第8話

 王都からの帰路で3日目のその日の午前中、漸くヴァダム家の屋敷の前に馬車及び奴隷と荷物を載せた荷馬車が到着する。奇跡の腕輪の機能で仮想ウィンドのような、というかもうこれは仮想ウィンドで良いだろう、それには現在の時刻午前9時過ぎと表示されている。


 最初はもう少し遅れるだろうと予想していたのだが、案外予定通りに到着できたのは幸いだった。今度は忘れないよう奴隷達に、食事の手配をしておかなくちゃなとトヨネに頼んでおく。奴隷の人数が多い為にトヨネとモモカを含む屋敷のメイド達がせわしなく動いている。現在僕の隣にはアイリスが付き添っていて移動中だ。


 そして僕は昨日、重大な見落としをしていたことに気付いた。それは何のことはない基本的な事として、自分が女神様に頼んで支給された、この右腕側にある金色に輝く奇跡の腕輪を、従者の召喚とインベントリ以外で使っていなかったことに、今更ながら不意に気づいた。何てお間抜けなのだろうか。それは昨日の夜に、別の村で家を借りて寝る前の動きで、腕輪の機能に漸く気づいた。無意識にログアウトしようと思い、仮想ウインドを開いたのが切っ掛けだった。


 急いでこの世界の情報を得ようと、本を買ったり、話をしたりと動いておきながら、手元の腕輪の機能を、完全に意識の外に置いていたお馬鹿な僕。睡眠に入る前にそれに気づいて、色々と試したことで判明したこと。それは、インベントリの機能の他に、僕が前世でGMゲームマスターとして使える機能もあった。それは追々説明を加えていくけど、ほとほと自分に呆れてしまって、次の朝に馬車に乗った際、母上や他のガーディアン達に、落ち込んでいることが何故かばれた。


 私は貴方の母親なんです。それくらいの事は見ればわかりますよ、そんな感じで母に言われ、従者達にも僕の仕草が落ち込んでいる時のものだと指摘されてしまう。そんな一幕もあった。そんなことを思い出しながら歩く。


 ――そして、母上の執務室へ到着。元々は父上の執務室だったが、現状では母上の仕事部屋となっている。声を掛けてから部屋に入ると書類整理をしている母上と、横に控えるビジルズがいた。僕とアイリスは向かいに立つ。その時、ビジルズの目がわずかに細められて、早速問い質された。


「それで、87名もどうするおつもりでしょう?」


 ビジルズの第一声がこの疑問だった。


「え、ああ。たしか、100名までなら食料も大丈夫なんだよね。食料があるなら住居も……とか。いや、冗談だよ! ちゃんと考えてあるよ!」


「さようですか……」


 ビジルズの視線がやばい気がする、これは何かしら意義がある前触れの段階だと僕にはわかった。ビジルズにいさめられたことくらい、過去に何度かあったからね。彼の癖のようなものは、転生する前の僕の記憶に少しはある。だから、ちょっと急いで対応した方がいいかもしれないな。食料については問題ないのだし、今は早急に住居を何とかすれば問題はないはずだ。


「ちょっと待ってて。えーっと、初期に使う天幕と」


「え? 天幕なんて買ってないわよ? 倉庫に兵士が使うものがあったけれど、うちで使うものはそれほど数があるわけじゃないし大きさもそれほど大きくないわ。それにある分は全部組んで外に設置した後だしもう残ってないもの」


「大丈夫です、ちゃんと用意してありますから。ちょっと外に行って住居の用意してきます。ビジルズ、領地の地図持ち出すね。アイリス手伝って」


「お気をつけて、行ってらっしゃいませ」


「かしこまりました」


 ――半信半疑という視線を向けてくるビジルズから逃げるように領地の地図を預かり、そして外へ。移動は歩きでと思ったが僕の歩行では時間が掛かる為、馬車での移動になった。ちょっと情けないが、自分の身体が幼いのは仕方がないことだ。兎も角、地図を頼りに実家の天幕が既に設置済みの場所へ向かう。


「はぁ~。ビジルズの目が怖かったよ」


「それは仕方ありません。聞いていた100名と言うのは、半月ごとに数度分けてという予定だったらしいですし。住居もそれに合わせて人数分天幕で前準備して、仮組の住居でまかなう予定だったそうですから。ビスタリア様もそれをビジルズさんに相談していて、30人位なら何とかなると了承を得ていたようです。それが到着して見たら87人ですから。――ふふ」


