第315話 復活!!

 セレンと人型ドラゴンが争う領域から逃げたカーティスは、出来るだけ離れた場所に身を隠した。


 半壊した建物の内部だが、隠れるだけなら十分だった。


 しかし担いできた祖父フォレッドが致命傷で、セレンに穿(うが)たれた胸部から血が大量に流れてしまっている。


 オリハルコンかミスリルかは分からないが、鎧ごと貫かれている。

 とんでもない威力だ。


 カーティスはフォレッドを横にし、急いで包帯を取り出した。

 だが傷が広すぎて、こんな包帯だけでは血が止まらない。


 助かる見込みのない傷だった。


 このままではフォレッドが出血多量で死んでしまう。

 分かっているのにどうする事もできず、カーティスは必死に包帯を巻いた。

 巻いても巻いても血が滲み出し、それは止まらない。


「カー……ティス……俺は、もうダメだ………………捨て置け」


「何言ってるんです! 祖父を置いていく孫なんていますか!」


「お、前も……気づいている、だろう? もう、手のほどこしようが……ない、ことを……」


「……っ!」


 図星を突かれ、カーティスは言葉を無くしてしまった。


「しゃ……喋れる内に、喋って、おく。聞いてくれ」


「…………はい」


 もう時間がないことをフォレッドは暗に示していた。

 カーティスももはやどうにもならないと、内心で諦め、せめてとフォレッドの手を握る。


「セレンが、言っていたな。竜のセレンは、いずれ……ゼクードを探して、エルガンディを襲うだろう……そうなる前に……セレンを、止めてくれ……」


「……お婆ちゃんを、殺せと……?」


「それしか、方法はない。これはセレンの……セレンの願いでも、ある」


「……」


「頼むカーティス……あいつを、止めてやってくれ……自分の故郷を……燃やす、なんて、あいつには、辛すぎる……」


「…………くっ!」


 返す言葉もなかった。

 祖母セレンは、ドラゴンに身体を乗っ取られている最中でも意識があるようなことを言っていた。


 つまりエルガンディを焼き尽くす光景を目の前で見せられてしまうわけだ。

 こんなの、正気でいられるわけがない。


「本当に、すまない……俺がやらねば、ならないことなのに……本当に……すまない」


「……いえ。フォルス家の家訓は【家族には迷惑を掛けても良い】です。父さんが言っていました」


「そうか……ゼクードか。あいつが、父親……か。最後に会ったのは……いつだったかな…………会いたかったな……あいつにも」


 フォレッドはポロリと大粒の涙を流した。


「お爺ちゃん……」


「カーティス……ゼクードに、伝えてほしい。『帰って来れなくて、一人にしてしまって、本当にすまなかった』と……」


「……必ず、伝えます」


「ありがとう……カーティス……俺は…………今…………幸せだ」


「え……」


「もっと…………惨めで…………孤独で………………死んでいくのかと、思っていた……」


「お爺ちゃん……」


「まさか……………………孫に……………………看取られ…………て…………死、ねる………………なん……………………て…………──」


「お爺ちゃん……っ!」


「──」


 フォレッドの呼吸が止まった。


 仮面越しでも分かる安らかな死に顔だった。


「お爺……ちゃん……っ!」


 もっと話したかった……


 父さんや、母さんたちに、会ってほしかった……


 歯を食い縛るカーティスは、涙を流した。

 もう泣かないと決めていたのに、堪えられなかった。


 祖父の死に涙するカーティスなどお構い無しに、遠くから轟音が鳴り響く。


 方角からしてセレンと人型ドラゴンが争っている場所だ。


「!」


 物陰から身を乗り出してその方角を確認したカーティスは、目を大きく見開いた。


 遥か遠くに見えるのは巨大な竜の影。

 そして夜空を切り裂く蒼い火柱。


「あれは……っ!」


 セレンのブレスか。

 蒼い炎だとは聞いていたが、まさか本当に。


 蒼い火柱が消えると、次に響いたのはセレンの咆哮だった。


 鳥肌が立つほどの恐ろしい威圧感を覚える。

 こんなに離れてるのに。


 カーティスは見つかるまいとフォレッドを担ぎ上げ【ハーティシオ王国】の外へと逃げ、オフィーリアたちが戻っているであろう拠点を目指した。



 一方その頃。


【エルガンディ】の街中をゼクードは散歩していた。

 

 時刻は昼。


 街の人々に挨拶しながら、特に宛もなく歩く。


 カーティス達がここを発ってからもう一週間とちょっと。


 さすがに寂しさはあるが、カーティスのキツイ特訓を強制されないのはありがたかった。


 とは言え、やはり孤独感はある。

 たまにグリータやリーネなどが様子を見に来てくれるが、それで満たされるものでもない。


 カティアたちの見舞いに行っても……記憶のない状態では話しすら弾まない。


「はぁ……」


 ゼクードは橋の欄干に手を乗せ、ひどくサッパリした空を見上げた。


 雲ひとつない蒼天。


 まるで何もない今の自分を見ているようだ。


 空っぽの記憶と孤独感は、驚くほど精神を蝕(むしば)む。


 本当に記憶を失っているなら、早く戻ってきてほしい。


 こんな虚無感の激しい毎日はもう嫌だ。


 俺はいったい何なんだ?


 何か少しでも、思い出せないか?


 過去に一番記憶に残っているもの。

 それさえ見つかれば……


「ゼクード!」


「?」


 呼ばれて振り向いた先にはリリーベールがいた。

 慌てた様子でこちらに走ってくる。


「リリーさん?」


「見つけたわよ! こんなところにいたのね!」


 かなり走ってた様子で、リリーベールはひどく息が上がっていた。

 何をそんなに慌てているのだろう?


