第02話『森の宿屋は大盛況』全9Part

Part1


 【七つ木の森】の宿屋、【福音のマリス】は食事が美味である。

 しかし人気の秘訣はそれだけではない。

 美人の経営者(誤解)に美人の従業員。清潔な部屋に娯楽室まで完備し、数は少ないがVIPルームまで兼ね備えている。その多くは北国からの旅行客であり、王都へ向かう道中の休憩や、観光目的の旅行客の宿泊施設となっている。


「――ただいま戻りま〜……って、ええええええええ〜〜!?」


「う、うわぁ……凄い人だね、買い出しに行ってる二時間で、こうもお客が増えるとは」


 今しがた、黒白のウェイトレス服を着た女性が二人……いや二体が【福音のマリス】へ帰還した。そして開口一番に驚くのは、その客の多さにだった。

 ロヴァルトの姉妹が食事を終えた後、北からの団体客が来訪し、メイリンとウェンディーナは客の注文に忙殺されていた。

 その様を視界に入れて、エドガーの使い魔である……順にメジュアとホリィは声を漏らしたのだった。


「――あっ!メジュアにホリィ!やっっっと帰ってきたわね、早く厨房に行って!このままじゃウェンディーナがパンクしちゃうわっ!」


 二体に声を掛けたのは、なんとエミリアだった。


「エ、エミリア様ぁ!?」


「ど、どど、どうしてそのような格好を……!?」


 更に追加で驚かされた二体の使い魔。

 使い魔である二体、その主人であるエドガーの幼馴染、エミリアの格好を見て、驚きを隠そうともしなかった。エミリアは、なんと自分たちと同じ格好……つまりウェイトレス服を着ていたからだ。


「メイリンさんに頼まれちゃったら断れないでしょ!接客と会計を担当するホリィがいないから、その代わりにね!ほら急ぐ!このままじゃあ、姉さんも爆発するから」


 急かすように、エミリアは二体に言う。


「え!ア、アルメリア様まで!?」


「そ、それはいけませんね〜。急ぎましょ〜、ホリィ〜」


 二体の使い魔は大量の買い物袋を持って奥へと急ぐ。

 エミリアは片手に持ったトレーをクルクルと器用に回転させ、もう片方の手で、曲芸のように次々と皿を乗せていく。しかし残念ながら……奥の方から。


「――きゃああああああっ」


 ――ガッシャーーーーン!!――


「ん?あーあ、もう遅かった……」


 エミリアは肩を落とした。

 どうやら、二体の使い魔に言った言葉が現実となったらしい。

 トレーに食器を乗せたまま厨房へ戻ると、ひっくり返った姉と遭遇した。


「……やっぱりね」


「うぅ、まさかわたくしがこんな些細なミスを」


 泣き顔の姉は、持っていた樽ジョッキをひっくり返したらしい。

 それは子供客に提供するための、ミルクが入れられた物だった。


「姉さん、案外ドジだからねぇ」


「エ、エミリア、いいから手を貸してください……」


「あーもう、そんなに白濁にまみれちゃってまぁ」


「……ひ、卑猥な言い方をしないでください!」


 実はアルメリア、ドジそれがあるから手伝いたくはなかった。

 【聖騎士】がどうたら貴族がどうたら言い訳をしていたが、本当の理由は、何故か無意味に、些細な失敗を重ねてしまうからだった。

 赤面しながらも、アルメリアは妹の手を取り、恥ずかしそうに立ち上がる。

 そのようにして、昼から夕、【福音のマリス】の客足は途切れなかった……。

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