第22話

 ダンジョン――。


 マナの結晶がコアとなり発生するとも言われている。初期の発生で破壊されなかったコアが成長を続けると洞窟を生み出し続け迷宮化してしまう。迷宮化が進むと、そこに魔物やトラップなどが発生し、侵入者をコアへ到達出来ない様阻止する。このような場所を総じてダンジョンと呼ぶ。ダンジョン内で生まれた魔物は基本的にダンジョンの外へは出て来ないが、討伐した魔物のドロップアイテムは外に持ち出す事は出来る。また、ダンジョン内ではランダムで宝箱が発生することがあり、その内容も低級品から上級品果ては伝説級まであると確認されているためダンジョンの需要を高めている。



 と、僕は冒険者ギルドの受付でもらったガイドブックの内容に目を通していた。結構分厚いんだよこの本。さておき、現在僕がいる場所はヘルウェン王国の所有するダンジョン前の広場だ。ここでベルセリさんと待ち合わせしているのだが、まだ彼女は来ていないらしい。時間つぶしに周囲を観察してみると色々な服装の人達がいる。全身フルプレートの鎧に身を包んだ者もいれば、身軽そうに見える軽装の者もいる。さすがにビキニアーマは存在しないか。ゲーム脳乙とかいう声が聞こえてきそうだ、自重しよう。そんなことを考えながら周囲を見ていると、人垣の向こうからベルセリさんが歩いてくるのが見えた。僕は読んでいたガイドブックを閉じてインベントリにしまい込み、ベルセリさんへと近づいていく。


「おはようございます。ベルセリさん」


「おはよう、オルクス君。おまたせしちゃったかな? っとトヨネさんもいるんですね」


 少し驚いているベルセリさんに、トヨネはお辞儀して返す。


「冒険者ギルドでもらったガイドブックを読んでいたので、特に待っていたということもないです。それとトヨネは私の護衛も兼ねていますので、腕は確かですよ」


「……そうなんですね。よろしくお願いします」


 軽い挨拶をして僕等は三人でダンジョンの入り口に立つ兵士に冒険者ギルドのカードを提示した。ダンジョンに入るには冒険者ギルドのギルドカードが必要だ。トヨネには事前に登録を済ませておいて貰っている。しかし兵士はトヨネのメイド服を見て少し戸惑っていたようだ。それでもベルセリさんが5層位までしか行かないと伝えながら胸から何かの飾りのようなもの掲げている。僕にはそれがよく見えなかったが、それを見た見張りの兵士は妙に慌てた様子でそれならとすんなり通してくれた。やはり他の人の認識でも5層位までは大したことがない難易度なのだろうか。何かの飾りをしまうベルセリさんを見て僕はそう思った。


「では、行きましょうか」


「はい」


 ベルセリさんが兵士に見せたものが気になりはしたが、先を促され僕は返事を返すにとどめる。大した意味はないのだろうと。さて、いざダンジョンに侵入だ。



 ダンジョンに入って数分程度。


「結構広いんですね。それに明るい」


 ダンジョンの中は思いのほか広く、壁が淡く光っているのか薄暗くはあるが目が慣れると辺りを見通せるほど明るかった。


「ええ、最初の方の層はどういう訳か道が広い上にランタンなどの明りが不要な程明るいんですよ。なので、戦闘も若干やりやすいんです。おっと、そろそろ魔物が出るエリアですね」


 ベルセリさんは前方を警戒しながら進む速度を落とし携えていた剣を鞘から抜いた。進んだ先は広間のような空間が広がる場所だ。通路を抜ける前に広間の中を窺ってみると、そこには4体の影がいた。


 あのネバネバした物体は何だ? 他には大きな青いネズミ……。僕はすぐさま鑑定を発動させる。


【魔物】ブルースライム:LV5

スキル:溶解:分裂

【魔物】ブルースライム:LV4

スキル:溶解:分裂

【魔物】ブルーラット:LV6

スキル:噛み付き

【魔物】ブルーラット:LV5

スキル:噛み付き



 魔物の名とスキルが表示されたのは鑑定結果がそう出るように設定したからだ。スライムが2体にブルーラットが2体の計4体。辺りを見回しているような感じだ。


「ブルーラットの方は私で、ブルースライムは物理が効きにくいので任せても良いですか?」


 ベルセリさんの質問に僕は頷いて返す。魔物を見たのはクイーン・ビー達が初めてで他の魔物はまだなかったのだが案外僕は落ち着いているようだ。そして、これが初めての戦闘でもある。ルルスとの特訓を思い出し、ここで成果を見せる時だと体内の魔力を片手に宿す。ベルセリさんは窺っていた通路の影から勢いよく飛び出し1体目のブルーラットに切りかかったタイミングで僕も魔法を放つ。


