第108話 光属性と卵

 鉱山【ヨコアナ】を後にして、何度かの休憩を挟みながら俺達は進んだ。

 

 進軍は順調で、昼には以前グリータ・レィナ・ガイスのメンバーで来たところまで踏破する事ができた。


 ただ、あまりにもドラゴンの気配がなかった。

 それだけが妙に不自然だった。

 一匹や二匹ぐらいは遭遇しても良さそうなのに。


 何なんだ?

 この静けさは……


 不気味とも言える状況の中、馬を休憩させることにする。

 ここから先は未知の領域だから、みんなの状態を整えておきたい。


「ドラゴンの気配がまるで無いね」


 岩影で馬を撫でながらフランベールが言った。

 俺は「そうだな」と返し、持ってきた望遠鏡で南方面の奥を覗く。


 そこは草原が広がるばかりでドラゴンの姿はやはりない。

 あれほど見飽きたブルードラゴンとリザードマン。

 そのどちらもいない。


 どうなってる?

 前に来たときはかなりの密度でウロウロしていたのに。


 チュンチュンと鳥がさえずり、暖かい太陽に照らされた草木が風に揺れる。


 恐ろしく平和だ。

 気持ち悪い。


「隊長」

「ただいま戻りましたわ」


 周囲にドラゴンがいないか見回りさせていたカティアとローエが戻ってきた。


「どうだった?」


 聞くとカティアが肩を竦める。


「さっぱりだ。ドラゴンの影も形もない」


「そうか……」


「痕跡らしいものも発見できませんでしたわ。少なくとも【ヨコアナ】方面に向かったわけではないようですわね」


「なるほど」と俺は頷いた。

 すれ違ったわけでないなら、背後はまだ安心か。

 

 だが……となるとドラゴンどもは南の奥地に引っ込んだということだろうか?


 いったいなぜ?

 ……やれやれ、わからん。


「情報が少ないね。どうするのゼクードくん?」


 フランベールの言うとおり、情報が少なすぎる。

 まだまだ奥へ進む必要がありそうだ。


「よし。今から昼食を取る。ここから先は誰も足を踏み入れたことのない未知の領域だ。万全な状態で挑むぞ」


 俺の指示に従って三人の部下が「了解」と返した。

 それぞれが腰を下ろし、足を休め、昼食用のドラゴンバーガーを口にする。

 水分には瓶詰めのエールを飲んだ。


「隊長。今のうちに聞いておきたいんだが」


 俺の向かいに座るカティアがドラゴンバーガー片手に口を開いてきた。


 何を聞きたいのか?

 俺はとっさに心当たりのあることを口走る。


「もしかして二人目の子供の名前か? ちょっと気が早くない?」


「バカ者! 違う! ディザスタードラゴンの雷についてだ。あれの対策は考えてあるのか?」


「ぁあ」


 なんだそれか。

 そういえばカティアたちにはまだ話してなかったな。


 俺の左右に座るローエとフランベールもその話には興味があるようで、こちらを見てくる。

 俺は国王に伝えたことをそこまま教えた。


「──というわけで、天井のある場所での戦闘が必須条件になってる」


「なるほどな。たしかにそれしか雷を防ぐ方法は無さそうだ」


 納得してくれたカティアがドラゴンバーガーをかじる。


「そうだ。避けられないなら防ぐしかない」

 

「でもあの雷って、どうやって発生させているのかな?」


 突如、疑問を口にしてきたのはフランベールだった。

 彼女はベージュのブロンドヘアーを風に靡かせながら甘い香りを漂わせてくる。


 言われてみると確かに。

 そんな力があるドラゴンとしか思ってなかったな。

 冷静に考えると天候を操るなんて、もはや生物の域を越えている気がする。

 

