第202話 王子は結婚したい
翌日の朝は晴れていた。
雲ひとつない蒼天である。
本日は予定されていたトーナメントの開催日だ。
その参加者の一人である俺は自室で装備を整えていた。
と言っても防具だけだ。
雪のドラゴンで無くした武器はカーティスの予備を借りることにした。なかなか手に馴染むから悪くない。
さすが俺の息子。使う武器が一緒だとこういうとき助かる。
そして準備を終えた俺は、妻たちを連れてトーナメントが行われる練兵場へ向かった。
しかしまぁ娯楽の少ない市民たちにとっては、このような騎士対騎士という戦いは最高の娯楽として映る。
だからこうして……うん……こんな早朝なのに練兵場には長蛇の列が出来上がるのだ。
「おいおいおいおい」
お祭り騒ぎの見物客の群を見ながら、俺はおいおいおいおいと言った。
もうホントに、それしか言葉が出てこなかった。
みんな眼を輝かせながら大変な活気を呈している。
「凄い人数だな」
カティアの言葉に俺も「ね」と同意しかなかった。
【エルガンディ】の市民という市民全員がここに集まっているんじゃないだろうか?
人口の回復が見てとれる光景だ。
そしてやはり若者揃いである。
「これみんな参加者ですの?」
怖いことを口走るローエにフランベールが苦笑した。
「ま、まさかぁ……さすがに観客でしょう?」
うん。
でないと困る。
こんな人数相手にしてたら今日だけで終わんないよ。
とにかく俺は控え室に行けとグリータに言われている。
ここで妻達と別れて控え室に行こうか。
「ゼクード!」
「ん?」
呼ばれて振り向けば、そこには数人の近衛騎士を引き連れた国王がいた。
その国王はやはり身体が悪いのか車椅子に座っている。
「国王さま!」
俺は反射のごとく跪いた。
すると妻達も国王に気づき「陛下!」と声を揃える。
国王も妻達に気づき眼を大きくした。
「おお! お前たちも元気そうだな。会えて嬉しいぞ。英雄たちよ」
「は! ありがたき御言葉!」
カティアが率先して応え跪いた。
ローエとフランベールもそれに習う。
「よいよい。みな面を上げよ。楽にしていい。お腹の子に響くぞ?」
「は!」
カティア達の妊娠を知っているらしい。
グリータかカーティスかが伝えてくれたのだろう。
ありがたい。
「国王さまこんなところまで来て……お身体の方は大丈夫なのですか?」
俺は国王の吐血を見ているから思わず心配になって聞いた。
実際……今も顔色はよろしくない。
しかし国王は笑っていた。
「うむ。今にも死にそうだが大丈夫だ。問題ない」
「いや問題しかないですよ」
「ふふ、まぁそう堅いこと言うな。今日はせっかくのお前の御披露目だ。見ないわけにはいかんだろう? 狙った以上にお祭り騒ぎになってくれたしな」
「狙ってたんですか!?」
だから賞金とか称号とか与えるって書いてたのか。
「もともとお前の存在を若い奴らに知らしめるためのトーナメントだからな。お前の実力を存分に見せつけてやるがいい」
「了解です」
「若い奴らの反応が楽しみだ」
国王は楽しそうに笑ってそう言った。
若者たちの反応を見たくて来たのかこの人は。
気持ちは分からんでもないけど、もう少し身体を労ってほしいところ。
それにしても、若い奴らに知らしめるためか。
俺はどちらかと言うとカーティスと戦えるのが楽しみで仕方がない。
もしかしたらカーティスは、俺にとって初めて本気を出せる人間かもしれないから。
人間相手に本気を出したことはない。
本気を出したら一瞬で相手が倒れるから。
でもカーティスなら、全力でぶつかっても応えてくれそうな気がする。
そう考えると、今からもう胸がドキドキしてしまう。
「そういえばゼクード」
「なんでしょう?」
「我が息子アスレイの事なんだが──」
※
控え室ではないとある個室にて、アスレイは部下とトーナメント表を作っていた。
「かなり集まりましたね。参加者」
椅子に座る部下がのんびり言うと、アスレイは腕を組んで頷いた。
「うむ。みんな
「仰る通りですね~」
アスレイは知っていた。
こんなトーナメントで最強の称号である【SSS級騎士】を手に入れられるのは他でもない。
