第23話

「ああ、そうだ。これを渡しておきます」


 先に見える階段の手前でベルセリさんが革袋から、取り出してきたのは水の入った瓶だった。


「水ですか? それならありますけど」


「ふふ、これはただの水じゃないんですよ。聖水と言って武器等に使えば、武器自体に聖属性の付与ができます。そのままアンデッドなんかの敵に投げても効果はありますけど、単発になっちゃいますからね。これは主にアンデッド対策に使ってください。大体武器の使用頻度で付与してる効果時間が変わってきますけど。今日は多めに持ってきてますので、オルクス君は魔法がありますから念の為1つ、トヨネさんは6つで切れたら教えてください。まだ20個くらいは持ってきてますから」


 得意げに説明するベルセリさんの話に僕は頷きながら、聖水というものを眺めてみる。色と言い質と言い見るからに水なんだけど、鑑定してみたら確かに聖水と表示される。そして、渡された瓶の大きさと、持ってきた数を聞いてもしやと思い聞いてみることにした。


「ベルセリさんの使ってる革袋って、もしかしてマジックバックですか?」


「ええ、つい先々月くらいに数ヵ月分のお給料で買っちゃいました! いやぁこれを買うのに苦労しましたよ。ってそういうオルクス君のも革袋もマジックバックだったりします?」


「え? ええ、僕のは母上から譲っていただきました(嘘はついてませんよ! ほんとに母上からもらった革袋なんだから!)」


「え、そうなんですか。それはうらやましい! うちは、何でも自分で買えって言われて。この前だって……」


 僕はベルセリさんの愚痴に付き合いながら目下に見える地下3階へ向かう。トヨネによると階段の先で戦闘の動きがあると言われたので気を引き締める。警戒しながら階段を下っている僕等を待ち受けていたのは。


「わっ!? 何ですかこれは!?」


「スケルトンとスケルトン・ウォーリアがやたらいますね。よく見ると少数ですがブルーワームとかブルースライムもいますよ。後天井にはブルーバットも少数ってどう見てもこのフロアーの外の通路にもひしめいてる見たいですけど……」


「隣のフロアーから何か来るようです」


「え? 何人かの冒険者っぽい――」


「どう見たって複数の冒険者が魔物と交戦してるようにしか見えませんよ、オルクス君」


「いえ、それはそうなんでしょうけど。っていうかなんで見える範囲にあるいくつもの通路で複数の人達が戦闘してるんでしょ、偶然ですか? それに、さっきベルセリさんが話してた、魔物は団体で5、6体っていうのを明らかにオーバーしてますよね?」


「それは確かに……」


 僕の言葉にベルセリさんも言葉を詰まらせ困惑している。それをよそに、こちらに気付いた冒険者の一人が叫んできた。


「あ、あんた達! 手を貸してくれ、こいつら無尽蔵にわいてきやがって攻撃が追い付かないんだ!」


「こっちも体力や魔力切れでそろそろやばいんだぞ! こっちにまわってくれ!」


「何言ってんの! こっちは一番長く戦闘が続いてるのよ。応援はこっちによこしてくれっての!」


「ふざけんな! 数を一番抑えてんのはこっちなんだぞ。多い方に増援送るのが当たり前だろ!」


 通路四方からそれぞれ手伝えコール頂きました。そんなのもらいたくないんだけどな。さて、この場にいるのは、僕とベルセリさん、それにトヨネの3人だけだ。僕等はどう選択するべきだろうか。


「どうしましょうか?」


 ベルセリさんに聞いてみる。しかし、彼女は相当焦ってるようで判断が煮え切らないようだ。


「そうですね、どこに手伝いに行けばいいのか……」


「いえ、そういうのではなくてですね。原因をですね――」


 僕の言い方に問題があったのか、ベルセリさんは素っ頓狂な声で聞き返してきた。


「え、手伝わないんですか?」


「いえ、手伝わないわけではないですけど、原因がわからないとあの4組みたいに持久戦で対処に困りますからね」


「それはそうですが……、皆さん大変そうですよ?」


 僕の言葉に焦る様子のベルセリさん。


「それは見てれば分かりますよ。そうだな、さっきの言い合いから察するに……」


 僕はとりあえず、階段を下り切ってあるグループに声をかけて確認することにした。ある程度まで近づく僕等に期待を持っているのか焦りつつもこちらを見る女性達に僕は質問を投げかけた。


「あの、さっき一番長く戦ってるって言ってましたけど、現状魔物があふれてる原因はわかりますか?」


「いや、そんなことより――」


「大事なことなんです! 増援を送るから答えてください!」


 焦る気持ちはわかるが、答えてもらわないとこちらとしても困る。僕が声を張り上げると、グループのリーダーらしき女性は戸惑いつつ回答する。


「わ、わかったわよ。原因ぐらい話してやるからこいつら何とかしてくれ!」


「分かりましたけど、約束は守ってくださいね。さてトヨネ、あの人達と強制スイッチしてしばらく敵の対処を頼む。武器は好きな物使ってもいいけど、能力はある程度抑えてね」


