Part8


 帳簿のチェックを続けるエドガー。

 食材の購入での支出と、売上げを計算し……。


「食材や酒類の購入は、使い魔である彼女たちが代わりにやってくれるから……だから基本的に赤字にはならないけど、僕が王都に行けば五割増しだ……買えないって」


 そうである。王都での酒や食材の購入は、使い魔であるウェンディーナ、ホリィ、メジュアの三体と、従業員のメイリンが主に行ってくれている。

 【福音のマリス】はメイリンが経営されていると思われている誤解を利用し、エドガーは王都への来訪をしなくて済むのだ。


「メイリンさんには結構な給金を払っているから文句も出てないけど……やっぱり足りないのは、従業員か。使い魔の三体も頑張ってくれてはいるけどなぁ」


 あの優しいメイリンが「お給金足りないなぁ」などと言う姿は想像できないエドガー。しかし彼女が求めているものは理解している。

 それが従業員の確保……それが早急に必要だった。


「だけど、もう僕も試している・・・・・んだよなぁ……」


 それこそ【従魔】の十二体。

 彼女たちのうちの三体がウェイトレスとして働いているが、残りも従業員化するとなると、エドガーの計算が狂う。

 そして試している……ということは、その結果が芳しくないということ。


(難しいな……使い魔にできるのは十二体までと決まっているのか、それとも僕の力が足りないのか。何度か同じように召喚を試みたけど、これ以上の数の使い魔を呼ぶことはできなかった。ただ……彼女たち・・・・を除いて)


 エドガーは背凭れに身体を預け、天井を見上げた。

 脳裏に浮かぶのは、過去の光景。それは過去の栄光か、それとも負の遺産か。

 エドガーはその光景を振り払うように首を振るい、考えを改める。


「だけど、あの召喚・・・・は……」


 真剣な顔でその思いを振り切る。

 しかし、このままでは問題が解決しないことに眉を寄せて。


「従業員として考えられるのは、彼女たち・・・・より力が弱くて……それでいて【従魔】と違い、人であること、か」


 ちらりと、エドガーは部屋の棚を見やる。

 そこには無数の“石”が置かれていた。色とりどりの多彩な宝石。

 スタッフルームで使い魔三体に与えた、【聖石】の欠片よりも少し大きい“石”の数々だった。

 エドガーは立ち上がり、その一つを手に取る。それは小さな赤い“石”だった。


「ルビー……これよりもう少し大きいのがあれば、試せることも増えるんだけどな」


 その小さな“石”ですら、本来は金貨数枚の価値を持つはずだ。

 しかしこの国、いや世界では違う。

 豪華絢爛で綺羅びやかな宝石も、武器防具を作る金属鉱石も、太古の化石や隕石も、どれも同じ。この世界の“石”は全て共通し、路傍の石ころと同義なのだ。

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