第33話

 早朝、いつもの勉強や訓練の日課を進めていると珍しくケンプが実家に届いていたという僕宛の手紙を数枚渡しに来た。誰からだろうか? 確かに宛名は僕なのだが、知らない家名のサインがされていた。ケンプが調べてくれた内容では父や家令のビジルズから言わせるに、ユピクス国王のどこかの部署ではないかと言うことらしい。なんでか何となく手紙の内容を読みたくなくなってきたな。だけどいつまでも見ないわけにはいかないだろう。深いため息をつきながら封蝋を開いて中身を見ることにする。


 嫌なことはさっさと終わらせたい思いから、ざっと手紙の内容を読んでいくと、要約するに次のような内容だった。


 ヘルウェン王国からユピクス王国宛に、隣国との睨み合いで抗争するならば加勢してやろうとかと、一見手助けを申し出る内容の書状が届いた。その話が本当かどうかを外務官同士の話し合いの席でもその助力する申請を申し出てこられたが、ヘルウェン王国の意図、目的が分からず困っているという。


 で、要するに僕がヘルウェン王国から何か聞いていないかという問い合わせという内容みたいだ。僕は再び頭に手をやり頭上を見上げて深いため息をついた。それ、僕に聞いてくる内容なわけ? と言うか、モイラアデス国王は僕に話し合いになる前の内容を伝えてきたわけだ。もしかして、現状この手紙のやり取りがされることを見越して先手を打ってきたというのか? あの国王の事だありえない話ではない。


 僕はどう答えるべきなんだろうか。知ってることを素直に手紙で返信する? いやいや、そんなことしたらヘルウェン王国での僕の立場が危ういことになるだろう。ここは黙って知りませんと返事しておくか? というか、相手国が何を思っているかくらい予測をいくつも検討して出した上で対応するのが国同士の対応じゃないのか?


 そのために僕に質問が来るのは当然か? そうなのかもしれないが質問の仕方に疑問を覚える。ユピクス国のどの部署かは知らないが、対応として当然だったとしても、予めユピクス王国側で協議して予測を交えて質問してくるぐらいはしてほしい。これはちょっと保留だな。


 読んだ手紙をインベントリに雑に投げ入れる。どうせインベントリ内で整理されるのだから僕の荒んだ心情を汲んでこれくらいのことは許してほしい。それから僕は日課に集中して、いつも通りの時間より早くヘルウェン王国に宿舎の自室に戻る。食堂に行くにはまだ早い時間だ。トヨネに頼んで紅茶をいれてもらおう。と思っていると、すでに用意されていた。さすがである。


 僕が好む茶葉と適度な温度で入れられた紅茶をゆっくりと喉に通す。気持ちが落ち着くな。けれど、やはりあの手紙の事が頭の隅っこで気にかかる。ほんとにやるのかね、抗争というか戦争を。とにかく、これは僕の手に余る事案だ。できることならモイラアデス国王にどうすりゃいいのか直接聞きたいね。まぁ、答えてくれるか不明だけど。それ以前に軽々と会える立場の人ではない。また、ラクシェ王女に取り次いでもらうか?


 いや、毎回それをやるのも問題だろう。この場合、誰に相談するべきなのか。とりあえず、手近なところでベルセリさんかな? 僕が現在ヘルウェン王国で働いているということはユピクス王国でも知られているだろうし、ユピクス王国から一度実家に手紙が送られ、実家からヘルウェン王国に手紙が送られる期間を考えると、時間的には少しばかりの余裕がある。ユピクス王国としては早く答えがほしいだろうけど、僕としてはそれほど返答を急がなくてもいいだろう。まずは困らないように誰かしら頼れる相手に相談をしてから考えよう。




 ♦



 食堂で食事を終えてその足で軍務部に向かう。部屋でダラダラすると気力が下がりそうだったからね。さすがに年齢的には幼くても、職場で副部長として部下を持つ身としてはそんな気力のない姿をさらしたくない。とりあえず、頭を切り替えて仕事モードに切り替えていこう。そう気持ちを引き締めて職場に到着する。ベルセリさんはまだ来てないみたいだ、他の職員が数人いるくらいだな。相談するなら休憩時間にしようか。




