第203話 トーナメント開始!

 俺がいつか見た練兵場は相変わらず石造りだった。

 階段状の観客席には千人くらいの見物客が眼を輝かせている。

 18年前はこの千にも満たなかったのに、随分と増えたな人口も。


 それでもまだ千人をやっと越えたぐらいだが。


 その中には当然、子供もいる。

 いつかこの国を担う未来の騎士たちかもしれない。

 これはカッコ悪いところは見せられないな。


 そう意識を新たにしながら俺は観客席に座った。

 この練兵場内なら自分の出番まで自由にしていいとのことで、俺は家族のいるここに来ていた。


 俺の周りに座るのはもちろん妻ローエ・カティア・フランベール。

 そして息子カーティスと娘グロリア・レミーベール。

(ちゃっかりオフィーリアも混じってる)。


 さらに親友のグリータとレィナ・リーネ。

 ガイスとリリーベールもお隣に座っている。

 身内同士で固まっているのだ。


「はぁ……アルベールが出場するならもっと楽しいのに」


 会場が今か今かと盛り上がる中、愚痴ったのはリリーベールだった。

 アルベールとは確かにガイスとの間に生まれた息子の名前だったはず。


「仕方ない。あいつは今リングレイス方面の偵察に行ってるからな」


 ガイスが苦笑しながら答える。

 どうやら息子アルベールは任務中らしい。

 タイミングが悪かったのだろう。


 ガイスの息子さんなら腕も立つはず。

 SS級騎士らしいからリリーベールが惜しむのも分かる気がする。

 このトーナメントに出れば上位には間違いなくいけそうだ。


「二人の息子さんも任務中なのかい?」


 俺は後ろに座るレィナとリーネに聞いた。

 彼女らの息子レグナとリイドもSS級騎士らしいのだが、まだ会ったことはない。


「そうなんです。二人はいまオルブレイブ方面の偵察に向かってます。明日には帰還するはずです」


 リーネが答えて、ローエが「早く会いたいですわね」と微笑んだ。リーネは「はい!」と頷く。


 会いたいのも分かる。

 ローエからすればリイドは甥っ子で、カティアはレグナが甥っ子だ。

 フランベールもアルベールがそうなる。


 みんなどこかしら血が繋がっているから会いたくなる。

 良いよなぁこの空間。

 

「そういえばグロリアとレミーはトーナメントに参加しないのか?」


 カティアが聞いてグロリアが当然と言わんばかりに首を振る。


「しないしない。カーティスが出場するなら優勝なんて無理だもん」


 そしてレミーベールが続いた。


「だよね。お父さんも参加するし余計に」


 なるほど。

 俺とカーティスが出るから諦めてるのか。

 まぁそれはそれで助かる。

 いくらトーナメントと言えど、娘に剣を向けるのはさすがに無理だ。


 俺ならリタイアする。

 勝ち目ないのは俺の方なんだよなぁ。

 カティアの時でも剣を向けるのしんどかったのに、娘となればいよいよ無理だ。だから不参戦は助かったぜ。


「えっと……みんなちょっといいかな?」


 急にフランベールが手を上げてきた。

 みんなの視線が集中し、俺は「どうした?」と聞く。

 するとフランベールは糸目の女の子オフィーリアに指を差した。


「この方はどちら様?」


「あああああああああ!? オフィーリア! アンタどっから沸いたのよ!」


 いや今ごろ気づいたのかグロリア!?

 っていうかカーティス以外のみんなも驚いてる!

 なんで気づかないんだみんな!?


