第53話
僕の目の前では、今まさにここのダンジョンに宛がわれた名前通りの光景が繰り広げられている。このダンジョンの名前は『数の暴力』。どんな熟練の冒険者や腕の立つ傭兵、英雄視されている有名な戦士も、その暴力に二の足を踏み、意気込みを削られ、気力も体力も魔力さえあっという間に残り
奥に進む、それ
だが、どんな魔物が出るのか、どんな仕掛けや罠があるのか、徐々にこのダンジョンに挑んだ者が増え、命辛々生き延びて伝え広まった出された情報では、ダンジョンの最初に出る魔物は中級ダンジョンの中盤辺りで出てくる手強い魔物だが、連帯を組めばなんとでもなる魔物達だそうだ。それを聞いてダンジョンを生業にしてる者達は、やっぱり最初の方で情報を持ち帰った冒険者等が、引き際を見誤ったのだと、よくある程度の低い話だったのだ、そう思った者も多い。しかし、最初は基本的に大したことはないのだと思っていたが、持ち帰られた情報が増え、信憑性が高まった情報の数々が出揃い始める。それを聞くにつれて周囲の認識は塗り替えられていく。中級ダンジョンの途中で出てくるような魔物が問題なのではない。問題はその魔物の数と出現する場所、また、生み出され方とペース速度にあると言われた。
初級や中級、上級と認定されているダンジョンはいくつもあるが、その問題のダンジョンだけは、他のダンジョンとは全く異なる仕組みと言えばいいのか、普通のダンジョンと認識を同じようにしていると太刀打ちできない、足を文字通りすくわれる場所であるとされる。その理由の一つは。
「右斜め15度、後方真後ろ、頭上30度っと、足元っ! ほんと止まっていると先に進めないね。進みながらでないと、ずっと足止めを食らうみたいだ。なるほど、これは進めば進むほど、体力も気力も魔力だって消耗するし戻る余力なんてすぐに消えるっていうのもうなずける。それに休むこともできない、か」
「おいおい、ここはモンスターハウスの腹の中かい? 倒しても倒しても切りがない程どんどん来るね」
「グレイスさん、ここでは基本この世界は、モンスターは魔物として統一されてるそうです。――ふっ! と言うより、口より手を動かしてください」
「わかってんよ! おお、今度は足元と天井両方からだな。それに後方も、頂き!」
魔物を両手長剣で数体、数匹一息に切り伏せながら注意するトヨネに、拳銃を両手でランダムに発砲しているように見える。だが放たれる銃弾は魔物必中し、魔物の身体をその銃弾で吹き飛ばし、時にヘッドショットや急所でがある心臓辺りを正確に撃ち抜いていく。グレイスの射撃に魔物は文字取り命を散らしていく。ちなみに彼女の銃弾は鉄材から作る実弾でも魔力で生み出した実弾でも、両方使うことができる。ただ、この世界に銃に関連する物が見当たらないので魔力で実弾を作る様にお願いしている。それ故、弾薬を湯水のように使うので魔力で作った弾を垂れ流す様に銃で吐きながら、リロードを流れるように行い、薬きょうをがばらまかれるが、それらは魔力が四散するように消えてなくなり、その痕跡は消える。
「これは、確かに今までのダンジョンの比ではないな。四方八方、360度全方向から魔物がわくとか。情報に聡い者や、これまで一度でも挑んだ者達が来たがらないはずだ。休む間もなく魔物がわき、休む場所も確保できないとか、バランスの良い熟練のパーティーや、団体を組んで数で挑もうが関係ないってことだね。『アンコンケラブル・フリーシールド』『シャドー・ハンド』」
普通のと言って良いだろうか、ダンジョンに持たれる常識では、魔物が出現する数や種類には、そのダンジョンや階層に合った特定の魔物が特定される数の範囲で出現、ダンジョンから生み出される。生み出され方も大抵はそのダンジョンで特定された、例えば壁から染み出るように出現したり、影が渦潮のように現れその渦潮から生み出されるように出現したり、粒子状の光が魔物に形成されて生み出されるなど、そのダンジョンで魔物が出現する仕方が存在する。ただ、ダンジョンごとに、その出現の仕方は固定されているのが一般的なダンジョンの常識であった。だが、このダンジョンに限って言えば、その常識は通用しないらしい。
「ほんとに、魔物の出現数が半端ないし、出現タイミングがランダムで止めどないし、私の魔術が火を噴きます。うりゃああ!」
