第161話 背後の心配
数時間にも及ぶ登山の末、俺とフランベールはなんとか雪山の山頂に辿り着いた。
「ふぅ、やっと山頂か。思ったより平らだな」
雪で覆われた真っ白な山頂は平地になっていた。
俺がイメージしていたのは三角形の尖った場所だったのだが、これは意外だった。
遮蔽物のない山頂は、粉雪混じりの寒風を絶え間なく吹き掛けてくる。
しかも積もった雪の深さも足を取られるレベルだ。
いくら平地でも、ここでの戦闘は危険極まるだろう。
早々に下山を決行する。
「うん。でも面倒だね。次もあの巣へ向かうとき、こうやって山を越えなきゃいけないなんて」
「大丈夫だよフラン。次行くときはもっと楽だからさ」
「どういうこと?」
「俺たちが落ちた川があるだろ? あそこを
「あ! なるほど!」
フランベールが納得の声を上げた。
川の流れは覚えている。
しっかり作った筏ならば、下流に流されても耐えられるだろう。
ただ途中からしか見てないので、もっと前半の川がどうなっているかは分からない。
滝とか無ければいいが。
「帰りは徒歩になるけどね」
「それは仕方ないよ。大きな負傷しないように気を付けないとね」
「そうだな」と相槌を打って前に向き直ると、別の誰かが登山している姿が見えた。
こちらに向かってくるそれは赤と緑の……見覚えのある人影だった!
「ゼクード!」
「フラン!」
「カティア!」
「ローエさん!」
互いに呼び合って走った。
それぞれ詰め寄って抱き合い、無事を確認する。
「無事で良かった」っとカティアが俺から離れて笑う。
「心配したんですわよホントに!」っとローエもフランベールから離れて怒り顔を浮かべた。
「ごめんなさい……わたしが──」
「いい。フラン。無事ならそれで良いんだ」
「カティアさん……」
何も言わなくていいと、カティアがフランベールの言葉を止める。
「ありがとう」とフランベールはカティアと抱き合った。
そんな二人を一瞥して微笑み、ローエが俺に視線を移してきた。
「さぁ戻りましょう。レイゼ達も探してくれていますわ。早く無事な姿を見せてあげませんと」
※
「ったく! あれほど足元には気を付けろって言ったじゃねぇか!」
身内のカティアとローエは優しかったが、姉のレイゼは手厳しかった。
「ご、ごめんなさい……」
雪山を下山したその先で、フランベールは謝った。
そこは複数のテントが張られたキャンプ場である。
フランベールはそこで、みんなに心配と迷惑を掛けたことを謝罪する。
「ケガはないんだな?」
焚き火を挟んだ向かいでレイゼが心配そうにフランベールの身体を見回す。
……何故か俺はスルーである。
無事で当たり前とか思われてそうだ。
「はい。大丈夫です」
「ならいいけどよ。……で? 巣穴が見つかったってのは本当なのか?」
レイゼの問いに俺は頷いた。
「ああ、間違いない。雪山の裏にバカでかい洞窟があった。中から見たこともない新種のドラゴンが二匹も出てきた」
「マジか!? そいつらはどうしたんだ?」
「俺とフランで倒したよ。大したことない奴らだった。でもやっぱり雪が止まないし、雪のドラゴンはあいつらじゃない」
俺が言い終えると、隣のフランベールが続けた。
「洞窟から冷気が溢れてました。あの洞窟の奥に雪のドラゴンが潜んでいる可能性が高いです」
「お手柄じゃねぇか。落ちた甲斐もあったってことだな」
レイゼは愉快に笑うが、フランベールは苦笑していた。
無理もない。その落下によるダメージは、フランベールにとって致命傷になっているかもしれないからだ。
だがフランベールの妊娠を知らないレイゼには、それを気遣う術はない。
「いつ仕掛けるんだ? ゼクード」
「明日の早朝、かな」
「また早ぇな」
「夜になったら戦えないからな。暗いし。あと姉さん。川を下るための筏を作っておいて欲しいんだ」
「筏ぁ?」
「四人乗れる大きさの筏が必要なんだ。俺とフランが落ちた川は雪山の裏側に繋がっていた。あれを利用すれば登山せず前半の体力は温存できる」
「なるほどな。なら指示しておく。他には?」
「ここのキャンプを維持する人間を数名待機させておいてほしい」
「そんなの当たり前じゃねぇか」
