第80話

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 筋骨隆々の男性が放った武技、それは地面を割りながら亀裂を生じさせ、その衝撃波を相手にぶつけるものであった。対して魔術師の女性が対抗手段として用いたのは、衝撃に類するものを拡散させ、力を分散させる防御術であった。その後に放とうとしたものは恐らく攻撃魔術だろうことは間違いはなかった。


 だがそれらがぶつかり合う前に、ケンプとトヨネが両者の間に躍り出て、ケンプは地面を伝ってくる衝撃を、地面に手を置いて相殺させることで止めて見せ、トヨネの方は女性の前方に出していた杖を横に弾くことで、両社の攻撃が不完全に止められたこととなった。


 突然の乱入に短い沈黙の時間があったが、それが破られた瞬間に罵声が飛ぶ場面へと切り替わる。ケンプとトヨネは特に何にも感じないと言う様子で、互いに対峙する相手に油断なく見据えるだけだ。これからまた、新たな火蓋が幕を開けるのかと周囲が、罵声から興奮に切り替わる。現金なものだと思うが、民衆の関心などは移り変わりが激しいものと言うのが、オルクスにとっての認識であった。


「どいてくれませんか?」


 そう言ったオルクスの声は、背丈も相まって人だかりから見向きもされなかった。が、トヨネやケンプが二人、対峙していた相手から目をそらし、オルクスのいる場所に向かうことにより、周囲の目が漸く幼子であるオルクスの方へと向けられることとなった。


「暴れるな、騒ぐなとは店によるけど、暴力沙汰、しかも武技や魔術を使ってまでやる事ではない。それなりに頭に血が上っているからかもしれないが、今自分達が何をしようとしたか、お互いに理解しているだろう? 観戦しようとしている人間も同罪だ。今のを止めなければ、人だかりの中から怪我人が出ていたはずだし、運が悪ければ命を落としていたかもしれない。

 騒動の原因は別にどうでもいいが、街中で使って良い武技や魔術ではないのは分かり切っている事だ。今頃は、こちらに巡回兵が向かっている事だろう。言い逃れしたいならすればいいが、起こしたことの分別はきっちり咎めさせてもらう」


「何を偉そうに! 俺等が店先で暴れたのがそんなに悪いってか? それを言うならそこの女も同罪だろう? 喧嘩売ってきたのはそいつだぜ?」


「何言ってんのよ! あんたが騒がなきゃ、こんなことにまで発展しなかったわ! 咎めを受けるのはあんただけで十分よ!」


「あんだと、おら!?」


 馬鹿に付ける薬はない、よくある言葉だが二人にはお似合いだ。こちらの意図している問題はそんな小さなことではないんだよ。周りを良く見てみろ。分からないか? オルクスの問いかけに首をかしげる男女。


「さっきも言っただろう? 武技を彼女が避けたり、弾いたりした場合どうなるのか。それに、地中には下水が流れている。今の技を何度も繰り返していれば、地下の用水路に損害を与えていただろう。もしかすると、もう損害が出ているかもしれない。喧嘩をするのは結構だが、時と場所を選ぶことも頭にないのなら、やらない方が身のためだと思うよ」


「はん! んなことが俺達に何の問題が――」


 その時になって漸くだが、詰め所にいた兵士の部隊が到着した。オルクスがアイリスに頼んで、門兵に事のあらましを伝えたことで、兵士達の動きが迅速になっていたのだ。現れた兵士達の目は人だかりと、それに囲まれている二人の男女、そこから少し離れた場所にいるオルクスの存在を確認した。


「オルクス殿、従者の方からお話を伺ってまいりました。状況の確認を致したいのですが、お時間よろしいでしょうか?」


「問題ありません、それとお手数ですが問題があるかの確認を急ぎしてほしい場所があります」


 オルクスが目撃した一部始終と、両者の間に介入したことについて正確に伝えた。それから互いの行った行動が問題であり、武技や術の発動による懸念を考慮した事を言い、最後に地下に流れる下水の確認を行う必要性を述べた。


