第109話 想定外の事態

 ディザスタードラゴンが妊娠してれば雷が使えなくなるかも!


 ──という俺の仮説はあっけなく否定され、結局、洞窟を探しながら進むハメになった。


 南の奥は未知の領域。

 人類がまだ誰も足を踏み入れたことのない場所だ。


 ……いや、そうでもないか。

 俺の親父が先に訪れていたはず。

 親父の剣を回収した捜索隊もそうだろう。


 思ったより人が訪れていた未知の領域へ、俺達は進んだ。

 最初は変哲もない草原が続くばかりだったが、数時間ほど進んでから森が見えてきた。


 森の手前で俺達は馬から降りる。


「森だね。けっこう深そう」


 隣に立ったフランベールが言った。

 深そうというのは同意で、俺も腕を組む。


「確かにな。あと木がイチイチでかいな。根っ子が浮き出まくってる」


「うん。馬で進むのは難しそう」


「仕方ない。今日はここでキャンプにするか」


「え、もう?」


 驚くフランベールに俺は空を指差す。


「いま森に入ってもすぐに日が暮れるし、夜の森は危険だろ。何より見知らぬ森だしな」


「あ、そっか。そうだね了解。ならキャンプ出来そうな場所を探してくるよ」


「頼む。ローエとカティアはフランベールの周囲の警戒を任せる。安全だと判断したら手伝ってあげてくれ」


「了解ですわ」

「了解だ」


「俺は少し森に入って痕跡探しをしてみる」


「一人でですの?」


「深くは入らないよ。明日すぐ出発できるようにするためのルート探しさ」


 言って俺は森を見た。

 草木まみれで道らしきものはいっさいない。


「どこかにドラゴンが通った道があるはずなんだ。それを探してみる」



 ローエ達と離れ、俺は森の周辺をくまなく探索した。

 突然消えたわけでないのなら、どこかにドラゴンどもが通った道があるはず。


 ブルードラゴンやリザードマンほどの巨大なドラゴンが草木を薙ぎ倒さずここを通るのは不可能である。


 必ずどこかに……お?


「あった」


 思わず呟いた。

 森の奥へと続く幅広な一本道がそこあった。

 そこだけ何度もドラゴンどもが行き来した跡があり、草木が生えておらず土の道と化していた。


 これはいい。

 人間が通るにはデカすぎる道だが、これだけデカければ未踏破の森で迷う事態はない。


 それとハッキリと見慣れた足跡がいくつも発見できた。

 形状からしてブルードラゴンとリザードマンの足跡だろう。


 やはり奴らはここを通ったんだ。

 鉱山【ヨコアナ】へもここから行っていたに違いない。


 ……それにしても本当、まったくドラゴンの気配がない。

 他の生物はたくさんいるが、ドラゴンだけはまるで息をしていないように感じる。


 俺は望遠鏡を取り出して、森の奥へ続く一本道の先を見た。

 森の奥は少し霧が掛かっていて見えなくなっている。


「ダメか……」


 望遠鏡をしたまま溜め息を吐く。

 覗く先を少し下に向けて土の道を眺める。

 

「ん?」


 数あるドラゴンどもの足跡だが、その中に……それこそ見慣れた足跡が混じっていた。


 俺は目から望遠鏡を離し、いったん目を擦った。

 さすがに未間違いじゃないかと思ったからだ。


 何度か目を擦ってから、ゆっくりと視線を自分の足元にまで落とした。


 するとやはりあった。

 二年前は当たり前のようにいた存在。

 ドラゴンの中でも最も多いあの……


「これは……A級ドラゴンの足跡!?」


 何度見ても間違いではなかった。

 とっくにどこかに追いやられていたと思っていたのに。


 S級ドラゴンどもの足跡の中に混じる小さな足跡は、形状からして間違いなくA級ドラゴンのそれだ。

 しかもまだ新しい。


 周囲を見渡しても、争った痕跡などはない。

 S級ドラゴンを追いかけるように、その足跡は森の奥へと続いている。


 S級ドラゴンどもの道を探していたら、思わぬ発見をしてしまった。



「A級ドラゴンの足跡!?」


 声を出して驚いたのはローエだった。

 すでに日が暮れ、焚き火を囲って丸太に座り暖を取る。


「絶滅してなかったんですのね」


 ローエが怖いこと言ってる。


「俺達と一緒でどこかに逃げて身を隠していたのかもしれないな」


「今さら何しに出てきたんだか」


 呆れながらカティアは片手のエールを飲む。

 

「やっぱり報復じゃないかな?」


 フランベールの言葉にみんなが視線を向ける。

 フランベールは構わず続けた。


「みんなも見たでしょう? 二年前、ディザスタードラゴンがA級ドラゴンの群れを攻撃したの」


 確かに、覚えている。 

 遠目だがA級ドラゴンに雷を落としていたのは確認した。


 ディザスタードラゴンの裏切り。

 その報復というのなら、まぁ、出てくるのは分からなくもない。


 しかし、腑に落ちないところがある。


「なんで今なんだろう?」


「え?」っとフランベールが俺を見てくる。

 ローエとカティアも。


 焚き火がパチパチと弾ける中、俺は疑問を口にした。


「報復なのは分かるけど、それがなんで今なのか分からない。あいつらじゃブルードラゴンやリザードマンにも勝てないのに」


「……勝てる見込みがあるから、だったりしないか?」


 カティアが言ったが、その線は確かにありそうだ。

 いや、むしろそうでなければ納得ができない。


 現にいまS級ドラゴンどもは森の奥へと消えている。

 そこへ追撃するようにA級ドラゴンの新しい痕跡が残っていた。


 まさか……A級ドラゴンごときに撤退しているとでもいうのだろうか?


 仮に本当にそうだとしたら、なぜそこまでS級ドラゴンが弱っているのかが分からない。


 いったいA級ドラゴンは、何をチャンスと見て今更ながら攻勢に出たのだろう?


 俺達のように鍛練して強くなったなどという馬鹿な話はないだろうが……


「……そうかもしれないけど、断定できるほどの情報がないな。分からないことが増えた」


 本当に何が起きているんだ?

 謎が深まるばかりだ。


 出発してから想定外の事態が重なっている。

 S級ドラゴンの不在。

 A級ドラゴンの存在。

 

 丸一日ずっと馬で走っていて、ただの一匹もドラゴンと出会わなかった。

 こんなこと初めてである。


 想定外の事態が二度三度と重なれば、作戦の変更も余儀なくされる。

 これ以上は勘弁してほしいものだが。

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