「人をノミみたいに言わないでくださいよ! さっきからずっと居ましたよ!」


「いや、なんで居んのよ? さも当たり前のように」


「なんでって……わたしカーティスさんのお嫁さんになったんだから当然じゃないですか」


「彼女だろ」っとカーティスが冷静に突っ込んだ。


 しかしそれを聞いたグロリアは驚愕した。


「はぁあああ!? か、彼女ぉお!? アンタ、付き合うの!? こんな奴と本気で!?」


 グロリアはカーティスに──ではなくオフィーリアにそう言った。

 カーティスを指差して。

 逆じゃないんだ。


「ほ、本気ですよ! だから頑張ってSS級騎士にもなったんですから!」


「うん……アンタの努力は認めるけど、悪趣味よオフィーリア」


「どういう意味だ?」っとカーティス。


 グロリアが答える前にカティアが顔を出した。


「君がオフィーリアか」


「あ! あなたは!」


「こんな見た目だがカーティスの母だ。よろしく頼む」


「は、はい! こちらこそ!」


 カティアは……オフィーリアが勘違いした件は知っているが、そこには突っ込まなかった。

 ただ握手をして、挨拶をして終わる。

 余計なことはしないカティアらしいやり方だった。


「あ! 居た居た。ゼクードさん!」


 観客席の後ろにある通路から声が聞こえた。

 その通路に立つのは男性の騎士で、手を上げて俺を呼んでいた。


「もうすぐ試合が始まります! ゼクードさんは1回戦目ですので準備を!」


「分かりました! すぐ行きます!」


 伝えて俺は席から立ち上がった。

 最初の相手は知っているが、まさか1回戦目とは思わなかったな。


「お父さん! 頑張ってね!」


 レミーベールに言われ「おう!」と返す。


「手加減してやれよー?」


 グリータに言われ、俺は「もちろん」と返す。

 相手は国王から聞いているあの人だからな。

 ケガをさせないでほしいと頼まれている。



 俺はみんなと別れ、控え室に入った。

 案内人に通路を指示され、そこを歩く。

 歩きながらカーティスから借りたロングブレードの感触を調べる。


 剣を少し抜き、カチンと鞘に納めた。

 うん。いい感じだ。

 武器の馴染みを手に感じながら、俺は通路の奥にある四角い光の中を潜った。


 その先には円形の練兵場が広がっていた。

 そこを囲む階段状の観客席はぎっしり埋まっている。

 下から見ると凄まじい光景だ。


 俺は練兵場の中央に達したところで立ち止まった。

 すると観客席からざわめきが起こる。


「ん? 誰だアイツ?」

「あんなヤツいたっけ?」

「知らねぇ。見たことないヤツだ」


 若い騎士たちがそう口にする中、他のベテラン騎士たちは。


「え……あの顔……あの鎧……まさか!?」

「いや! 有り得ないだろ? 若すぎるぜ」

「他人の空似だ。ゼクードさんじゃない」

「でもトーナメント表にゼクードって名前なかったか?」

「英雄と同じ名前をつける親は普通にいるぜ?」

「でもあの顔は……ゼクードさんじゃないか? 隻眼だし」

「偶然だって。どのみち若すぎる。説明がつかないよ」


 昔の俺を知っているベテラン騎士たちはさすがに気付きかけていた。

 18年も立ったのに顔を覚えていてくれたなんて嬉しいな。


 直後、俺の反対側の控え室から対戦相手が出てきた。

 観客席が一際(ひときわ)盛り上がる。


 それも当然で、

 青い髪と青い瞳。

 そして整った精悍な顔。

 服は白いサーコートを足らし、青い鎧を着ている


 そんな彼は国王の息子アスレイ王子。

 1回戦目から大物が出てきたことで観客たちが驚き燃え上がった。


 だが俺は決して驚かない。

 前もって国王から聞かされていたからだ。

 そしてケガをさせないでくれとも頼まれている。

 相手の技量によってはそれは難しいのだが──


 アスレイ王子は俺の前まで丁寧な足取りで進み出てくると、周囲の大観衆に目を向けて笑う。

 その視線の先は……気のせいかなレミーベールの方に向いてる気がした。


 だがすぐに俺の方へ視線を直してきた。


「ゼクード殿! 父上が絶賛するあなたの実力! 見せてもらいましょう!」


「なら、手加減はできませんね」


 と、口上だけそう言っておく。

 本気は出せない。

 ケガをさせないと国王との約束だ。


『お待たせしましたみなさん! いよいよトーナメント1回戦が始まります!』


 俺とアスレイ王子の真ん中に現れた審判騎士が声上げた。


『右サイドに立つのは我らがエルガンディの次期国王! アスレイ王子! まさかの1回戦目からの出場です!』


 観客が審判騎士の声に盛り上がる。

 すると審判騎士は今度は俺の方に手を向けてきた。


『そして左サイドに立つのは【南の領地】の新人騎士! C級のゼクードです!』


 え、俺……新人でC級扱いなの?

 

 審判騎士の声に観客席から笑いが起きた。


「なんだ新人かよ」

「C級で参加するとか度胸あるなぁ」

「カーティスのこと知らないのかな?」

「C級じゃA級のアスレイ王子にも勝てないぜこりゃ」

「可哀想に……ただの晒し者だぜ」


 アスレイ王子はA級だったのか……。

 っていうか言いたい放題だな若い騎士たちよ。

 今に見てろよ?

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