カーティスが参加するからだ。
このトーナメントを制するにはカーティスを突破せねばならない。
彼はこの国唯一のSSS級騎士。
つまり最強の騎士。
彼に勝てたとなればSSS級騎士の称号が得られても不思議ではないし、誰も文句も出ないであろう。
だがさっきも言ったがアスレイは知っている。
カーティスには誰も勝てない。
あいつの戦いを間近で見れば、どんな愚か者でも分かる。
例えるなら、SS級騎士が人間の努力で到達できる最高レベルの実力とする。
だがSSS級騎士は、その努力では越えられない人間以上の境地に達したレベルの実力だ。
それがカーティス・フォルスという男の実力である。
彼の初陣は10歳だったという。
まだ騎士でもなかったのにA級ドラゴンをたった1人で5匹も撃破したのだ。
そんな天才に勝てる奴などこの世にいないだろう。
しかし一昨日会ったあのゼクードという少年だが、どうにも氷漬けにされ老化を免れた18年前の英雄らしい。
父上が大袈裟に語っているのを何度と聞いた【伝説の黒騎士】だ。
カーティスの父親らしいが、それはつまりレミーベールさんのお父様ということにもある。ここが重要。
………………いや、そこじゃない。
カーティスの父親にして、過去の英雄という割には貫禄が無いというか、迫力がないというか、歴戦の風格があまり感じられない気がする。
若すぎるせいか?
年齢は17歳とのこと。
それで妻を三人も連れてて、子供も三人いるというのだから、そっちの意味では英雄だろう。男の。
しかしどう見てもあの少年がカーティスと張り合える騎士には見えない。
言っては悪いが自分でも勝てそうだ。
そもそも今の若い騎士たちは、S級騎士の先輩たちに鍛えられた精鋭揃い。
我々はS級が当たり前の世代だ。
そのS級が当たり前の世代で抜きんでたカーティスに勝てるとは思えない。
でもこれは自分にとってはチャンスでもある。
何度も言うが、ゼクードさんはレミーベールさんのお父様なのだ。
彼に勝てばレミーベールさんが振り向いてくれるかもしれない。
そしてゼクードお父様に勝てばそのままレミーベールさんをお嫁に貰うとき交渉に有利になる。
これはもう逃す手はない!
レミーベールさんほど素敵な女性を他の男にやるわけにはいかん!
私はレミーベールさんと結婚したい!
「……で、分かっているな?」
アスレイはトーナメント表を持つ部下に確認した。
しかし。
「え?」
「え? じゃない! 私はレミーベールさんに……ぁ、違う! エルガンディの市民たちに披露したいのだ。次期国王としての実力を証明し! みなに安心して貰いたいのだよ」
「あーとりあえずレミーベールさんにカッコつけたいってのは分かりました」
「ぜんぜん分かってないじゃないか!」
「いえいえこれ以上にないほど分かってますよ」
部下に飄々と返され、アスレイは顔を赤く染める。
おかしい……私はまだレミーベールさんが好きだと誰にもカミングアウトしてないのにバレてる気がする。
いやさっき噛んだせいだな。
「お前……と、とにかく分かっているな? トーナメントはちゃんと調整するんだぞ? 私が最後まで勝ち上がれるようにするんだ。間違っても1回戦でカーティスに当てたりするなよ? 勝てないから」
「あー、それなんですが王子」
「ん?」
「国王陛下から直々に御命令がありまして……なんでもゼクード・フォルスとやらせろって言われてます」
ゼクード・フォルスだと!?
「お父様と!?」
「は? おとうさま?」
「あ、いや! ゼクード・フォルスと戦え。そういうことだな?」
「ですね」
「ふふふ、面白い。お父様との勝負は私も望んでいたことだ」
「んー、えー、では1回戦目からやりますか?」
「うむ。私が出ればトーナメント開始から盛り上がるな」
「まーそれは間違いないですねー」
ふふふ、伝説の黒騎士であるお父様!
大袈裟な伝説がどれ程のものか、見せてもらいましょう!
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