Part5


 アルベールの言葉に、【聖騎士】コランディルは笑顔で返事をする。


「――ああ。こんなところで奇遇だなぁ、アルベール・ロヴァルト」


「おかしいですよコランディル様、こんな森の中の宿……あたしたちのように遠征の帰りならともかく、王都での任務が主なアルベール殿がここにいるなんて……そうよねぇ?アルベール・ロヴァルト殿?」


「へっ……大方、そこの女だろ?貴族なら、平民の女を手籠めにしていてもおかしくはねぇからな。でもおかしいよなぁアルベール、その女を庇うように立っててよぉ?」


 まるで用意していたかのような台詞を口にする【従騎士】の二人。

 ニヤニヤした表情でメイリンを見る二人の視線を遮るように、アルベールは言葉を投げる。


「随分な言い方だな。俺がどこでなにをしようが、俺の勝手なはずだぞ……この女性とどう遊ぼうが、それも俺の自由だ」

(すまん、メイリン……)


 その言葉は、アルベールがあらかじめ考えていたものだ。

 もし誰かに見つかったら、今だけはそういう関係……遊びの関係なのだとうそぶく。メイリンにも、もしもの場面はそういう言い訳をすると伝えてある。

 時間をかけてでも、自分との未来は必ず成し遂げると約束した青年の、苦し紛れの言い訳として。


「ああそうだな。お前が……本気・・で、なければな」


「!?……なにを言ってる」

(動揺するな、落ち着け。俺は【福音のマリスここ】でしかメイリンとは会っていない、見られるはずが……いや、まさか。今この瞬間だけで判断された?)


 実際に、アルベールとメイリンのデートはこの森の中だけ。

 しかし先ほどからの様は、誰がどう見てもカップルであることだけは否めない。貴族の道楽で、平民の娘をたぶらかす話はよくあるだろう。

 だが残念ながら、そうとは見えなかった。コランディルの目から見ても、アルベールとメイリンの二人は愛し合っている恋人同士。

 だからこそ、許してはおけないのだろう、貴族として。


睦事むつみごとは、せめて宿の中でするべきだったなアルベール。誰がどう見ても、その女はお前に入れ込んでいる。そして……お前もな、アルベール!!」


 コランディルの視線はメイリンを刺した。

 平民でありながら貴族の嫡男を誑したのか、それとも身分を考えない希望を見出したのか。だがそんなことは、上級貴族の身から考えても関係のないことだった。


「勘違いしているようだな、コランディル。俺がここにいたのは、確かに彼女に会うためだ。だが勿論、本気では……本気、では……」


「ア、アルベール?」


 アルベールは口籠る。本来迷わず宣言しなければならないことを、言えなかった。

 男として、言ってはならない気がしたのだ。特に、彼女の前でだけは。

 アルベールは心配そうにするメイリンの手を掴み、優しく笑った。


「大丈夫だ、メイリン。俺は……そのために【聖騎士】になったんだ。君との関係も、そして幼馴染あいつのことも。絶対に、俺が」


「――やはりそういうことか。情けない男だな、アルベール・ロヴァルト。そんな平民の女にうつつを抜かし、貴族としての本懐を遂げる術も忘れた……貴族の恥さらしが!!」


 コランディルは瞼を大きく開き、アルベールに叫んだ。

 貴族としての責務をと言われれば、確かにアルベールの恋は貴族から外れたものだろう。本来なら、成人と同時に貴族の令嬢を嫁に迎えていてもおかしくはない。


「どうとでも言ってくれ。俺はもう、嘘とは言え彼女に辛い選択をしてほしくはない……例え、お前が団長や父に報告しようとも、変えるつもりはない!」


「アルベール……ど、どうして」


 アルベールは拳を握る。血が滲むほどの握力で、今日のこの選択が間違いではないと。しかし実際は、【聖騎士】としての道も危ぶまれるほどの選択だった……。

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