第116話 主人公VS真のラスボス
ローエとカティアを追い抜いた傷跡のドラゴンは、まっすぐディザスタードラゴンの元へ疾走する。
A級ドラゴンとは思えないほどの、凄まじく、恐ろしい殺気を放ちながら。
よほどディザスタードラゴンに恨みがあるらしいが、考えてもみれば当然だとフランベールは気づいた。
仲間を大量に殺した裏切り者
それがあのディザスタードラゴンなのだから。
自分で殺さねば気が済まないのだろう。
カティアとローエは足を完全に止めて成り行きを見守っている。
どうやら傷跡のドラゴンにトドメを譲るつもりらしい。
賢明だと思った。
割って入れば、あの傷跡のドラゴンはこちらに攻撃をしてくるだろう。
最悪、他のA級ドラゴンまで敵になりかねない。
邪魔せず、ドラゴン同士で潰し合ってくれるなら好都合だ。
フランベールも前衛の二人に習って成り行きを見守ることにする。
傷跡のドラゴンは仰向けに倒れたディザスタードラゴンの腹部に乗った。
三メートルほどしかない傷跡のドラゴンと、数十メートル以上もあるディザスタードラゴン。
体格差は歴然だった。
まともにやり合えば傷跡のドラゴンに勝ち目などなかっただろう。
しかし今のディザスタードラゴンはお腹に子を宿して弱体化している上に手負いで弱っている。
カティアとローエの攻撃で瀕死になっている。
ここまで弱っていれば、あの傷跡のドラゴンでもトドメをさせるかもしれない。
ディザスタードラゴンは自分の腹部に乗ってきた傷跡のドラゴンを見た。
傷跡のドラゴンは、それこそ先ほどより殺気を増して咆哮した。
当のディザスタードラゴンは……またも怯んだ。
脅えている。
あれほどの体格差があるのに、あんなA級ドラゴンごときに何故?
※
『この日を待っていた。セレイン。殺してやる。殺してやるぞ!』
『お父さん……』
『お前さえ生まれてこなければ! ベルメリアは死なずに済んだんだ! お前さえ! お前さえ!!!』
『お父さん……私は……』
『喋るなあああああああああああああああっ!』
ドシュッ!
※
ディザスタードラゴンに爪を振り下ろそうとした傷跡のドラゴン……
しかし、傷跡のドラゴンは口から大量の血を吐き出した。
その光景を見ていたフランベールは息を呑んだ。
ローエとカティアも絶句している。
ディザスタードラゴンの腹から、一本の腕が生えていた。
その腕は傷跡のドラゴンの腹を突き刺し、抉る。
次の瞬間には傷跡のドラゴンが【雷】を流し込まれて全身を焼かれた。
刹那に響く断末魔はすぐに途絶え、傷跡のドラゴンを一瞬にして黒い焼死体にした。
なに!?
何なの!?
何が起きたのいったい!?
突然の出来事でフランベールは理解が追い付かなかった。
ディザスタードラゴンの腹から生えてきた一本の腕は、その腹を割いて【本体】が出てきた。
黒い竜鱗に覆われた人の形状に近いドラゴン。
それが、赤い眼を光らせて生まれてきた。
たった今、生まれてきた……
「生まれてきた!?」
「まずいですわ!」
言ってカティアとローエが戦闘態勢になる。
確かにまずい。
生まれたての黒い人型ドラゴンはともかく、速くしないとディザスタードラゴンの魔法が回復してしまう。
人型ドラゴンとディザスタードラゴンは、人間と同じくヘソの緒で繋がっていた。
それを人型ドラゴンは爪で切る。
そのまま母であるディザスタードラゴンの顔元へ行き、瀕死の母を心配する仕草を見せた。
※
『まま……まま……』
『ぁぁ……生まれたのね……よかった無事で……』
『まま……』
『ごめんねナイト……ママは、もう……』
『まま?』
『人間を……殺して……』
『にん……?』
『私たちだけの……世界を…………──』
『──まま? ? まま? …………ママ!?』
※
ディザスタードラゴンの呼吸が止まった。
どうやら絶命したらしい。
フランベールはホッと胸を撫で下ろした。
良かった。
あいつさえ倒せれば、もう……
カティアではないが本当に【雷】と【嵐】が使えなければ大したドラゴンではなかった。
しかし。
生まれて間もない赤子の人型ドラゴンが、ついに悲鳴のような泣き声をあげた。
無理もない、と思った。
生まれてすぐに母が死ねば、誰でもこうなる。
人間の赤子と違って母を母と認識できるほど知恵があるドラゴンには、これほど辛いことはないだろう。
最悪なのは、この人型ドラゴンの泣き声がS級ドラゴンどもをさらに活性化させたことだ。
リーダーでもあり、母でもあるディザスタードラゴンの死を知らしめてしまったのだから。
しかし活性化したのはA級ドラゴンどもも同じで、傷跡のドラゴンというリーダーを失った彼らだが、残ったのは人間ほどに小さい生まれたてのドラゴンだ。
あんな赤子のドラゴンになら勝てると思ったのだろう二匹のA級ドラゴンが、カティアとローエの脇を通りすぎて人型ドラゴンに肉薄した。
泣き喚く人型ドラゴンに二匹掛かりで飛びかかったが、人型ドラゴンが霧のように消えた。
「えっ!?」
消えたように見えたそれは、音速と言える領域の速度だった。
まるでゼクード並の速さだった。
気がつけば二匹のA級ドラゴンは原型を無くすほどに微塵斬りにされていた。
「な、なんて速さですの!?」
「生まれたてでこれか!」
ローエとカティアが驚愕の声をあげる。
しかし間もなく、ローエの懐に人型ドラゴンの影が!