「セレクト:ファイヤーボール」


 掌を前方に掲げながら魔術名を告げる。すると、掌の真上に魔力が集まり大人の頭部程の大きさはある火の玉が浮き上がった。それを動きの遅いブルースライム目掛けて放つように意識する。火の玉は弧を描きながら狙った通りスライム目掛けて飛んで行った。魔術に若干の誘導性を持たせてあるので良い具合に命中したのだろう。


 ブルースライムは火の玉に押しつぶされながら体液をまき散らす。おそらく消し止めようともがいているのではないだろうか。しかし、火の勢いが強すぎるせいか引火した火になすすべなく燃え上がった。燃えながらスライムは徐々に形をとどめられなくなり最後には水たまりのような状態で蒸発していく。


「タァー!」


 ブルースライム一体目の末路を見ている僕にベルセリさんの声が届く。1体目のブルーラットに何合か切り付けてとどめを刺したらしい。ブルーラットは天を仰いで力尽きたように倒れる。ベルセリさんは続いて、2体目に切りかかっていくようだ。僕も同じように2体目のブルースライム目掛けてファイヤーボールを見舞っておく。


 結果は1体目に処理した形と同じく、攻撃が命中し難なく撃退することができた。戦闘は終わりベルセリさんはブルーラットの亡骸が消えていくのを見ている。


「死体は残らないんですね」


「ええ、ダンジョンの中では魔物を倒すとその亡骸は徐々に消えていくようです。一説によるとダンジョンが吸収しているのだと言う人もいますね。あ、ほら、死体は消えるんですがアイテムが残る場合があるんです」


 ベルセリさんが床に残った何かを拾い上げる。


「アイテムドロップってやつですか」


「そうです。ダンジョン内では魔物の解体や剥ぎ取りはしなくても、死体が消えるのを待てばドロップ品を手に入れることができます。ドロップ品はランダムで残るので価値のある物を狙うには運も必要なんですけどね。これはブルーラットの爪ですね。こっちはブルースライムのは魔石でしょう。この階層で取れる一般的なドロップ品等ですがドロップがない場合もありますし収集率から言えば幸先の良い出だしです」


 なるほど、と僕は頷いて説明を聞く。ベルセリさんはドロップ品を腰のポーチにしまうと分配はダンジョンを抜けてからにしましょうと、再び通路を先頭になって進み後をついて来るように促す。


「それにしてもその年齢で杖も使わず、よくあれだけの火球を放てましたね。相当な訓練をしたんじゃないですか?」


「ええまぁ。日々訓練しています」


 そんな雑談を交えながら通路を進んでいくと分かれ道が見えてきた。ベルセリさんは分かれ道の手前で止まり懐から羊皮紙を取り出して広げている。事前に用意していた地図のようだ。用意周到だな。僕には雑貨屋で買える冒険者セットと言う冒険に一通り必要なものが揃えられている道具一式を用意してくるように言われていたけど。実際持ってきたものって道具一式メモしてを領地で作ってもらったものだ。普通に道具屋で売っている物より丈夫だ。他には念の為のポーション類や飲料水と食料を持参するように言われている。これも実際には腕輪のインベントリにより多くの物品を収納しているわけだが、背負える革袋でカモフラージュしていることを黙っておく。



「その地図はどこで手に入るんですか?」


「地図は冒険者ギルドで手に入りますね。確か地下10層までの地図なら安値で販売されていたはずです」


「へー。10層より先の地図はどうなんですか?」


「冒険者同士で情報の交換や、地図作りを生業にしている冒険者から購入するなどですね。でも、巷では故意に間違った地図を売りつけられる場合もありますから購入には注意と事前情報が必要です。信用のおける人物から買うか、自分の手で地図を作るかといった感じでしょうか。さて、こっちですね」


 ベルセリさんの先導で迷うことなく進んでいくと、途中何度か魔物と遭遇したがブルースライムとブルーラットしかこの層では出会わなかった。まだ1層目だしこんなものなんだろうか。そんなことを思っていると。


