第97話

 8月に入る3日前の出来事。既に生徒会役員は決定されて、殿下達三名が独占した。ついでに6年生の書記の人は殿下達の友人で、気心知れた中で和気あいあいと仕事をしているらしい。と言っても、もう夏休み直前なのだ。する仕事もないだろう。やる事があるとすれば、やはり遠征への準備程度だろうか。


 僕も8月の1日目から長期休みに入り外出の許可を得て、カイルナブイへ視察と代官への挨拶を兼ねていくわけだが。人口が少ない所為か、既に住民登録は済んでいるとのこと。データとして受け取るのは後でもいいが、現状の領地について話し合いが必要だ。それに今回はエルフの族長イアンテにも森を見てもらう算段だ。どういう返答を受けるかは別として、色よい返事であればいいのだが。


 それを考えつつ、僕が進むのは生徒会室への通路だ。歩いて10分弱着いた部屋の前で服装を確認し乱れがないと見てノックを4回、どうぞ、と言われたので部屋に失礼しますと告げてから入る。


「お、来たか。9月になるんじゃないかと思ってたけど、予想より早いのはいつも通りか」


「兄上が急かしたんじゃないか、よく言う」


「そうだよ。無理言ってる自覚ないんだから」


 ははは、と笑い合う殿下達、僕はとりあえずリストを配ることにした。


「手紙を拝見した時は少し驚きました。殿下達の暗殺が派閥が流した表向きの情報でデマであったと、実は狙いが僕の方にあるとは」


「うん、人気者のは困るね? まさか、暗部も情報に踊らされるとは思ってなかったみたいだよ。派閥を欺いてまでの偽装情報。今度の相手は、相当君に恨みがあるらしい」


「個人になら個人で挑んできてほしかったですね……。よもや王族にご迷惑を掛けてまで仕掛けてくるとは思っていませんでした」


「まあ、気にするな。とばっちりを受けるくらいでたいしたことはない。それで、護衛の件は見直したのだろう?」


「はい、お一人につき10名としました。あまり多いのも問題でしょうから、人目につかぬように殆どは影に潜り込ませておきます。ヨウシア殿下とターヴィ殿下には、我が従者でも戦闘慣れしているものを。ユルマ殿下には5名、治癒と魔術が使える、それも個人でも武に長けた者を含めて付けます。

 飛竜はお一人につき1体とし、別動隊を遠方より馬車を2台、これに遠距離に長けた従者を乗せます。飛竜自体も中距離攻撃のすべはありますので、いざと言うときは、殿下達は上空から状況を見て指示をお出しください。そう言った危機的状態にならぬようにする前提ですが、何か意見等はございますか」


「いや、十分だ。それで砦の一つでも落とせる戦力だろ? ありがたい事だ」


「例えだ、そう怖い目をするな。さらさらそんな気はないさ」


「借りてる従者を傷物にしたら、こっちの身が危ういからね。無事に返すよ」


「そんなつもりは……。ただ二点だけ、これだけは守って頂きたいのです。従者が引くと言えば必ず引いてくださること。二つ目は従者を見捨てる判断は必ずあるとは申しませんが、見誤らず行ってください」


「それは、俺達に盾となるものを見捨てろという事か?」


 ターヴィ殿下が眉間にしわを寄せて僕を見る。


「そうです。私の従者は各個で判断ができます。取り零したからと言って待つ必要はありません。その従者の判断で脱出するでしょう。そのように訓練していますし、並の能力ではないと頭に入れておいてください。その為の別動隊もおりますので」


「非情になれってか? ……やれというならやるが」


 実際は死んでも僕の魔力がある限り何度でもよみがえることができる。まあ、言わないけどさ。なので勘違いを誘発させた。


「その判断で結構です。第一にご自身の安全を、第二に生徒の身を守る事こそが務め。これは優柔不断ではできません。恐れ多いことですが、時には諦める決断も必要と前持った警告です」


