第110話 対面
ゼクードたち【フォルス隊】が出撃してからしばらく。
グリータは頼まれていたカーティス達の面倒をレィナとリーネとで見ていた。
しかし困ったことに。
この赤ちゃんたちはさっきからずっと泣き続けている。
グリータたちにはとっくに慣れているはずなのに、どうしたことか。
「どうしたのかしら……この子たちがこんなに泣くなんて」
カーティスを抱っこしたレィナが言う。
グリータもレミーベールを抱きながら首を傾げた。
「お腹空いたんじゃねぇのか?」
「それはないですよ。さっきあげましたけど泣くだけで食べませんでした」
グロリアをあやしながらリーネが言った。
じゃあなんでこんなに泣いてるんだろう?
やはり赤ちゃんなりに父親や母親達の不在が分かっているのだろうか?
なんにせよ泣き方が今までと違う。
なんというか、親を必死に呼んでいるような泣き方のような気がする。
……
…………
……………………
まさか、ゼクード達の身に何かが?
あいつらに限ってそんなことはないと思うのだが、今回は相手が相手だ。
気のせいならいいのだが……
「グリータくん! レィナくん!」
突如として部屋に入ってきたのはガイス隊長だった。
何事かとグリータは彼を見る。
「ガイス隊長? どうしたんです?」
「聞いてくれ。外でドラゴンの気配がまるでない」
「え!?」
みなが驚いた。
赤ちゃんたちの鳴き声が響く中、ガイスは構わず続ける。
「周辺の見張りからの報告だが、今日は異常と言ってもいいほどドラゴンが見当たらないらしい」
「一匹もですか?」
レィナが聞いた。
ガイスは頷く。
「奥へ向かった【フォルス隊】が全滅させたのかと思ったが、それにしてはドラゴンの死体も見つからない。何か嫌な予感がするから警備を強化することした」
そんなガイスの言葉を聞いて、赤ちゃん達の鳴き声が脳に浸透する。
ドラゴンの気配がない。
泣き止まない赤ちゃん。
二つの異常事態。
まるで関連性のないものだが、なぜか胸騒ぎがした。
やっぱりゼクード達に何かあったんじゃないだろうか?
そんな不安を覚え、赤ちゃん達の鳴き声がそれをさらに掻き立てる。
なぜだろう?
嫌な汗が出る。
ゼクードお前……大丈夫だよな?
『一年A組』の生き残りであり、ただ一人の親友となったゼクード。
これ以上ダチが死ぬのは勘弁してほしい。
それにレミーベール達はどうなる?
「グリータくんとレィナくんも出てくれ。我々の部隊は南方角の警備を担当する」
「はっ! すぐに準備します!」
泣くカーティスをあやし続けながら口でレィナが答えた。
だがグリータはガイスに首を振った。
「ガイスさん。警備の強化より【フォルス隊】の救援に向かった方がいいと思います」
「なに? どういうことだ?」
ガイスだけでなくレィナやリーネまでこちらを見てくる。
「根拠はないんですけど……オレも嫌な予感がするんです。ゼクードの子供たちがずっと泣いてるんですよ」
「泣いている?」
「まるで親を必死に呼んでいるような泣き方で……もしかしたらゼクードたちに何かあったのかもしれません」
「普段はこんなに泣かないのか?」
ガイスがリーネを見て聞くと、彼女は慌てて頷いた。
「はい。今日はちょっと異常です。こんなに泣く子たちじゃないんですが……」
ガイスは腕を組んで黙り込んだ。
どうやら救援の件について悩んでいるようで、グリータはとっさに付け足す。
「あの、お願いします! 責任ならオレが取りますから、どうか!」
するとガイスは首を振った。
「いや……実は私も嫌な予感がしていた。もしかしたらこの子たちは、それを教えてくれているのかもしれない」
「っ! じゃあ!」
顔を上げたグリータにガイスは頷いた。
「国王さまに話そう。部隊をまとめて【フォルス隊】の救援に向かう。準備を急ぐんだ!」
なんて話の分かる隊長だ。
良い隊長に恵まれたと心から感謝しながらグリータは「はっ!」と腹から声を出して準備を急いだ。
待ってろよゼクード。
いま助けに行くからな!
※
俺たち【フォルス隊】は朝になるまでキャンプで待機していたが──そのまま何事なく本当に朝になってしまった。
信じられない。
見張りは交代でやっていたが、まったくドラゴンが現れる気配がない。
やはり奴らは森の奥へ向かってそのままのようだ。
俺たちはキャンプを片付け、昨日見つけた森の道へと向かう。
昨日までは馬での進軍を諦めていたのだが、この道を見つけてからそれは無くなった。
十~二十メートルもあるイチイチ巨体なドラゴンどもが通る道だ。
馬が通るには十分過ぎる広さと道の平坦さがあった。
俺が先頭。
左右にローエとカティア。
背後にはフランベール。
前衛三人と後衛一人の隊列で森を進軍する。
──隊列を組む必要性を感じないほど平和だが。
「この先にディザスタードラゴンが……」
背後を歩くフランベールが呟いた。
たしかにこのまま進んで発見できたらそれでいいのだが……まだ戦闘用の洞窟を発見できてない。
ディザスタードラゴンの巣を特定できたら、今度は洞窟を探さねばならない。
帰還はその後になるだろう。
あと今日と明日しかない。
達成できるだろうか?