「下へ降りる階段ですね。準備が良ければ次の階層に行きましょうか」


「はい、こっちは問題なしです」


 階段を下り次の層へ到着。特に見た目は変わらず天井が少し高くなったかなと思う程度の変わり映えだ。


「この層からは天井と足元にも気を付けてください」


 進みながら注意事項を何点か受ける。この階には天井に張りつく魔物と地中を移動してくる魔物もいるそうだ。って早速その魔物らしい相手と遭遇する。


【魔物】ブルーバット:LV6

スキル:噛み付き・吸血

【魔物】ブルーバット:LV4

スキル:噛み付き・吸血

【魔物】ブルーバット:LV7

スキル:噛み付き・吸血


 鑑定すると見たまま青みがかった少し大きいコウモリらしい。天井に足を引っかけているようだ。数が3体しかいないので動かれるより先にとベルセリさんが小声で僕に攻撃するように促してきた。


「セレクト:ファイアーアロー」


 スライム相手に放った火球の魔術とは異なり、速度がのった小さな手のひら大の火球が火の矢のごとく青いコウモリ目掛けて飛んでいく。そして1体に直撃すると直撃したブルーバットは断末魔をあげながらそのまま落下して燃え尽きた。そして残りの2体は驚いて天井から急降下しこちらにまっすぐ向かってキキィーと鳴き声を上げて襲ってきた。


「1体は任せてください」


 1体は任せるようにベルセリさんが申告してくるのを聞いて、僕はトヨネを見る。


「敵の動きが直線的で対処しやすそうだけど、ここはトヨネに任せるよ」


「かしこまりました」


 僕はその場を動かず、ベルセリさんとトヨネに敵ブルーバットの対処を任せる。


 ベルセリさんは、ブルーバットの攻撃をかわすことなく、素早い突きで口の中に剣を突き込み、トヨネは手に持っている小さなナイフでブルーバットを真っ二つに切断する。


「お見事」


 僕が賛辞を送るとブルセリさんは少し照れながら床に落ちていたドロップ品を回収する。トヨネはお辞儀して、同じくドロップ品を回収している。


「オルクス君の魔術の精度も大したものです。冒険慣れしているベテランといるような頼もしさを感じますよ」


「あはは、それはいくらなんでも褒めすぎです。僕は後ろから攻撃に専念しているだけですから。前衛であるベルセリさんや周囲の警戒をするトヨネの存在があってこそ後衛としての仕事ができるというものですから」


「いやいや。その年でそれが言えるだけでもとてもすごいことですよ。トヨネさんも動きに無駄がなく頼もしいです」


「恐れ入ります」


 それから僕等はその後も数度の戦闘を行いながら先へ進んでいく。


【魔物】ブルーワーム:LV7

スキル:噛み付き・地中移動


 地上に出てるうちに攻撃するのが常套手段です。と、ベルセリさんが空中に飛び上がり剣を逆手に持って勢いよく突き刺すと、ワームは地中に移動する暇もなく息絶えた。ちなみに、地中にいるワームなどの魔物を殺したとしても、ドロップアイテムは近場の地上に現れるようになっているらしい。ダンジョンって親切設計なんですね、なんて冗談交じりに話しながら安定した状態でダンジョンを進んでいく。


 まぁトラップとかは6層から先にいかないとないらしいので、その辺は気楽だということもあるんだけどね。


「あ、この通路をまっすぐ行くと次の階層への階段があるようです。次は3階になりますね」


「ちょくちょく戦闘を行っていますが、この階層は1回に出現する魔物にブルーバットとブルーワームが追加されただけのようですね。油断しなければブルーバットは音を立てずに先制攻撃ができ、動きの遅いブルーワームも地上に出ていればこれも先制攻撃が可能。地中移動も注意していれば足元からの攻撃を警戒して攻撃に出てきたところをダメージを与えれば勝てますね」


