Part7
エドガーはゆっくりと、【福音のマリス】への道を戻っていた。
しかし、先ほど使い魔のミュンに聞いたことが頭から離れなかった。
「帝国か。まさか……彼女たちも西に?」
エドガーが五年前に召喚した、異世界からのお客様。
召喚から数ヶ月後、彼女たちとは直ぐに道を違えてしまい、大規模な事件を起こして去って行った……それでも、かつての大切な存在。
「あの男に協力しているとは思えないけど、三人の力と知識、そして異世界の情報は異端と言えるほどの価値だ。異世界召喚……だけど、今直ぐやろうとしても触媒になる素材が足りなすぎる……あのときと同じ素材を集めるのは不可能だし、あれはマグレだった」
一旦止まり、エドガーは空を見上げる。
森の木々の隙間から見える太陽は眩しく、否が応でも瞼を落とす。
そのまま静かに目を閉じ、スゥーっと息を吸うエドガー。
「彼女たちのことも、あの男のことも可能性として頭に入れておこう」
考えたくないだけかも知れない。という思いに蓋をして、エドガーは【福音のマリス】への道を帰ることにした。
◇
複雑な胸中のまま、エドガーは自室に戻った。
最早過去の遺物である五年前の記憶。それが沸々と蘇るのは、その三人と関わりがある可能性のある、父親の影を感じたからだろう。
椅子に腰掛け、眉間に皺を寄せた顔で睨むのは、過去、三人のうちの一人を召喚した際の召喚素材……触媒を記した羊皮紙だった。
「……鍵はやっぱり、“石”なんだよね。【従魔】のみんなも、彼女たち三人も“石”を触媒にしている。それを行うと、直近では考えたけども……」
思うのは、従業員を増やそうという魂胆で、そんな仰々しいことをしていいのか、ということだ。それでなくてもエドガーは不遇職業という立場であり、聖王国の人間からは冷めた目で見られる存在だ。それに、召喚した人間(使い魔)に対する責任も伴う。それを五年前からやって来たとは言え、今と五年前では状況も違う。
「……僕は今、五年前より自由ではある。王都から逃げるようにこの森に【福音のマリス】を移動させたけど、この宿の施設の大半は、彼女たちの知識から得た……異世界の叡智で作られてるからな……」
大浴場も、水が流れる
それらはこの世界の……王都の生活基準を大幅に超えている。だからこそ、異世界の叡智と呼んでいた。
「はぁ……もっと知りたかった。教えてほしかった……」
ギィ――と背凭れに身体を預け、振り切ろうとする意志と、新しい風を起こそうという意思がせめぎ合う。しかし、今この場所で生きているのは自分たちだ。
それを理解しているからこそ、エドガーは覚悟を決めた。
「よしっ。か、考え過ぎても仕方がない。前に彼女も言ってた……『ワタクシたちは、元の世界で不要になった存在ですから』って」
――ガタンッ……と、椅子を弾き飛ばす勢いで立ち上がり、かつての大切な人からの言葉を免罪符にして。
「彼女たちのような人たちと、また一緒に……僕はっ!」
かつて十歳の少年が夢見た、その儚い願いを。
今、五年の時を経ても色褪せないその景色を。
この世界で再起させるのは……自分自身だ。
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