「厳しいね。いや、王族にはその素質が無くてはならないか。了解だ。必ずそのようにするし、お前の従者の判断に任せる」


「俺もそうする」


「僕もね」


 なら結構です。僕はそう締めくくって部屋を後にした。



 ♦♦♦



「よろしいのですか? 今の発言、所々問題があったと思うのですが」


 そう言ってきたのは、僕等の中でもヨウシア兄さんと仲の良い書記のアテランだ。平民出身ながらその能力を買われ、今では推薦でどこぞの部署の配属が決まっている人物。


「いや、だって僕等が頼んだわけだしね」


「だな、暗雲立ち込める貴族が何か仕出かすと、事前に分かった魔力溜まり。そんな場所に新米を含んだ騎士団だけで行くなんて無茶はしたくない」


「同感だ。それに、奴が言ったのは王族である自分達をまず優先すること。他の生徒を避難させることその二点だけだ。盾になる者を見捨てろと言っていたが、別動隊がいると言っていた。あいつの事だ、抜かりはないだろう。従者の実力も抜きんでているというしな」


「しかし、殿下に従者を貸すことなど当たり前ではありませんか。義務を果たしただけなのに、注文を付けるだなど――」


「はーい、そこまで! 僕等は彼に借りがあるんだ。返しきれない借りがね。彼は最低限の義務を守っているし、こちらの期待には全て応えて来た。だから僕等は彼を信用するのさ。それに口を挟むのは君の領分じゃないね」


「は、申し訳ありません……」


「はいはい、分かればいいのさ。僕等は彼とは良い関係でいたい、ただそれだけなんだ。妹の事もあるし、彼は自分の領分をわきまえて行動しているに過ぎない。それを良く思わない人間もいるけど、何でもかんでも欲するのは欲張りというものだ。そう思わないかい? 貸すのは当たり前と言ったけど、腕は立つと言っても、命を預かるのだって相当ストレスがいるんだよ」


「はい……」


「だな、故に軽はずみな行動はできん。我等の判断が試される場面でもある。それを先んじて警告してきたのだ。それこそ当たり前のな」


「そこまでの考えがあるとは思っておりませんでした。ただ、数の上の問題であると。少し認識を改める必要があります」


「そう思い詰めるな。あいつの言うことに意味がないことは少ないと思っておけ。何かしら意図があるのだ。いつもあいつと話すときは警戒する。まあ、疲れない程度にな。そう言う柔軟さを追々身に付けろ」


「今後の自分への課題に致します」



 ♦



 さて、3日後に控えた遠征と言う名目のポータル移動と飛竜での旅。やる事が多くて大変だが、優先順位は決まっている。1ヵ月ちょっとだが、領政に手を付け加えるチャンスだ。


 国や領地でのまつりごとというものは、やってすぐに結果なんて出ないし、ほいほい次々やってたら、民がついてこれないのは当たり前だ。現実世界での一日なんて、何かに夢中になっている以外ではすぐに過ぎるなんてことはないんだから。僕がカイルナブイでやるべきことは、まず領民のちゃんとした人口の把握に、何をして生活し、どういう領政がされているか。これを正しく知る事だ。


 人口が少ないのどかな領地なのか、それとも特殊な風土で人口が少ないのか、その辺を詳しく調べて、手を加えるべき案件を、代官がちゃんと把握してやってくれるかどうか。代官の性格も把握する一つの手段だ。代官が不適合ならば代わりの人間を宛がわなければならない。兎に角、与えられた領地の特性を把握する。


 問題ばかりがある領地を与えられた可能性もある。手を加えるなら把握した後で十分だ。最悪、従者達の中で能力を見て充てる可能性もあるからね。さっきから可能性の話ばかりしているが、目で見ないと分からないことだらけだ。代官は何を考えて領政の手綱を握っているのか。とにかく行くしかない。



 ♦ ♦



 さて、早速だが飛竜に乗ってひとっ飛びしていくことになる。テコアの後ろで鞍にまたがって留め具をしっかり固定する。


「大丈夫、問題ない。いっておくれ」


「はい、いくよ、コルチール」


「GYUAAA!」



 空の旅は良いものだ。これが仕事じゃなきゃ飛び回ってあちこち行きたいのだが、そんな誘惑に打ち勝ちながら、空からの眺めを満喫する。多少ゆっくりめでお願いした飛行だが、やはり飛竜のスペックは高いようで1時間もしないでカイルナブイに到着した。