本当は彼女の実力なら、詠唱も呪文名も掛け声さえもいらないはずなのだが、気分が乗って楽しんでいるようなそんな彼女。もちろん周囲の妨害にならない様、被害が出ない様に魔術を選んだり、範囲に及ぼす影響を考えたりと、彼女なりの気配りを十分しながら魔術を使っているし、攻撃を受けないように警戒する配慮も欠かしていないようだ。それは他のメンバーにも言えることだけど、互いの領分をわきまえている。各自が実に効率の良い戦闘を繰り広げている。
「その掛け声ってどうなの? モモカやお爺ちゃんみたいに近接でもないのにー」
「ほっほ、魔物の種類も、進むにつれて入れ代わり立ち代わり、てんでばらばら、その大きさもランクも様々ですな」
接近戦、特に殴ったり蹴ったり粉砕するなどの打撃攻撃が得意な彼女、片や神経や身体の内面にダメージを与え相手の防御力を無視して貫通攻撃をする彼、多勢よりも単体戦の方が戦いやすい傾向にある彼女等も、持てる技を小出しにしながら範囲攻撃をする者達に負けず劣らずの成果を上げている。
「大したアトラクションルームっすな! しかも
「久々に、こう暇を持て余さず暴れられる場所があるというのは、喜ばしいことですわね。野盗を相手にするより全然楽しいですもの」
「でも、ここって普通の人が敬遠する難易度のダンジョンみたいだし。僕に張り付いて尾行してた連中もここまでは来ないらしい。それに、普通ならペース配分とか考えないとダメな場所だし。僕等が実力としても能力としても、ハイスペック且つ、チート気味なんだというのが良くわかる」
アトラクションルームだの、暇せず暴れられる場所だのと感想はそれぞれだが、彼女達にとっては、他のダンジョンを生業にする者達が危険と判断する場所はストレス発散の場所になりつつあるらしい。魔物が四散したり、ダンジョンの壁や床に溶け込んだり、粒子になって消えたり、とその亡骸は残らない。代わりにドロップ品を残して消え去るので邪魔にならないのはありがたいことだ。
「火術『炎舞』! これだけの魔物が外に出ないだけでもダンジョンとしては、その意味を成しているということでしょうか? 誰も手を付けていない最奥には何があるのか気になるところです」
ほんとに彼女の言う通りだ。未踏の最奥が何階層なのか知らないけど、辿り着いてみたいものだ。それには、この無尽蔵にわいて出る魔物の猛攻を捌きながら進むしかない。過去のダンジョンに挑戦した者達が屍を築き、
「てぃやぁっ! でも、通路も広い造りだし広間も天井も高いし、
「えいっ! この程度の敵なら私でも問題なく倒せますね。えいやっ!」
誰がどの台詞を話しているのかは、ご想像にお任せするとして。僕等は現在、未踏のダンジョンを呼び出したガーディアン全員と共に突き進んでいる。このダンジョンも他と同じように下へ続く階段があり、10階層毎にだだっ広いボス部屋がある。ハイペースで進んで数時間、休みなしの快進撃にいつの間にやら現在48層辺りを進んでいるわけだが、よくよく考えれば、とある方法をマティアに頼んで使ってもらえば、もっと早く先に進めることに僕は既に気づいていた。所謂一つの裏技だ。
だけど、ガーディアン達の楽しそうな雰囲気を壊すのもどうかなと思って、その考えを控えることにしている。タイムリミットとしては大体夜の20時ぐらいだろう。このダンジョンもボス部屋の前にはポータルが設置されているし、最悪僕が寝てしまっても魔力供給はそのままなので、後の事は任せることもできる。まぁただ、僕としても未踏のダンジョンの最奥に何があるのか気になるし、グレイス達が遭遇したという秘密結社コープスの事も気にかかる。
ここは普通の冒険者には危険極まりない場所だし、さすがにここには残りのコープスのメンバーはいないだろう。そう思いながら次なるボス部屋に到着する。ついに50階層のボス部屋に到着である。ちなみに、僕とガーディアン達とでは歩速に差があるので足手まといにならないようにズルをしている。足の裏に『シャドー・ムーブ』を固定しスケートするみたいに足を滑らせているだけなのだが、体力の消耗は思ったよりも少なくて済んでいる。それに基本、僕は攻撃に参加せず、自分の身を守る魔術とドロップアイテムの回収に『シャドー・ハンド』で影の手をいくつも伸ばしているくらいだ。
