第72話 やられた故郷
長い旅路を終えてやっと【エルガンディ王国】が見えてきた。
今はおそらく昼過ぎだろうか。
日が沈む前に着いて良かった。
これから城へ帰還して、国王さまに【アークルム王国】壊滅のことを報告せねばならない。
残念な報告になるが、仕方ない。
あと超大型ドラゴンに対する【魔法大砲】についても相談せねば。
早く休みたいが、そうも言ってられない状況だ。
ローエさんたちは先に休ませてあげよう。
みんな顔には出さないが心身ともに疲れているはずだから。
「──お、おい! 見ろ!」
俺の隣で馬に乗るカティアさんがいきなり声を上げた。
彼女の指差した方角は【エルガンディ王国】。
いったい何事かとそこを見ると──黒煙が【エルガンディ王国】から上がっていた。
「なっ!?」
俺は絶句した。
俺だけじゃない。
カティアさんたちも、ガイス隊長たちもみんな。
目の前の光景に言葉を失った。
なんで【エルガンディ王国】から黒煙が!?
まさか……例の【五体目のS級ドラゴン】が強襲を!?
【アークルム王国】へ向かう前に悪い予感はしていた。
だから咄嗟にそう思った。
俺の脳裏にはグリータたちや国王さまの顔がよぎる。
まさか、みんなやられたんじゃ!
そんな絶望的な恐怖に煽られ、俺はすぐさま馬を加速させた。
「く、国が……リーネは!?」
青ざめたローエさんも馬を加速させる。
「何があったんだ! あいつらは無事なのか!?」
一気に険しい顔になったカティアさんも馬を疾走させた。
残ったフランベール先生も「リリー姉さん……っ!」と呟いて馬を走らせる。
それぞれが焦り、黒煙の立つ【エルガンディ王国】へと向かった。
※
向かってすぐ【エルガンディ王国】へたどり着き俺たちは馬を降りた。
降りた理由は……実に不思議、と言えるだろう。
ドラゴンにやられたにしては、第一城壁のゲートが破壊されていなかったのだ。
外部からドラゴンに侵入された様子はない。
「ゲートが破壊されてませんわ」
「どうなっている……」
ローエさんとカティアさんが言うとフランベール先生が。
「空から攻撃を受けたのかもしれない」と告げた。
確かに前に戦った黒いS級ドラゴンは大きな翼を持ち、空を自由に飛んでいた。
空を飛ぶドラゴンが実在した以上、その線はかなりある。
「開けられないのか?」
ガイス隊長に聞かれ、俺は胸壁に向かって声を上げた。
「おい! 誰かいないのか! ここを開けてくれ!」
しばらくして、誰かが顔を出してきた。
「あ! カティア姉さま!」
え?
出てきたのは騎士ではなく、黒髪の女の子だった。
見知らぬ彼女に呼ばれたカティアさんは顔を上げて表情を明るくさせる。
「レィナ! 無事だったか!」
もしかして彼女が8人いるカティアさんの妹の一人だろうか?
カティアさんのことを『姉さま』って呼んでるから間違いなさそうだが。
「姉さま! みんなが! みんなが!!」
レィナと呼ばれた少女はいきなり泣き始め、悲鳴のような声を弾かせる。
「みんながどうした!? 無事なのか!?」
レィナは首を振った。
その仕草を見たカティアさんは顔から血の気を消し、目をこれでもかと見開く。
「みんな……竜巻に巻き込まれて……雷に撃たれて……死んじゃった……っ!