 兵士達も自分達の仕事と、それとは別の部署が関わる事態であることが判明すると、それを伝令として伝えに向かわせた。それから、事の発端を招いた二人の男女には詰め所で事実確認が必要とのことで、オルクスもそれに同行することになった。


 ただ、その前に野次馬として、集まっていた人だかりにも状況説明を求めることが必要だろうと、オルクスが言ったことにより、集まっていた人々に対して兵士達の聞き込みが始まった。事態が大事になるにつれて、男女の表情から焦りが見え始めた頃には、大体の事情は把握されようで、結局オルクス自身は詰め所への同行をしなくても良くなった。証言が必要であれば、大抵は城下の街の散策か、城に部屋を宛がってもらっていると伝えてあるので、いつでもどうぞとオルクスが何気なく言う。


 兵士達は協力に感謝と述べて、問題の二人を詰め所に連行していくのだった。



 ♦



 そこからの騒動はとてもではないが、僕は許容することができなかった。まず僕の名前を知った人達が騒ぎ出したのだ。国に準ずる兵士に指示を出し、騒ぎの解決を図るその姿に、それまでの罵声が嘘のように歓声に変わる。ただ、僕が行ったように観戦していたことは事実であるし、止めようとしなかったことも事実である。ばつが悪そうに表情を変えて、兵士達が聞き取りをしていることに素直に応える民衆。


 だがそれもつかの間、自由に動ける様になればこちらににじり寄る様に近づいてくるのが分かる。お近づきの印とでも言いたいのか、握手を求めようとする人間が多く、こちらも兵士達が気を聞かせてくれなければ、その人の波にもまれていたかもしれない。


 僕等は急ぎで少し高めの値段で個室のある店に入り、昼食を摂ることにする。だけど外はがやがやと煩いし、耳障りでかなわない。それに店に入ってからも個室を頼んだと言うのに、仕切りをまたいで、視線や耳を向けられているような気がしてならない。とても落ち着いた食事ができる感じではなかった。


 僕は指を鳴らして、サイレントを発動させる。


「こういうの、爵位とか賜るともうできなくなるのかな? もしそうなら、とてもではないが心穏やかに好き勝手するっていうのも、もはや無理が出てくるか。ままならないものだと思うけど、立場故ってやつかな?」


「今後はやはり、馬車をお使いになられるのがよろしいでしょう。さすがに馬車まで押しかけてくるような輩は、先ほどのように捕まえて連行させるのが無難だと思われます。もしくは、術による幻影で姿を変えられるのがよろしいかと」


「なるほど、そう言う手もあるか。確かそう言う術や、魔道具もあるって聞いたな。高いのだろうけど、今の僕にはそれなりに財産があるからね。それか、陛下にお願いしてみるのもいいかもしれないな」


 トヨネとケンプの二人と軽く雑談して済ませた僕は、まだ賑やかな外に溜息をついて、店の店員に裏口を使えないか交渉する。チップを渡そうとするが、それは結構ですので、またお越しくださいと丁寧な対応で裏口を使わせてもらった。


 外に出ると少し小ぶりだが雪が降り始めていた。一騒動あった後だし、動き回るのは難しいかと諦めて城に戻ることにした。



 ♦



 城で僕を待ち受けていたのは、サイラス殿やその部下の、以前に護衛や補佐をしてもらった人達である。なんでも、それぞれが呼び出され、ヘイリー殿下、いや、公になっていないので宮廷魔術師のヘイリー殿と呼ぶべきか。彼女から僕の事を聞かれたらしい。御咎めとかそういう言った意味合いではなく、単に僕と言う人間を知りたいという事であったらしい。


 大したことは聞かれなかったのだが、気になってしまったので僕の耳に入れておきたかったらしい。ただそのことに関しては、僕が王族の誰かと結婚する話が出ているので、調べているという事なのだろうと思う。そのように伝えると、なるほど、そういうことか、と納得された。


 ついでに、今日あったことを掻い摘んで話してみると、それは動き辛いだろう。次からは馬車を使う方が賢明だと言われた。店側もそれが望ましいだろうと言われてしまえばそういうものかと思う。