「っ!?」
まさに音速の接近。
人型ドラゴンはローエの腹部に蹴りを放った。
「がはっ!」
「ローエ!」
カティアが驚く。
ローエは凄まじい勢いで地面を抉りながら吹き飛ばされ、大量の土煙を上げて木に激突した。
その木が倒れてローエを下敷きにする。
「ローエさん!」
フランベールは慌ててローエの元へ向かった。
その間に狙われたのはカティア!
人型ドラゴンはカティアの背後を一瞬で取る!
「なにっ!?」
気づいた時には背を蹴り飛ばされていた。
音速の蹴りをくらったカティアは悲鳴すら上げられず吹き飛び、何本もの木を薙ぎ倒していった。
「カ、カティアさん!?」
うそ……一瞬であの二人が!?
信じられない。
生まれたてのドラゴンが、なぜこんなにも強い!?
人型ドラゴンはカティアを吹き飛ばしてから立ち止まり、自分の手のひらをグーにしたりパーにしたりを繰り返している。
まさか……あれでまだ身体に慣れていないというの?
だが生まれたてなら身体に慣れていないのは説明がつく。
問題なのはあの強さと速さで『身体に慣れていない』ということだ。
身体に慣れて、成長したら、この人型ドラゴンは、どれほど危険なドラゴンになってしまうのだろう?
ディザスタードラゴンの比ではない。
完全なる化け物になるのは明白だ。
ここで倒さねば、きっと、誰も勝てなくなる。
最後の最後でこんなのが生まれてくるなんて。
人型ドラゴンが身体の挙動を確認し終えると、その血のような赤い眼はピタリとフランベールを捉えた。
凄まじい殺気がフランベールに突き刺さり、思わず「ひっ!」と情けない声を上げてしまう。
刹那。
またも霧のように人型ドラゴンは消えた。
来ると分かっているのに、フランベールには見えなかった。
反応できない!
見えない!
どれだけ意識を集中させても見えない!
殺気が目の前に!
やられる!
反射的に身を固くして目を閉じた。
次の瞬間には首を掴まれた!
「あっ!?」
持ち上げられ、地面から足が離れた。
人型ドラゴンは左手でフランベールを掴んだまま、右手を構えて爪を立てた。
このまま顔面を貫くつもりらしい。
うそ……わたし、ここで死ぬの?
これからなのに……
まだ、これからなのに……
レミー……
「はぁ、はぁ……フランッ!」
満身創痍のカティアがやってきた。
別方向からもボロボロのローエが走ってくる。
どちらも血だらけである。
「殺さないでお願い! やめてええええ!」
「フラン逃げろおおおお!」
助けられる距離ではない。
だから二人は声が裏返りかけるほど叫んだ。
しかしそんな声を人型ドラゴンは聞くはずもなく、一切の容赦もなくフランベールの顔面を──
──貫けず、人型ドラゴンは花畑に吹き飛ばされた。
──ぇ?
吹き飛ばされた人型ドラゴンは、それでも見事な身のこなしで受け身をとって態勢を整えた。
そして怒りを露にし、睨み付ける。
乱入してきた黒い騎士を。
「ゼ、ゼクードくん!」
「下がってろフラン。残りのS級は任せるぞ!」
「あ……は、はい!」
フランベールは下がり、ゼクードは人型ドラゴンにロングブレードの切っ先を向けた。
「来いよクソガキ! お前の相手はこの俺だ!」
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