「いや、姉さんやリベカさんたちはいったんこのまま【シエルグリス】に戻ってほしいんだ」
言うと、レイゼだけでなく隣のフランベールも虚を突かれたような顔になって俺を見てきた。
「なんでだよ?」
「万が一の保険だよ。巣穴の情報を持ち帰って、俺たちがもし帰らなかった場合の対策を練ってほしい」
「勝てなかった場合ってことか?」
「うん。経験上、土壇場でとんでもないドラゴンが出てくる可能性はある。あと、この雪山、雪崩が怖いんだっけ? それらも考慮すると、絶対に勝てるなんてなかなか言えないからさ」
「……」
「だから姉さんは【シエルグリス】に戻ってほしい。リベカさんやミオンさんも連れて。万が一の砦になってほしいんだ」
するとレイゼが肩を竦めた。
「お前らで勝てないなら、どう転ぼうが絶望的だぜ?」
「勝てないなら逃げればいい。でも逃げるのだってみんなを引っ張る女王さまや、騎士を束ねる姉さん達が必要だろ? だから頼むよ」
これも【エルガンディ】での経験を踏まえて言っている。
結局、人間というのはリーダーが必要なのだ。
それぞれ専門のリーダーが。
「……期間は?」
どうやら納得してくれた様で、レイゼはそう切り出してくる。
「姉さんの方は四日かな。ここのキャンプに残る人達には三日で見切りをつけてもらおうと思ってる。俺たちの方はだいたい初日で決着が付くはずだから、遅くても二日目にはキャンプに戻れるはずだ」
「わかった。そこまで考えてるなら従ってやる」
「ありがとう姉さん。義母さんによろしく。あと俺の子供たちのことも頼むよ」
「調子にのんじゃねぇ。そんな負ける前提で話し進めるのはやめろ」
「無理だよ姉さん。それに、俺ももう親だからさ。子供の事は無視できないんだ。俺やフランたちにもしもの事があっても……大丈夫だって安心感が欲しい」
俺の言葉にフランベールたちはチラリと俺を見てきたが、特に何も言ってこなかった。
おそらく気持ちは同じなのだろう。
「今は親友とその嫁さんたちに子供たちをお願いしてるけど、姉さんや義母さんにもお願いしておきたい」
「なんでオレが……」
「だって俺の姉さんだろ? 俺の子供たちは姉さんにとって甥っ子姪っ子だ。義母さんにとっては孫だし。ほら、ね?」
身内を任せるには身内が一番だ。
他人に迷惑を掛けてはいけないが、家族だけは良いんだ。
少なくとも俺はそう思っている。
迷惑を掛け合って、助け合えるのが家族のはずだ。
レイゼやロゼ女王が困っていたら俺が助ける。
俺が困っていたらレイゼたちに助けてもらう。
これが理想だと思う。
「姉さん……負ける前提で話すのは、確かに無責任だと思う。でも、自然相手に絶対ってないだろ?」
「……」
「だから俺は、万が一の事を考えることこそ責任だと思ってる」
グリータやレィナたちを信じてないわけじゃない。
ただ親として側にいられなくなったとき、子供たちにはできるだけのものを残しておきたいのだ。
背後の心配を無くしたいとも言える。
今の【エルガンディ】ではお金など意味を成していない。
だから残せるのは【頼れる人間】だけだ。
グリータやレィナ・リーネ。
レイゼやロゼ女王。
助けてくれる人は多い方が良い。
「だから姉さん。俺の子供たちの事、万が一の時は、どうかお願いします」
姿勢を正し、俺はまっすぐ姉に頭を下げた。
それに習って妻のフランベールたちも「お願いします」と御辞儀する。
対してレイゼは大きく溜め息を吐いた。
「……どいつもこいつも大人だな。嫌になるぜ」
「え?」
あまりにも掠れるような小声で聞き取れなかった。
しかしレイゼは俺の肩を叩き、
「わかったよ。心配すんな。そんときは任せとけ」
とだけ告げて、すれ違って行った。
その声音はとても信頼に足る姉の声だった。
「おいみんな! ちょっと集まれ!」
先程の話を部下たちにするつもりだろうレイゼが周りを呼んだ。
そんな姉の背中を見て、俺は心の底から安堵を覚えた。
「ありがとう。姉さん」
これで万が一の子供たちの保険は大丈夫だろう。
今回の雪のドラゴンには、妙な胸騒ぎがする。
こんなときは良くない事が起こるもんだ。
油断せずに行こう。
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