 さておき、戦時中のメンバーが揃っているのだ。予定を決めて食事会でもしましょうかと伝えると、まじかよ! 本気か? と驚いて返された。約束を守るのは普通だと思うと述べると、生真面目な奴だと言われた。ならば、予定が開いている時間帯で五日後でどうだと言われたので、場所はどこが良いかと言うと、今日僕が食事をした個別の部屋がとれる店でいいだろうと言うことになった。


 早速それで予定を組んでおきますと答え、予約する時間を決めて話を終えるのだった。


 それから僕は部屋にあるベッドにダイブして、約4時間ほどだが睡眠をとることができた。案外疲れはたまっていたのだろうか。19時前にトヨネに起こされ、身支度を済ませてから、案内の侍女さんが来るまで部屋で待機する。



 ♦



 それから時間が来て侍女さんに案内された宮廷の食堂。そう、城の中ではなく宮廷である。簡単な身体検査を受けて中に入ると、そこには国王と幾人かの男女の殿下達、それに王妃やその他の側室、めかけと言えばいいのかな。所謂王妃以外の国王の愛人だ。この世界の神であるカルティア様は、一夫多妻制だとか、逆だとかそう言うのを全く制限していない神様である。そこに互いの愛があるならばOKだ! とか、そう言うノリなのだろうか。


 ちなみに一神で統一されているこの世界には、神の下に天使や悪魔という存在をあるものと考えている。カルティア様に尋ねたことがあるが、一人で何でもはしたくないでしょ? だから手伝ってくれる天使達がいます。逆に悪魔も存在していますが、魔王がいない所為か、あまり活動が活発ではないのが現状らしい。


 話が脱線してしまったが、結婚の自由はある。勿論年齢の規約は12歳以上とあるらしいのだが、婚約は何歳からでも、子供が生まれる前でも結べることができる。本人からしたらたまったものじゃないだろうが、貴族世界ではよく聞くことでもある。


「良い、遠慮せず席に座ってくれ」


「ありがとうございます。お初にお目にかかる方々もおられますので、お席を頂く前に、改めて名乗らせて頂きます。オルクス・ルオ・ヴァダムと申します。世襲はまだしておりませんが、同席する名誉を頂き感謝致します」


「小さいのに、よくそれだけの礼儀ができること。神童とは見た目こそ普通だけれど、話をすると印象が変わるみたいね」


「本当に」


「あまり困らせてやるなよ? バインクやウルタルも、それにヘイリーも認めておる。まあ、本人は王位に興味はないらしいが、わしの王政を間違いが無ければ助けてくれる。平たく言えば、上に立つ者が愚かでなければ、忠義を示してくれる者だ。はり合ったり敵視は絶対にしない方が良いとだけ言っておく。もうこれくらいにしていいだろう。座ってくれ」


「はい、では失礼致します」


 それから僕が着席して、すぐに王の配偶者と子供、それと先王様や、王太后様が紹介されるのだが、これ、普通にいっぺんで覚えるって無理なんじゃね? いや、思考についてスキルを頂いてるから覚えられているのだけど、普通はどうするんだろうか? 後で誰かに聞いて覚えるのが普通なんじゃないのかな?


 埒も開かないことを考えながら、順番に軽く目をさわせながら礼をする。


「昔のフォルトスに、何となく雰囲気がかぶるような気がするな」


「ほんとね。フォルトスも昔は神童だ、天才だってもてはやされていたのよ」


「さすが国王陛下です」


 フォルトス陛下は表情を苦くして、昔の事だと話をぶった切る。あまり触れられたくない話のようだ。咳払いをして、食事を頂くことになった。それから暫く静かな食事の流れが続いたところで、陛下が口を開いた


「ところで戦勝式だが、2月の初めに行うことにした。それが終わるまでは悪いが、ヘルウェンに戻ることはできんぞ。その件は向こうにも伝えてあるし、了承も得ている。向こうもお前が戻り次第式典をするそうだ。婚約発表を重ねて行われると言うことらしい。もしお前が相手を選んでいるなら、こちらもそうしようと思っているが、どうだ?」


