Part6


 怯えつつも素直に返事をするメイリンに、マルスは笑顔で。


「いい娘ね。じゃあはい、これに書きなさい」


「……何を、ですか?」


 マルスが差し出したのは羊皮紙とペンだった。

 わざわざ持ってきたのかと、そんなことを考える余裕はメイリンにはないが。


「うふふ。家族に心配はかけたくないんでしょう?それに、あたしたちも面白いものを見せたいのよ。特に……あの【召喚士】にはねぇ」


 そういうことかと、メイリンは納得をして受け取る。

 書くのは「今日は休みます」という短い言葉だけ。


「か、書きました。それで、あなたが届けるのですか?」


「いいえ。そうねぇ……貴女の家族で良いんじゃない?」


 案外適当なマルス。しかし、それは同時に家族に今会うということ。


「変な事は考えないことね、あたし――遠くから見てるわよ。この……悪魔の瞳・・・・でねぇ!」


 そういうことだ。見張っているから家族の誰でも良い、渡してこいと。

 瞳孔が開き、メイリンを見るその変色した瞳は明らかに人間のそれではない。

 今メイリンのできることは、無用な心配をさせないように、家族に適当に言い訳をすればいいと言うことだけ。


「わかり、ました……弟に、預けてきます」


 恐る恐る、メイリンは羊皮紙を持って歩いていく。

 マルスは動くことはなく、その後姿に眼光を向けていた。


「……テッド」


「うん?あー姉ちゃんおはよう、どうしたの?」


 メイリンの弟、テッド・サザーシャーク。

 エドガーと同じく今年で15歳。家族を手伝い農家を目指す、健康的な少年だ。


「ごめん、お姉ちゃんこれから王都に行かなくちゃいけないの……だから、【福音のマリス】にこれ、届けてくれない?」


 メイリンは笑顔を絶やさないようにし、しゃがみ込んで作業をする弟に羊皮紙を渡す。


「なにこれ?手紙?自分で届け……って、今からもう行くのかよ」


「うん。二人にも言っておいてね」


 急用に見せるように、メイリンは弟に押し付けるようにして走り出す。


「……めっちゃ急いでるじゃん。あーあ……行きたくないんだが、アイツのところ。はぁ〜〜……ゆっくり行こ」


 エドガーと同い年であるテッド。

 彼はメイリンと違い、エドガーのことを不遇職業の厄介者だと認識している。

 手紙を届けるだけで、彼と鉢合わせするとは限らないが。それでも、エドガー・レオマリスという存在が、この国で一番の腫れ物なのを知っている。

 これが普通……普通なのだ。


 そしてメイリンは、農園の入口でマルスに声を掛ける。


「お待たせしました」


「くふふふ……良い演技じゃない。じゃあ、行きましょうか……アルベールの居る場所へ」


「……え」


 ――バサァァ――


 広がる翼。その黒き翼で、メイリンを覆い隠すように包む。

 必死に我慢するように、メイリンは目を閉じた。

 どれくらいの時間だっただろう。メイリンにとって、その時間は無限に等しい時間に感じていた……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る