第08話『悪魔の石』全9Part

Part1


 時間は昨夜にさかのぼる。

 エドガー・レオマリスの誕生会を終え、ロヴァルト家の三兄妹は帰路に向かう。

 姉妹二人は馬車で王都にある屋敷へ戻り。兄アルベールだけは、恋人のメイリンを家に送り届けるために別行動となって、二人は徒歩で【七つ木の森】を歩く。


「今日は色々とすまない、メイリン」


「ううん。私も……なんだかいつも、アルベールの足を引っ張っているわね」


 コランディル・ミッシェイラに関係を知られたのは痛い。

 しかし彼を追い返したエドガーのおかげで、あのプライドの高いコランディルが、自分の失態をむざむざと報告するとは思えなかった。


「いいや。俺の配慮の無さだ……あ、あんな場所で」


「そ、それは私も」


 確かにあの場でイチャついたのは失敗だろう。

 考えれば、夜間の客が来る可能性は考慮できたはずだ。まさかそれがあの三人だとは、予想もしにくいが。酒も入っていたとはいえ、浅はかだったと。


「とりあえず、エドのおかげで騎士団に報告されることはないと思う」


「うん。それは、宿の中でアルメリアちゃんも言っていたわ。だけど……やっぱり、難しいのかな、私たちの関係って」


 立ち止まりうつむくメイリンに、アルベールは振り向いて。


「……そんなことは、ないって。俺は絶対に、自分の立場を変えることなく……君との関係を成就して見せる。約束しただろ?必ず二人で、幸せになろうって」


「……うん。そう、よね……」


 若緑色の、本来は明るい毛色の髪が、暗がりで暗い色に見える。

 更にその表情は、気持ちまでもが暗くなっているのだと、見れば明らかだった。

 貴族と平民。長い歴史を見れば、きっとその恋を成就した貴族もいるだろう。

 しかしアルベールは公爵家の長男。そう時間もかからず、家督を継ぐことは確定している。求められるのは家柄と血筋であり、それが貴族だ。


 アルベールは少し戻り、彼女の手を握って視線を合わせる。


「大丈夫だ。時間はまだある……だから大丈夫、きっとなんとかなる」


「ええ。信じてるわ、アルベール」

(私は、彼のために何ができるのかしら……)


 二人の時間はあっという間に過ぎ、アルベールはメイリンを送り終え、一人王都への夜道を歩く。少し振り返ると、そこには柵で囲われた農地があった。

 そこは【七つ木の森】を少し過ぎた平地にある、【サザーシャーク農園】。

 平民にしては広い土地を誇るその場所は、実はエドガーの召喚した異世界人の知恵を借り、土を農業用に最適化していた。

 栄養素の高い土は野菜を充分に発育させ、その味も聖王家や大貴族に贈答品として贈られるほどだ。


「……ふぅ。情けねぇな、俺は」


 今日は特に、その不甲斐なさを感じた一日だった。

 愛する女性を自信を持って肯定することもできず、幼馴染に助けられた。

 ましてやその幼馴染は、自分が不遇を解消してやると……そう息巻いていたわけで、その少年に助けられたアルベールの感情は、正直グチャグチャだった。


 少し時間をかけ、アルベールはゆっくりと屋敷へ帰った。


「お帰りなさいませ、アルベール様」


「ああ。二人の護衛、助かったよフィルウェイン」


「……いえ」


 深々と頭を下げるメイドに、帰路の際の妹二人に関する礼を言うのだった……。

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