レィナの言葉に、カティアさんの目の光が一気に消え失せていく。
血が足りなくなった様にカティアさんはヨロけた。
そこを近くにいた俺が支える。
「カ、カティアさん! しっかり!」
「嘘だ……あの子たちが……なんで……」
妹さんたちがいきなり7人も死んだと聞かされて、それで気をしっかり持てと言う方が無理な話しだろう。
それでも俺は「しっかり」と言っていた。
そう言う他ない。
こんなの、なんて声を掛ければいいのか分からないから。
「レ、レィナさん! とにかくゲートを開けてください!」
気を失いそうなカティアさんを支えながら俺は胸壁にいるレィナさんにお願いする。
レィナさんは「はい!」と返事をし、顔を引っ込める。
すぐにゲートを解放してくれて、大きな扉が音を立てて開いていく。
開くまでの間、考えた。
さっきのレィナさんの言葉だが……『竜巻に巻き込まれて』とか『雷に撃たれて』とか言っていた。
【エルガンディ王国】はドラゴンではなく自然災害にやられたというのか?
確かにドラゴンに侵略されたような痕跡がないのはそれで説明がつくが……いくらなんでもこれは酷すぎる。
いったい何があったんだ?
※
それからようやくゲートが開き、俺はカティアさんを支えながらみんなと街の中へ。
開かれたゲートの先には崩壊した家や、火事になって燃え上がる建物ばかり。
やはり悲惨な光景が広がっていた。
瓦礫の下敷きになって死んでいる者や、例の雷に撃たれて黒焦げになっている人間までいた。
「誰か手を貸してくれ! 東側には人がたくさん瓦礫に埋まっている!」
「わかった! すぐいく!」
「西側は火の手が強い! 氷魔法を使える奴は来てくれ!」
「女子供は下がってろ! 邪魔だ!」
生き残りの市民たちは火消しや瓦礫に埋まった人間の救助などでいっぱいいっぱいの様子だった。
その中には王国騎士たちも混ざっている。
慌ただしいが【アークルム王国】の惨状を思い出せば、まだ街は生きている。
たくさんの人間が動いている。
それだけでも、俺は心のどこかでホッとしていた。
【エルガンディ王国】はまだ生きている。
「た、隊長すみません! わたくし!」
突如として声を出したのはローエさんだった。
失意のカティアさんをチラチラ気にして動きかねている。
俺はすぐに彼女の内心を察して頷いた。
「カティアさんには俺がついています。心配無用です。ローエさんと先生は急いで戻ってください」
こんな状況だ。
身内の心配をしてしまうのは当然である。
「ごめんなさい!」とローエさんは駆け出していく。
「すぐ戻るわ!」とフランベール先生も続く。
二人を見送った後。
ガイス隊長が11人の生き残りの部下を連れて俺の隣にやってきた。
「ゼクード隊長。俺たちは救助の手伝いをしてくる。人手は多い方が良いだろう」
言われて俺は「お願いします」と頷いた。
【アークルム王国】の騎士たちも見送った俺は、肩を貸したままのカティアさんに目をやった。
妹たちの突然の死に涙を流し、俺の支えがなければとうに崩れているほど力を失っている。
掛ける言葉も見つからず、いっそ抱きしめて、この胸でカティアさんの涙を受け止めてあげたかった。
だがその前に。
「カティア姉さま!」
先ほどゲートの胸壁から顔を出していた少女が俺たちの元に走ってやって来た。
黒髪のツインテールと澄んだ青い瞳が美しい少女だった。
どうやら騎士らしく革の鎧を装備している。
腰を見れば二本の剣を帯剣しており、なかなか珍しい双剣使いだと分かった。
リーネさんと同じほどの年齢だろうか。
幼さの残る顔立ちである。
「レ、レィナ……っ!」
カティアさんは妹さんの声にハッと反応して、俺から離れた。
そのまま涙目で駆けてくるレィナさんを、カティアさんはフラつきながらも全身で受け止めた。
「カティア姉さま!」
「レィナ!」
「ごめんなざい! 誰も……誰もだすげられなかった!」
カティアさんの胸で泣きじゃくるレィナさん。
そんな彼女をカティアさんはただ強く、抱きしめた。
それでもカティアさんの身体もまた、悲しみでうち震えたままだった。
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