「仰せのままに」


 ――え!? っとトヨネと僕のやり取りを見ていたベルセリさんが困惑気味に驚く。トヨネが女性6人のグループの後ろまで大体後3歩といったところまで近づくと、……スイッチ、とトヨネがつぶやく。


 その後に起きた事象に、さらにベルセリさんが驚く声を上げる間もなく、――シャキンと気持ちの良い音が響いた。直後、魔物と戦っていた6人の女性達が一斉に背中から引っぱられるように後ろに投げ出され、僕の足元まで転がってくる。代わりに女性達が今まで戦っていた魔物達は横一閃に断ち切られ、まるで次元ごと切り歪んだように見える。ちなみに、『スイッチ』とは、最前列で戦闘状態にいる人とその後方にいる人が入れ替わる事象である。それをトヨネは強制的に行ったわけだ、それとトヨネは長めの長剣を選択したようだ。一太刀で複数を殲滅できると考えて選んだのだろうと思う。僕はそれを見て足元に転がる女性達声にかけた。


「しばらくは安全です。落ち着いてポーション渡しますから飲んでください」


 僕は革袋から取り出すようにポーションを6人に渡していく。いき渡ったのを見て僕は飲むように勧めると、6人は軽く謝辞を述べてポーションを煽っていく。ベルセリさんは、未だキツネにつままれたように呆けて反応がない。僕はそれをほっておいて6人の状態を見て、とりあえず落ち着いたことをを窺い見て話しだす。


「さっきの話ですけど、この魔物がひしめき合った状態の原因を教えてください。僕の見解では最悪それを何とかしないとジリ貧だと思うんですが、どうですか?」


「ぷはっ。――ああ。や、やっと落ち着けた、礼を言うよ。そうだよ、あんた、いやお前、いや君、いや、……あーなんて呼べばいいんだ?」


「僕はオルクス。隣で呆けているのはベルセリさん。あなた達と入れ替わりに戦闘しているのがトヨネといいます。まぁ好きなように呼んで下さい。で、何があったんですか? あまりのんびりしてるとほかの通路のグループが崩れるかもしれません」


「ああ、そうだな。あたしはチアレンス、このパーティのリーダーだ。オルクスの言う通りこのままじゃジリ貧なのは間違いない。原因なんだがな、それは5階にあるボス部屋さ」


「ボス部屋? そんなのが地下5階にあるんですか?」


「ある。知らないのかい? まぁ今はいいか。で、そこの扉は普通に入ると一定時間して扉が閉まり外ととのやり取りができなくなる。その状態でボスが現れて戦闘に入るのが通例なんだよ。それで私達も挑むために扉の前に行ったんだけど、あたしらの前に入ったパーティがいたんで、うちらは順番待ちしてたのさ。けど、そいつら扉に細工してやがったのよ」


「細工ってどんな?」


「扉が自動で閉まる際、中から特注で作ったらしい分厚く長剣ほどある杭を斜めに打ち込んで扉を半開きにしたのさ」


「そんなことできるんだ? でも、だからってなんで魔物が湧き出すの?」


 僕の素朴な疑問に、お姉さん達はため息をついた。僕は頭をかいてごまかす。


「そのボスっていうのがな――」


「うあー!」


「え?」


 誰かの叫び声に、全員が顔を向けるとそこには、大鎌を携えた青い巨大なローブを羽織った骸骨がいた。


「あいつだ、あいつが地下5階層のボス、ブルー・マスター・リッチ」


(そこはエルダーとかじゃないだけましと考えるべきかな?)


 僕がどうでもいいことを考えている間も、お姉さん達は突然現れた、ここにいるはずのない地下5階層のボスに困惑気味だ。


「なんで奴がここに。5階層から登って来たっていうのかい? まずいね、今の状態でボス戦なんて」


「なら、ボス以外なら大丈夫?」


 ――僕の質問に6人の女性が視線を向けてくる。一瞬何を言われているのかわからなかったようだ。だが、リーダーと言っていた女性チアレンスさんは僕と視線をしっかり合わせて宣言する。


「……ああ、雑魚ならいくらでも相手してやるよ。なあ皆!」


「おうさ!」


「やってやんよ!」


 6人各々が掛け声を上げていく。ついでに私もいますよっと声を上げたのはベルセリさんだったのは、何だかわらけてしまった。なんですかもう! っとベルセリさんがプンスカ怒っているようだがあえて無視する。



「では、まず情報から揃えますか、とその前に。トヨネそっちは切り上げて、他の通路の魔物の処理もお願い。その後あのでかいローブのボスの相手を頼む。『ボスらしいから足止めだけで倒さなくてもいいよ、』」


