Part5


 不気味とまで言える笑いをしながら作業をするエドガーの背後に、忍び寄る影があった。


「――エドガー様」


「……!」


 その気配は、少年の背後に突然現れた。

 しかし焦ることはない。エドガーを様付けで呼ぶのだ……【従魔】に決まっている。


「……なんだミュンか。王都から来たみたいだね」


「はい、私が一番速く走れますので」


 ミュンと呼ばれた女性は、エドガーの後ろで跪いていた。

 エドガーは「よく僕の居場所がわかったね」と感心しているが、当然あの笑い声が響いていたからだろう。


「それで、今日はどうしたの?」


「はい、実は……西の【カラッソ大森林】から、帝国人が複数入国しているらしいと」


 ミュンは紅色の髪を靡かせ、動きやすい短パンとへそ出しのトップスを着用している。動作重視で、移動をメインに考えられた装備だ。


「西か……どうしてこのタイミングで」


 エドガーは苦々しい顔で眉間に皺を寄せる。

 かつて、エドガーにとっての“嫌な存在”がその場所へ向かった……それを思い出して。


「す、すみません」


 エドガーの雰囲気に反応して、ミュンが謝罪する。

 別に怒りがあるわけではない。ただ、嫌な存在……あの男を思い出すだけで、エドガーは雰囲気を変える。それは【従魔】の間でも、幼馴染たちの間でも禁句。

 エドガー・レオマリスの……父の話なのだ。


「いや、構わないよ。続けてくれるかい?」


「は、はい!その帝国人たちなのですが、黒いフードを被っていて中はわかりません……そして王都に入ってから、姿を消したそうで」


「なるほど、それが怪しいって?」


「はい、セリーが言うには」


 セリーというのは、ミュンともう一体、三体で行動をしている【従魔】だ。

 基本的には王都内で情報収集をしている三体だが、こうして情報を入手すると、その度に三体のうちの誰かが、エドガーのもとへ報告に来る。


「ミュンが来たということは、それだけのこと……か」


 ミュンは、馬によく似た動物に変身する。というよりほぼ馬だが。

 その美しくもしなやかな足の脚力は強力であり、人を乗せて走ることもできる。

 十二体の使い魔のうち、最も速度を出せるのがミュンであり、こうして最速でエドガーに情報を知らせてくれるのだ。


「はい。隠蔽はされていましたが、フードの人物たちに……微かな魔力・・を感じたそうです」


「……そっか」


 格別驚くことはしないエドガーだったが、作業の動きは止めた。

 他国の情報はエドガーも調べている。その中で、近隣諸国で最もエドガーの考え(魔力や魔物)の信憑性を裏付ける国……それが西国、【魔導帝国レダニエス】だった。


「いかがしますか?」


「いかがもなにも、何もできないよ」


 正確には、しない……だ。

 西の帝国は、近隣の国で最も領土が大きい。しかし土地は豊かではなく、【リフベイン聖王国】との国境がある森、【カラッソ大森林】以外の場所は、枯れ果てているのだ。そんな場所から、【リフベイン聖王国】へ入ってくる理由とすれば。


「帝国人は、この長い歴史の中で、不毛の大地に住み続けても、一向に聖王国へ侵攻してこなかった。豊かな大地と豊富な資源があるこの国にだ」


「はい」


 エドガーは心の中で、少しだけ自分と似ていると考えていた。

 たった五年の不遇職業と、何百年と不毛の地で過ごしてきた差を比べるのはおかしな話だと理解しているが、それでもエドガーは……。

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