「笑い事じゃないんだけど。まぁ、これからそれを何とかするさ。先ずは先に組んである天幕っていうのはっと。あれか、あー確かに小さいしな、30人をすし詰めにしてギリギリってとこじゃないか……。確かに、このままじゃまずいよね」


 30人分の天幕は設置済みだと言われていたんので、残り60人近い住居を用意すればいいかと思いきや、これはそれ以上の住居が必要だな。んー、迷わず手持ちの天幕、と言うか大型の仮設住宅のようなものを出して、用途ごとに設置するか。その後は住居用に中型と小型の4張連棟はりれんとうとかいくつか設置すればでいいかな?


「使われるのは課金アイテムですか? それとも既存で手に入る方の組み立て式でしょうか? どちらにせよ、用途によって大きさは変えた方がいいですよね」


「うん。大きいのは収納には良いだろうけど、それだけじゃだめだね。課金の施設はさすがに今出すのは、大きさの意味合いで規模的に問題がある。今回は組み立て式のセットアイテムかな。セシルを召喚したら奴隷達には、今見える既存の天幕じゃないちゃんと生活できる住居を、自分達で作って貰わないとね。全部こっちがやるのは、後々のモチベーションや環境に悪い意味で影響があると思うんだ。さて、ちょっと開けた場所に行くか」


 天幕の大型は資材置き場に、中型は医療用と食事用と道具置き場に分けようか。僕の詰め所は別に1つ作るとして、天幕からあぶれそうな人が出ないように4張連棟を、そうだな4棟くらいかな。既存の天幕付近に出して一つの天幕に6人で入って貰おう。その後ろに中型を3棟、大型を1棟。これで何とか87人住める場所と作業所もできるだろう。


 馬車の中でアイリスと話しながら目的地に到着。御者に馬車を任せて開けた場所に移動する。――で、腕輪から組み立て式の天幕セットを出したわけだが。出てきたのは資材のみ。


「まじか……。完成品が出ないとか、そこまで都合よくないのか? いや、これは僕の魔力量と、腕輪の蓄積されてる魔力量が足りなかったのかな? それともほかに何か原因が」


「いえ、恐らくですが、前の世界で組み立てる前の状態で収納していたからではないですか?」


「あー、そういえばそうか。ってそういうこと? これは、課金アイテムじゃないけど……、確かに組み立てて使ったことはあまりないな。組み立てたのは前世のゲームに置いてきちゃったし」


 ゲームデザイナーやGMゲームマスター、所謂、“管理者”よりプレイヤー側の視点に立つために、僕は課金も行っていたわけだが、『課金ガチャ』はガーディアンだけが景品ではない。建物や施設、装飾や消耗品などの便利アイテムが詰まっていて、ほしいものが必ず手に入るわけではない。勿論、選択式の課金アイテムもあるが、品質や性能を考えると、やはり確率を度外視どがいししてでも、課金ガチャをやってしまうというのが一般的だ。


 その中でも、倍率が高いゲーム初期なら便利だろうと思われるアイテムも、ベテランユーザーからすると不要のハズレ景品となる場合もある。そんな中僕の持っている天幕セットは、初期では組み立て時間も短く耐久度も高い優れ物だ。だが、持っていても使わなかった訳で袋とじを開けた状態のままになっていた。この世界で使う場合それだと資材からの組み立てになってしまうらしいことが分かった。後で荷物整理も兼ねて一覧を見てみるか。もしかしたら、インベントリ内で開封したら、出来合いものになる可能性もある。そこは要検証だ。


「はぁー、大概なんだかんだで、大分抜けてるな、僕は」


「ふふ。そういうところもお変わりないようで、私共はお仕えし甲斐があります。それに組み立ては簡単だと思いますので、奴隷の方々に手分けして作って頂きましょう。初めの共同作業としては、連帯の確認や、人材の見極めにも良いと思われますので、そこまで気を落とされなくてもよろしいかと」


「まぁそうだけど、はぁ……」


 それからしばらく、資材を腕輪のインベントリからまとめて取り出す作業を続けていると、遠くからこちらを呼ぶ声が聞こえてきた。



「お~い、オルクス様~、アイリス姉ぇ~」


 取り出し作業を短時間でしながら、自分の間抜けさにうなだれている僕に、モモカの元気な呼び声が届く。馬に乗ったモモカの後ろに同乗しているトヨネがいて、その少し後ろの方に奴隷達を乗せた荷馬車が続いている。と、それを見はる兵士達。食事は終わったのだろうか。