「かしこまりました」


 トヨネはその場で長い長剣を一閃させて敵を薙ぎ払うと、その場を後に駆けて行った。向かってくる魔物はすれ違うと切り伏せられているという状態だ。言った通り、他の通路の魔物の処理もある程度行ってくれている。それにしても服に汚れが一切ない、それだけトヨネが卓越したいるのだろうね。そして粗方片付いたと判断したのか青いローブのボスに向かって駆けていった。




「ボスの特徴と行動パターン、あれば弱点もお願いします」


「おい、待て! 俺達も混ぜろ」


「こっちもだ!」


「あんた達の通路の魔物はどうしたのさ。まさか放置して……」


「んーな事するわけねぇだろ。あのメイド服の嬢ちゃんがあっちゅうまに粗方殲滅していったのさ。なんだありゃって感じだぜ」


「こちらも同じさ。残ってるのはあのでかいボスの通ってきた通路の方だけみたいだ」


 彼らが来た通路に目を向けてみると言われた通り、殆どの魔物が千切りになって床に飲まれているところだった。床には魔物の残したドロップ品が多数転がっている。トヨネの早業がすごいというべきところなんだけど主張はしないでおく。それでも彼らは相当長い戦闘を続けて疲弊しているように見える。フォローするべきだろうな。


「とりあえず、合流したグループはポーションを配りますので飲んでください。品質は僕の実家の領地で作ったものですから保証しますよ」


「何だ、ボウズ。どっかの貴族のボンボンか。いや、消耗品も底が見えてたんだ。もらえるならもらっとくぜ。ありがとよ!」


「魔術師の人はマジックポーションもありますからどうぞ。これから情報の共有と役割を決めましょう」


「なんだそりゃ?」


「効率よく敵を倒すための方法を実践しましょうってことですよ。で、どうですかボスについてわかっていることをすべて話してください」


 トヨネがボスやその他の魔物に対応してくれているおかげで、地下5階層のブルー・マスター・リッチ、通称青ボスについての情報は多く手に入った。これならトヨネ1人だけでも余裕で討伐は可能だと思うけどそれはしないでおく。こういうところで目立つとろくなことがなさそうだからだ。


 で、僕が集めた青ボスの情報はこんなところだ。

①アンデッドを召喚、主にスケルトンとスケルトン・ウォーリアを使役する。ボス部屋にいたときは20体前後使役していたとか。現状でその20前後という数は当てにできないのでその倍以上と推察する。

②青ボス自体はもアンデッドであるため聖属性の魔術が有効。聖水や火属性魔術も効果が高い、総合的に属性がついていれば攻撃が通じる代わりに属性がない武器の攻撃はほとんど意味がないらしい。

③行動パターンで、通常は鎌の直接攻撃。遠距離は鎌の斬撃と闇属性魔術を行う。ある程度のダメージが蓄積されると、青ボスの目の部分に青い火がともる。その瞬間から瞬間移動を頻繁に行ったり、瞬間的に分裂したり、遠距離攻撃の頻度が上がる。またアンデッドの召喚を同時進行に行う。


「と、こんな感じか。地下5階層のくせにボスっていうだけあって、なかなか手強いね。さて、どうしたものか。ここで倒せたとして、他に影響がなければいいけど。まぁそこはやってみるしかないんだろうね。『トヨネそろそろ引く準備しておいて』」


『かしこまりました』


「できればここで倒してしまいたいね。下の階層に戻られちゃ、ボス部屋以外は遠距離攻撃主体の魔物が多い」


「そりゃ尤もなことだな。ここなら1、2階層の雑魚が数に入るくらいだし、どうってこねぇ。ってかこのポーション上物だな。傷が見る見るうちに治っていきやがる。どこで手に入るんだこれ」


「それ! あたいらも思ってた!」


「お世辞でもそれはうれしい感想ですね。時々冒険者ギルドに買い取ってもらっているので、探してみてください。さておき、そろそろトヨネも疲れてきたかな?(見た限り淡々と作業してるみたいにまったく疲れてなさそうだけど、皆にわかるようにこれは言っておくべきだろう)」



 僕の言葉にみなトヨネの向かった通路へ視線を向ける。トヨネは魔物達の攻撃をはねのけては一閃して数歩引いてのヒット&アウェイを繰り返し実践している。今までその通路で戦っていたグループの人達は尻もちをついてじりじりと後退しているようだ。


「おい、お前達。嬢ちゃんが敵を引き付けているうちにさっさとさがれ!」


 後退してるグループに、野太い声のおじさんが声をかける。僕は周りの人達がトヨネに見入っている間に、実家の領地にいるであろう二人の従者、攻撃魔術の担い手ルルスと、神聖術の担い手セシルに念話を送って状況の報告、打開の手段を聞くことにした。



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