 3日も前に伝書鳩は飛ばしてあるので、こちらが来ることは分かっているはずだ。ん? 領民達の姿が遠くに見える。畑を耕しているのだろう、鍬を持つ人たちが大勢いる。が……。何とも活気のないことで、いやのんびりしてる感じなのか? どちらとも言いづらいところだが。


 領官に到着すると出迎えにきてくれたのは、代官と補佐役だろう人達だ。


「ようこそ、ヴァダム伯爵。お待ちしておりました。私がカイルナブイの代官を務めております。シガク・ナーカミと申します。お聞きになりたいことはお好きにお聞きください。答えられる限りは、漏らさずお伝えいたします」


「ありがとうございます。ではまず、ここ10年の資料を、頂いた分は見ましたので、残りのを見たいのです。それを見せてもらえますか。それと泊れる部屋をお願いします」


「かしこまりました」


 代官が目で合図を送ると補佐役たちがきびきびと動き始めた。代官には部屋を用意してもらい僕はまだ見ていない資料や日記などを手にとっては読み始める。代官は、僕が視察で村を回るものと思っていたようだが、当てが外れたようで何も言ってこないが、何か言いたそう。そんな感じだ。過去10年の記録は数値としてPCに記録してあるし、僕が見たいのはその当時に何がされてどうなったか、である。


 3日ほどそれの詰め込みを頭の中に入れる作業に没頭する。そこで漸く代官に、村を回りながらの視察を申し出た。


 村の人口は500人程度、ヘルウェンにしては民の徴兵などが一切ない領地である。いや、徴兵などこんなところからされても困るだけなのだが。さておき、村を馬車で回ることになっているが、案外領地としては広い方だと思う。領地の中に山脈があるがそれが邪魔だと思うが、もしかしてこれって鉱山なのか? だが人手もないし、何も着手されないでいる。その山脈を囲うように田畑が整えられ広げられている。


「田畑を限界まで広げているけど、人口的に全面を使えるほどではない。元々人口は500だったんでしょうか? 過去10年のものは参考資料として見ましたが、それより前の当初はどうだったのでしょう?」


「村には1500、最大は2000程人口がおりました。しかし、先々代、今から3代前の国王陛下は戦好きであったと。今の陛下よりも、傭兵稼業が大の産業だと言って民を徴兵していました。今ではその名残として、言葉は悪いですが人口が減った後の残りかすといいますか、村に残ったのは女子供老人損傷の酷い負傷者ばかりでした。

 私の着任早々の仕事は、村々に男手を何とか他領から引っ張ってくるのに苦労しました。それでも敢えて言えば、歴代の陛下の悪政の成果が今の有様です。それをお止になったのは、先代の王妃、今でいう王太后様でありました。民達は救われた気持ちで今の生活を何とかやっていく手段が持ててほっとしています」


「なるほど、そんなに前にまで、さかのぼるのですか……」


「王太后様より、伯爵がこの地の領主になると聞いた時は耳を疑いました。我等にまだこの領地を任せ続けるのかと。ですが、手紙では伯爵がその歳で、しっかりした考えの持ち主であると伺いました。可能であれば、何かこの領地を活性化させることのできる知恵をお与え頂きたい。それが良いものだと判断できれば我々も尽力いたします故」


「考えていることはいくつかありますよ。だけどその前に下調べは重要。この領地の生い立ち、状況、情勢への影響、何ができ何ができないのか。その辺を選り分けしていこうと思います。手伝って頂けますよね?」


「勿論です」


 それからの日々は大変忙しいものとなった、領地の開拓に必要な人口と、物を作るのに必要な人口が足りていないのもある。種まきや収穫の時期を除き、動かせる村人の人員の把握もしなければいけない。この領地の大きな弱点は川が一部の範囲しか通過していない事だ。井戸はあるが必要な水まきには大変な労力が必要である。


「川と小規模な溜池を領地に作りましょう」


「とんでもない、そんな労働力ができる程領民に余力など……。ましてや川を引くとしてどの規模をお考えですか」


 そこで僕が取り出したのはこの領地を写した全体図。


「これは……」


「この領地の全体図、領地にギリギリ通っている川の流れを、使われてない畑をいくつか潰して溜池にするんです。川の下流は他の領地だけど、洞窟だった。恐らく海に繋がっているんじゃないのかな? 溜池にせずにいるなら好都合だ。川の氾濫を考えて堤防を作りながら溜池を作る。人手は領民だけじゃなく、うちの実家からも引っ張ってくるよ。食料も何とかする」