 ♦ ♦




 午前中の仕事が何とか区切りを付けれる程度には終えることができた。何人かの職員が机でへばっているのが見て取れる。今日は申請書類の提出が多かったように思うけど。まだお昼で、休憩が終わると後半戦があるんだぞ? そんな調子で大丈夫か? 僕はそう思いながらベルセリさんの元に向かう。


「ベルセリさん、少し相談したいことがあるんですけど、お時間ありますか?」


「おや? 珍しいですね。ええ、大丈夫ですよ」


「ありがとうございます。では、少し込み入った話なので応接室でお願いします」


 僕はベルセリさんとお客が来た時に使う応接室に向かう。時期が時期なら使う頻度は高いらしいが、今のところ窓口でのやり取りで十分対応できているので使われることはあまりない。まぁ特別な相談や、階級の高い人が来た時に使う部屋なので頻度が低いのもうなずける。僕は、部屋に入って扉から離れる。ベルセリさんが扉を閉めたのを確認してから最近習った魔術を使用する。


「セレクト:サイレント」


意識して部屋の限られた範囲に対して、音声が漏れないようにする魔術だ。僕のいきなりな行動にベルセリさんが驚く。


「ああ、盗聴防止ですか。いきなりなので驚きました」


「すみません、僕としても誰に相談すればいいのか分からなくて、とりあえず身近な人でと思いベルセリさんに相談しようと思いました」


「光栄ですね。で、話と言うのは?」


「ベルセリさんは、諜報員も兼ねていると以前伺っていたので話しても大丈夫だと思うんですけど。この国が戦争するような動きをとっていることはご存知ですか?」


「ああ、その系統の話ですか。聞いていますよ。軍務では立場のある将校までしか知らないんですけど、オルクス君が知っているのには驚きますね。情報源は訪ねて平気ですか?」


「ええ、それはこの国の国王陛下ですよ。ラクシェ王女の件で学院に向かう前にお会いしたときに脈略なく話されましてね。何をお考えなのか推察しかねる事態でしたから、その時は強引に話を変えてやり過ごしたんですけど」


「え……。国王陛下ですか?」


「いや、そこで固まらないでくださいよ」


「いやいやいや、その話はどえらいことですよ? どこかの将校がうかつに誰かと話してるのを聞いたと言われるのかと思ってましたが。まさか国王陛下がオルクス君に軍の機密になりえる話をされたんですから。素直に驚かせてください。普通ありえないことですからね?」


「分かってるつもりですよ? 正直困ってまして。それでその話は外交官同士で話し合ったということを、僕の祖国であるユピクス王国からそのことについて、何か知らないか? と手紙が来たんですよ。正直に答えるわけにもいきませんし、知らないと言うべきなんでしょうけど。こちらの国王は何を考えていらっしゃるのかほんとにわかりません」


「はー、それはお困りでしょう。ラクシェ王女殿下にまた取り次いでもらうというのは? あ、そうか。オルクス君が気にしているのは……」


「ええ、ラクシェ王女にお願いすることは簡単でしょうけど、それをすると周りの目がありますよね。それにつけ込んで王女に取り入ろうとする人も出てくるはず。僕経由でとか考えますよね。学院の件の時とは状況が違います。それに、毎度利用するようなやり取りも僕としては気が引けますし」


「それはオルクス君が考える通り正しい判断でしょう。現状は国王が目を光らせていますが、王女に近づきたい輩は多いでしょうし、やっと落ち着いた王族同士の騒動も鎮火して間もないですからね。今王女に近づくのも周囲の目もあるので、その行動は称賛されるほど正解です。私としても個人的にその心情は喜ばしいと思いますし、私でよければ力になりましょう。こう見えて、諜報員ですから」


 ベルセリさんが胸をわざとらしく張った。僕は苦笑しつつその言葉に甘えさせてもらう。


「助かります。お願いしたいのは国王陛下に取り次いでもらうよりも、僕が祖国に対しどのようなスタンスでいればいいのか。また、こちらの国でも同様です。それとできることなら、ラクシェ王女の方にもしばらく僕への接触は控えるように伝えてください。約束は守るのでと付け加えて頂ければ文句を言いながらでも我慢してくれるでしょう。はぁ……、戦争になったら忙しくなりそうだから、僕帰省しようかな?」