「そんなの【魔法】に決まってますわ」


 自信満々に言い切ったのはまさかのローエだった。

 みんなの視線が彼女に集中し、中でもカティアが「魔法?」と疑問を口にする。


「ドラゴンが魔法を使うのか?」


「根拠ならありますわ」


「なに?」


「二年前、ディザスタードラゴンが初めてエルガンディを襲撃したことがあったでしょう?」


 俺は思い出して「ああ、俺達がアークルムに行ってたときの」と返すとローエは頷いた。


「あの時ディザスタードラゴンは何故か、王国を滅ぼし切らずに去った。あれはきっと、天候を操る魔法のせいだと思いますの」


「天候を操る魔法……」


 俺はオウム返しに呟いた。

 ドラゴンが魔法を使うことにはどうしてもしっくり来なかったが、ローエの仮説はなんか、当たっている気した。


 そもそもあの時のディザスタードラゴンは父フォレッドが出てこないかと確認のために襲撃したのだと思っていたが、それはそれで変だとは思っていた。


 あれ程の圧倒的な力があるなら、あのままエルガンディを滅ぼしてしまえばよかったのだ。

 フォレッドが不在だと分かれば尚更で、厄介な強敵がいないのに撤退したのは不自然だった。


「あれほどの魔法なら、体力の消耗は相当なはずですわ。あの時のディザスタードラゴンはきっと【天候を操る魔法】で疲れたから一時撤退したんだと思いますのよ」


「おぉ……」


 なるほど。

 それだと不自然だと感じていた部分に辻褄が合ってくる。


 そう思ったのは俺だけじゃなかったようで、カティアとフランベールも納得の声を上げる。


「ローエさんそれ合ってるかも。あれだけの力を持っていて、それでもブルードラゴンやリザードマンみたいな仲間が必要だったのはそれで説明がつくよ」


「おほほほっ。その通りですわ。長時間戦えないのなら仲間が必要ですものね!」


「ほう、冴えてるなローエ。お前らしくない」


「どういう意味ですのよ!」


「ただの【ドアノブ破壊王】だと思ってたぞ」


「ちょっとっ! それはもう忘れて!」


 女性陣が盛り上がっている。

 過去のドアノブの件、結局カティアにバレたんだ。

 口でも滑らしたのかな?

 女性なのに破壊王とは。


 まぁそれはともかく、ローエの仮説は俺も正しいと思う。


 二年前の謎の撤退。

 S級ドラゴンの量産。

 人間と同じで魔法による長時間の戦闘が不得意なら、これら全てに合点がいく。

 あの【天候を操る魔法】は何属性なのだろう?


『雷』か?

『空』か?

『雲』か?


『雷』が主な攻撃手段となっている以上、属性は『雷』と見るべきか?


 しかし、そんな属性の魔法など聞いたこともない。

 ドラゴンの巨大な力で覚醒したオリジナルの魔法だろう。


 だけどもし属性が『雷』でもなく『空』でもなく『雲』でもないのなら、俺は一つだけ思い当たるものがある。


【光属性】だ。


 俺は【闇属性】の騎士である。

 でも逆の【光属性】の騎士は見たことがない。


【光属性】を覚醒させた人間など、今のところ人類史上一人もいない。

 闇魔法があるのに光魔法がないのはおかしな話である。


 人間に【光属性】を持つ者がいないのは、もしかしたら、そもそも人間には扱えないものだからではないか?


 あのディザスタードラゴンでさえ長時間使っていられないほどの消費量ならば、人間などあっという間に衰弱死するはずだ。


 人間とドラゴンの体力差は天と地ほどの差がある。

 努力でどうにかなるレベルじゃない。


 ……まぁ、属性がなんであれ、本当にあの雷や嵐の正体が魔法なら、もう一つ俺には希望が湧いてきた。


「ローエのドラゴンが魔法を使うって線は濃厚だな。もし本当にディザスタードラゴンの雷が魔法なら、もう一つの戦い方ができる」


 俺の言葉にローエ達が「え?」とこちらに視線を寄こす。

 草を食べる馬を背後に、俺はニヤリと笑って説明した。


「奴の雷対策だが、洞窟内での戦闘が必須だと説明したな? でもあれは洞窟にまで誘導しないといけない危険がある」


「ああ。私もそれは気になってた。誘導や囮なら私が引き受けるぞ?」


 カティアが言うので俺は彼女を指差しながら「危ないからダメ」と発する。

 当のカティアはキョトンとした。

 俺は先程のローエよりも自信満々に答えた。


「今思い付いた作戦があるんだよ。魔法で疲れるのが同じなら、きっと魔法が使えなくなる部分も同じはずなんだ」


 すると妻達は揃って顔を怪訝にした。

 まだ分からないらしい。

 珍しく鈍いな。

 自分たちが経験してるはずなのに。


「分からない? みんな経験しただろ? 妊娠したら魔法が使えなくなるの」


 俺の言いたいことがようやく伝わったようで、フランベール達は目を丸くした。


 あれ?

 なんで目を丸くするの?

 俺なんか変なこと言った?


「ディザスタードラゴンが妊娠すれば、魔法が使えなくなって弱体化するはずだ。そこを狙えば比較的ラクに倒せるかもしれない。違うか?」


 カティア・ローエ・フランベールの三人が揃って困った顔をした。

 三人は何か悩んだ様子で、お互いの顔を見合わせてる。


 そして溜め息を吐きながら口を開いてきたのはカティアだった。


「ゼクード……」


「ん? なに?」


「自信満々なところ悪いが……ドラゴンは卵生だ。妊娠……というのはちょっと違う気がするぞ?」


「え……」


 そうだった。

 あいつら卵から孵化するんだった。


「そもそもディザスタードラゴンがメスかどうかも分かりませんわよ?」


「あ……」


 そうだった。

 あいつそもそもオスかメスかも分からないんだった……

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