「それは、許可が下りませんと……」


「奴隷の移動に許可は必要ないでしょ」


「奴隷なのですか? 全員が?」


 90人近くいるよ、大人だけならね、と僕が言うと代官は腕を組んで考え込んだ。


「勿論全員が川の開拓、堤防の作業をするわけじゃない。若干は実家の領地で田畑を耕したりするから、実際は半分くらいかな? 懸念は材料の確保だけど、これはしょうがないからレンガとコンクリートを国から大量に買う予定でいる。僕はこれでも稼いでる方だからね、お金を溜め込みすぎるのは国にとっても良くないんだ。どうかな?」


「領民と奴隷の摩擦が生じませんか?」


「うちの実家では、摩擦はなかったよ。理由は教会を共同で作ったからさ。教会と言う依り代を作るのに喧嘩なんて起きないでしょ? ましてやシスターや子供達の前で喧嘩なんてできやしない。この領地でもまずは教会を建てようか? それから共同作業をしても遅くはないだろう。見た限り食料はまかなえているんだろうし」


「それは素晴らしい。ですが、本当によろしいのですか? 失敗する可能性もありますぞ?」


「ならないように工夫する。それが僕達貴族が領民にできることだ。領主にとって領民は宝なんだよ。彼等がいなければ僕達貴族なんて飾りもいいとこさ。一人で何でもできるわけじゃない。ただ、実家に話を通している時間は欲しい。向こうも何かしら人手がいることをするかもしれないからね。工事は1年半を見越してやれば良いだろう。僕はここに長いこといれるわけじゃない。陣頭指揮は貴方に頼むことになるが、こちらから頭の回る者を派遣する。彼等と一緒に協力してやって欲しい」


「そういうことならば、分かりました」


「それから大事なことをやらないといけない」


「大事な事、ですか」


 代官は首をかしげながら、何ぞやとした表情で尋ねてくる。


「僕を村々に案内してくれるますか? 治癒の術師も連れてきている。まず僕と彼等の引き合わせを頼みたい。村から行きやすい場所に教会となる仮設をすぐにでも建てる。それを利用するように言って回りたいんだ。それから今後の計画もね。お金を出すと言っても無駄にされるのは困る。費用をちゃんと計算する必要があるからその下見もしないといけない。ここには8月の中旬、それより少し多めに滞在すると思う。任せることは多いし、責任は重大。多忙になるけれど貴方になら任せても大丈夫だと僕は思う。どうだろう」


「停滞していた村に手を加えて頂けるなら、なんだってやりますぞ。お任せください。引き合わせはすぐされますか?」


「そうだね。順番は任せる。ナーカミ代官が良いように、その手配した順で同行するよ」


 代官はすぐさま村々に出る準備に入った。停滞を余儀なくされていた領地に、新たな息吹が吹き込まれようとしているのがとても嬉しいようだ。補佐役達も、指示に従って何やら準備を始めている。


 最初に見たきびきびした動きに迅速さが窺える。この村が衰退せず停滞できていたのは、彼等の手腕があってこそなのだろうと思う。僕はその日から2日かけて村を回っては村長に話を聞き、提案を持ち掛けた。術師を連れて来た効果も大いにあっただろう。


「村長達の反応は結構よかった。これも貴方が尽力し続けてきたおかげでしょう」


「いや、それは……。私は代官ですし、当然の事をしたまででして」


「その当然ができない代官や領主もいるんですよ。世の中には、私利私欲さえ積めば良い、見返りが全てと思っている者が多い。そりゃ自分の身は相応にかわいがりたいだろうが、爵位や役職、領主を権力者主義と履き違えている輩もいる。そう言う輩にはきつい鉄槌てっついしかない」