「ふむふむ。その約束と言うのは気になりますけど。と、それはこの部署の部長として困りますからできることならいてほしいのですが……。分かりました。時間は必要ですが私共の方から陛下にお伝えするようにします。返事は数日待ってください」


「はい、僕としても答えがいただけるなら急ぐこともないので。話は以上です」


 ベルセリさんは頷いて任せてくださいと返してくれた。そこで僕はサイレントの魔術を解く。時間としては15分ほどしかたってない。昼の1時間休憩としてはまだ時間がある、自分の机で紅茶でも入れて飲みながら本でも読もうかな。どうでもいい話だけど、僕は朝食が多い分お昼は口寂しいときにつまむお菓子程度で全く食事を食べないようにしている。夜も大盛りだからね。いつの間にか用事を終えたトヨネがいて僕の机に紅茶注いだカップを用意していてくれた。ほんとにできる女って感じだな。見た目は少女なんだけど。


 そうそう、購買で何が売られているのか商品の一覧表を取ってきてもらった。用紙が3枚ほどあるのでかなりの品揃えらしいね。品薄にならない程度購買を利用するのも手だろうと考えている。読書はまた次の機会に回して商品一覧に目を通す。買う物があるとしても、一応一般的な店舗と値段を照らし合わせてから購入するつもりでいる。確認は大事だよ、ほんと。


 それにしても、さすが軍で並ぶ商品だ、それなりに偏りがある。一般商品も多々あるのだけど、やはり軍務で扱う方面の商品しか値引き対象ではないようだ。一覧表の余白に注意書きがされていた。戦争があれば品薄になる可能性のある商品が出てくるから、買うなら早めの方がいいだろうし。仕事が終わってからまとめて考えるか。今没頭しても時間に追われるのは目に見えてる。それは僕の主義じゃない。紅茶をおかわりして落ち着く。


「そうだ、時計買っとかないと。これだけは急務だな。トヨネは休憩時間が終わったら購買部に僕のカードで時計を予約で10個購入してきてくれる?」


「かしこまりました。その後はどういたしましょう」


「仕事が終わるまでいつも通り自由にしていていいよ。そういえば、この前の大会の勝ち金が用意できたとか手紙もらってたよね。受け取りしてきてほしいかな。その後は任せるよ。はい、僕のカード」


「お預かりいたします」


「よろしく頼むよ」



 ♦



 今日の仕事もやっと終わりが見えてきた、僕は適当に伸びをして凝り固まった筋肉をほぐす。実際にほぐれてるのか不明だが気分的にやってしまう。デスクワークをやってると癖になる行動と言えばいいのか、決まった動作が無意識に行われることがある。不思議と言うか変な話、一人がその行動をとると周囲も同じように伸びをしたりするのが目につく。少しおかしく感じるが別段様子を見るだけで特に気にしないでおく。腕輪の時計に視線を送りもう一頑張りするかと気を引き締めてスパートをかけていく。


 と、そこで窓口から僕に声がかかった。対応で困ったことでも起きたかな。呼ばれて行ってみれば主に窓口を担当している女性のアネイさんが困った顔を僕に向けたまま視線だけは窓口を見ている。


 窓口を見れば軍服を着た男性が二人立っていて僕の方を見ている。僕に用があるのはそれで分かったのだけど、なんだろうか。とにかく現状の説明を求めてアネイさんに何があったのか説明を求める。すると、このような説明を受けた。


 以前出した備品の発注書類が必要なくなったので取り下げてほしいらしい。出された書類の提出日はさかのぼること10日程前と言うことらしい。発注内容を聞くと何だったかわからないと、そんなこと言われて、はい、そうですかと発注を取り下げることなどできるはずはない。


「何故発注内容が分からないのですか? ここに取り下げに来るということはそれなりの理由があると思うのですが?」


「それが、在庫がないと思って発注したら倉庫の中から出て来たらしいのだが、その出て来たもの自体が何であったか聞きそびれてしまって」


「それならば、今すぐ確認してくれば良いと思うのですが?」


「それが、その発見した在庫を誰も覚えていない状態だったのだ。記録もなく物が何だったか誰もわからない」


 そりゃそんなこと言われたらアネイさんが困るのも無理はない。そして、その内容を振られた僕も困る。んー、しょうがないな。


「お二人は軍備部の方でしょうか? それと、書類を提出したのも軍備部の方でしょうか? 提出された書類の発注書の書式は分かりますか? 10日程前に書類を出したことは確かなんですよね?」


