第52話

 ヘルウェン王国にて、仕事に明け暮れたり、ラクシェ王女に呼び出されることが多くなったり、お偉い人に会って話したり、その後辺りからユピクス王国であったような、僕宛に手紙や贈り物が毎日届くようになったり。と、僕の日常が、僕の知らないところで動きがあり、徐々に変わっていった。僕はそれに翻弄ほんろうされそうになるが、必至に足掻いて日々を過ごしている。


 どうしてそのようなことになったのか、詳しい経緯は僕の与り知らぬところで起こりまくっていた。それを知ったのも、困った僕が相談したベルセリさんから後日にもたらされた情報で、それを聞いた僕は耳を疑った。


「は? 誰と誰が何ですって?」


「いや、ですから、オルクス君と我が国のラクシェ王女の“婚約がされるかもしれない”と、まことしやかに各所でささやかれているようです。私もまさかとは思ったんですけど、その噂の出所が信憑性に拍車を掛けていまして」


「どこです? その根も葉もない噂の出所は、僕が文句を言ってきます」


「いけるんですか? 相手は王太后おうたいごう様ですよ?」


「はぁ? 何であの方が……。ラクシェ王女と会ってた時に偶然と言ってお会いしたことはありますけど、何か勘違いさせたかな? いや、噂の出所が王太后様なら、すぐにでも誤解を解かないと。出番ですよ、ベルセリさん。こういう時こそ諜報部の伝手で王太后様に誤解だと伝えてください」


 僕がそう言うと、ベルセリさんは、えー、嫌ですよ、と拒否してきた。


「私はそういう色恋のドタバタが大好きなんです。なんでそんな火消し役しなきゃならないんですか」


「何てどうでもいい理由!?」


 ベルセリさんの言った理由に呆れて再度交渉するが、嫌ですー、の一点張り。これはもうラクシェ王女に言って、間接的にではあるが誤解を解くしかない。僕はそう思った。



 ♦ ♦



 あれは9月の終わりに差し掛かり、職場が忙しくも以前よりは落ち着いてきたころだろうか。そんなある日の休日の事。僕が言玉や転送ポータルをラクシェ王女に渡してからというもの、度々彼女から言玉で呼び出しを受けることが多くなった。ポータルはインテリアとしてしか使っていないようだが、自室に設置だけはしていると聞いた。言玉の使用には最近頻繁に使うようになったし慣てきたのだろう。前世で言うところの携帯電話の操作に慣れて来た子供のような感じか。


 ただ、頻繁に呼び出すのははやめてほしい旨を伝えたことがある。それからは連絡が来る頻度は多少下がった。彼女も反省したのだろうけれど、僕達のような貴族や王族の周囲には目や耳、それと油断ならない口がある。不可解で不可思議、制御不能な憶測での噂等が広まると、僕にもラクシェ王女にも要らぬとばっちりが来ないとも限らない、と反省する彼女にそのことを伝えたのだ。


 彼女はそれを理解したようだし、今後は大丈夫だろうと油断していたのがいけなかったのだろうか? いや、あれは仕組まれていた感じがする。回避する手段など、事前に知っていなきゃ不可能だ。僕とラクシェ王女がお茶をしながら雑談を重ねていると、そこに少しお年を召した女性が応接室に入ってきたのだ。その方がセヴィオ王太后こうたいごう様であると、ラクシェ王女から紹介されたときは嫌な汗が背中を伝ったのを覚えている。


 僕は最上級の礼をとり、王太后こうたいごう様に失礼のないように気を配りながら身構えた。ラクシェ王女は王太后様がいらっしゃることを事前に知っていたようで、悪戯が成功したような、無邪気な様子で笑いながら王太后様に話しかけているが、今置かれている状況は僕からしたら冗談ではないし、たまったものではない。ラクシェ王女には王太后様が去った後で、もしくはいない時に淡々とお説教が必要だと僕は感じた。


 その時初めてお会いしたセヴィオ王太后こうたいごう様とは、話をしたというよりは、王太后様から質問を受けて、それに僕が答える。そういうやり取りをしばらくしていた程度だったはずだが、王太后様は僕との会話で何かに納得されたのか、応接室から去って行かれた。去り際の最後に、今後ともかわいい孫をよろしく頼む旨を仰られた。その時の僕は、王太后様に無礼なく対応できたことへの安堵しながら、社交辞令の類かリップサービス的な物だろうと軽く思っていたのだけど……。