「ふむ」


「どうかされましたか?」


「いえ、もうそのお歳で領主の顔つきをしてらっしゃる。王太后様が貴方を推挙するわけですな。そう思いました」


「僕は学生の身です。だから、自分で何もかも舵取りをしたくても、できないことがあると知っています。代官や補佐役には負担でしょうが」


「役目はきっちりしてから領地をお渡ししますとも。それで我等の肩の荷が下りるというもの。無用な気遣いよりも、むしろこき使って頂いた方が我々にはありがたい」


 僕等は馬車の中で手を組んで、それぞれに思うことを確認し合った。領地を良くする為の足掛かりを、今からでもやり遂げていく。そして、いつか領地の人口が元の位に戻れるように。いやそれよりももっと増やせるように手を抜かずやり遂げ合おうと、固く誓い合った。



 ♦♦♦



 王太后様が私に領地の代官にと推挙されたのは、大凡20年前であった。その頃は食料は何とかなったが男手がいないと、村の人口が数十年もすれば潰えるのでは。そんな不安もあり。王太后さまに無理を言って他の領地から移民を募集して何とか人口の維持に成功した。それが私の仕事の始まりでもあり、やり遂げたことの最後の仕事になりつつあった。彼が来るまでは。


 ヴァダム伯爵。彼の事を王太后様から、何かの切っ掛けになるやもしれぬ。その動きに注意を配り助力してやって欲しい。そんな手紙が来てからは度々飛竜がきて、ここ10年のこの領地の資料を持って行ったり来たりと、平穏なこの領地にそんなものが来れば村の村長達がこぞって押しかけてくる始末。


 一体何がしたいのか、ヴァダム伯爵はまだ6歳の子供だという。そんな年頃の子供に何ができるのかこっちが聞きたいほどである。村長達を宥めるのにも骨を折った。そして、8月の初めにそのヴァダム伯爵が来ると連絡を受けて、何を聞かれても大丈夫なように身構えていたが、やってきたのは予想通り小さな子供であった。


 彼は私が名乗ってから握手すると、すぐに宿泊する部屋とまだ見ていない資料を要求して、部屋に閉じこもった。たまに出て来たかと思えば飛竜に乗って少し空から何かを見てきては、また部屋に戻り、その繰り返しをしていた。


 何の作業をしているのだろうか、気になっていたが邪魔はすまいと何も言わなかった。そして3日が過ぎて彼が部屋から出て来た時、彼は私にある提案を持ち掛けて来た。川の水を村まで引き、溜池を作るのだと言って来た。私は愕然とした様子で最初は聞いたが、彼はその人手を実家の奴隷でまかなおうと言い出したのだ。確かに領民の移動には国の許可がいるが奴隷には許可などいらない。物として扱われるのだから当然だ。


 私は目からうろこが落ちたような、斬新だがありきたりな方法を思いつく彼の提案に感心した。ただ問題だったのは資金である。だが、これも伯爵個人の資産をで王都より材料を買い集めるという。失敗する可能性も言ってみたが、彼は笑ってそうしない為の貴族や代官じゃないかと言って来た。確かにその通りではあるが。


 王太后様、貴女様のご推挙された方は、今大きな息吹を領地に吹き込もうとしていますぞ。これは全て貴女様の予想通りなのですか? もしそうなら、いや違っても私は彼に力を貸す所存です。彼が滞在できるのは本当に短いものだが、彼は早く寝ては早朝に起きて食事をし、飛竜に乗っては空から村々の上空を飛び回っている。何をしているのかと言えば、川を引く為の溜池、さらにそこから引く川をどうするのかと頭をひねっているらしい。


 それと領地にある山脈これは鉱山なのか? そのように聞いて来た彼に、その通りだと伝えると、彼は良い笑顔でドワーフを多めに呼ぼうと口に出した。ドワーフに鉱山をほってもらい、いつかいらなくなった山脈を潰しても良いのではないかそのような事を言ってのけた。一体いくら先の話まで考えているのか、彼の言い出す話が、その内容にいくらのお金と人手が必要になるのか、私だってわからないのだ。


 ただ言えることは、彼が本気でそれをやろうとしている事だ。彼が滞在して大凡10日後の昼、飛竜に籠を付けて乗ってきた一団が到着した。これが、伯爵の言っていた実家にいる奴隷達だろう。首にチョーカーをつけているのが全員そうなのだという。