 僕が思ったことを矢継ぎ早に質問したところ、内容に記憶を辿りながら答える二人は軍備部の人達だった。名前をカイサルさんと、もう一人がバシルさん。そして書類を提出したのも軍備部の人で間違いないらしい。と言うことは書式は軍備部が使う5種類の内どれかなわけだが。


「アネイさん、部長に過去の控え書類まとめたファイルを取り出す許可をもらってください。そして軍備部の書式は5通りですから10日前とその前後を含めたファイルを持ってきてください」


「は、はい」


 指示に従い駆けていくアネイさんを見送り、僕はもう一度二人の軍備部に向き直る。説明だけはしておかないとな。


「発注の取り下げですが、備品そのものにもよりますけど、取り下げが間に合わないケースもあるということだけは覚えておいてください。10日経っていて取り下げるというのが通る確率も正直言えば低いでしょう」


「それは困る!」


「そうですね。でも、発注先で作ってくれた人も、在庫があったからもういらないと言われてしまったらもっと困るでしょうね」


「う……」


「在庫確認で不明瞭なものは、こちらからも確認に行きますが、基本確認して把握しているべきは軍備部です。今回のケースも物が分からないという状況自体おかしいと思われませんか?」


「それは……」


「責めているように聞こえているかもしれないので、誤解がないように言いますが、ミスは誰にでもあります。ですが、頻発してはなりません。それはどこの誰でも、どこの部署でも同じことだということです。誰かが分かっているだろうと、メモをした人も、確認した人もいなかったんですよね?」


「それはそうだが……」


「連帯感が必要なはずの軍務でそれは意識するべきだと思います。ただそれだけのことがされていれば現状のようなことで時間を浪費しなくても良かったのですから」


「確かに、言われるとおりだ。申し訳ない」


「謝罪は不要です。互いに気を付ければいいだけですから」


 僕等のやり取りが収まったタイミングでアネイさんから声がかかった。


「副部長、お持ちしました」


「ありがとうございます。10日前後で処理された書類は確か、こっちですね。出されている書類は形式の違う2通だけだったはず。……うん、間違いないですね。提出者の名前は……、ハリーさんと言う方とニックさんと言う方だけです。どちらの方でしょう?」


「ニックだ、それは間違いない」


「でしたら、ニックさんの発注書類に記載されている品目は、縄を巻き付けて保管する大型ドラムですね。念の為軍備部の倉庫で確認してきていただけますか? 発注数が5個となっているので、見合う数あるならそれが正解でしょう。ちなみにハリーさんが発注に出しているのは剣を研ぐ携帯用の研ぎ石を50個ですね。こちらも確認お願いします」


「了解した!」


 それから少し経って、今件の取り下げ申請はニックさんと言う方が発注した縄まき用の大型ドラムで正解だったようで、発注業者が城下の街であったため、その日のうちに連絡を入れ発注の取り下げを申し込んでみたが、すでに2つ完成しているとのことで、受注数をその数に変更してもらうことで話がついた。


 この世界には電話などない為、全て走り回っての行動である。一応、ギルドや国の管理下で通信できる魔道具があるらしいが、一般で手に入るようなものではないらしい。


「この度は、大変迷惑をかけた。今後は報告、連絡、相談を密にとるようにし、ミスが起こらないように努める」


「はい、お疲れさまでした。お互いそのようにいたしましょう。それで無駄が省けるようになれば仕事もはかどるはずですから」


 教訓ができたとお互いに話し合う。ちなみに二人が僕の事を呼んだのは、アドニスさんに、彼ならなんとかしてくれると言われたそうだ。何その脅し文句。変なプレッシャーかけるのはやめてほしいんだけど。僕にだって対処できないことは山ほどあるんだ。そんなことを思いつつも表情には出さずに、軍備部の二人と別れた。


 時刻は19時過ぎ、残業手当はしっかり申請しよう。僕はそう思いつつ宿舎に戻った。



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