Part6


 エドガーにも、西国に対する思いがあった。

 最もおとぎ話や逸話に近しい国でありながら、不毛の大地に根を生やす国。

 自分の境遇に似た思いを、エドガーは感じている。


「――彼ら帝国人がもし、近い内に攻めてくるのなら……それ相応の覚悟、もしくは裏があるんだと思う。それこそ、あの人が関わっててもおかしくない」


「……」


 ミュンは頬から一筋の汗を流した。

 直接的に言うのならば、主人であるエドガーに恐怖感を覚えたのだ。

 普段は絶対的に優しい彼の、負の感情。それを唯一ぶつける存在、それが父……エドワード・レオマリスだ。


「それに……いや、これ以上はよそう。その帝国人の行方は?姿を消したと言っていたけど」


「あ、はい!行方はわからないままです。どうやら、【魔具】で認識を誤魔化しているのではと、セリーが」


 セリーはネズミに似た姿に変身する【従魔】だ。

 潜入や侵入を得意とし、しかし魔力の感知にも長けている。


「【魔具】か……そりゃあ騎士団は気付かないわけだね」


 【リフベイン聖王国】にも、立派な騎士団がある。

 それこそロヴァルトの兄妹が【聖騎士】なわけだが、それ以外にも聖王国に所属する騎士はいる。しかしそれ等も当然、魔力など知る由もない。

 ましてや【魔具】など、ゴミと呼ばれている代物なのだから。


「そうなんです!ですので、門番も普通の旅人と勘違いした可能性があって」


「だろうね。だけど咎めることはできない。だって魔力を知らないんだから、この国の99%は」


 エドガーは会話しながら、腰のベルトに装着したケースから小さな石を取り出す。

 それを手のひらに乗せ、ミュンへ渡す。


「い、いいのですか!?」


 瞳を輝かせて、その小さな石とエドガーの顔を交互に見て視線を行ったり来たりさせるミュン。エドガーは苦笑しながらも、「ははっ、どうぞ」と差し出す。

 この石は【輝石】の欠片……昨日、従業員の【従魔】三体に食べさせていた物だ。

 ミュンはそれを嬉しそうにそっと手に取り、恐る恐る口に運ぶ。


「……っ!〜〜〜っ!」


 声にならない声を出して、その石の魔力が身体に染み渡る感覚に身震いする。

 エドガーは単に魔力の回復を兼ねた褒美感覚だったが、ミュンはまるで至上の感謝を示すような表情でエドガーを見ていた。


「喜んでくれてよかった。じゃあ、頑張ってね」


 そう言い、エドガーはミュンの手にもう二つの欠片を渡す。


「え……あ、え?……は、はい!!お任せをっ」


 淡々とした御主人様エドガーの言葉に戸惑いながらも、ミュンは満ちた魔力で全快している。その簡素な言葉からも、帝国方面の情報収集を頼まれたと理解する。乗せられた欠片の二つは、王都に残っているもう二体の分だ。

 さっさと行ってしまうエドガーの背に深々と頭を下げて、ミュンは嬉しさに満たされながら王都へ戻ったのだった……。

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