 先に到着した彼女達に、僕は思ったことを聞いて見る。


「もう食事は終わったの?」


「終わったよ~。休憩も兼ねてここまで時間をかけて、ゆっくり来たけど早かったかな?」


「いや。丁度いいタイミングだったよ。早速だけどモモカ、リストにあった身体に欠損や怪我がある人は向こうの一番大きい天幕の前に並ばせてほしい。体に異常がない者はあちらの資材が置いてある場所へ。トヨネ、あれは前の世界の天幕セットアイテムなんだけど、開封状態のものは、資材がばらけた状態でしか出せなかったんだ。奴隷達に指示して資材の組み立ての指揮をお願い」


「は~い、じゃあ怪我がある人皆こっち来てー」


「かしこまりました。それでは馬車を降りて指示に従って別れてください。資材の組み立て作業を行いますので班分けを行います」


 トヨネ達が指示を出しているのを眺めている内に、僕とアイリスは、体に欠損や怪我を負っている者達を、モモカに並ばせた天幕へと入っていく。大きさはあるがぼろいな……。


「さて、モモカが欠損者や怪我人、病気持ちの列を作ってくれている内、にこちらは“セシル”を早く呼びましょう」


「そうだね。では早速やるか。我ここに盟約の証をかざさん――」


 僕の宣言に腕輪は光り輝いた、と思ったら光が徐々に収まっていくようだ。


「……、え、うそっ? 魔力が足りない!?」


「オルクス様、そういう時の為に腕輪に収納されている中には、ちゃんとマナポーション魔力を回復する薬があったはずですわ。あれを使えば、数本でセシル一人くらい余裕で呼び出せるでしょう」


「ああ、そういえば確かに、助言に感謝するよ」


 え? ああ、アイリスってこういう性格だったな。僕が困った時、ちょっと押しの強い感じで仕切ってくれ頼れるお姉さんだ。トヨネとは少し違ったメイド長タイプかも。



 なんだかんだと支えられながら、僕は天幕の中で言われた通りマナポーションをあおるよう飲む。するとあら不思議、一本で僕の魔力が全快したようだ。さらに腕輪の魔力蓄積量まで見事に伸びきっている。


 え、いや、おかしくない? 


「あれ? 一本で僕自身全快したついでに腕輪の魔力もかなり満たしちゃってる」


「それは……、どういうことでしょう。以前の世界であれば腕輪の魔力を満ちさせるのにそのポーションが何本か必要だったように思いますけど」


「確かにそうだったはずだよね。んー? わからん」


「オルクス様~、ま~だ~?」


 アイリスと二人してウンウン唸ってみるも結論には至らず。考えに沈みそうになっていた天幕の中に、モモカがひょこりと覗いて声をかけてきた。


「あ、すまない。もうすぐだ」


「了解で~す」


 おっといかん。考えに集中して目先の事を忘れていた。これは急がねば。


「とりあえず答えは先送りだね。さっさとセシルを呼んで事を進めよう。我ここに盟約の証をかざさん。忠実なる者よ再び封じの鍵を解かん。我が前に姿を!」



 天幕内の床が瞬時に光を放ち魔方陣が出現した。その上に例のごとく光の人形が姿を現している。しているのだが少し様子がおかしい。白いナースキャップのような帽子が特徴的で髪を束ねた銀髪に、吸い込まれそうな銀色の瞳。白をモチーフとした服装の女性。神聖術を得意とする、癒し手の彼女は確かに呼べたが……。


「セシル……と、え? は、ええ? 女神様!?」


「あら、小さなご主人様。お久しぶりでございます」


「あら可愛くなっちゃって。ごきげんよう、菅創也。いえ、今はオルクスだったかしら?」


 召喚するときに、僕はしっかりセシルを思い描き呪文を唱えたはずだ。それなのに転生前に会った雰囲気が少し異なるが女神カルティア様が一緒に召喚されてしまった。混乱する頭で何とか尋ねてみる。


「え、ええ。しかし何だってカルティア様が? 僕を転生させた女神様である、カルティア様、ですよね?」


「あらあら、混乱させてしまったわね。でも、それは当然なのかもしれませんね。簡単に説明をしましょう。それはね、貴方がセシルを召喚する際に用いた方法が良い切っ掛けになったので、ついでに召喚に乗せてもらいました。

