Part3
北西部の水辺エリアから、中央部の【福音のマリス】までは十数分かかる。
これはきちんとした道を通った場合の時間だが、エドガーはあえてゆっくりと帰っていた。しかし、その苛烈な状況が薄っすらと把握できてきた。
「……これはまいったな」
忙しさを確認するまでもなく、宿の外にまで待機客がいた。
エドガーはそれを観察しながら、宿の裏手に回った。
(見たところ、宿泊客ではないかな。僕があれだけ声を上げて
特殊な【魔具】を用いた、エドガーの奇妙な笑い声、それは不審者への抑止力でもある。逆に興味本位の来訪者が現れるが、そういう人間に限って恐怖で怯えて逃げる。しかしそういう輩のおかげで、森の噂は尾鰭はひれで広まるわけだ。
裏手に回ったエドガー。
二階建ての【福音のマリス】の裏には、併設されたレオマリス宅がある。
そこも二階建てであり、その傍には小さな畑がある。個人用の自家栽培だ。
「ただいま」
「――あらおかえりなさい、エドガーくん」
カチャリ……と静かに扉を開けると、そこには困り顔の従業員、メイリン・サザーシャークが立ち竦んでいた。
「メイリンさん?どうしたんです?なにか困ったことでもありましたか?」
「あー、あはは。えーっと、ちょっと、アルメリアちゃんがね……」
口から出た名の彼女に配慮しているのか、メイリンは口淀む。
エドガーはきょろりと周囲を見渡すが、そのアルメリアの姿はない。
「えっと、もしかして大浴場ですか?」
「う、うん」
その短い返答と、メイリンの持つ木樽のジョッキで察するエドガー。
「宿の客足は落ち着いてるようには見えませんでしたけど、メジュアやホリィたちは仕事ですか」
「そうね、二人はさっき買い出しから帰ってきて、仕事をしてくれているけど……やっぱりまだ慣れないみたいでね」
言葉を交わしながら、エドガーは木樽の中を覗いた。
木樽には白色の液体。牛のミルク……牛乳の残りがあった。
酒はガラスのジョッキだが、子供に提供するミルクやジュースなどは、この木樽を使用している。割らないための対策だそうだ。
(これ、ぶちまけたな……アルメリア)
幼馴染の彼女は、見かけによらずドジだ。
【聖騎士】としては立派だし実力もあると聞くが、しかし……日常面では真逆だった。
「【従魔】の彼女たちは、なんとか仕事が身につくまで教育をお願いします。アルメリアは……まぁ、風邪を引かないようにと。泥だらけの僕が言うのもなんですが」
「そ、そうねぇ……」
現状、エドガーも泥だらけである。泥まみれとミルクまみれでは、圧倒的に違うが。そんな姿で言うのもおかしなことだと笑い、エドガーは優しくメイリンにそう言うのだった。
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