 飛竜の柔軟性と言い、奴隷達の規律の取れた動きといい。本当に彼等が奴隷なのか疑わしいことだが。伯爵が号令をかけて住処を今夜中に仕上げるという。そんなことが可能なのだろうか。


「おい! 平地にしろ!」


「機材こっちだ!」


「もたもたすんな、日がくれちまうぞ!」


「旦那! 言ってた鉱山ってこれかい? いいねえ、鉱山がある街は栄えるぞ」


「村しかないんだけどね」


「こまけぇこと気にしちゃいけねえな」


「ヘルウェンとの移動は、定期的にやって良いけど、羽目の外し過ぎはダメ。それ以外は許す。問題ない?」


 伯爵が軽く聞くとこの班のまとめ役であるペクフェと言う者は、問題ねえ。問題を起こした奴は全員でしめてやるぜ。と、なんとも怖いことを言ってのける。


「程々でね」


「あいよ!」


「伯爵今のは?」


「会話の内容?」


「ええ、まぁ」


「彼等もたまには仕事以外で羽目を外したいだろう。酒に食事、あとは賭博はダメだけど娼館への出入りは各自の懐事情で許した。それだけだよ。大丈夫、村に被害なんか出たことないから、ここも問題ないだろう」


 なるほど……。子供にしては何気なくでた、娼館の言葉。確かに派遣で働く者達にも息抜きは必要だ。人間の欲をちゃんと理解してコントロールしている。何とも恐ろしきかな。この歳で……、私は何度この言葉を思ったか。


 それから彼等は自ら平地を作るか、平地になっている場所に建物を建てていく。聞くところによると仮設テントと言う物らしい。彼等はここで寝床を共にしてして働くのだ。


「代官、彼等の一月の給金の一覧表です。毎月送りますから、仕分けをお願いして良いですか?」


「我々がやって良いのかね」


「上に立つ雇い主と、雇用者との違いです。明確にしないといけませんから。そう言うところを分けておくことが肝心なんです。要らぬ付け足しも不要、彼等の給金は決まっているので、それでお願いします」


うけたまわった」


 私はいつの間にか乗せられているような感覚を得た。だが悪い気はしない。彼はそう言う人種なのだろう。人の上に立って何かを成し遂げる才能がある。この歳で、何かしら胸が躍るなどと言うことはなかった、私のくすぶっていた心の奥の方にあった火が、今めらめらと音を立てながら、自身の行動を促しているようだ。


 踊らされていると言うのならそれもまた一つの正解かも知れないな。だが、人を焚き付けることができる者に会えたのなら私は幸せ者だ。領地を発展させたいが先立つ物もなく、ただ日々を衰退から守り、停滞させて来たのだ。少しくらい夢を見ても良いとは思われませんか? 王太后様に会うのはそれからでも遅くはない。私は、いつしか手にかいた汗を握りしめていた。



 ♢♦♦♦



 私はエルフの族長イアンテ。オルクス殿に連れてこられた新たに得た領地と言うところに来ている。オルクス殿とは別行動で森を探索しているが……。


「んー。脅威となるものはないが、森にわずかな瘴気と濁りを感じる。これは住むのに多少骨を折らねばならんか。だが、オルクス殿の実家の森では狭いと思っておったところだ。ゴミ掃除をすれば何とでも住まえる場所になろう」


「族長、少数ですが魔物もいるようです。それに動物も」


「魔物は殲滅し、瘴気は払いながら時間をかけて住めるようにしていくか。飛竜の、申し訳ないが残りの戦えるものを呼んできてほしい」


「承知。往復する故お待ちを」


「すまぬな」


 これで、後は我等の住みやすいように場所を整えるだけだ。ポータルは私と補佐役しか知らぬこと故、おいそれと使えぬのがまどろっこしい。だが、言玉はかなり便利なものよ。報告も容易にできるしのう。


 さて、300人で森の掃除をするのにどれくらいかかるかのう? たまには私も動きたいが、部族の手前そうもいかん。オルクス殿に今度何とかならんか聞いて見るか? んー、彼も忙しそうにしているからあまり無茶は言えぬか。まあ、言うだけ言ってみるかの。

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