 後は貴方が使っているアイテムやガーディアンについて少し事情を説明しておきたくて。もちろん、上司である神階様しんかいさまと言う、貴方が知らない方にも、ちゃんと許可を得て来ましたよ。ちなみに服装はセシルさんを真似てみました。似合うかしら?」


「ええ、それはもう……」


 乗せてもらったって、僕の召喚は乗合馬車じゃないんだから。そんな気楽に来られても……。


「一応、貴方へのお礼も兼ねています」


「お礼、ですか? 僕はまだ何もやった覚えはないんですが……」


「教会の件です。これは後で知るでしょうからいいのですけど。それより外に待たせている者達が不安がっているようです。今回は私もお手伝いしましょう。ついでに貴方の父親であるルオ・ヴァダムの件も何とかしようと思っているので、先に終わらせるべきを終わらせましょう。よろしいですね?」


 ――!!


「ご主人様、挨拶もそこそこですが、私も女神様と同じく、先に務めを果たしたいと思います。事情は主様が召喚する前に、女神様に教えて頂いておりますので問題はございません」


「はぁー、とりあえず、わかりました。セシルもよろしく頼むよ。確かに目先の事を片づけた後の方が話もしやすい。よし、モモカ、準備ができたから2名ずつ中に入れてくれ」


「ああ、そうそう。今回私は貴方に召喚されたと言うことにしておいてください。そうですね、対外的にはカーチェとでも名乗っておけばいいでしょうか。あ、様は無しですよ? さあさあ、久しぶりに頑張りましょうかね? ちなみに私の使う力は、貴方からのパスを通じて分けてもらうようにします。個人の神力しんりょくでは強すぎるのも問題ですからね。使うとしても周囲の私とセシルへの記憶があやふやになり残らないようには、神力を使って相手の記憶を書き換えておくくらいです」


「はあ……、書き換えてって軽くいってらっしゃいますが、いや。まぁ今はいいか」


 そして、なんだかんだと注文を付けられながら、数多い体に異常がある奴隷達の治療は始まった。最初入ってきた二人は天幕の中を見まわし、僕達の前へと促されると不安そうな顔をしながらゆっくりと近づいてきた。僕はとりあえず決めてあったことを伝える。


「今から行うことは、領地の外へ漏らしては決していけない極秘事項だ。話は簡単、貴方達が失った身体の病気を取り除いたり、あるいは欠損や怪我治療し取り戻させる事が目的。さ、両人そこの二人の前へ進み椅子に掛けるといい」


 僕の言ったことを理解したのかどうか奴隷二人の喉の動きから、ゴクリとつばを飲み込む音が聞えるような気がした。欠損を治した後ついでに神力で意識的にも無意識的にも今回あったこと、特にこの二人に対しての記憶はあやふやになる。そして普通の奴隷と同じく働いてもらうことになるだろう。その辺は省略させてもらう。言うべきではないし、必要ないと判断したからだ。


「さぁ、こちらへどうぞ」


「こちらにもどうぞ」



 慈悲深い笑みが眩しい二人の女性に声をかけられ、しばらく二人は互いに顔を向き合わせて、やがて花に群がる蜂のように、ふらふらっと前に進みだす。そして、二人の女性の前に用意された椅子に、すとんと腰を落とした。


 半信半疑だが、怪我や欠損が治ると聞かされれば、期待しないわけにもいかないらしい。さらに怪我の部分を見せるように言われ、彼等はそれぞれ自分達の欠損した部分を見せたり、言葉でその箇所を述べる。


 そして間もなく、怪我や欠損、病気などの身体の異常を把握すると、彼女達は神力による魔術で、負傷者側の身体の一部が光で覆われる。さっきまで信じられないといった顔で互いを見ていた二人の奴隷は、治療を終えていることにも気づかないのか僅かな時間をボーっとしているようだ。


 把握するのにも切っ掛けは必要なのだろう。僕が治療を終えた二人の隣から声を掛ける。


「さて、治療は終わったよ。さっきも言ったが領地の外には決して漏らさないように。酔った勢いとか混乱、あるいは無意識に話が出ないように注意すること。さて、悪いが後ろがつかえているからね。天幕を出たら外で別の天幕を組み立てている班に合流してほしい」


