Part8


 エドガーが扉を開けたのと、アルベールが叫んだタイミングが被った。

 図らずも、気配を殺して外に出たエドガーは、まるで急に出現したように言葉を投げ掛けた形だった。


(し、しまった……勢い余って真ん中に出てしまった)


「エ……――っ」


 アルベールは咄嗟に口を押さえた。

 エドガーは「それでいい」と言いたそうに笑い、コランディルへ向く。


「これは【聖騎士】様。今日は生憎、宿の営業は終えております。夜間の受付も可能ですが、残念なことに満室でしてね」


「なんだ貴様は。この宿は女が営業をしていると噂されている……しかしまるで貴様が主人かのような言い草だが」


 エドガーの言葉に、コランディルは嫌そうに眉を歪めて口を開いた。

 まるで……いや確実に、平民であろうエドガーと口を利くのが嫌だったのだろう。

 コランディルは肩口まである銀髪を払うように手を向けると、苛立ちも隠さずその手をエドガーに向けた。


「宿がどうこうはもう関係ないんだよ、俺様には。そこにいる俺様の同僚……アルベール・ロヴァルトが、そこの端女はしためにお熱のようでな」


(あ??)


 コランディルの言葉の中に、エドガーでも反応するようなワードがあった。

 そのワードに、口端をピクリとひく付かせる。


「――端女?今、彼女を端女と言いましたか……?」


 柔らかな口調ではあるが、今日誕生日の人間が出す雰囲気ではなかった。

 しかしその様子にコランディルは気付かない。

 アルベールは「やべぇ」と小さく漏らすが、これ以上コランディルに関係性を深堀りされないようにと口をつぐむ。


「ふんっ。平民は全て貴族に平伏するものだ。しかしそこの女は平民でありながら、貴族であるアルベールに恋慕する愚か者。端女と呼んで何が悪い!!」


 端女。主に、下働きの女性や召使い、下女や女中をこう呼ぶ。

 ときにはもっと酷い扱いの人間のことをそう呼ぶこともある。

 そしてメイリンは宿の従業員ということもあり、確かに的はずれな言葉でないのが悔やまれる。がしかし、メイリンにそのような言葉を投げられるのは、雇用主であるエドガーには聞き捨てならない。

 アルベールが怒ったように、エドガーにもそれは許せなかった。


「お言葉ですが、彼女は優れた従業員です。農園で毎日朝から野菜を育て、王都でもそれを販売しているし、貴族様のお屋敷にも仕入れている所はあるでしょう……きっと、貴方も知らないうちに食しているはずだ」


「それがどうした下らない!野菜など、どこで食っても同じだろう!ちっ……!!先ほどから俺様とアルベールの間に入って、貴様は関係あるまい!今直ぐにそこを退けっ!!」


「それがこの森でなければ、僕だって介入したくはないんですよ。貴方が喧嘩を売らなければ、そもそも僕が出しゃばることでもない。ただ……この【聖騎士】様とウチの従業員は、良き友人です。僕も含めてね」


 アルベールをちらりと、エドガーは見る。

 申し訳無さそうな顔をしながら、メイリンを庇うように立つ。そんな姿を見て、エドガーはフッと笑う。しかしコランディルにはその姿は見えず、苛立ちも増し増しになり、ついには腰の剣柄に手を伸ばす。


 ――チャキリ――


「――コ、コランディル様。流石にこんな場所で抜剣をするのは……!」


「いや……オレぁやってもいいぜ、コランディル様!」


 【従騎士】の一人、長身の男は慎重派らしいが、もう一人のガタイのいい男は好戦的だった。長身の男は、怒りで震えるコランディルを遮るように立つと、抑えるように促し始めた。

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