Part4


 おとぎ話に登場する、その魔物のような姿の男は、一撃で青年を昏倒させた。

 剣は弾かれ、腹部に強烈な拳を受けたアルベールは一瞬で意識を狩られ、床に倒れ伏した。


「……」


「ギャハハハハハッ!あーあー、騎士学生時代、あれほど強かったアルベールくんがなぁぁぁ、剣も持たねぇ【従騎士】にノックアウトですかぁ!そうですかぁぁぁ!!」


 青黒い肌の男は、床に倒れたアルベールの背に肥大化した足裏を叩きつけた。


「ぐぁっ……ぅぅ!!」


 グリグリと擦り潰すように、しかし殺さぬように。

 嘲笑あざわらい、見下し、虫を踏み潰すような笑みで。


「キッヒッヒヒヒヒ……いやぁ危ねえぜ。ついつい、楽しすぎて殺しちまうところだったぜぇ、コランディル様に叱られらぁなぁ!」


「ぐっ……あぁぁぁぁ!」


 そう言いながら、イグナリオはアルベールの金髪を掴み自分の顔を近づける。

 悲鳴を上げるも、意識のないアルベールに向けて、イグナリオは獰猛に両口端歪めると。


「お前、あの平民の女にそうとう入れ込んでるみたいじゃねぇか。コランディル様が見抜いた通りなぁ……だから、会わせてくれるとさぁ!最後になぁ!!」


 イグナリオはアルベールの首を掴んで、思い切り持ち上げる。

 意識をほんの少しだけ取り戻したアルベールは、混濁する意識と薄っすらとした視界の中で、その言葉を聞いていた。


(くそ……俺は、またメイリンに……こんな奴に、奴等に。どうして俺は、こんなにも……弱いんだ)


「お前の最後はコランディル様に譲ってやるよ……その後は、お前の死体の前であの女の身体を楽しませて貰うからなぁ……ギャハハハハハッ!!」


 その下衆な台詞に、アルベールは力を振り絞って青黒い腕を掴む。

 グググ――と力が込められるが、微動だにしない。

 しかしそんな些細な反抗も許さないイグナリオは、反対の拳でアルベールの顔面を強打した。


 ――ガンッ!!――


「……っ!!」


 声も出せずに、アルベールは完全に意識を失った。

 憎々しい表情で青年を睨む男は、忌々しい命令を聞くためアルベールを担いだ。


「あん?……ちっ!これが魔力の反応かよ。この身体になってから、脳に直で反応しやがるぜ」


 それは、屋敷にいる【従魔】の魔力反応だった。

 イグナリオが得た力は、一定の距離(今回の場合は部屋の内部)に結界を張ったりする魔力の膜。

 そして感知能力。同じ魔物である、エドガーの使い魔たちの魔力を敏感に察し、侵入したときと同じく窓から出る。そうして誰にも見られることなく、悟られることなく、イグナリオ・オズエスという男はアルベールを誘拐したのだ。

 残された魔力の残滓も、誰かを特定するまではいかず、アルメリアもやメイドたちが、アルベールの痕跡を必死に探すことになったのだった……。

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