Part9


 物見櫓の上の人物は、その青い髪を靡かせ涼を取っている。

 もう一人の人物は、焦ったように。


「そ、それは、そうですが。くだんの【召喚士】に気付かれる恐れもあります」


 櫓に立つもう一人の人物は黒いローブを脱ぎはしない。声音も変わらないはずなのだが、どことなく不安げに感じる。

 しかし吊られた人物は、呑気に笑う。


「だははははっ!!やっぱりこの国の人間に、俺等の素性を探るような奴等はいねぇってことだろ。なぁエリウス、お前もさっき凡愚だって言ったもんなぁ!」


「……貴方は本当に反省なさい。勝手に、私に無断で【魔石・・】を売って……私たちの本来の目的は、あのルビー・・・を、秘密裏に【召喚士】に譲渡するだけだったのに。これで厄介事を起こされては、私たちの足取りを探られる可能性があるでしょう」


 エリウスと呼ばれた少女は、吊られた人物を咎める。

 ルビー……それはエドガーが探し求めていた、【消えない種火の紅玉インフェルノルビー】のことだった。


「折角、私があの令嬢……ロヴァルト家の次女に接触して、バレずに届けたというのに……余計な真似をするわね」


 令嬢……それはエドガーの幼馴染、エミリアのことだ。

 このエリウスこそ、あのとき商人に扮して宝石を売った人物なのだ。とある事情を抱えて。


「エリウス様。そこの馬鹿は、あの方・・・の命令も受けているのでしょう……これではスパイのようなものです」


「おーい!見えてねぇからって好き勝手言うなやっ!!」


「黙れっ、馬鹿者!!」


 ローブの人物二人は今にも口論に発展しそうな勢いだった。

 しかしエリウスも、それを承知で行動を共にしていた。


「はぁ……でしょうね」


「――ひっでぇ!!おいおい、俺がお前の不利になるような真似をしたとでも!?」


「不利、ね。そこまでは言っていないわ……でも、あの人から命令されているのはわかっているのよ。だから、私が所持している【魔石】を……くすねたのでしょう?それを、あの男に売った。理由はどうあれ、これからあの森で起こるであろう事柄は……お前が招いたことなのよ。それに、【小魔石の欠片デコイ】まで盗っているわね?それも売ったのかしら?」


 エリウスは吊られた人物を見下ろすように、ジロリと視線を向けた。

 怒りの感情だと、言葉だけで察する。


「……」


 だから、吊られた人物はそっぽを向いた。

 わざとらしい口笛を吹きながら、ローブの中の冷や汗を誤魔化すように。


「ふぅ……まぁいいわ。【召喚士】には“石”の譲渡を終えた、任務は残り一つ……それまで私たちは自由。拠点も必要になるでしょうし、【召喚士】の動きも気になるわ。この国にいることを悟られるわけにはいかないけれど、まぁ……楽しみではあるわね。あの性悪女・・・のお気に入りの少年こどもが、どこまでやれるのかを、ね。それにまぁ、貴方が売った【魔石】によっては……【召喚士】が新たに招く客人のお披露目にもなる……そう考えれば、少しは許せるかも知れないわ」


「……」

(とか言いつつめちゃくちゃキレてるじゃねぇかよ……)


 言葉と同時に、強い風が吹く。

 エリウスは青い長髪を押さえながら、南西を見据えた。

 【召喚士】エドガー・レオマリスの住まう、【七つ木の森】に酷似した森林……【聖騎士】の訓練などで活用される森、名を……【月光の森】。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る