 ♦ ♦ ♦



 それから、約2ヵ月程が経過して、今は11月に入ったところだ。軍務部内は書類に追われていることは変わっていないが、2カ月前と比べるとかなり落ち着いただろうと思う。だが、何時頃からか僕のところに舞い込んでくる手紙や贈り物は職場に来る書類同様に一向に留まることを知らない。その増え続ける手紙や贈り物の対応に困った僕は、ラクシェ王女に頼んで、ユピクス王国で僕宛に届く物と同じような取り扱いで管理してもらうようにお願いした。僕からの頼み事と言う珍しい相談に、彼女は嬉しそうに対処すると言ってくれた。


 それと本題のまことしやかに流れている噂についてだが、ラクシェ王女本人も困惑していて、王太后様に問い合わせをなさったそうだが、王太后様はまともに話を受けてはくれないらしい。ただ、今はそれで良いと言われたらしい。どういうことだろうか。王太后様には、何かしらお考えがあるとか? それに真っ先に文句を言ってきそうな、その筆頭のこの国の国王陛下や他の王族に、影響力を持つであろう高貴な爵位の高い貴族方が、まったくもって文句を言ってこないのもおかしいことだ。この2カ月、一切僕に文句ややっかみがこない。ベルセリさん曰く、王太后様がモイラアデス国王に何か言ったらしい。内容までは分からないのだが、それが僕に何も文句を言ってこない理由なのだろう。一体何を言われたのか、それにしても、あの国王を黙らせるなんて、セヴィオ王太后様の影響力はこの国では、かなり大きいのだろうということを知った。


 だが、何なんだ? 一体僕の周囲で何が起こっているんだ? そんなもやもやを抱えながら日々日課と仕事、それと休日に午前中だけ習い事を始めた。それはダンスと礼儀作法が中心だ。紹介してくれたのはラクシェ王女、ではなくて正確には王太后様らしい。王太后様からの紹介された人材をラクシェ王女が僕に紹介したのだ。教えてもらう場所は宮廷にあるいくつかの部屋。用途によって場所を使い分けてのレッスンを受ける。そんな宮廷で、休日に通う度に僕の教養は磨かれた。頻繁にスケジュールを合わせてきたラクシェ王女と共に。


 最初は意味が分からず、宮廷に向かう足取りは重かったが、人間慣れとは怖いもので、今では特に何も思わず休日には毎度必ず宮廷に足を運ぶ僕。それによくよく考えてみれば、今置かれている環境は僕が望んだことに近いものだ。以前であればラクシェ王女が奴隷であった時に、彼女の習った範囲、言っては失礼だがダンスや礼儀作法が未熟な彼女の指示から、僕が習うことになっていた。でも今は、ダンスや礼儀作法を教える専門の人材が指導してくれている。これを生かさない手はないだろう。門番も、僕の事情は通達されているのか、もはや頻繁に出入りする僕に慣れたようで、さらに耳にしているであろう噂の影響もあり、顔馴染みのような対応で待たされることなく、どうぞと通してくれる。仕事しろ、仕事! 僕はこれでもユピクス王国の人間なんだぞ? 門番なんだからもう少し目を光らせるべきじゃないのか? 僕はそんなことを思いながら門をくぐる。


 2カ月余り、通いなれた通路を通り抜け、辿り着いた部屋の扉の前。ここに立ったところから、レッスンは既に始まっている。気持ちを入れ替えて、集中力を高めてから扉をノックする。そして入室の許可をもらい中へ入る。さぁ、今日も与えられた課題をこなしながら、鋭い視線に追われることだろ。



 ♦



 レッスンの終わりに、必ず取られるお茶の時間。ちなみに朝食は宮廷こちらで用意された部屋でレッスンを継続された状態で頂いている。ユピクス王国で国王が作法を許した状態が、どこでも通用するわけではないから僕としてはありがたいことだが、食器の扱いや食事の食べ方、会話の作法、その他もろもろの礼節等をしっかりと叩きこまれた。


「お茶の時間はゆっくりした時間でいいですわね」


「そうですね。礼儀作法は身に付きますが、午前中に通しで行われるので慣れるまで大変でした」


「本当にそうでしょうか。その様には見えませんでしたけど? それに、いつも注意を受けたらすぐに修正して、二度目の注意を受けたところを見たことがありませんわ。私は連続で注意を受けることもありましたのに」


「それは、たまたま事が重なっただけでしょう。実際の本番では常に注意するべきですが、レッスンは本番を想定した練習でもあります。もちろん、本番同様の気持ちで臨みますが、もしミスをしたとき、どう挽回すればよいのか、フォローすれば良いのか、為になったと思えばいいのです。僕から見て評価を述べるのは大変失礼だとは思いますが、王女は十分レッスンをものにして、こなしておられると思いますよ」


