第174話 かたき

 最初から酷い目に遭った。

 まさか嫁の蹴りをくらうハメになるとは。

 

 俺はなんとかローエたちを宥め、洞窟の入口前に待機するよう指示を出す。


 今回は俺が一人で洞窟内に侵入し、雪のドラゴンを誘き出す。

 そして出てきたところを待ち伏せさせた妻たちに罠を発動させるのだ。


 ちなみにその罠とは頑丈なロープで作った【巨大ネット】だ。

 それを雪のドラゴンに頭からぶっかける。

 ひどく単純な罠だが、雪のドラゴンがほんの少し遅くなればそれでいい。

 

 みんなでヤツに張り付けるだけの時間を稼げればそれでいいんだ。

 張り付きさえすれば、あとは飛ぼうが暴れようがなんとでもなる。

 この作戦は強い【気】を引き出した俺達【フォルス隊】だからこそできる【拘束攻撃】だ。


 ただこれは振り落とされたら負けが確定する。

 上手くドラゴンにネットをぶつけて張り付けたとしても、振り落とされては意味がない。


 それを出来るだけ防ぐために持ってきたのが【拘束用バリスタの矢】である。

 これは先端に『返し』が付いた抜け難い仕様になっている。

 

 コイツを使って雪のドラゴンに張り付く。

【気】を纏わせれば硬い部位にでも突き刺さって、俺たちの掴み所となってくれるだろう。


 ローエたちにもそれぞれ一本持たせてある。

 俺も今、背中にロングブレードと共に掛けてある。

 ぼろぼろの【シエルグリス】ですぐ用意できて、携帯性も良いのがこれだった。


【巨大ネット】と【拘束用バリスタの矢】。


 この二つが今回のキーアイテムだが、仕留めた後のことは正直考えていない。

 落ちたら死ぬような高さで仕留めてしまったら、俺達は地面に激突して死ぬだろう。


 そうなる前に、低空の内に討伐するしかない。

 短期決戦だ。


「やっぱ暗いな……」


 松明を片手に俺は白い吐息を吐き出した。

 洞窟内は凍てついており、天井を照らせば無数の氷柱が垂れ下がっている。


 地面も氷が張っており、気を抜けば滑ってしまう。

 視界は最悪。足場も最悪。

 こんなところでの戦闘は自殺行為だろう。


 しかし、だからこそ俺が囮役になった。

 雪のドラゴンをこの洞窟から出すためには、ここで戦闘して、それこそヤツの攻撃を凌いで誘導せねばならない。


 かなり危険な仕事だ。

 まさに俺にこそ適任だろう。

 自分の実力は把握してるし、今ではその強さに対して責任も感じている。


 何より、お腹に赤ちゃんがいるローエたちには、できるだけ無理はさせたくないというのもあった。

 ローエたちの仕事は罠を発動させ、張り付いて攻撃に参加するのみ。


 さらにある程度の高度になったら先に離脱させることも考慮している。

 当然だ。

 

 ……だがこれまでの経験上、何かしら不測の事態が起こるだろうことも、俺は考えていた。

 ドラゴン狩りはいつだって、思った通りに進むことの方が少ない。

 

 前のディザスタードラゴンの時は、むしろその不測の事態がチャンスとなっていた。

 だが今回もそうとは限らないだろう。

 

 果たして無事に乗り越えられるだろうか?

 犠牲を出さずにやろうと思うと本当に不安になるし難しく感じる。

 当たり前のことなのに。


 義母さんの仇である雪のドラゴンを倒し、ローエ達を生還させ、自分も生還させ、【ヨコアナ】で待っているカーティス達のもとに帰る。


 背負うものが多いほど難しく感じてしまうな。

 

 ……でも、空っぽだったいつかの俺よりは良い。

 これこそ生きてるって感じがするから。


 やり遂げてみせる。



 ラミナ……マルテロ……ランサ……マシャド……フレシャ……


 みんな……ごめんね……ごめんね……


 みんな、こんなお母さんのために……付いてきてくれたのに……


 わたしのせいで……こんな……


 ……どうして?


 どうしてこうなったの?


 わたしが、異端だから?


 生まれてくる子供も、みんな異端だから?


 わたしがいると、雪が止まないから?


 わたしがいると、餌がなくなって、みんな死ぬから?


 でもわたしは、好きでこうなったんじゃない……


 気づいたら、こんな力が出てきただけなのに……


 助けて……あなた……


 寂しい……寂しいよ……


 うっ!


 まだ、胸が痛い……


 あの黒いヤツにやられた傷……なんでこんなに痛いの?


 わたしの鱗を裂くなんて……


 あんなに強い人間……初めてだ。


 本気でやって、本気で仕留められなかった……


 あんなやつ、前の場所ではいなかったのに。


 人間なんて、本気でやれば弱いと思ってた。


 あいつは危険だ。


 何とかして、倒さないと……わたしが殺される……


 ……


 ……っ!

  

 ……この匂い……あの黒いヤツ!


 わたしを殺しに来たの!?


 に、逃げ…………ううん、もう、逃げ場なんてない。


 やるしか、ない!


 やってやる!


 あの子たちの仇をとってやる!!

 


 そいつはすでに俺に気づいていた。


 薄暗い洞窟の最深部。

 そこに佇むのは青い瞳を殺気でたぎらせた雪のドラゴン。

 怒りの咆哮と共に凄まじい冷気を発した。

 

 地面の氷が白銀を帯びて広がっていく。


 随分とご立腹の様だ。

 だが頭にキテるのはこっちも同じだ。

 さぁついてこい!


 義母さんの仇を討たせてもらう!

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