Part5


 そして時間は過ぎ、日も昇り始めた翌朝。

 【七つ木の森】と【王都リドチュア】の中間に位置する農園……【サザーシャーク農園】では。


「ふぅ……」


 若緑色の髪の輝きは、昨夜よりはマシになっただろうか。

 しかし目の下にはクマがあり、昨夜のことを思えば、夜通し自分と大切な男性との未来を考えていたのだと想起させる。


 メイリンは溜めてある大きな水瓶から、小さな桶で数度掬う。

 【サザーシャーク農園】では、【福音のマリス】から水を供給させて貰っている。

 王都民は、わざわざ【ルド川】から汲みに行かなければ綺麗な水を使うことはままならない。サザーシャーク家は農家の中でも優遇されている部類だろう。しかしその大本はエドガー・レオマリス、【召喚士】だ。不遇職業の彼に助けられて優遇となっているのは、なんという皮肉だろう。


「よいしょっ」


 既に家族(父・母・弟)は仕事を始めている。

 自分は夜遅かったこともあり、少し遅れて行動を開始していた。

 重ねた桶を持ち、家族が働いている畑へ向かおうとするメイリン。しかし、そこへ。


「……」


 ――バシャッ……ン――


 畑へ向かおうとしたメイリンは、水桶を落とした。

 視界に入ったその姿に、彼女は一瞬で恐怖を覚えたのだ。


「あらぁ……?どうしたの?ふふふっ、もしかして驚くほどに、あたしが綺麗なのかしらぁ?」


 女性口調の長身の男、マルス・ディプル。

 コランディル・ミッシェイラの【従騎士】で、昨夜の一味。

 緑色の髪を首元で結い、腰まで長い。スラッとしたスタイルで、【従騎士】の制服も、女性的なラインが出るように改造されたものを着用している。


「……ど、どうしてっ」


 メイリンは動くことすらできなかった。

 昨夜の恐怖がトラウマのように蘇り、身体を強張らせたのだ。

 その青年の姿を見て、その訪問の理由を悟り、今直ぐ逃げなければとも思えた。

 しかしできなかった。ここは農園、近くには家族がいるのだから。


「さぁ?どうして……なんて、貴女が一番わかっているんじゃないかしら?」


「え……はっ!……まさか、アルベールっ!!」


 メイリンの言葉を聞き、マルスは口元を歪めた。

 嬉しそうにメイリンを眺め、ニヤリと言葉をかける。


正解せいか〜〜い!パチパチパチ〜〜。そういうことよ、お嬢さん。彼が心配なら、あたしと共に来て貰うわ。ああ安心して、家族には手は出さないから」


「で、でもっ……」


 ――ジャキン――


 抵抗と見たのか、マルスは得物の斧槍の刃をメイリンに突きつけた。

 一瞬で間合いを詰められ、首筋に充てがわれている。


「ひっ――!」


「問答は無用なのよね、これも命令なのよ。理解しているんでしょう?この目を見れば……ねぇ?」


 マルスの瞳は変色していた。

 網膜は充血し、ドンドン黒く色を変える。

 それが人間のものではないと、メイリンでも理解できる。

 マルスの言葉に、メイリンは小さく頷いた……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る