Part9


 エミリアは、まだ不満を覚えているようだ。

 ローザがアルメリアに冷たくしたというわけではないと理解しつつも、やはり姉……逃げ腰にも見える行動を取った姉に対してかけて欲しい言葉があったのだ。

 しかしエミリアを引っ張るローザは、アルメリアに対して。


「――それに、あの娘はただ怯えているだけじゃないのよ」


「え?じゃあ何っ!」


 キッとした目つきで自分を見るエミリアに、ローザは苦笑する。

 しかし楽しそうにも見え、ローザは更にエミリアに興味を持った。


「あ、貴女……意外と物怖じしないわね。まぁいいけど……あの娘は、先のことを見据えてるのよ。貴族でしょ?キミたちは……だから、万が一のことを考えれば、跡取りが残らなければならない」


「――に、兄さんが死ぬって言うの!?」


「そうじゃなく、そこまで考えなければならないと言うことよ。恐怖を抱えたまま戦い、自分が死ぬ可能性だってあるわけ。そう考えれば、あの娘は正解。キミのように勇んで戦おうとする覚悟も立派だけれど、貴族はそうじゃないでしょう?」


「そ……それは」


 引き摺られたまま、【月上間】の反対側へ到達。

 手を離されたエミリアは木々に隠れるように正座し、ローザもしゃがみ込む。


「居るわね。男が三人……岩に縛られているのが二人。怪我をしているようだけど、意識はありそうだわ」


「兄さん……よかった。メイリンさんも」


 一先ずは安心といったところだろう。

 ローザは、馬車の中でエドガーたちにあらかじめ知らせていることがある。合図などのサインと、コランディル一味との戦いの作戦だ。

 敵や人質の数、【魔石】の有無が把握できているから決められたことだ。


「彼に合図を送るわ、準備は……いいのよね?ここまで来て、まさか怖気づかないでしょ、キミなら」


「う……も、勿論っ!!」


 ローザは手のひらに小さな火球を二つ生み出し、それを夕日の落ちてきた暗がりの空へ向けた。


「さぁ、行くわよ」


 異世界から召喚された少女、ロザリーム・シャル・ブラストリア。

 彼女は【召喚士】エドガー・レオマリスの願いを成就させるため、力を振るう。

 殺し殺され、修羅の世界で戦争を経験してきた彼女にとって、この任務は子供騙しといっても過言ではない。

 しかしそれを馬鹿にはしない。人質が生きている可能性など、自分のいた世界ではあり得ないことだった。助けられるなら助けたい……その願いが叶えられるのなら、魔人とうたわれたローザとて、そうするのだ。


 何にせよ、召喚者ロザリーム・シャル・ブラストリア。

 炎を操る麗しの魔鳥……【赫鴒剣姫】と呼ばれた彼女にとっての、本当の実力を発揮する場所が……お膳立てが、整ったのだ。

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