「どうしたんですそんなに慌てて?」


「バカッ! フラン達が産気ついたのよ! 三人同時に!」


「ぇ……ええ!? 三人同時に!?」


 そんなことある!?

 三人同時ってそんな!?


 ──痛っ!


 なんだ、こんな時に……頭痛?


。とにかく一緒に来なさい!」


「ま、前と同じ?」


「早く来なさい!」


 強引にリリーベールに手を掴まれ引っ張られた。


「あ、ちょ、ちょっと!」



 そのまま連れて来られたのは病院。

 すでにカティアたちの出産は始まっているらしく、ゼクードは分娩室の前でリリーベールと待機していた。


「ぃ、痛い! いたぁあああああいっ!」

「ぐあああああああああああああああ!」

「痛いですわあああああ! 慣れませんわああああ!」


 フランベール・カティア・ローエの断末魔が扉越しに聞こえてくる。

 よほど痛いらしい。


 あまりに悲痛な叫びに思わず耳を閉じたくなる。


 でもこの声は、前にも聞いたことがあるような気がする。


「だ、大丈夫……なんでしょうか? あの三人……」


 ゼクードが隣に座るリリーベールに聞くと、彼女はむしろ冷静に返してきた。


「大丈夫よ。あの子達は身体強いから」


「は、はぁ……」


「何も覚えはないの? あんた……最初の出産の時は散々だったじゃない」


「え?」


 散々だった?

 どういうことだ?

 何かあったのだろうか?


 まったく思い出せない……が、何かが引っ掛かっている感覚はある。


 よほど衝撃的だった記憶だろうか?


「あんた昔、ローエを励まそうと手を握ったら『力が入らないから邪魔』って言われたり、カティアを励まそうと声掛けしたら『うるさい』って怒られたり」


「そ、そんな事が……」


 善意がすべて裏目に出ていたのか。

 可哀想に昔の俺。


「で、そのローエとカティアの経験を踏まえてあんたフランベールに何もしなかったんだけど『手を握ったり声掛けしてくれてもいいじゃん!』って結局怒られてたのよねぇ」


 理不尽だ……


「はは……昔の俺も苦労してたんですね……」


「そうね。でも、まぁ、幸せそうだったわ」


「!」


「フランも本当に幸せそうだった。あんたもね」


「俺も……?」


 リリーベールは頷く。


「お父さんになれたって、泣いて喜んでたわ」


「泣いて……」


「フランが言ってた。あんたが泣くとこを見たのはアレが初めてだって」


 昔の俺は、そんなに泣かない男だったのか?

 凄いな。

 今の俺は孤独で泣きそうなのに。


「あんたって見た目は頼りないけど、やっぱり【エルガンディ】最強の騎士だったのよね。あのフランですら泣いたとこを見たことがないんだもの」


「最強の騎士……本当に俺はそんな凄い男だったんですか?」


「そうよ? フランがベタ惚れだったんだから」


 そうだったんだ。

 あんな綺麗な人を落とすなんて相当だな。

 

「あんたの子供を産めて、フランも本当に幸せそうだったわ。あんなに幸せそうなフランを見たのは初めてだったもん」


「そう……ですか」


「でもあんたが一番幸せだったのよね。あの時、フラン達に泣きながらお礼言ってたのよ?」


「え?」


「『お父さんにしてくれてありがとう』って。最強の騎士が鼻水と涙で顔をぐちゃぐちゃにしながらね」


 そんなに……大袈裟だな。

 いや、でも……当時の俺にはそれだけ大きいことだったんだろう。


 ズキッ!


「う……」


 また頭痛?

 何かが引っ掛かっているような感覚だ。

 

「どうしたの?」


「いえ……ちょっと」


 頭を撫でながら、ゼクードはあることに気づいた。

 分娩室が静かになっていた。

 まさか……と不安が過ったが、ほどなくして赤子の鳴き声が響き渡る。


 生まれたんだ!


 ゼクードは確信し、リリーベールと顔を見合わせる。


 分娩室の扉が開き、ゼクードとリリーベールは思わず立ち上がっていた。


 すると中から医者が出てきてゼクードを見やる。


「おお、旦那様ですね。出産は無事に終わりました。元気な女の子が三人ですよ」


 みんな女の子を生んだのか!

 凄いな! でも良かった!

 無事に終わったなら何よりだ!


「「ありがとうございます先生!」」


 ゼクードとリリーベールはほぼ同時に言っていた。

 

 そしてリリーベールよりも早くゼクードはカティアたちの元へと向かった。


 急いで用意されたらしい3台の分娩台。

 そこで横になるフランベールたち。

 彼女たちの真横には小さな赤ちゃんの姿があった。


「みんな!」


 ゼクードが駆け寄ると、フランベールたちは目を丸くした。

 そんな視線には気づかず、ゼクードはそれぞれの赤ちゃんを見て頬を緩ませた。


「あぁ……無事に生まれたんだな。良かった本当に」


「ゼクードくん……」


「フラン。お疲れ様。ありがとうな本当に」


「え……?」


「カティアもお疲れ様。二人目の赤ちゃんをありがとう」


「ゼクード……お前……!」


「ローエ。よく頑張ったな。本当にありがとう」


「ゼクード……あなた、まさか!?」


 三人の妻たちがこちらを驚愕の眼で見てくる。

 後から来たリリーベールも。

 なんでみんなしてそんな驚いているんだ?


「え……どしたのみんな?」


 さすがに気になってゼクードは聞いた。

 するとフランベールが。


「記憶……戻ってる?」


「え? ──……あ!」

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