡の確認とかで話しかけたくらいだけど、彼は庶民にでも普通に接してくれる。立場とか爵位とか全然鼻にかけないもん。凄く自然体なんだけど、時々冷たくあしらってるところを見ることがある。


 それは、自分の立場に自信がある女子の相手が特にそれだ。だけど、彼の優先する者は別のところにあるみたい。勉強でつまずいてる子に声を掛けて教えたりしてるところとか、注意事項を事前に話しておくところとか、生徒と言うより先生みたいな感じに見えるのよ。


「ホッカ、なにしてんだ?」


「叔父さん! さっきクラスメイトと会っちゃって」


「ほう? 友達か」


「うん~。友達ではないんだけど、良くしてもらってる。オルクス・ルオ・ヴァダム君!」


「…………って、噂の伯爵様じゃねぇか!」


「叔父さん、間が長いよ」


「いや、親戚が世話になってるんだ。この前の赤札事件の時に、親戚が急に腹痛で倒れて、第二治療院に担ぎ込まれてお世話になったんだ。で、何買ってった?」


「クリッキーが欲しかったらしいんだけど、なかったからモンランとアーモン、イチゴケーキを3つずつ、また今度クリッキー買いに来るって」


「そんなの俺を呼べば――」


「ダメー、オルクス君、特別扱いされるのすっごく嫌がるの。普通のお客として接さないと、もう来てくれないと思う。それでもいいの?」


「いや、あー、そうなのか? 学院でのことなんて知らんからな。お前に任せるよ」


「是非そうしてちょうだい!」


 彼がここに来る。ここを利用する。そう宣伝に利用する手もあるけど、それも彼を遠ざける要因になると思う。せっかく来てくれるって言ってるんだもん。お客としてまた来てほしいじゃない! 私はそう思いながら、まだ高鳴るドキドキが少しずつ収まっていくまで、店番をして入り口をじっと見つめていた。

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