女神様に施して頂いた僕の能力の大幅なバージョンアップで、自身の呼び出したガーディアン達の倒した魔物の経験値というものが、僕自身にも何割か共有される仕組みになっているらしい。他にも色々な恩恵を頂いているけど、今それを言うのは余計だろう。ただ、さっきから僕のLV《レベル》が見るからにぐんぐん上がっている。さっきLV150をすんなり経過してからも上がり続けているのを見てから、気にすることでもないかと見るのをやめた。ちなみにLV《レベル》の上限は1000くらいで打ち止めらしい。ヘルプさん曰く、他の転生者や過去に存在した勇者で無双してた人でもLV300から500強位が平均的な最高値らしい。超えてみますかLV300とか500? いや、僕はそこまで無双とか興味がないんで、ある程度困らないだろう位のLVを目指しますよ? まぁ状況的に必要ならば目指すかもしれないけど、それは今の僕にあまり必要ないと思う。
それに、僕にはやはりシミュレーションジャンルが性に合っている。荒れた大地から始まり、小さな村落から集落、そして大きな村へ。村を経てから徐々に環境を向上させ拡張していき、いつかちゃんと将来を見据えた整備された街へ。あ、国のような規模とかは管理したくないのでそれより下の規模に留めるのは決定事項だ。女神様からも国王等にならないでも良いような感じで言われたし、僕は自分のスケールに合った環境を築きたいからね。さておき、僕等はダンジョン内部のポータルの範囲にある、所謂休憩所に一旦避難させてもらう。ここだけは他のダンジョンと同じらしいので少し安心できる。他のガーディアンは休憩が必要ないらしいので、各々自由にしてもらい、ひたすらランダムに出現する魔物を狩り続けていたり、僕の傍で世話をしてくれたりしている。
「時間的には19時半を回ったところか……。残念だけどここを最後に僕は切り上げさせてもらおうかな」
「オルクス様のなさりたいように、我々は暇があればヘルプさんが言われるダンジョンを巡ったり、野盗を処理したり、各々の趣向に動きますので、お気遣いは無用でございます」
「そう、なら良いのだけどね。何かあれば言ってほしい。正直僕が誇れるのは自分自身の能力よりも、君達の存在があればこその僕だからね。できるならば、楽しさも喜びも、困り事や苦悩も共有できることは共有して、僕は僕らしい生き方でこの世界を生き抜きたい。それが僕の願いであり望みかな。だからこそ僕には、君達が必要なんだよ」
言い終えて、少し気恥しくなった。ちょっと一言いうつもりが、何故か思ったことをつらつらと語り口調の独白になってしまった。
「勿体ないお言葉です。我等ガーディアンは誰もが等しく、主であるオルクス様と共にあります」
「我等は主様と共に」
気が付いたらガーディアン達が全員、膝を折り頭を垂れていた。少し驚いたけど嬉しかった。
「ありがとう。頼りにしているよ」
僕は心の底から、その言葉を送らせてもらう。
♦
ここは50階層のボス部屋の中、そこでは戦闘に続く戦闘が繰り広げられていた。
「おらおら、わきがぬるくなって来たぞ? 生み出す魔物の底切れか? もっと気張りやがれ!」
そう言いながらグレイスが拳銃からライフルに使う得物を変えて魔物を撃ち抜く。ライフルからは鉄をこするような音が響き、その度に魔物が仕留められていく。何と言えばいいのか、そこは動く射撃場と化している。
「結局、上の階層とやってることは同じだけで、量と質が少し上がっただけじゃないっすかね? 攻めよ我がゼリー兵団よっす!」
マティアは自分の紫色の髪を軽く払い、恐らく台詞から察するに一軍の将校でも気取っているのだろうか。手を前に掲げ、檄を飛ばす様に叫んだ。その言葉に反応した錬金術で生み出したゼリー状の人型大の人形達は、勢い任せと言えばいいのか魔物に向けて突っ込んでいく。そして、人形達は自身の一部を魔物に張り付かせてゼリー状の身体に閉じ込めつつ溶かしているようだ。決して触りたくないゼリーの人形達、一度でも触れればその場所から魔物を逃がすことなく飲み込んでいっている。
「恐らく、あの剝き出しの結晶を破壊するのが、この部屋の攻略の手順なのだろうけど……」
「彼女達に掛かれば固く
「さすがケンプ、例えが分かり易いね。まさに僕にはそう見えてしかたないよ。さて、ヘルプさん。このダンジョンはコープスや他の何かの手が入った様な形跡や、隠し部屋と隠し通路のようなものはありそう? 無ければ僕はもう帰ろうかなとおもうのだけど」
僕がそう言って尋ねると、ヘルプさんは何でもないように次のようなことを述べた。