「そうですねぇ……」


 この人、僕が困ると分かってて聞いてるだろ! 僕は表情に出さないまま、念話で文句を言う。


『この場で決めた相手を言うとか、どんな罰ゲームですか! 選ばれなかった相手にどんな感情が湧くかわかったもんじゃないですよ。何考えてんですか!』


『おいおい、だから考え過ぎだって言ってるだろ。ここにいるのは基本温厚なタイプの人間ばかりだ。お前が一人選んだからって、年齢的にもまだ子供は産める年なのだ。だから遠慮なく選んどけ』


 とりあえず、ツバ付けとけみたいな言い方をされると、何とも言い難い感じがする。僕がじれながら決断しないのが気になったのか、先王様が、まあ、気楽に選べばよい、時間もあるしな、と助け船を出された。僕はそれにお礼を述べる。


 と、そんなとき、食堂の扉が開かれ、少し肩で息をしているヘイリー殿下が現れた。


「珍しいな、お前がここに顔を出すなんて」


「少し私用がございまして、オルクス殿食事が終わってからでいいので、少しお話を致しませんか?」


「ええ、それは構いませんが、急用ならばすぐにでも――」


「いえ、私用ですので、食事を終えてからで十分ですわ」


 陛下が、ヘイリーお前まさか……、と言葉を濁された。陛下には何か思い当たることでもあったのだろうか。視線を送ったが、顎に手を置かれた後軽く首を振って、食事を再開された。



 ♦



 食事は無事終わって解散した後、ヘイリー殿と僕の宛がわれている部屋に移動した。その際、時間は夜の20時に差し掛かろうとしていた。


 部屋に着くなり、ヘイリー殿は僕がサイレントの魔術を使えるのだろう言って来た。どうやら僕の事を周囲に聞き回って、色々と僕の能力を推察したらしい。別段隠す意味のないことだったので、断りを入れてから術を発動する。


「本当に詠唱無しでやってのけるのね。いえ、そう言うスキルを持っているのかしら。あ、別に私が勝手に思ってることだから、答えなくても良いわよ。それよりも話っていうのは、あれよ! その……。勢いで言えば口にできると思ったのに、案外上手くいかないものね」


「婚約の事ですか?」


「そう! って、察しが良いわね。いえ、それしか主だった話なんてないものね。そう、婚約の話なんだけど。貴方、歳上には興味ないかしら? わ、わた、わたた、しとか、……」


「婚約して結婚できるのは12歳ですよ? 僕が12になるとき、ヘイリー殿は22になってますよね? バインク殿下も仰っていましたが僕なんかよりも、もっとつり合う相手をお探しになれば――」


「嫌よ! 大抵私のお見合い相手なんて、脂ぎった腹の肥えた男か、キザったらしい貴族の跡継ぎ。私の事なんてちゃんと見ていないし、王位に近づければそれでいい連中が大半よ。他は、私の事をただの女としか見てないのよ。それが私には我慢できない。私の理想とする相手は、野心が無くて私利私欲があってもあまり利己的でない欲を表に出さに人。それに能力があっても鼻にかけない、自信家でもないのに何でも引き受けちゃう人。それでいて、何故か結果を出してしまう人よ」


「えらく具体的ですね……」


 当然よ! と言いながら後ろを向いてしまったヘイリー殿。それから少し間を置いて、再び語り出した。


「王族だ貴族だと、それを笠に着ることがない相手が好ましい。けれど、私も含めて自分個人を最大限に利用できてこそ輝ける人。それが貴方だと思う。私は今、凄くわがままを言っているわ。けど、貴方みたいな理想的な人が、他にいないのよ……。でも10歳もの年の差なんて、男女が逆ならあり得るけど、貴方だものね。やっぱり若い女の子の方が良いわよね……、っ。ごめんなさい、私今凄く嫌な聞き方してる。でも、結婚相手を選ぶとき、どうしても外せないものがあるの」


