第201話 ゼクードの夢

 館の内部は実にシンプルとなっていた。

 玄関を開けた先にはリビングが広がり、長方形のテーブルが1つ。椅子が8個ある。

 

 壁には暖炉があり、奥には台所もある。

 お風呂場に繋がってそうな扉も見える。

 手洗い場の扉もだ。


 さらに壁沿いには二階へ上がるための階段もある。

 二階には四つの部屋があるようで、後でみんなで配分を考えねばならない。


 楽しみだ。

 

 クローゼットやベッドなどもすでに配置されていて、そのどれもが新品で綺麗だった。


「素敵ですわ~」


「広いな……」


「グリータくんに感謝だね」


 妻たちがそれぞれ感動している。

 二階の見学を済ませ、下タに下りるとグロリアが待っていた。


「ベッドやクローゼットとか、最低限の物は一通り揃ってたでしょ?」


「ああ。えらく準備がいいな」


 カティアが言うとグロリアは頷く。


「団長が昨日のうちにもう話を通しておいたらしいの。だからよ」


「なるほどな」


 納得したカティアの脇からローエが出てくる。

 彼女は両手を広げてその場で一回転した。


「今日からここがわたくしたちの住居なんですのね」


「愛の巣の間違いでしょ~?」


 ニヤニヤとグロリアが言うと「お黙り!」と顔を赤くしたローエが反発した。

 俺としてはグロリアの【愛の巣】という表現には賛成なんだがなぁ。


「四人が済むには十分だ。これから子供も生まれてくるしな」


 俺が言うと、フランベールが思い出したように口を開く。


「そう言えばグロリアたちはどこに住んでるの?」


「みんな別々で一軒家を持ってるわ。そこに住んでる」


 一人に一軒家?

 なかなか贅沢だな。

 基本的には民家には複数人で住むものだが。


「お邪魔しまーす」


 玄関を開けて入ってきたのはレミーベールとカーティスだった。


「おお、カーティス、レミー!」


 俺が前に出て出迎えると、カーティスは内装を見ながら口を開く


「良い家ですね」


「ああ。グリータには感謝しかないよ」


「ねぇねぇレミー。今夜いっしょに寝ようよ」


 突然フランベールにそう言われたレミーベールはキョトンとした。

 母の誘いにレミーベールは満面の笑みで答える。


「絶対イヤ」


「ナンデ!?」


「親といっしょに寝る歳じゃないもん」


 まぁ、確かに。


「そ、そうだけどさ……一回だけサービスしてよ。ね?」


「イヤです」


「ケチ!」


「ケチじゃありません。普通です~」


 肩を竦めてケチコールを流すレミーベール。

 すると今度はローエが動いた。


「グロリア」


「イヤよ」


「まだ何も言ってませんわ」


「流れでいっしょに寝ようとか言うんでしょ? 寝ないからねアタシも。恥ずかしい」


「ぃ、一生のお願いですわグロリア!」


「こんなことに一生のお願い使うな!」


 グロリアに盛大に突っ込まれたローエだった。

 すると近くのカティアもカーティスを見つめていた。


「カーティス……」


 いっしょに寝ようオーラを目から出しながら呟くカティア。

 そのオーラを浴びせられるカーティスは本気で困った顔をした。


「か、勘弁してください母さん……俺も無理です」


「そうか……」


 さすがにカティアは先の二人より潔(いさぎよ)かった。

 でもかなりショボンとなっている。


 19歳になったカーティスだとしても、カティアからすればいつまでも子供。

 やはりもう一度いっしょに寝たいのだろう。

 気持ちは分かるが男の子にこれは無理があるだろう。

 だが。


「あ~あ~お母さん可哀想……」


 俺はわざとカーティスに聞こえるように言った。

 するとカーティスはバカ正直に困り果て、汗をダラダラと流し始め葛藤する。


「い、いや……さすがにオレも男ですから……この歳で母さんと寝るのはちょっと無理があるというかなんというか……父さんでもキツイですし」


「ああ俺もパス。男と寝る趣味はないから俺」


「オレだってないですよ……」


「グロリアとレミーとなら喜んで寝るんだけどなぁ~俺」


「「いやお父さんと寝るくらいならお母さんと寝る」」


 聞かれてた!

 まさかの娘二人の同時拒否!

 わかってたけど即答でけっこう傷ついたよ!


