第105話(1)
今年も年末よろしく、季節は寒さが身に染みてきた冬真っただ中である。12月中はほぼ仕事が立て込んでものすごく忙しい日々を過ごしたのだけど、それを強引に乗り切り残すところ数日で年越しであり、各所の仕事が軒並み追い込みで増える時期でもある。
12月中にやったことは、正直に言えば思い出したくはないほどだ。濃密なスケジュールで日々は過ぎていった。もちろんのこと仕事があろうが、途中休んだ学院への復帰はちゃんとやったし、仲が良いクラスメートには同情的な接し方をされた。爵位や立場関は係なく、戦力としてみなされている僕と、年齢的な見た目から来る多忙さに労いと心配の声が多かった。
ユピクスの影響かは知らないが、隣国として近い位置にあるヘルウェン王国は、選民意識が言うほど高いわけではない。爵位は相応の割合で武力重視が散見されるためだろうか。こちらとしては有り難いことなのだが、モイラアデス国王の方針が根強くあり、武力を保有する貴族は軒並み爵位が高いのだ。
ただ、最近ではその方針というか、モイラアデス国王の志向性に変化がみられる。主に今は貴族を中心に改正が行われており、武力とは切り離した知識や発明による国の貢献度に合わせて、個人なり団体なりに報奨を与えているようだ。
ヨウシア殿下やターヴィ殿下、ユルマ殿下の話を聞くところ、僕が以前進言した内容が関係しているらしい。殿下達曰、僕の発言は何かしら不利益がなく、むしろ利益を生み出す内容が多いので評価されているとのこと。反対意見はもちろん出ているようだが、海に面する領地が開拓されたことにより発言力が大きくなっていて、尚且つ僕はラクシェ王女の婚約者でもある。
国王陛下やヴァレン宰相、王太后方王族には先に伝えた通り、僕は王族に連なった場合でも王座に興味はない。そのこともまた、印象的には良かったらしい。他の貴族には信用されていないようだが、それはお互い様だろう。
こちらとしては波風立てずに済むなら何もしない。ただ、やっかみや嫉妬でちょっかいだの妨害工作だのされたら、火の粉を払う意思を見せるのだけどね。何にせよ、ヘルウェン王国での僕の立ち位置や評価は水準としては好評だ。これでもそれなりに、なんだかんだと評価や利益を上げるための努力はしたつもりだ。
さておき、年末に差し掛かっての大事。無論攻めてきたマヘルナとの問題であるが、ことに触れれば切りがないほど忙殺された記憶がよみがえる。思い出したくもないが重要なことが重なりすぎて無視できないというのも本当のところだ。うんざりするほど働かされたのだし、報酬はしっかりと頂くことにした。が、流石に毎度の事何かしらの契約を結ぶほかに、金銭の要求もしておく。というか、してくれと言われた。
金銭は確かに僕にとっては必要なものだし、あれだけ働いたのだ頂けるものなら頂くのはやぶさかではない。こんなことをのたまう僕を低所得者達はにらみつけるかもしれないけどね。
貰った金銭の使い道は実家への仕送りと自領の整備や、福祉事業などへの拝金にも使うしね。後は人材の募集や、資材の確保が多めに使う予定の名目だろうか。お金は散財するものではないが、無駄に浪費する意味でなければ使ったほうが世の為になる。
特に仕事を庶民に斡旋できるし、仕事がされた分土地や地域に活性化を促せるのだから。僕のように飛び地を管理する者にとっては、資金はあればあるほど都合がよい。それに、海運の事業には維持費が膨大にかかる。
ほっておけばお金がたまる仕組みを作るにしても、やはり事前の資金運用は必要になってくるのだ。仕事をする者達にとっても、職場環境が良いに越したことはないし、モチベーションの維持や向上にはどうしてもかかわってくるのだから。この辺りは時代背景や世界が変ろうとも、管理職の考えどころではなかろうか。
さて、先ほどから真面目腐って自分の立ち位置や領地の事を考えているのだが、今日のこの後の予定を思い出して少し顔をしかめたくなるのは許されることだろうと僕は思うのだが、トヨネが入れてくれたお茶を飲んでも溜息が出る。
「あまり気乗りされていないようですが」
「そりゃねぇ。ただの呼び出しならそこまで身構えないんだけどね。事前に聞いてた内容じゃ、まだ厄介事が追加されて続くらしい。まあ、この国の上位者は理解のある人達が運営しているからマシだけど。正直、疲れるのは仕方ないと思ってるよ」
「オルクス様は気苦労を溜め込みやすいですから、何かあればおっしゃってください。トヨネはオルクス様の為ならば、このトヨネが身をもって――」
「す、ストップ! どうしたのトヨネさん? 献身的なのは嬉しいし有り難いけど、トヨネらしくないというか、雰囲気がいつもと違う感じがするよ」
「いえ、ヘルプさんが仰っていたのですが」
元凶はお前か! ヘルプさんよ。
「我々ガーディアンは以前と違いデータ上の存在っではありません。一個人の思慮と感情を持つ生物である、と。生まれは異なったとしても人間と同等の尊厳を有し、理性と思考、それに感情があること。それすなわち一個人としての生命だと。人工知能を有していたことでの自我に近しいものと錯覚していたと思われましたが、主であるオルクス様から頂いた恩恵で、私達は少しずつ変わったのだと伺いました」
「変わった? いや、変わったも何も、僕は以前から君達を一個人としてみていたし……」
「それも理解しているつもりです。我々が形として誕生する以前より、オルクス様は我々を育ててくださいました。それへの敬愛とは別の気持ちも芽生えているのです」
「ふむ? トヨネには珍しく回りくどい説明だね」
普段、あまり表情が変わらないトヨネの頬がほのかに赤らんだ感じがする。それに少し視線が泳いでたりするんだが。
「例えばです。特殊な状態ではありますが、我等ガーディアンの女性達は、オルクス様とのスキンシップです」
「……ほ?」
間の抜けた声を出してしまうのもいたしかたないだろう。トヨネは気にした風もなく続きを述べた。
「オルクス様が望めば、ご奉仕することも」
「ご奉仕? ……あー、肩もんでもらったりストレッチ手伝ってもらったりする献身的な触れ合いだろ? でもそれは以前からしてもらってるから助かってるし」
いえ、とトヨネはいつもの淡々とした感じから少し、いじらしい雰囲気になって述べた。なんとなくだが意図してぼかしたのに……。ある意味嫌ーな予感しかしないぞ。
「……その上に当たる触れ合いも可能なのです。極端に言えば、その……、何と言いますか。望まれるなら子供を産むことも可能だそうです」
「こ、こど……も?」
「つまるところ、その為の行為もできるということです。考えも及ばなかったことですが、男性はその手の話が好きなのだと」
「ちょっま、まってくれトヨネ! ゲームの頃ならセキュリティが働いて……、いやそういう話じゃないな。えっと、それは――」
ちょいまち! おちつけーい! とりあえずお茶を、って空になってる。あ、トヨネが注いでくれた。
「どうぞ、落ち着いてください。リラックス効果のある葉をブレンドしたものです」
「あ、ありがと。――っふう、おいしい。ヘルプさんはまた余計なことを……。んー、僕は来年で7歳になるわけだけど、そういうのに興味がまだ薄いというか、前世の年齢からそういったことは理解はしてるんだけど……。肉体年齢に精神が引っ張られてると言うか、元々仕事一辺倒な僕からして、そういうのに興味が向かなかったというか。あー、というか、あれか? ヘルプさんがよこした、女神様の恩賞? あれが関係してるわけだよね?」
「はい、ヘルプさんから聞いている限りでは、オルクス様の腕輪が影響していた状態でしたので、今までできなかったことにも許可が下りたとのことです。オルクス様の人柄を考慮して、セキュリティを取り除いても問題なしだそうです」
「今まで監視、というか観察されてたって上での判断かな? というより、女神様やヘルプさんが見てるのに、僕が問題行動取るわけないじゃないか。
そもそもだね、男性にだってその手の話は苦手とする意識を持ってる人もいるんだぞ? 僕だって好意や善意として、やってもらう分には問題ないけどね? 過度なスキンシップは意識しちゃうから遠慮したいのが本音だよ」
「望む者がいればその限りではないと、解釈いたしますがよろしいでしょうか?」
「場合によりけり……、かな」
何なの、その言質を取りに来てる姿勢。
「こちらの都合も考慮してくれると嬉しい。大体ね現状、年齢的に肉体も成熟してない僕にそれを望まれても困るよ。まぁ、聞いた限りガーディアンの中には好奇心が高い子もいるだろう。給金も出してるんだからこの世界の気晴らしや歓楽街でも行くのは問題視しない。子供の件は自己責任かな。もちろん、無責任な問題行動には僕なりの処罰はするつもりだけどね」
「その点は問題ないと思います。元々、我々にオルクス様以外に興味がありませんので」
「有難いけど忠誠心としてとらえておくよ。ヘルプさんも、あまり皆に変なこと吹きこまないでくれよ? ガーディアンの皆は僕にとって心のよりどころであり至宝なんだ。必要な教養はあれど、ちょっとずつ段階を踏むべきことだ。度が過ぎるのは看過できないよ」
『おっしゃる通り、程々を心がけます。ガーディアン達の場合、子供の出産は両者の合意がなければ成立しないとも付け加えておきましょう』
「とりあえず、この手の話はここまでにしよう。話し合いが必要なら時間の調整しておいてくれるかな?」
「かしこまりました」
僕はそれを聞いて深い、それは深い溜息をついた。そういう意味じゃねぇよ!
事の発端は、夢の中で女神様が現れたときに伝えられた神様側の事情。なんでもこの世界で唯一である神、カルティア様の管理するこの世界に、他の神が干渉してきたらしい。
干渉というか、横槍というかよくわからないものだが。カルティア様はすごくご立腹だったのは言うまでもない。干渉してきた神の名前までは言ってくれなかったが、自分の管轄する世界が崩壊したことで暇になった奴らしい。暇を持て余して好き勝手されるとか、カルティア様が怒るのも無理はないと思った。とばっちりがこちらにも来たのだから僕も被害者だし。
で、件の横槍をいれたらしい神は度々この世界に干渉して、おっかないスキルを持たせた人間を転移させたり転生させたりしていたそうだ。カルティア様は、自分の上司ともいえる神に事の顛末を伝えては後始末に追われていたのだとか。神様にも色々あるんだなとは思ったが、今回みたいな世界のバランスを一気に崩すようなことをしでかした相手は、悪びれもなくあっけらかんと軽い謝罪と暇つぶしだったと釈明、とも言えない言い訳を放ったようだ。
人格の選定や、その人物が世界に及ぼすであろう影響を一切無視したもの言いに、カルティア様は憤りを隠しもせず愚痴ってくるのだ。まぁ、僕もゲームとはいえ、箱庭世界の管理職であったのでその無鉄砲な干渉には同情するし、厄介きまわりない迷惑行為に同感だと思った。ゲームのイベント企画で言うところの、コラボレーションなんて域を超えているのだ。
転生や転移する人間にも、ちゃんと神様側で選定してふるいにかけるのは常識で、世界でのある程度の行為は黙認されているんだとか。声を掛け特別な処置をした者が世界を破壊してしまった、なんてことがないようにある程度の決まりがあるのだそうだ。そういったルールを設けないと、世界が崩壊するのは時間の問題であり、管理職としてそんなことを招いてしまっては神としての品格というか
簡単に言えば責任者として何らかのペナルティーがかせられるようだが、僕のあずかり知らぬところだ。所謂降格やリストラにでもあうようなものだろうか? そんなことを思った。
とりあえず、神様側の問題としてはカルティア様がなんとかするようなので、その辺は事情報告を受けるだけで口出しすることもない。むしろ、僕が生きている世界の方が問題なわけなのだから。
問題としては大きく分けで、銃による世界のパワーバランスの危機、機械というオーパーツの仕組みが普及されることでの急速な世界発展の問題、残りは異常で脅威のあるスキルを所持したままでいる人格破綻者の存在、この辺りだろうか。
何が問題って、要するに兵器が世界に溢れればそれだけ戦争が起こりやすくなるということだ。機械化はものによれば便利なものはたくさんあるし、あって困ることはない。むしろあったほうが生活水準が上がるだろうし、魔物相手での被害が減ると言うメリットもある。
ただしかし、武器や兵器が普及すればそれだけ用途次第では問題が発生する。先ほど述べた戦争もそうだが、この世界には警察や自衛隊などの公的取り締まりをする機関があるわけではない。武具や雑貨が常日頃盗賊に襲われて奪われるご時世では、盗賊の武装集団が溢れかえることになるのではなかろうか。
日本の古い歴史からして、火縄銃が普及し始めた時代を考えれば、考え過ぎというか時代が進み技術が進歩すれば、その道そういった問題に突き当たるのは目に見えているのだが。かといって、小さな村でも自衛手段としてのメリットも存在する。言ってしまえば一長一短、それにつきる。
ではどうするのか、カルティア様が出した答えはこうだ。
「戦車に関してはまだ時期尚早、なのでこの世界から消します。代わりに戦車は馬を持ち置いた武装馬車やチャリオットとして認識変換させます。銃に関して言うと、火縄銃クラスのレベルと仕様手段を限定することで対処しようと考えています」
とのこと、オーパーツの塊である戦車に関してはなかったことにするらしい。代わりに武装馬車チャリオットが記憶として残されるのだそうな。そして、銃に関しては完成度を落としたうえ、使用するための条件を厳しくするというものだった。火薬がこの世界の常識として使われたとしても、作成手段や素材は異なるんだそうだ。
前世の日本の歴史でいえば、火縄銃には火薬である
と、日本の歴史をうだうだ言っても仕方ないので本題に入るが、カルティア様は火薬の製造方法というより、素材自体を硝酸カリウムとは別に配合してしまうようだ。火薬と言うものを別物の素体として扱う、そのような仕組みにするということらしい。
言ってしまえば治癒系ポーションのようなものなのだろう。薬剤はあれどもポーションなんて前世の世界には存在していないし、カルティア様が管理するこの世界では、前世の世界常識などほんの一部でしかない。モデルケースが地球であるという話は聞いていたが、細部は管理者の領分であるとのこと。
こちらの世界では魔物から採取できる魔石なんてものは、名称は同じであれども前世では空想でしか存在しなかった。銃と言うものは存在するが、使用方法はカルティア様の管理する世界ならではの法則が用いられる。
この世界では魔術師が戦争の犠牲で少ない。魔物がはびこる世界であり、その魔物から魔石が採取できる。そういった現状の環境を利用した法則を採用することで、銃の利便性を限定させることにするらしい。地球やら違う場所から転生者、転移者が現れても、彼らが持つ常識が常にこの世界で通用するものではないものとさせる、つまりそういうことだ。
しかしまぁ……。殺傷能力はあるものの銃のランクも凄く低くするのと、アイテムの収納系スキルや魔術も見直しするようだし、ゲームのアップデートや下方修正的な見方をしてしまうのは前職の職業柄しょうがないだろう。僕からしたら、常識としてまだ世に出ていないものを探すのはワクワクするものだが、機械化や化学力の発達した世界からそれなりに知識がある人間が来た場合戸惑うだろうな。
探求心が強い研究肌の人なら環境次第で発明や大発見なんかはしそうだけど。あー、でも魔術や魔法があるこの世界。元々なかったことが、できなかったことができてしまう世界から来てしまった。そんな人物達の中からスキルや魔術で異常な行動をする奴が出てきてもおかしくはないのか。
時代背景を考慮しないことが異常? そんなことはないだろうけども、世界を管理している神の目があるのであれば、その目に異常ととらえられればチートやバグとして管轄から排除される可能性もあるのだ。
僕がこの世界で、女神様が顕現してまで接触してきた際に聞いたことであるが、世界観を考慮した現地民の考えにのっとった行動が望ましいことは確認済みだ。僕が以前召喚したラタルとリタール、前世のゲームマスターとして専用に考慮したジョブであるペイントマスターとマシーニスト。これもチートやバグ扱いになるものを制作したり操作できるクラスなのだが、世界に悪影響が出ない範囲ならば使っても良いというのはヘルプさんを通して許可を得ている。
僕自身がチート? 正確には僕が所持している権限がチートなのだといえるんじゃないかな。だって、世界の管理者たる女神様やルールや秩序を確認できるヘルプさんと常にコネクションがあるのだ。
こっちに転生者、あるいは転移者が来たとして。彼等は女神様からどのような説明を受けるのかは知らないが、それをどう解釈してとらえた考えのもと動くか、女神様の意図する世界への影響力と言える判断基準は難しいが考慮されるものなのだ。ゲームの管理側だったからか言えることだけど、チートやバグを引き起こそうものなら、やはり監視した上で排除対象にも、あるいは参考対象にもなるのだ。
持論であるが、チートやバグは全てが全て排除対象ではない、と僕は思っている。そんなこと言うと、ユーザーだけでなくプログラマーや企画者、マネージメントのうるさい人からお小言をもらうのだけどね。時代背景やルールブックの元、あるとおかしい、ないとおかしい、なんてものは山ほど溢れるのだから。
無論、
まあ、正規仕様のゲームには大半ゲームプログラム原本以外の外部ツールは禁止である、なんて類の注意書きはよく見るはずだが……。利用規約とか読まれてないことが多く、そう言ったツールの不正利用でゲームのアカウントが凍結。つまりゲーム自体ができなくなったとユーザーからクレームを受けることもある。いや、身から出た
ただ、時代が進みチートの内容がゲームに溶け込まれて、採用された例もなくはない。もちろんの事その概要や脅威度を緩和させたり、対抗処置などがアイテムやシステムとして採用されたりと様々な仕様対応はあるけどね。後はプレイヤースキルの妬みから来る、名指ししてあいつはチートだわ、バグ利用者だろうなんて指摘されるプレイヤーもいる。
無論そういう第三者からの通報なり情報は、運営側が調査した上でプレイヤーが潔白であるかの有無を調べるわけだ。潔白でありプレイヤーとして尊敬を集める者には、称賛だけでなく運営側から何かしら参考にアンケート調査や運営側への雇用なども検討される。
おっと、随分と話が脱線してしまったが要は、誰かが管理している世界であるとわかっているなら、注意をいやでも払っておくべきことの重要性は高いだろうということだ。最初から説明や規約もなく、次の世界で自由にして良いですよ、なんて言われてるなら別であるが。カルティア様は顕現してまで接触してきたのだ。
それに加えて、僕の先輩にあたるユピクスの国王や王妃に対しての女神様の応対。ある程度は許容されるようだが、内容にもよるところがあるんだろうな。
さて、つらつらと現実逃避してないで話を進めろと痛い視線をどこからか感じたのだがはて?
トヨネの話に戻ると、今回僕等を騒がせた問題、それを解決したお礼として女神様から恩賞が頂けたのだ。解決っていう程の事でもないけど、深い理由があるらしくこの件に女神様が直接手を下すことはできなかったようで
それで迷惑料として恩賞と名目を付けて報いたいと言われたので、僕が望んだのは僕自身よりもトヨネ達ガーディアンの強化を希望したわけだ。ちなみに、ゲーム時代であれば従者であるガーディアンには成長強化、所謂覚醒であったり装備強化要素があったのだ。
その要望に対し、女神様は僕が持っている腕輪の機能を開放してくれた。ガーディアンを覚醒させるためのアイテムが腕輪のストレージに入っていなかったので、ん? と思っていたのだが。僕が前世で得ていた所得を、ほとんど会社に投げ返すつもりで課金アイテムにぶち込んだのを知ってたらしい。
そのアイテムは未開放のままだったのだが、それの使用の許可が出たのだ。ドミネーション・チョイスで課金アイテムは、購入した後ゲーム内で封を切らなければ使えないわけで、それを使えるようにしてくれたと言われた。
更にそれだけでなく、感情と言うものが芽生えていたガーディアンに対し、思考や学習向上的なものまでおまけしてくれたんだがね。その辺は僕が管理しろってことで権限を与えられたのだ。ガーディアンの覚醒を切っ掛けにその辺りの伸びしろを、という感じに考えている。
「確かに男女の仲でそう言ったスキンシップで、相手によるけど癒したり慰める付き合いもある。だけど、僕としてはそれをしてもらうには特別な仲であるべきことだと思ってる。今更、この世界での倫理観を否定したりしないけど、君達が求めてもいないことを強要するなんてことはしたくない。それは分かってくれる?」
「もちろんです。オルクス様が私達に求められるのは、共存であり価値観の妥当な共有なのだと理解しています。ただ、以前の世界であった時と違い、俗世に触れれば視野も広まり、考え方も修正されていきます。私個人で言えば、オルクス様がお疲れならば支えになりたい、癒して差し上げたいと考えています。おかしいでしょうか?」
「いや、そういうことなら大歓迎だよ。ただ、僕の中の常識というか倫理観で言えば、さっきも言ったけど僕がそれなりに成長して、気持ちの整理がついたらかな。時間が空いたときに、屋敷や外食で一緒にお茶をしながらおしゃべりする人時というのも大事だと思うからさ。以前からしてもらってる、普段のスキンシップなら問題ないよ」
「かしこまりました。これからも誠心誠意尽くさせていただきます」
「頼むよ」
「それと、そろそろご予定の時間となりますが」
「もうそんな時間か、じゃあ向かうとしますかね」
……兎も角、管理者であるカルティア様が言うには、あの現代兵器王女はイレギュラーの一つであったらしい。こんな言い方だとすぐわかるかもだけど、イレギュラーは彼女だけではないようだ。詳しく何処そこの誰がとは言われていないが、厄介の種は散らばっていたらしいことがうかがえる。
マヘルナ王国の第三王女のような存在は、よくわからない
「はあ……。将来の事だよ? もっと考えて決めた方が良いんじゃないかな?」
「いえ、決めましたし母上様も快く頷いてくれました」
「いやいや、そもそも戦場で罵り合ったわけじゃないか。君だって本意じゃないだろう? それに、僕には他にも婚約者がいる身だし」
「そんなことはありません。聞けば、私や母上様の保護を求めていただいたのは、貴方様の口添えがあったからだと」
「それを恩に着なくても良いし」
「それだけの理由で、貴方を好いているわけではありません。体裁の為ユピクスからの支援はできないところを、資金や安全を提供してくださったのも貴方だと聞きました。恩には恩で報うべきと母上様も言われました。厚かましいこととは重々承知しています。側室がお嫌ならば、愛人でも使用人としてでもかまいません。どうか、お傍においてくださいませ。何卒、何卒温情を――」
と、まあ、このような感じで目の前で脅迫概念にかられた好意というべきか、
彼女は五体満足で思考も感情も正常になっている、らしい。女神様が彼女も被害者である、と
僕から言わせれば、条件付きとはいえそれでいいのかと。彼女の知識は偏りはあるものの、近代兵器を産み出すことは可能なのだ。彼女はゲーム知識で戦車や戦闘機、あるいは戦艦のカタログスペックを把握している。
そのことを女神様に突っ込んだら、貴方が手綱を握っている限り問題ない、などと言われたのだ。ヘルプさんの言っていた風の投げやり感が半端ない。僕が監視役としてついていることで、彼女の能力の使用限度を僕が采配すれば問題ないとか。問題あるだろそれ! 彼女が問題を起こせば僕が愚痴や注意を受けるのは目に見えている。
前世の社会人時代に新人社員を押し付けられたようなニュアンスだ。それも問題ありな子を。
「それぐらいの理由で……、て。いや、本音のところはお母君のことか? 僕は今のところそれ程資金面で苦労はしてない。人を一人二人が少しつつましい程度の暮らしを支えるくらいの蓄えはあるよ。ユピクスの国王や宰相様だって、君や君の母君が馬鹿な真似をしない限りは、僕に判断を一任してくれるって約束だし。
僕の機嫌が底冷えしない限りは、支援は継続するとも……。ああ、僕が機嫌を損ねないように、上手くやっておきたいってことか? 要はご機嫌取りのために自分を糧にするみたいなこと考えてる?」
彼女はそこでピクリと反応した。
「図星かな? 僕はそんな
「いえ、そんなことは!」
「慌てなくていいし、そんな委縮することもない。人間だれしも相手の考えなんて、ましてや心の機微なんてわからないんだから。それに移ろいやすいと付け加えたなら君の考えも妥当と思える。信用できないのも無理はないところだ。普通なら言葉だけの何たるかで契約なんて心もとないし、安心もできない」
一旦ここで言葉を止める。彼女は慌てるそぶりを抑え込んだが、不安そうな顔でこちらをうかがっている。
「でも、僕等の場合はそれが当てはまらないわけだよ。君もあの場にいたのだから理解しているだろう?」
「はい」
「不安があるのはわかるが、君は僕をどういう対象としてみてるんだ。だいたい、君や君の
「それはそうですが、これから先……。母上様に私が産んだ子をお見せしたいですし。何より信用がおける方が貴方しか思いつきません」
「なんでだよ。なんで、ここでも子供の話が出るんだ?」
「え?」
「いや、何でもない。というか、僕は来年でやっと7歳だぞ?」
「でも、私の素性が素性ですし……。どこかに嫁げるとは考えにくいのです」
「まあ、確かにそれはあるだろうけど。5年くらい大人しくしてたら、そのうち誰かしらと縁談できるように手配しようか? それだったら君も僕以外の選択肢が増えるだろう。君はまだ11歳と聞いてる。時間的余裕は十分にある、だろう? 将来のことはもう少し考えて――」
「それはダメです!」
「なんでさ? 母君のことは問題ないだろう? 自分の子供を親に見せるのだってそうだ。ほんとに好きな相手が見つかればその時で良いじゃないか」
「母の問題と別です。よく考えてください。戦犯的な状況を作り出した私が、誰彼のもとへ行けば必ず後ろ指をさされます。そして今の現状まで過去をほじくり返され、極論から言えば破滅が待っているのは明らかではありませんか! そんな状態に陥った私を、お母様に知られてしまうなど……」
「……」
「将来の事を考えて。貴方は今そう言いましたね?」
「ああ、言ったね」
彼女は震えるした唇を噛んで言葉を飲み込んだ後、僕を見据えて叫ぶように訴えた。
「私には頼れる人が貴方しかいないの。貴方から見たら私はみじめで、同情心でかばってくれているのかもしれない。縋る相手に甘えているだけかもしれない。でも、いくら時間が過ぎたって、過去のことは取り返しがつかない。女神様だって私の事を被害者だと同情的だったけれど、結局は私の能力を抑え込んだ後は何もしてくれるようには思えなかった!
この世界に居る限り私の居場所は貴方の傍にしかないの! 私は立場が危ういから今の現状どうすることもできない。マヘルナだろうとユピクスであろうと、私は厄介者なのよ。
それが今回の事で骨身にしみた。いくら頑張ったって報われないのなら、いっそのこと死んでしまえばいい。でも、残ったお母様の事を思うとそんな考えを行動に移すなんできない! 私に逃げ道なんてないの! 逃げられない、逃げれないのよ……」
要するに、彼女は縋る相手である僕がいる限りは最低限の保証される身だが、僕から離れると生きていくことが困難になる。そんなところだろうか?
「周囲の視線が私をあざ笑うように感じるの。後ろ指さされて、戦犯者だってあおってくる。言い返せないよ、本当だもん。どうしようもない、生き地獄だよ。でも、――こんな私でも貴方は守ってくれるから! 貴方以外に考えられません! お傍において、ください! どうか、どうか――」
彼女は言い切った後も懇願し続けた。顔は度が過ぎるほど真剣で、目には強い意志が込められていた。僕には彼女が追い詰められているのわかるのだけど、彼女が僕をどのように思っているのかがよくわからなかった。
♢♦♦
それは数日前の事だ。
漂うようにぼやけた私の意識はそこから浮上するかのように、はっきりと自我を取り戻していった。私の名前はリーレイだ。マヘルナ国の国王リーバッハ・マーメスタの側室の娘、第三王女として生を受けたのが私だ。そして、私が今いるのはマヘルナ王国ではない。隣国にあるユピクス王国だ。私が軍を率いて攻め込んだ国、そして返り討ちにあった国の法廷にいる。
私は国境で無様に負けて撤退をした後から記憶はほとんどない。覚えているのは、ユピクスの国境で勇勢に事が進んで押し込んだ後、突如としてユピクス軍の反撃が繰り出されたこと。そして何より、私と同じ転生者がいたということくらいだろうか。
「我が国が被った被害は計り知れないのだぞ!」
「休戦協定を無為に反故にされた我々に、よくも恥をかけてくれたな!」
「陛下の御情とは言え、よくここに顔が出せたものだ!」
「どう責任をとるというのだ! 貴様一人では償いきれるものではないぞ!」
「民衆の前で張り付け台に乗せて死刑にしろ! 全裸にして国中引き回した後、拷問してからな! それならいくらか
「奴隷として扱い、
現在法廷では、私に対する質疑応答というよりも質問という名の言葉で攻め立てられる一方的
法廷司長や査問会の面々、それに事態を静観する臨時で出席しているウルタル王子でさえ、誰もこの場の騒動を留めようという動きすらない。
いつ止むでもない、責任の押し付けと追加される余罪。私の与り知らぬ事まで付け加えられていくが、もうどうでもよいとさえ思えた。最初は針の
「法廷司長様、しばしお待ち頂きたく。お伝えしたいことがございます。発言、よろしいですか?」
彼がいつからそこにいたのかはわからない。ただ、一瞬の間が辺りを支配すると周囲のざわめきも次第に治まり、法廷の奥にある高座の一席から許可が下りた。
「静粛に、お静かに願う。ウルタル殿下よろしいですか?」
「ようやくか……、許可しよう」
その言葉に彼は一礼して述べた。
「今回のマヘルナの暴挙は、主に前国王で会ったリーバッハ殿が管理していたことです。自分の子供に箔を付けるため、戦下手と称されていたユピクス王国へ進行してきました。よもや休戦協定を破ってまでです。その辺りまでは皆様方認識されていると思います。ですが、話はその先にあります。
マヘルナ国と国境を築いている国はユピクス以外にも複数あり、外交問題は複雑でありましょう。更に言えば、ユピクス国がマヘルナ国を属国とした現在、その外交問題の引継ぎは未だに落ち着いておりません」
いきなりの出てきて外交問題などと言われても、今一要領を得ない言葉に疑問の声が上がる。
「何が言いたいのかね。そんなことは、皆承知しているぞ」
「一応の確認です。属国と言えば、皆様はどのようにお考えなのですか? まさか、国であろうが搾り取る材料としてしか見ていないということはありませんよね?」
「話が見えんな。短めに要約してくれんか?」
「はい、先ほどから皆様の発言から引用しますに、ここにいる第三王女は見せしめのために殺すべきだ。そのように受け取らせていただいていますが、相違ないでしょうか?」
「当然だろう?」
「我が国の国王陛下が属国とし、第一王子をマヘルナの第二王女と婚約させたにもかかわらず、ですか?」
「……しかし、我が国は被害と恥という泥を掛けられたのだぞ?」
「だから、ここにいる11歳の少女に死刑を求める、と? 彼女は王女と言っても側室の子ですよ? 他にもっと適した人物がいるんじゃないですか?」
「誰だねそれは?」
「おや、お忘れですか? 去年最初に攻めてきた第四王子のコランタン殿ですよ。彼はれっきとした、王位継承権を持った王族ですよ。しかも、ちゃんと成人したマヘルナの王妃の子供です」
「むっ」
「11歳の少女と、王位継承権を持つ成人した王子。他所の国はどのような印象を持つでしょうね? それに、ご存じかどうか知りませんが、リーバッハ元陛下は、我らが陛下の御前でなんでもかんでも、一切合切をリーレイ王女の所為にしたのです。ちなみに、リーレイ王女の母君は貴族ではなく庶民出の方らしいですよ? 由緒正しき王族と貴族の一族と、庶民出の側室の母君とリーレイ王女は区別され差別され、リーバッハ元陛下との夫婦仲も兄妹仲も冷め切ったもの。何もかもが全く異なった扱いをされてきたそうです」
「……」
「ここまで言えば、私が何を言いたいのか聡明な方々ならお分かりいただけると思いますが? そもそも、リーレイ王女がユピクス側に攻め入ったのも、マヘルナの立ち位置が問題であり、王女は否応なくこちらに攻め込むしかなかったんです」
「こちらに攻め込まなければいけない理由があったと、ヴァダム伯爵は言いたいのかね?」
「ええ、まさしく」
「その理由とやらは、教えてもらえるのかな?」
「無論です。理由は簡単、リーレイ王女の母君が病気を患っております。その病気の治療にかかる費用負担を打ち切ると脅されたとか。王女はやむにやまれぬ事情でこの国を攻めるしかなかったのです」
場が一瞬白けたような空気になる。なんだその程度の理由か、と。が、その瞬間を見逃さず声の主はまくりたてる。
「先ほどもお伝えした通り、リーレイ王女とその母君は冷遇されていました。それをそそのかしたのは、リーバッハ元陛下一派であることは明白な事実。元凶は我らが陛下により下されましたが、それでも各々方の溜飲はくすぶっておられる。
ですが、矛先を向ける相手はリーレイ王女で本当に良いのでしょうか。若輩である私も、及ばずながら国境でリーレイ王女の率いるマヘルナ軍と対峙しました。その時の印象で言えば、第四王子のコランタン殿の軍とリーレイ王女の率いる軍とでは決定的ともいえる隔たりと言いますか、歴然とした差があったと感じています」
「それは?」
「軍の練度と、主君を敬う志です。軍の副指令も捕虜としておりましたので、その辺りの疑問も尋問しております。その際、気になっていたので尋ねてみたのです。あくまでも私個人の所見でしたが、違いは何なのかと。
答えは単純なものでした。リーレイ王女は幼少より軍事に重きを置き、兵士の練度をあげていました。ここまでは女性と言えども王族なのだから、何位を当たり前なことと思われるでしょう。ですが、王女は自分が考案した武具で兵士達の生存率を上げることに尽力し、また自らも軍事技術の改革を進んで取り組んできたそうです」
法廷の場は、既にその声の主の言葉を聞く場となっていた。
「リーレイ王女は他の王族とは違い、幼少の頃より自分の立場をよく理解していたのでしょう。何もせずに暢気に構えて生活している他の貴族や王族連中と同じようにしていては、いつぞ自分が切り捨てられることかと。運が良ければどこかに嫁がせる駒として扱われたかもしれませんが、彼女は第三王女であり王族の男子は沢山いらっしゃるわけです。
必要価値の見いだされない女性には、酷い言い方かもしれませんが利用価値など低く見積もられるのが当然の時代。マヘルナの王族方のリーレイ王女へ対する扱いを考えれば、資金力のある帰属に嫁がせるくらいが妥当だろうと考えられていたかもしれません。
王女には病気を患った母君がおられるという、ある種の枷があったのですから。王女が他の王族から勧めという名の脅迫まがいな命令を受けるのは当然と言っていい。そんな未来が予想できていたのかもしれませんね。王位がリーバッハ元陛下になってからと言うもの、マヘルナは国境の維持はしていましたが先代からの膠着が外交によって動かないことを良いことと、軍備を疎かにしていたようです。軍務や武闘派の貴族、兵士達からは不満が上がっていた」
そこに目を向けたのが、リーレイ王女だった。そうですよね? そんな確信めいた質問が私に向けられた。私は観念したというよりは、投げやりなように独白していた。
「はい。おっしゃる通りです。4年程前の当時私が7歳頃のこと、父であるリーバッハ国王は私に告げました。いてもいなくても同じであるお前は、その存在を生んだあの女も含めて意味のない人形だ、と。だが、人形などいつかは飽きて捨てられるものだ。心せよ、体裁が整えば、すぐにでもお前達を消すことができるのだ。精々見限られないように、おべっかでも媚でも売って身を守っておくことだ。その言葉を聞いて翌年から徐々に母の体調が崩れ始め、病気が発覚しました」
「ちなみにですが聞き取り調査により、その病気の原因は遅効性の毒であったようです。微量な毒をリーレイ王女の母君の食事に混入して与え続けていました。リーレイ王女が同じ病気になれば毒である可能性が浮上しますからね。入念でいやらしい手段で、二人は追い詰められたと言えます。
ここまでは余談の話ですが、本題の話の続きです。王女自らが戦場へ赴いた理由がそれです。そして、マヘルナの兵士への聞き取りで明らかになったことを付け加えますと。王女は日々軍事力の増強や、戦術や地理の学問に対して研究されていたそうです。
何より王女が優先していたのは、如何に兵士の消耗を抑え戦果を得るかが課題だったようですね。王女の研究資料など残っていたものを拝見しましたが、先進的な考えと理論もさることながら、兵士の士気の維持と向上。国境へ派遣される兵士への配慮や優遇処置なども含まれており、埋もれさせるには惜しい理論が垣間見えました。それこそが、今回攻めてきたマヘルナの軍を強固にした士官や兵士の軍の練度と、総指揮官であるリーレイ王女を敬う志に繋がったものと思われます」
場は静まりを続けた。それと徐々にではあるが呟かれる声がそこかしこからささやかれるようになっていた。
「それでもなお、リーレイ王女を処刑するだのとお考えならば、難しくなりそうですね。今後におけるマヘルナの掌握と他の国との印象操作は。我が国王やバインク殿下、ギース宰相様は苦労のあまり忙殺されるでしょうね。今でお忙しいのに、いらぬ波風を立てればどうなる事か……」
今まで、私に対して罵詈雑言を放っていた者達は顔色を変え押し黙った。中には法廷の場から抜け出す者まで見られるようになる。
「流石はオルクス・ヴァダム殿だ、よく言ってくれた。ここは法廷ではあるが、正しき情報と報告をまとめ裁可を下す場でもある。アカヒム子爵、オージャズ伯爵、ネンビド侯爵、その他にも声をあげていたようだ。ただ、ヴァダム伯爵の言に聞き入れるべき点が多くあると思うので私は賛同するが、諸君等はまだ主張なり提案なり発言することはあるか?」
「は、特に異論は。ただ、リーレイ王女の処遇はどうされますか? 先程も声が上がったことですが、処罰や賠償の類はあってしかるべきかと存じます」
「ふむ、咎め無しでは体裁が悪いか?」
「はい、然るに王女の身柄を奴隷として、競りに出すのはいかがでしょう。損害額の軽減にもなりますし、王女に危害を加えず買い取ったものが後の面倒を引き受けることになります。そうなれば買い手は限られてきますし、期日が経てば売れ残りの王女の権威も地に落ちるというもの。手放した王女の行方など、当方は知らぬ存ぜぬとすれば誰も気にしますまい」
体の良い厄介払いじゃないか! 私は心の中で叫んでいた。死ぬよりも惨めな思いをさせる気なのだと絶望もした。国は変われど、どこに行こうとも私や母は厄介払いされるのだ。そう思っていてもやるせなさは不思議とこみあげてくるらしい。
「厄介払いですか? それと、買い手がつかなければユピクス国の損害を埋めるという趣旨が崩れ矛盾しますが、その辺はお考えがあると?」
「そうだな、ヴァダム伯爵が言うように矛盾が目立つように思う。奴隷として競りに出すという割には内容が釈然としないし、王女の行方云々を把握していないなどというのは、我が国が王女を追放したということになるのではないか? もしくは管理さえまともにできない国と誹りを受けよう。オージャズ伯爵は何故そのようにしようと考えるのか教えてくれぬか?」
「あ、いや、それはその……」
「法廷と言えども意見を蔑ろにすることはしない。もし仮に今思い付いたことを口に出したとして、筋が通らなければ却下する。しかし、理由が正統なものであれば考慮する余地も出るのは必然だ。詳細を述べるつもりがあればこの場で説明してくれ」
「いえ、その、……ネンビド侯爵様がそう言えと」
「ん? そうなのかネンビド侯爵?」
ネンビド侯爵は名前を出され矢面に出したオージャズ伯爵とやらを睨み据えた。
「ばっ! それは……」
それからしばらく、声を荒げ私を罵って奴隷にさせようとしていた人達は、互いを名指しして時に嫌味を解きに罵り合いになり、爵位が下の物は苦虫を口に入れたような表情で歯切れ悪く、冷や汗ダラダラと法廷の上座に座っていたウルタル殿下に、つじつまが合うようで筋が通らない釈明と説明を延々と続ける羽目になった。
ウルタル殿下も最初は涼しやかな表情で拉致もあかない言葉を聞き続けるのは、精神的にしんどかったのか話を切り上げにかかった。
「その方等の話は大体聞かせてもらったが、要領を得ない説明であることしかわからなかった。ヴァダム伯爵は先ほどの説明で理解できたか?」
「いえ、全く」
「困ったものだな……。ちなみにヴァダム伯爵は、なにがしか考えを持っていないだろうか? もしあれば聞かせてほしいのだが」
「案という程のものではありませんが、提言はございます」
「ほう、聞こう」
「確認ですが、話に上がっている被害額というのは推定でどの程度なのでしょうか? また、リーレイ王女が競りに出された場合どれほどの収益が見込めるのでしょうか? その辺りが不明慮なのですが……」
「確か、被害額はマヘルナの財源とユピクスの財源で賄うとは聞いている。ただ、詳細は省くが諸々の事情で金貨5万以上とは聞いているな」
「なるほど、ではその被害額の約4割を私の家が用立ていたしましょう。流石に全額というのは体裁がよろしくないと思いますので」
「4割……、だぞ。流石に出し過ぎではないか?」
「いえ、ユピクス王国の国境はともかく、マヘルナ国は早急にでも資金を調達する目途があったほうがよろしいかと。隣国と対峙するマヘルナの国境への物資や、国内の鎮圧や整備にも出費は用意せねばならぬはず。恐れながら、国庫からの予算は回されている分だけでは追い付かないと予測致します。
属国としたマヘルナ国もまた、バインク殿下がお困りとのことで手紙を頂いておりまして。急にマヘルナ全体の税収を上げるのは愚策ですし、あちらでは頭を悩ませる事案が多発しているとか。とりあえず、取り急ぎとのことで実家の方から金貨1万5千枚程はお送りしましたので何とかなっているそうです」
「5万枚の4割っていくらだ?」
「馬鹿か、金貨2万枚だ!」
「き、金貨2万枚だと!?」
「ヴァダム家はそれ程の資金をすぐに用意できたのか!?」
「むしろ全額出せるとでも言いたげな口ぶりではないか!」
法廷の場にいる貴族達は、聞いた金額と飛び交う会話から右往左往して困惑した空気になった。
「兎に角相当な額だな……。兄上も無茶を仰るものだ」
「国をまとめるには相応の必要経費と言うものでしょうから、あちらもバインク殿下や宰相様がてこずっているということは相当なものかと。私と父からはできる限り早急の資金援助をさせていただきます」
「わかった。それで、リーレイ王女と母君については?」
「その件ですが、バインク殿下より手紙での指示でリーレイ王女とその母君である側妃は我々の方で保護しておけとの事です。外に目を向けぬ貴族がわめくだろうからと、国王陛下と宰相様の許可を得て既に拝命しております」
そういうのは先に言っておけよ。そんな顔をした周囲の貴族連中の雰囲気が伝わってくるが、あっけらかんというか飄々とした感じで彼は続けた。
「法廷が開かれると直近で聞いていたもので、急いで駆け付けたものですから、お伝えするのが遅れ申し訳ありません」
絶対わざとだ……。誰もがそう確信しているはずだ。この法廷の場は一種の釣り場。私達を快く思わない者を炙り出す為の餌、そしてそれをどのようにするか考えを吐き出させる為の罠……。
私はこの時初めて彼、オルクス・ヴァダム伯爵のことを意識して食い入るように見つめたのではないだろうか。
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