 僕は黙ってヘイリー殿の言葉を聞く、彼女なりのアプローチなのは分かる。それが彼女らしいのだろう。それを受け止めるのも男の度量と言うものだと思う。受けるにしろ断るにしろ、相手の考えが分かるならばそれに越したことはないのだから。


「その第一条件は、男女関係なく、相手を縛らない考え方よ。貴方は、カックシーの件で合流した時にウルタルに、実際には私に話してくれたでしょ? “男性の目線だけでなく女性の目線で、物事が見れる社会は必要だと思います”って。

 こうも言った、“女性は必ずしも結婚して子供をと言うのは、僕からすれば羽をもいだ鳥、籠に入れて自由を奪うような気がするのです。だから好意を告白されて、お互いに納得できれば結婚する。結婚した後も、女性は自由に動き回れるようにしてあげたいと思っています”、とね。女性に理解がある人を私は手放したくないの。

 貴方が成人すれば、望めば子供だってちゃんと生むわ。家の事だって出来る事は何でもするし、貴方の支えになれることはなんだってこなしてみせる。貴方の言葉が全部本当だって言ってくれたなら、私は貴方を愛せると思うの。年齢的に先に老いる私では嫌だと言うのなら、それはそれで諦める。

 貴方よりも3つ年上のラクシェ王女に、女としての幸せを譲っても良いわ。だから貴方にどうしても私を、今だけはヘイリーを選んでほしいのよ……。こんなわがまま娘の事なんて、普通なら気にかけることもないでしょうけど、貴方なら私の全てを受け入れてくれると思うの」


 彼女の言葉を口を挟まずに聞き終え、少しの沈黙が部屋を支配する。僕は目をつぶり、少し間を置いて天井に視線を送りながら思考をフル稼働する。僕みたいな人間を求めているという彼女の言葉。それはとても嬉しいけれど、彼女の幸せと言うのは、どこを突き詰めれば成立するのだろう。今の僕にはそれを知るすべや、時間が足りていないと思う。


 だから少し姑息で卑怯ではあるけれど、少しだけ時間をもらえるように交渉してみることにした。


「過分な評価で恐れ多いのですが、僕はラクシェ王女に、他にも女性を侍らせる奴だと言われた男子ですよ? それでも良いって言うんですか?」


「構わないわ! それは男の甲斐性で解決するもの。結婚するなら貴方みたいな人が良い。私のわがままをどうか、どうか聞いてほしいの……」


 かわいらしい人だ。自分に正直で真っ直ぐな心根を持っている。恐らくやりたいことだってたくさんあるだろうし、それを途中で止められるのを良しとはしないだろう。僕もそう言う相手を望んでいる。けれど……。


「……少しだけ、考える時間を頂けませんか? 答えは早ければ明後日、遅くても三日後には結論を出します。それでも良いならば」


 彼女は振り向いて少し小走りに扉の方へ足を向けて、扉の取っ手に手をかけて開き、口早に告げた。


「分かりました。良い返事を期待しています。おやすみなさい」


 彼女は僕の返事の先延ばしに、文句の一言も言わず、部屋を後にした。



 ♦



 それから暫く、何も考えずボーっと布団に寝転がり天井を見て、いつしか眠りに誘われ夢の中を漂う。


返答を引き延ばしたはいいが、明確な返答をこの短い時間で用意できるのだろうか。彼女をラクシェ王女同様に愛し、幸せにできるのだろうか。僕の中で渦巻く不安が、より大きく僕を包み込もうとする。


「そんなとき、人は誰しも頼りにできる人が身近にいるものよ?」


 僕はハッとして背後を振り向いた。そこには転生前に会った女神カルティア様がいた。


「夢の中ならば、貴方に負担をかけずに会うことができます。なのでやって来たのだけれど。貴方は既に決めているのではなくて? 私が助言を言っても言わなくても、それと決めているのだと思います。後はそれに貴方自身が気づいて述べるだけです。もしも、正直になれたら、私からささやかなご褒美をあげようかしらね。おやすみなさい、オルクス」


「…………」


 微笑むカルティア様の表情にどこか安堵するように、僕の意識はすっと降りていくように閉じていった。

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