三日間はさすがに見積もりが甘かったかと内心で反省すると、俺の左隣のローエが森を見渡しながら口を開いてきた。
「いったいどんな巣に住んでいるのかしら」
そんな彼女の疑問に俺は答える。
「たぶん、想像してるよりも素朴だと思うな」
「どうしてそう思う?」
右隣のカティアに聞かれ、俺は自分なりの想像を教える。
「ディザスタードラゴンは頭が良いから、洞窟とか屋根のある場所には巣を作らないと思う。最大の武器である雷が撃てなくなるからな。巣を作るとしたら広くて見渡しの良い場所になる」
むしろ奴ほどのドラゴンなら、草原のど真ん中に巣を置いても大丈夫な気がする。
隠れる場所のない草原は、逆に言えば外敵にも隠れる場所がないということになる。
雷の良い的だろう。
「ま、ぜんぶ憶測だけどな」
「いや、私もそう思う」
「ですわね」
「うん」
俺の予想に全員が同意してくれて、妙な救いを感じた。
それからしばらく口数を減らして進む。
数時間にも及ぶ平和な進軍だったが──
「──静かだ」
俺は周囲の異様な静けさに気づいた。
カティア達も気づいたらしく、辺りを警戒する。
先程まで小鳥のさえずりが聞こえていたのだが、今は不気味なほど無音になっている。
空気が変わった。
こんな時は何かしら潜んでいる。
経験上、必ず。
俺は部下たちに下馬の指示を出し、武器を展開させ警戒を強めさせる。
足元を見れば、つい最近のものらしい痕跡があった。
その痕跡は足跡である。
大きさ形状からしてA級ドラゴンに間違いない。
S級ドラゴンの足跡は依然として森の奥へと続いているが、このA級ドラゴンの足跡だけは道を外れて曲がっている。
それもあちこちに。
道無き茂みの奥へバラバラに散ったようだ。
A級ドラゴンはここで散開している。
S級ドラゴンを追跡をしていたわけじゃないらしい。
足跡の新しさに差がありすぎる。
A級ドラゴンも俺達と同じでS級ドラゴンの痕跡を辿ってきただけの可能性が出てきた。
それに少しずつ近づいてくるピリピリとした空気。
これは殺気だ。
しかも複数で、道を挟んだ左右の森から気配を感じる。
「挟まれてるな」
「A級なら問題ない」
即答のカティア。
頼もしい限りである。
ガサリと近くの茂みが蠢いて、俺達は武器を構え、敵の襲撃に備えた。
ゆっくりと出てきたのは、二年ぶりに見た赤い鱗のドラゴン。
ニメートルほどしかない、今見ればとてつもなく小さく感じるA級ドラゴンだった。
先陣切って出てきたそのA級ドラゴンは眉間に傷痕が残っている手負いのドラゴンだった。
……いや、よく見ると古い傷痕みたいだ。
最近受けた傷ではないらしい。
俺はその傷痕のドラゴンと睨み合い、しばらくしてから他のA級ドラゴンもゾロゾロと茂みから出てきた。
まだ茂みの奥にも何体かいる。
かなりの数のようだ。
全てのドラゴンが威嚇してくる中、俺達は涼しい顔をして奴等が掛かってくることを待った。
ロングブレードを肩に乗せ、余裕たっぷりの隙を見せた。
しかし、奴等は迂闊に攻めてこない。
前に出ようとした一匹のドラゴンがいたが、傷痕のドラゴンがそれを阻止して引っ込めさせた。
来れば一瞬でミンチにしてやるつもりだったのだが。
どうやらあの傷痕のドラゴンがこの群のリーダーをやっているようである。
凄いな。
A級ドラゴンは同格の相手には決して従わないはずだったのに。
しかもこの傷痕のドラゴン、なかなか弁えている。
俺達を挟み撃ちにして数の有利もあるのに襲ってこない。仲間にも襲わせない。
力の差というものを分かっているようだ。
俺達には勝てないと。
数分ほど俺と睨み合いをしてから、その傷痕のドラゴンは吼えた。
すると周囲のA級ドラゴンが一斉に身を引いていく。
その傷痕のドラゴンも俺から目を離さず、ゆっくりと後ずさって森の奥へと消えて行った。
俺は構えを解いて、小さく息を吐く。
「しばらく見ないうちに随分と賢くなったな。あいつら」
「昔なら構わず襲ってきただろうしね」
フランベールが大弓を背に戻しながら言った。
たしかに、昔なら襲って来ただろう。
昔の俺達は今ほど強くないから。
今はS級ドラゴンをも軽く討伐できるほど強くなった。
そんな俺たちにA級ドラゴンは圧倒的な何かを感じたのかもしれない。
森へ消えたA級ドラゴンの気配は、どうにも俺たちと同じ方角へ進んで行っている。
この一本道の奥だ。
やはり奴らもディザスタードラゴンが狙いなのか?
しかし、見たところ特に強くなってるわけでもなさそうだった。
傷痕のドラゴンというリーダーを得ただけで、他はとくに変わってない。
あれではやはりディザスタードラゴンどころか、取り巻きのS級ドラゴンにすら太刀打ちできないだろう。
奴らの狙いが分からん。
答えは出ないまま、俺達は警戒を強めて前進した。
数分ほど進むと、次第に空気に圧力のような重みが加わり始め、前進をピリピリと痺れさせてくる。
やっと森の出口が見えてきたのだが、焼けるような殺気がこの先に充満している。
A級ドラゴンの比ではない圧倒的な殺気だ。
俺は直感的にディザスタードラゴンの存在を確信する。
今の俺たちを戦慄させられるとしたら、もう奴しかいないのだから。
馬を待機させ、俺達は森を抜けた。
その先にはS級ドラゴンの群と、その中心に君臨する例の竜が。
ついに俺は相まみえた。
親父の仇である白銀のドラゴン。
ディザスタードラゴンの姿が。
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