「貴方からそう言われると悪い気はしないのが不思議ですわね。なるほど、そう言われてみればそうなのでしょうね。そういうことなら、私だってこれからの指導にも負けませんわ。どんなレッスンや勉強だって貴方に負けないくらい頑張るんだから!」


 勝ち負けではないのだけれど、と僕は思いながらも口には出さない。彼女がやる気を出すことは良いことだし、同じように習うことができるパートナー的な異性がいるのは僕にとってもプラスなのだ。そういう意味では彼女の存在はとてもありがたく、良い意味で僕に大きな影響を与えている。それに、僕等の会話を聞いているはずの指導する者達は同じ部屋にいるけど何も言わない。質問などをすれば普通に応えてくれるし、意見を言えばレッスンに反映してくれる。恐らく彼等は僕等の会話を聞いてそれを王太后様に伝えるのも仕事のはず。下手なことは言えないし、隙を見せることもない方が良いだろう。


 僕は紅茶を飲み終え、先に席を立たせてもらう。


「僕はお昼から少し所用がありますから、今日は早めにお暇致します。外は大分冷え込みが肌を刺すようになってきました。季節の変わり目は体調が崩れやすいと言いますからね。ラクシェ王女殿下も十分それを留意してお過ごしください。それではこれにて失礼致します」


 僕は礼を取ってから部屋を後にした。やる事と言うのはもちろん言葉には出せないことも含めた色々だ。こちらの国に戻ってきてからは継続して行っていることでもある。ただ、最近僕の周囲をつけ歩いたり、物陰に潜んで様子を窺う輩の存在が出始めた。どこの誰の差し金かは知らないが、基本的に僕に害を及ぼしてきたりと言うのは今のところない。排除して誰の指示かを調べることはたやすいが、そういうことをすれば、手を変え人を変えと、痛くない腹を探られるのは目に見えてる。まぁ痛い腹というか、僕の使う魔道具や能力については誰にも悟らせないし、万が一露見ろけんしたところで白を切るか、切り通せないならこの国を去るまでだ。


 僕は人気のまばらな場所を通り抜けて、目的地に辿り着く。そこはこの国と冒険者ギルドの管理するダンジョン。それも、管理されている中でも指折りの最上級難易度と指定されているダンジョンだ。一階層で既に中級ダンジョンの中位下層並みの魔物が出現する事で知られていて、その攻略難易度のあまり、人気がほとんど、いや全くない。誰しも身の丈に合った場所を選ぶのが賢いことだと分かっている。まぁ稀に背伸びしたり、度胸試しといって身の丈に合わない場所に挑む者もいるけど。だが、僕はこのダンジョンに用があって来た。


 そのダンジョンの脇にあるギルドの出張受付所の天幕に、僕が一人で進み出る。付き添いはいないし、僕のこの見た目だ。受付の係りであるギルドの職員は、僕がここへ間違えて来たか、迷い込んだかと考えているのだろう。僕に次のようなことを話しかけて来た。


「失礼ですが、いらっしゃるダンジョンをお間違えではないですか? ここは管理されるダンジョンでも屈指の最上級難易度の場所の一つです。向かわれるダンジョンの名前を仰っていただければご案内いたしますよ?」


 係りの職員は僕に優しい声音で、さとす様に話しかけてきた。だが……。


「ダンジョンの名は『数の暴力』。僕は、そこに用があります」


 僕がそう言ってギルド職員にカードを差し出す。ギルドカードにはランクが分かる様に記載されているようで、職員はそれを確認しながら、さらに注意を促してきた。曰く、このダンジョンは度胸試しなんかに使って良い場所ではない。君のランクで、というより君のような子供が挑むような場所ではない、と。だが僕も後には引かない。


「当たり前です。その認識で来ているのですから。誰も、貴重な休日に何の用もなく高難易度と言われるダンジョンに出向くなんてしないでしょう。それに、ダンジョンは一度入れば後は自己責任。ちゃんとわきまえてますし、文句など言いません。なので早く許可を」


 僕が引かないことを改めて認識した職員は、深くため息をついて最後にこう締めくくった。


「分かっていて挑まれるなら、我々は何も言いません。ただ、命を無駄にしないでほしかったからこそ注意を促したということは理解して頂きたかったのです。それだけはしっかりとご留意ください」


「御忠告に心からの感謝を、では」


 僕は係の人達の視線から逃れるように、足早にダンジョンの入り口へ向かう。そして、見張りの兵士に許可を取ったと伝えてギルドカードを見せてから、何食わぬ顔でダンジョンの入り口に入った。



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