Part9


 エドガーは手に持ったルビーをマジマジと観察する。

 部屋のランタンが照らす赤い宝石に映る自分の顔は、どう見ても仏頂面だった。

 宿の経営、従業員の確保、幼馴染とのやり取り、使い魔たちの魔力補給。

 やることが多過ぎて、自分の趣味を優先していたツケが一気に回って来た感じだ。


「むぅ……き、近々の目的は、まず従業員の確保だ。メイリンさんだけに苦労は掛けられないからなぁ……でも、僕が募集を掛けても誰一人応募してこないだろうし、そのための召喚なんだけど。はぁ……」


 ため息を吐きながら、小さなルビーを棚に戻して、改めて自分の立場を飲み込む。

 不遇職業は、国で活動する以上絶対に解けない呪いだ。特に如実なのは王都での扱いだろう。聖王家の御旗であるその場所でだけは、エドガーは家畜以下だと認識している。実際エドガーを知る王都の民は、エミリアやアルメリアが見せた柔らかい対応はしない。これだけは、悲しいかな断言できる。


「王都で人を雇えないとなると……うーん、やっぱり召喚しかないかなぁ」


 悩みつつも、やはり頼れるのは自分の召喚ちからなのだという自信もある。それしかないとも言えるが、残念ながら、これが現状のエドガー・レオマリスなのだ。


「地下にある古文書も色々と目を通したし、倉庫にある【魔具】の総数も把握しているけど、流石に国宝級の宝石となると……そう簡単には見つからないしなぁ。あの部屋……かぁ」


 目を細め、思い当たる物体を想像する。

 確かに、今のエドガーにも確保できる物はある。しかも最上級の貴重品だ。しかし、それはそう簡単には使えないのだ。


「まぁ……今は我慢だ。大規模召喚だって何度も行える安易なものじゃないんだし。五年前の失敗をまたしでかしたら、今度は不遇職業どころの話じゃない。下手したら死罪……いや、五年前のアレで死罪にならなかったのが不思議なんだけどさ」


 思い出される、五年前の大爆発。

 崩壊する家屋に抉れる地面、炎上する王都の都は、大惨事だった。

 洪水に降雪、悲鳴を上げる民たち。死する命は百を超えていた。


「……」


 ゾワリと、エドガーは背筋を凍らせた。

 そして現実逃避をするように、エドガーは帳簿を閉じてランタンの明かりを消し、ベッドに入るのだった。


「よしっ!――寝よう!!」


 毎日のように大盛況の【福音のマリス】の真の経営者。

 国に不遇職業と定められた、唯一の職業……【召喚士】。

 もうすぐ15歳になる少年の毎日は、こうして過ぎていくのだ。そして訪れるのは、彼と、彼を取り巻く人々や、歴史の分岐点。


 この退屈で何も無い世界が、真に異世界へと昇華する物語の……始まりだ。

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