『このダンジョンは、最高っでも8階層近くまでしか攻略されたことがありません。今まで未踏で手付かず、それに追い打ちをかけるように、長い間ダンジョンの攻略者がいないことから、ダンジョンのコアが保有している内包魔力で成長できる限界が、この50階層だったようです。魔物を生み出す方面に特化したダンジョンでしたから、特に仕掛けや罠の類も少なく、隠し通路や隠し部屋も他のダンジョンより少ないのです。なので、現在交戦しているボスが力尽きれば、奥に扉が現れて貯め込まれていたものがある場所に行けるでしょう』
「なるほど、ところでダンジョンって所構わずできるのは問題じゃない? 邪魔な場所にできたダンジョンを形成するコアを破壊したりしないの? 管理するにも人手はいるし、それにかかる人件費だって必要なはずだから、見つけたダンジョンが初期の成長途中だった場合、コアまですぐ辿り着けそうじゃない?」
『この世界のダンジョンコアは、基本的に場所も数も規模も制限されています。管理しているのは神かその管理を任された神階の者ですが、ダンジョンコアは生まれるとすぐにコアがダンジョンを形成し始め、しばらくするとダンジョンと同化してしまうので、言われた通り初期での破壊ができなければ、ダンジョンは成長しあり続けます。
ただ、ダンジョンの規模が成長過程を経て、最終形態まで行けばダンジョンコアが最下層のボス部屋の攻略後に、先ほど言った扉の奥に貯め込まれたものと一緒に姿を現します。それを破壊するとダンジョンは崩壊し消滅します。
その繰り返しでダンジョンは長くも短くも、発生と消滅を繰り返すのです。加えて、この世界の住人達からして邪魔な場所にダンジョンができたのであれば、そのダンジョンができた領土を管理する国が、ダンジョンコアを破壊するか維持するかを判断するでしょう。
冒険者ギルドや、各ダンジョン付近い設けられた出張所で分かる様に告知、ないし出張所の天幕か張り出されている布の色で破壊していいのかどうか分かるようにされています。ちなみに、このダンジョンはコアを破壊して良いことになっています。破壊すれば褒賞も出ますよ?』
へー、そういう仕組みだったのかぁ、僕は聞いたことをメモしておく。まぁため込んでいるものはもらっておくけど、コアには手を出さないつもりだ。変に騒ぎになるのは困るし、ダンジョンは言わば国の財産でもあるようだ。それを思えば、ダンジョンコアなど無視してもらえるものだけもらって、そ知らぬ顔していれば良いことだ。ヘルプさんも変にコアの破壊を勧めないでほしい。
「どうやら終わったようですな」
ケンプの言葉に僕はボスであった魔物を無尽蔵のように生み出していた結晶、それを埋め込んでいた巨大な木が枯れながら崩れていくのを見た。その光景を見ながら僕は時計を確認する。20時過ぎである。大凡30分ほどか、ボスがよく粘ったと言えばいいのか、結晶を攻撃せずよくも30分程度で生み出される魔物を駆逐したと言えばいいのか。
まぁ途中からケンプやトヨネ等が自分の仕事は果たしたと戦闘から離脱したタイミングから魔物のわくペースが鈍くなっていたような気がする。魔物のわくペースがもっと速ければ、ボスの本体であろう結晶が朽ちるのもさらに早かったかもしれない。
言ってしまえば、もう決着はついているのでどうでもいいことだが。しばらくその場で朽ちていくボスの巨大な木がその姿を散らしたところで、奥の壁が眩く光るのが見えた。ヘルプさんの言っていた扉というのはあれの事だろう。僕等は最後まで気を抜かないように、光っている壁まで行きそこに浮き出るように現れた両開きの扉を確認した。そして注意しながらその扉の取っ手に手をかけようと慎重にその扉を、――蹴破る様に開いた。
「おっとと……。グレイス、あのねぇ……」
「いや、わりいわりい。何か両開きの扉だったし、バーンと蹴破って開けた方が手間がなくて速かったしいいかなって――」
グレイスはそこまで言い訳したのだが、詰め寄ってくるトヨネやアイリス、モモカ等から注意をつらつらと受けている。彼女も反省はしているようなので、わりかったよぉ、マジで悪かったって、と仰け反りながら言い訳せずに謝っている。その様子を横目に、まぁ罠はないようだと部屋に入ると、中には見渡す限りの金銀財宝、アイテムの山、その他諸々と床に山をいくつも築いていた。そして、僕としては初めて見るダンジョンコアであろう宙に浮いて淡い光を放っているひし形のクリスタルが、奥の空間に空しく鎮座していた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます