第20話

「それで、足りない物は今言ったもの以外はないかな?」


『はい、後はこちらにある資材で、足りなければまたご連絡いたします』


「了解。それじゃあ細かいものは今日中に転送用のポータルを共有化してそっちに荷物を送るようにするよ」


『よろしくお願いしますわ』


 僕は意識をつなげてアイリス達とWIS念話で念話していた。ちなみに転送用のポータルとは、その名の通り物を転送させる事が出来る出入り口となるマジックアイテムだ。遠距離での物のやり取りで重宝するマジックアイテムで、出発前に領地に預けて来た。ちなみに物だけでなく人間や生き物の転送も難なく出来るので領地に用があればすぐにでも実家の自分の部屋に、もしくは僕専用の仮設テントの中に帰ることが可能だ。これが世間に出回ったらどえらい騒ぎになるんだろうなぁ、などと適当に考える。


 さておき、今日は久々の休日を頂いた。それだけ仕事が処理できているということと受け取っていいのだろうか。あんまり自信がないな。仕事に流された数日がふと途切れた為急に手持無沙汰になった感じなのだが、長期休暇なんて今の経理部の状況じゃ取れる訳がないし。僕はしばらくヘルウェン王国の王都に留まることにした。それに、相変わらずラクシェ王女とも会えていない。僕はいつになったら国内にある学院とやらに行けるんだろうか。


 まぁぶーたら不貞腐れても意味はないな。今日は私服でこの国の街並みを市場調査も兼ねて見て回るつもりだ。そのついでにさっきアイリス達から足りないと言われたものを買い揃えたり、自分の日用品を補充したりする予定でいる。早速トヨネを連れたって王都の街並みを見て回ることにしよう。



 僕はユピクス王国の城下街とおなじく内心興奮しながら街中を練り歩き、今は中央広場と言われる市場の通りに来ている。街並みはレンガ造りの家がほとんどで、元の世界で言うところの洋風な建物が軒を連ねているが、屋台はテント型が多い印象を受ける。


「やっぱり王都、賑やかだね。何というかお祭りの中にいるみたいだ」


「なんだお前さん、王都の市場に来るのは初めてかい? 色々な店があるからゆっくり見て回ってみな。まぁあんまりのんびりしてると日が暮れちまうけどねぇ」


 果物を扱っているスキンヘッドの店主はガハハと笑いながら、僕にお勧めの果物を取り分けてくれた。


「ありがとう。また来ます」


「あいよ。毎度!」


 活気と騒動がごちゃ混ぜになっている市場を抜けて、次はこの国ならではの工業地区に足を踏み入れた。鉄を打つ音や何かを磨るような音があちらこちらから聞こえてくる。そして僕とトヨネは一軒の店に入った。


「こんにちはー」


「はい、いらっしゃい! あらまぁ、どうしたんだい? お使いかねぇ?」


「ええ、まぁ」


 出てきたのはふくよかな体形のおばさんだった。おばさんは僕が小さいものだから誰かのお使いと勘違いしているようだ。まぁお使いでも間違いじゃないけどね。僕は店の中を見まわし、注文を伝えていく。


「釘に木の板、後レンガに鉄インゴットねぇ。釘と木の板にレンガは分かるけど鉄インゴット買うお客さんは珍しいよ。お抱えの職人でもいるんだろうけど」


「そうですね。材料が不足気味で沢山ほしいんですよ。あ、先に料金払っておきます」


「毎度、確かに頂いたよ」


 僕は数軒の店に同じことをして回り、後にちょっとした騒ぎになったらしい。そもそもここで買った資材は殆どが畜産の為に牧場やらの囲いに使用する物だったり、共同の風呂場の為だったりでかなりの量になってしまった。他にも鉄のインゴットを大量に買ったのも鍛冶職人達の為だ。狩りで使う武器や日用品で使う道具の手入れなどでも用途が多いし、何よりかまができたと報告を受けているのでそれを活用してもらうのだ。


 後、それとは別に他に困った報告を受けている。マティアが錬金術で大量のポーションを作り出してしまったらしい。いわゆる暴走だな。夢中になる癖があるマティアは前の世界でもよくこんなことをしでかしたことがある。ただまだ良かったのは、マティアが作ったのはこの世界で一般的に使われているポーションだったということだ。


 一部は既に送って貰って手元にあるが、とても在庫が多く困っている。転送用のポータルでこっちに送らせて売りさばくか考えているけど。あんまり大量に売りさばくのも問題だし、ある程度の量が良いのかな。僕は工業地区から商業地区に移動してポーションの取り扱っている店を片っ端から見て回ることにした。


 大体の店は買い取り価格も表示されているのでわざわざ聞いて回る必要もないのは助かるな。そして、掲示されている買い取り金額はこんな感じだ。掲示価格は大体の目安で品質によって異なるらしい。


 回復ポーション(劣)

 大銅貨  4枚前後 

 回復ポーション(中)

 銀貨  5枚前後

 回復ポーション(高)

 金貨1枚と銀貨5枚前後


 そういえば、ユピクス王国にもあった冒険者ギルドなるものがこの国にもあるんだろうか。そっちでも買い取りしていたなら価格はいくらだろう。一度行ってみるか? でも、前みたいに絡まれるのはいやだなぁ……。日用品を買い求めながら僕は考え込んだ。



 それでも結局僕は冒険者ギルドの前にきていた。当たり前だけどお金で損はあまりしたくない。それに僕自身が使える自前のお金が心もとない感じだし背に腹は代えられない。ちょっとドキドキするけど入口の扉をくぐる。中は思ったよりも綺麗なところだな。僕の最初の感想はそんな感じだった。


 昼前の時間帯の為か人もまばらであるようだ。僕は中へ入っていき空いている受付の職員に声をかけた。


「すみません。問い合わせたいことがあるんですがよろしいですか?」


「はいー、……ようこそ冒険者ギルドへ。どういったご用件でしょうか?」


 対応してくれたのは女性の職員だった。よく見ると奥の方に男性職員もいるようだが、受付は全員女性が担当しているらしい。それは良いんだが、一瞬だけ職員さんの目が辺りを見回すのがわかった。すみませんね、背が低くて。まぁ大抵の対応は似たようなものだから気にするのはやめだ。


「ポーションなどの買い取りはこちらでもしていますか? 商業区でも見て回ったんですが、こちらでの買い取り価格を知りたくて尋ねたんです」


「まー、なるほど、そういうことですか。ポーションの買い取りは行っております。ですが、冒険者ギルドのカードの有無で買い取り価格が変わってきますよ? ギルドの登録に銀貨5枚が必要になりますが登録なさいますか?」


 買い取り額を高くするには登録が必要なのか。とりあえず、登録する前に買い取り金額だけは確認するべきだろう。


「買い取り価格を先に教えてもらいたいのですが……」


「そうですか、でしたらこちらを」


 職員さんが渡してきたのは、買い取り品の一覧が載っているカタログだった。


 回復ポーション(劣)

 大銅貨  8枚前後 

 回復ポーション(中)

 金貨  1枚前後

 回復ポーション(高)

 金貨  3枚前後


「あれ? 商店のところの約2倍だ。結構高めに買い取りされているんですね」


「品質チェックも行いますし、見合った金額になることが多いですけど、大体この金額設定です。商業地区でも回られたそうですが、あそこに売られているのは、小さな怪我や軽い病気を治すことが目的で、我が冒険者ギルドで扱う戦闘などの大けがで使うようなポーションとは品質が異なりますので。最悪買い取り品質に満たない物は買い取りをお断りしております」


「なるほど。なら、このポーションをチェックしてもらって、買い取り金額を出してもらってから決めようと思います」


「かしこまりました。でしたらあちらのカウンターで係りの者がおりますのでお申し付けください」


「わかりました」


 そして僕は案内されたカウンターへ向かい、ポーションを見せる。


「すみません。鑑定お願いします」


「あいよ。ちょっと待ってろよ」


 声がした方を見るとすごく肩幅の広いがっしりとした体格の男性が近づいてきた。


「おう、買い取ってほしいのはそのポーションか?」


「はい。同じ物が他にもあります。品質を調べてもらって買い取り金額を教えてもらいたいと思いまして」


「そうか、じゃあ品質を調べるからこっちにポーションを置いてくれ」


「はい、お願いします」


 男性職員は布を取り出しその上にポーションを置いた。すると布の上に魔法陣が浮かび上がりまるでポーションをトレースしているかのようだ。職員の男性はそのタイミングで懐からレンズを取り出しポーションを凝視している。しばらくして男性職員はレンズをしまい一息つくと僕を呼ぶ。


「おう。待たせたな」


「いえ、結果はどうでしょう?」


「そうさな、これほどの品質が良いポーションはなかなか入ってこない。お前これをどこで手に入れた?」


 何というか、値踏みされている感じの問いかけだな。盗品や何かを警戒しているんだろうけど。ここは正直に答えておこう。


「うちの領地で量産してるんですよ」


「何? こんな高品質なポーションを量産してるってどこのボンボンだよお前。と言うか、どうすればこんな品質になるのか知りたいね」


「さすがに配合の詳細を言う訳にはいきません」


「そりゃそうだろうよ。よし、ギルドカード出しな、提示額より色を付けてやる」


「いえ、まだギルドカード作ってないんです。いくらになるか調べたかったので」


「何だ、そうだったのか。悪いことはいわねぇ、冒険者ギルドのカードは少し料金はかかるが作っておいて損はない。ここでの価格に割引や上乗せができるんだ。それにポーションを量産してるんだったら是非、冒険者うちのギルドで買い取らせてくれ。ちなみに商業者ギルドもあるが、ポーションなんかの消耗品はこっちの取り扱いになってるんだ。商業者むこうのギルドに持っていかないようにな」


「わかりました、受付で作ってきます。その間に持ってきたポーションも鑑定してください。トヨネ、ポーションの取り出しお願い。僕はギルドカード作ってくるよ」


 トヨネに革袋を渡す。もちろんイベントリをカモフラージュする用の何の変哲もない革袋だ。


「かしこまりました」


「おいおい、魔法袋マジックバックまで持ってやがるのか」


「全部4ダース、計48本です。お確かめください」


「あ、ああ。ってダースっていうのは何だ? なんかの単位か?」


「ダースは私共の国で12個をひとまとめにした物を1ダースという単位で数えます」


「へー。まぁ48本だな。とりあえず鑑定していくぞ」


「よろしくお願いします」


 そんなやり取りを横目に、職員に女性に銀貨5枚を渡す。すると、僕の目の前に灰色のカードととがった針、それとアンケート用紙のようなものがならべられる。


「確かに銀貨5枚頂きました。では、先にこちらの用紙に名前から順に記入をお願いします。この用紙の内容がカードに反映されますのでなるべく詳しく書いていただきたいですが、書けない部分は後から追記できますので空欄にしておいて構いません。書き終わりましたら、魔力をカードに流し込むか、この針で指先から一滴程血をカードに垂らしてください。それで魔力登録の完了です」


「わかりました」


 僕は用紙に記入していき、書き終えるとカードに触れて魔力を流す。どれくらい流せばいいのかわからないのでゆっくりと流していくと、水を満たしたような感触を得る。するとカードが一瞬光りすぐさま元の状態に戻った。それを確認した職員は用紙を何かに挟みこんで次にカード乗せるとカードが再び光り、今度はカードに緑色がついた。


「はい、オルクス様。これで登録は完了いたしました。カードの種類などについての説明はこちらのパンフレットをお読みください。ランクの変更についてや他の説明も詳しく載っていますのでなくさないように気を付けてくださいね。と言っても、その日に捨てられていることが大半ですが……。あと、カードの紛失などは再発行に金貨1枚が必要になりますので、くれぐれも大事に保管してくださいませ」


「ありがとうございます。えっと――」


「アグリルと申します。後あちらの受付の男性はマクガンドと言います。以後よろしくお願いします」


「こちらこそ、よろしくお願いします」



 席を立って僕はトヨネの元に向かう。鑑定は順調に進められているようだ。


「どうでしょう?」


「どれもこれも品質は同じく高いな、むらがなくて助かるよ。これならそのまま出店しても問題ねえな」


「品質が悪い物はどうしてるんですか?」


「そうさな。銅貨1枚にも満たないのに量だけはある物を持ってきた奴もいたが、買い取りを拒否した。少しはましな物だと買い取ってこっちで再度調合してから売り物にすることが多い」


「すごく手間がかかりますね」


「だろう? だから基本は引き取るまでの水準も高くしてるわけよ。そういやかなり前に水を持ってきた奴がいたな」


「え……、どうしたんです?」


「ぶん殴ってけつを蹴って放り出してやったさ」


 僕は苦笑いするしかなかった。鑑定されるのに水って……。


「よし、48本品質に問題なしだ。もう登録し終えたんだろ? ギルドのカードを出しな。一本金貨4枚で、ケースもいい作りだし銀貨5枚足して買い取ってやる。全部で金貨194枚だな。現金にもできるがギルドカードに入金しておくこともできる。どっちにするんだ?」


「どこの店でもギルドカードを出せば買い物できますか?」


「ああ。大抵の登録商店ならカードから自動で引き落としされる魔道具が置かれているはずだから問題ないだろう。何よりそっちの方が現金より喜ばれることの方が多いしな」


「では、カードに入金してください」


「あいよ。ちょっと待ってな」


 マクガンドさんは僕のギルドカードをカウンター奥に置いてあった機械に通してボタンを打ち込んでいるようだ。シュイーンという機械音に似た音が聞えるとマクガンドさんがこっちにやってくる。


「できたぞ。金額の表示を確認してくれ。」


 渡されたギルドカードの表面には、確かに1,940,000と表記されている。


「確かに頂きました」


「おう。それじゃあまた来てくれよな」


 僕はお辞儀して冒険者ギルドを後にした。




 ◆   ◆   ◆




「マクガンド、偉く高値で買い取ってたみたいだけど大丈夫なの?」


「ああ? ちゃんと品質も問題なかったし、量もあるからな。いやー驚いたぜ、品質で上位品は数あれど、これは特別すげーやつだ。どれも一分の狂いもなく同じ品質、同じ濃度、一種のポーションの完成形みたいなもんだ。と、品質チェック用のマジックアイテムは結果を出してきてる」


「あら、そんなにすごいの」


「だな。で、あのガキは何者だ? マジックバックまで持ってるってことはどこかの貴族なんだろうけどな」


「んー、それが、名前だけじゃわからないのよ。ただ、職業欄に、ほら」


「は? 軍務の経理部? あのガキがか?」


「本当かどうかは問い合わせればわかるだろうと思うんだけど」


「まぁ良いだろう。良質のポーションの取引相手ができたんだ。何か問題があればギルドマスターにでも相談すりゃあいいさ」


「それもそうね。それはそうと、あの子さりげなく高度な魔術もやってたのよ?」


「はー? なんだそりゃ」


「小さな子だから魔術を使えないと思ってカードに登録するための針を用意したんだけど、使わずにカードに直接魔力を送ったのよ。魔力をカードにぴったり満たすとこなんて久々に見たわ。それに属性の影響か、目の色が変わってたのよ。ほんと不思議な子だったわね」




 そんなやり取りがされているとは知らず、僕は手元に入ったお金でトヨネと一緒にお昼を摂っていた。


「それにしても、このカタログに載っているダンジョンって、やっぱりその名の通り魔物とかがいるその手のダンジョンの事なんだろうか?」


「この世界にもダンジョンが存在するのですか?」


「うん、らしいね。この国営管理下にもダンジョンはあるらしいよ? 元は廃坑だった場所がいつの間にかダンジョンに変わってしまったとかで。でも、それさえ生業に変えてしまうんだからこの国はたくましいね」


 後で知った話だが、どこの国にもダンジョンは存在するらしい。僕が知らないだけでどこの国もダンジョンを生業にしてお金を稼いでいる部分があるのだとか。経理部のくせにそんなことも知らなかったというのは少し恥ずかしいな。事前に知れてよかった。


 さておき、お昼も摂り終え残りの休日を満喫した僕は、宿舎に戻って今日あった事を整理して見ることにした。


 アイリス達から言われたものは購入済みだ。工業地区の店等には資材の準備ができたら連絡するようにしてもらっている。当日はトヨネに取りにいって貰うとして、僕は仕事中なんだよな。こっちでも人手を増やすために時間の空いたガーディアンを転送用のポータルを共有化して呼ぶか? それと、在庫のポーションだがユピクス王国でも買い取って貰えば悪目立ちせずに在庫も徐々に減っていくだろう。これは母上や父上がユピクスの王都に行く用事があるときにケンプ辺りにお願いしよう。


 他にはダンジョンの存在だな。『ドミネーション・チョイス』にも、財宝や名声、優れたアイテムなどを稼ぐためにダンジョンと言うコンテンツが存在した。これにもガーディアンや傭兵プレイヤー or ガーディアンを雇って挑ませたり、冒険者プレイヤー個人が乗り込んだりすることもできた物だ。


 僕も乗り込むか? いやいや、これは機会があればと頭の片隅に追いやっておこう。僕は無駄なフラグ建てたか、と思いながらも夕食の時間まで本の虫になることにした。おっと、頼まれてた細かいものを先に送るんだったっけ。それもさっさとやってしまおう。

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