「ええ、今の調子でいけば楽勝ですね」


 僕の分析した戦闘内容に賛同するベルセリさん。だけど……。


「でもそれは、魔物の組み合わせや配置によって戦況も変わるということですから油断はできません。個人的には地下3階に降りるのは危険だと思えるんですが」


「あー、確かにそうですね。油断大敵です」


 ベルセリさんは何故か嬉しそうに賛同してくれた。


「ちなみにこの後に出てくる、地下3階から5階までの追加される魔物、ご存知でしたら教えてください」


「ええ、情報の共有も大事ですからね。えっと、地下3階から5階の魔物は1、2階層の魔物が全種出てきます。それに追加して全部ブルーで統一されますけど3階はスケルトンとスケルトン・ウォーリアが、4階はスケルトン・アーチャーとスケルトン・メイジが、5階はゾンビ、ゴーストの追加などでしょうか、基本アンデッドですね」


「結構危なくないですか? それに3人で進むにも分断の恐れがあります」


「アンデッドはそれほど頭がよくないので、そこまでは気にしなくてもいいと思いますが、地下5階にこのダンジョンの入り口に転送してくれるポータルという魔法陣が刻まれている場所があるんですよ。そこに魔物は出ませんし近寄れないようです。休憩ポイントとしてもつかわれる場所なんですけどね。帰りはそれを使えば楽に帰れるんですが、このまま引き返しますか?」


「んー、そういうのもあるんですね。ダンジョンに慣れているベルセリさんの判断に任せますよ。僕等も戦闘に慣れておくのは悪いことではないと思いますし。有事の際は全力で切り抜けるように頑張りますから」


「そうですか。私の考えだと現状不安になる要素が見当たらないので、このまま進みたいと思います。敵も多くて5、6体の集団までしかいないと思いますし。それでも苦戦するようならポータルはあきらめて引き返すとしましょう。一応得るものとしてはポータルを一度使うと、入り口からもそのポータルに飛べるって特典があります。行ってみて損はしないですよ」


「おー、それは便利ですね。わかりました行ってみましょう」


 ベルセリさんの判断に合意してで先に進むことにする。それと戦闘をこなしていくつか気づくことがあった。それは魔物や僕達人間、そしてガーディアンであるトヨネにしても、LVレベルという概念が存在するということ。鑑定を最初奴隷達に使っていた時にはなかったと思うのだけど、女神様がヘルプ機能のように設定をいじったのかな? それとももとからあったのか。ダンジョンに入る前までは名前とスキルしか出さないように設定していたのだけど、ダンジョンに入ってからいつの間にか魔物にも僕等にも等しくLVが表示されていた。これは『ドミネーション・チョイス』ではなかった概念システムだ。LVに似たものでいえば等級という表し方をしていたはずだ。レベリング中心のゲームになることを意図的に避けたための処置のような概念ではあったが、概ねプレイヤーにも評価は高かったと思う。それに生命力であるLP《ライフポイント》・魔力であるMP《マジックポイント》・体力であるSP《スタミナポイント》が一種のキャラクターを表す総合ステータスだ。


 もちろん筋力や敏捷など詳細ステータスも存在はしていたが、やはりどう記憶を掘り返しても『ドミネーション・チョイス』にはLV《レベル》という概念システムは存在しなかったと思う。いや、前にトヨネ達ガーディアンが話していた『好感度』のように隠し要素的な概念システムなどがあるのかも。僕が知らなかっただけでプログラマーたちが与えた隠し要素ということもなくはない。等級に関しては基本的に装備品やアイテムのランクを示したもので、キャラクターは☆の数でランクを示すものでしかなかったはずだ。ガーディアンの等級は最低で☆1つ、最高で☆6つ。ステータスへ変動は消費アイテムか装備アイテムでのみのはず。


 やはり、隠し要素であったか、元からこの世界の仕様か、女神様が手を加えたかしか考えが及ばない。この世界についてももっと知るには知識がそして時間と経験も必要だ。そうだ、ヘルプ機能を使えばどうだろうか。この世界にあるであろう図書館や、冒険者ギルドに行くのはどうだろう。


 時間のある時に情報収集する必要がある。僕は現在ダンジョンの攻略中ではあるが、方や今後の方針と行動に、方や情報源をどうするか、どうすればうまく情報を集めることができるのかに思考を割いていた。仕事でもよく使ってるけど僕のGMゲームマスターとしての特殊スキル『並列思考』。場面によっては不謹慎かなって思うスキルではあるけど使い勝手はかなり良い。思考に沈みすぎるといつもトヨネに叱られるんだけどね。


「オルクス様、階段を下りたその先で戦闘の気配がします。今はダンジョン攻略に集中してくださいませ」


「う、うん。了解」


 そう、こんな風にね。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る