「……え?」


「……へ?」


「ほらほら、右腕ちゃんと治ってるでしょ? そっちは左手と右肘の関節。動かしてみたら分かるから」


 それから天幕内が騒がしくなるのはすぐだった。二人は僕から指摘を受けて、恐る恐る目にしたり、動かしてみたりすることで、漸く実感が湧いてきたらしい。天幕内は声にならない声で叫んでいる彼等のおかげで騒がしい。うんうん、ちゃんと動いてるね。よかったね。そんな表情でいる治療をした側の二人は兎も角、感激しているのは分かったから早くどいてくれないだろうか。後ろで君達の後には控えてる連中がいるんだから。僕は二人に負けないくらい大きな声で指示を飛ばす。


「騒がず! 回れ右して、天幕から出てっ! 約束は守れ! 仕事をしろ!」


「は、はいぃぃ!」


 驚いた欠損が治った二人は、慌てて天幕の外へ出ていく。そして、外が騒がしくなるのはすぐだった……。わかってたけど騒ぎ過ぎだ。治療をした当の二人はにこにこしたままだし、それだけしか問題が無いなら早く進めよう。新作のゲームやゲーム機なんかを、列を成した末に手に入れた御客のような反応だ。全く、このままじゃ天幕の組み立て作業が間に合わないじゃないか。のんびりしてたら日が暮れてしまう。その前に4張連棟だけでも最低立ててもらわないと困る。


「モモカ、次!」


「は~い、さぁ中へ入って。2人ずつだよ~」



 その後、最初の二人と同じようなやり取りを、列の半分までやり続けた。その頃にはやっと落ち着いたのか、いや落ち着いてない。トヨネに任せている天幕の組み立ての方ですごくテンション高く働いてるのが見えた。嬉しいのは分かるけど、張り切り過ぎて、また怪我なんてされたら意味ないんだけど。トヨネが監督してるからさほどの事がない限り安心だけど。うん、見張りの兵士もいることだし、ここはトヨネの手腕に期待しよう。


 こうして天幕の前で列をなしていた、身体に異常のある奴隷達の治療は完遂する。時刻はすでに18時を回っていた。ちなみにこの世界の時刻は、女神様に確認すると1日は24時間で、30日で1ヵ月、1年は12ヵ月で360日と地球とほぼ同じく四季もあるそうだ。望んではいたけど、なんとなくご都合的な感じがしなくもない。気のせいか?


「二人とも治療お疲れ様でした」


 僕はそんなことを思いながら患者のいなくなった天幕の中、治療を行っていた二人を労うのだった。



 ♦



「うおりゃ、この棒は俺が運ぶぞ! そっちの関節持ってくれ」


「おうら、せーのでいくぞ!」


「せーの!」


「幕を張れ! 持ち上げるぞー!」


「おー!」


 そんな掛け声が日暮れ時になっても続いている。主に欠損のあった奴隷達はその傷が治ったことにえらく感動してテンションが高い。それを知った周囲の奴隷達の勢いも止まらず、食事を用意したメイド達が若干引いているようだ。



「あれで4張連棟は完成か」


「ええ、組み立てて連ねるだけですから。それに途中から人員も増えましたし。それはそうと、あちらの方は何方どなたですか?」


『僕をこの世界へ送った女神様』


『――は? いえ、失礼致しました。……どうしてそのような方が?』


 僕はトヨネにWIS《ウィス》である念話を飛ばす。すぐに反応したトヨネは戸惑いはするが、すぐに僕の言葉が嘘でないと思ったのだろう、質問を重ねてくる。


『王都の教会の礼をしに来たって言ってたけど、父上を蘇生、でいいのかな? 蘇らせてくれるらしい。一応カルティア様という名前の女神様なんだけど、ここでは様を付けずにカーチェと呼ぶように言われてる。何時までいるのか知らないけど留意しておいてくれ』


「そうですか、カーチェさんですね。了解しました。ところで、この後の予定ですが、いかが致しましょう?」


「とりあえず、奴隷達の食事が終わったらで良いから、広い所に集めて集会をしようか。今後の方針や班決めなんかも決めて伝えておいた方が、後々やりやすいし、それぞれ甲斐がいも出るだろう」


「かしこまりました」


 僕はこうしてトヨネの用意してくれた、奴隷の名前や職業の載っているリストに目を通しながら、今後の予定を組み立てていく。


「それはそうとオルクス様、今朝から何も召し上がっていないのです。そろそろ食事を摂ってくださいませ」


 こうやって注意されながら。



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