「ですよね~」っと俺は苦笑し、内心でチッと舌打ちした。

 可愛い娘たちと添い寝なんて……してみたかった。


「まぁ寝るのはこの際我慢するよ。でもみんな今日はこのまま帰さないよ?」


 フランベールの言葉に三人の子供たちは「え?」と虚を突かれる。

 フランベールは腰に手を当てて自信満々に告げた。


「わたし達が晩御飯つくってあげるね!」


「おお! それは良いアイデアだ!」

「わたくし達の料理の腕を見せてあげますわ」


 カティアとローエも賛成らしいが、それにグロリアが驚愕する。


「え!? お母さん料理できるの!?」


「お母様とお呼び! できますわよ!」


「嘘ぉ!? 三人の中で一番料理できなさそうな顔してるのに!」


 それは確かに。


「失礼ですわね! ならばよーく御覧なさい! わたくしの料理の腕を!」



 そして夜になり、たくさんのランプで明るくされたリビングに、多くの料理がテーブルに並べられていた。

 焼きたてのパンや肉・野菜など。

 それら全てが香ばしい匂いを放っている。


 さすが俺の妻たち。

 三人とも昔っから料理上手だったもんなぁ。


「嘘……ちゃんとしたの出来てる……」


 やはり驚愕するグロリアに、ローエは胸を張る。


「当たり前ですわよ。ほらお食べなさい」


 フォークで肉を刺し、それをローエはグロリアの口へと運んだ。

 グロリアは無意識にアーンして肉を食べさせてもらった。

 いっしょに寝るのは恥ずかしいのに、アーンは別にいいらしい。


「ぉ、おいしい!」


「ふふ、当然でしてよ? 子供たちに振る舞う料理ですもの」


 微笑みながら言うローエにカティアも頷く。


「ああ。腕によりをかけて作った。ぜひ食べてくれ」



 その一言でみんなが「いただきまーす」とフォークやナイフやスプーンなどを持って食事を開始した。


「美味い! お母さんたちはさすがです! グロリアとレミーとは大違いだ!」


「うるさい!」

「殴るわよ!」


 姉二人に激しく睨まれ、さすがのカーティスも「むぐ……」っと黙って食事を再開した。


「俺も料理手伝おうとしたのに……みんなしていらんって言うし……」


 肉を食べながら愚痴ると、俺の隣に座るフランベールが苦笑する。


「ゼクードくんが台所に立つとロクなことがないからね。だからやらせないの」


「むぅ……」


 下手くそだから邪魔だってことなんだろうけど、反論できない。

 押し黙る俺を見てフランベールは笑い、隣のレミーベールに野菜と肉を刺したフォークを剥ける。


「はいレミー。あーんして?」


 レミーベールが気づいて口を開けようとするが、そこに俺が割り込んでみた!


「あーん!」


「ゼクードくん邪魔」


 怒られた!

 邪魔ってひどい!


「しょ~がないなもぅ。はいお父さん。あーん」


 なんとレミーベールが俺にアーンしてくれた!

 肉じゃなくてパンの欠片だったけどいいや!


 娘にアーンして貰えたぜ!

 やったぜ!

 なんとも言えない達成感と幸福感が胸の奥から込み上がった。


「うんまーい! 幸せ~」


 顔をほころばせるとフランベールとレミーベールも俺を見て笑った。

 またそれぞれ食事を楽しむと、俺は不意に気づいた。


 前を向いて見ると、そこにはローエ・カティア・フランベール・カーティス・グロリア・レミーベールがテーブルを囲んで楽しそうに食事をしている。


 その光景が俺の視界いっぱいに広がったのだ。 


「えーとお母様。それとって」


「これですの? はいレミー」


「ママ。これどうぞ」


「ありがとう~カーティス」


「ねぇお母さん。これ誰が作ったの? 凄く美味しい」


「私だ。今度教えてやろうか?」


「あ、ワタシも教えてほしい!」


「いいだろう」


「どうですカーティス? わたくしの料理もなかなかのものでしょう?」


「最高です。グロリアに指導してあげてください。本当に」


「ちょっとママ! それアタシが狙ってたやつ!」


「早い者勝ちだよぉ~ん」


 ──ああ。


 これだ。


 これだよ。


 これが家族だ。


 俺が求めていたものだ。


 こんなにいっぱい、大切なものが俺の手に。


 あったけぇな……


 家族の声を聞きながら食べる食事は、何物にも変えがたい至福のひとときだった。

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