第111話 まさかの乱入者!

 そこは森に囲まれた、赤い花びらが舞う広大な花園だった。

 ドラゴンには不似合いな美しい花が咲き乱れている。


「随分と……洒落た場所に住んでるんだな」


 近くの茂みに隠れながら俺は呟いた。

 

 花畑には大群のS級ドラゴンが密集しており、その中央には護られるかのようにディザスタードラゴンが佇む。


 ようやく会えた父の仇。

 花の香りを含んだ殺気のような空気。

 それはあいつから発せられている。


 三十メートルにも及ぶ竜は白銀の竜鱗を煌めかせ、翼を畳んで腹を撫でている。


 奴の周囲にいるS級ドラゴンどもが好き勝手に吠えていてうるさいのだが、奴らは揃ってディザスタードラゴンから離れようとしない。


 まるで本当に守っているようだ。

 べつに弱っているようにも見えないが、なぜだ?


「パッと見、どれだけいる?」


 後ろのカティアに聞かれ、俺は本当にパッと見て判断した。


「500……以上、かな」


 望遠鏡を覗き込むとブルードラゴンとリザードマンばかり。

 二種の竜が約500匹。

 もっといるだろうが、だいたいそのくらいだ。

 やはり過去の黒いS級ドラゴンや超大型ドラゴンはいない。

 

 想定の範囲内だが、あの数を相手にするには戦力不足も甚だしい。

 風向きのおかげか、幸い奴らは俺たちに気づいていない。

 ここは大人しく離脱しよう。


 ディザスタードラゴンの居場所を特定するという最大の目的は達成できたのだから。


「居場所は特定できた。撤退するぞ」


「っ!? お待ちになって隊長! ディザスタードラゴンの腹部に影がありますわ!」


「影?」


 同じく望遠鏡の覗くローエに言われて、俺も視点をディザスタードラゴンの腹部に向ける。


 奴が愛しそうに撫でているその腹部は、白銀の竜鱗が半透明になっていた。

 おかげで中の様子が多少なり見える。

 そしてそこには小さな影が本当にあった。


 赤子のようにうずくまるその影は、まるで人のような形をしている。

 

 リザードマンの赤ちゃんを身籠っているのだろうか?

 それにしてはやたら小さく感じるが、まだ大きくなるのかもしれない。


「お腹に子供がいるのか!? バカな……ドラゴンは卵生のはずだぞ!」


 確認したカティアが驚愕の声を上げた。

 俺も言われて思い出した。


 そうだった。

 ドラゴンは普通、卵から生まれてくるはず。

 ディザスタードラゴンは違うのか?

 奴だけ例外だとでも?


 真理は分からないが、これでS級ドラゴンが群れになってディザスタードラゴンを守っている理由が分かった。

 ディザスタードラゴンは子供を妊娠している。

 だからか。


 あいつやっぱりメスだったんだ。


 これはチャンスではないか?

 もし奴が人間と同じで妊娠時は魔法が使えなくなるなら、あの厄介な雷は今は撃ってこられないはず。


 あくまであの雷がローエの仮説通り【攻撃魔法】であるなら、だが。


 それに仮にそうだとしても、奴の周りには500のS級ドラゴンが守りについている。


 あれを四人で突破するのは、果たして可能なのだろうか?

 いや、そのための最強メンバーなのだが……


「チャンスと言えばチャンスだが……四人で勝てると思うか?」


 俺は仲間たちにそれとなく聞いてみる。

 するとカティアが先に口を開いた。


「私が雑魚を引き付ける。隊長はローエとフランベールを連れてディザスタードラゴンの攻撃へ」


「またそんな危ないこと言う。ダメだってそんな死にそうな作戦は」


「しかし隊長。これはまたとないチャンスだぞ? これをみすみす逃す手はない」


「そうだけど……何も確信がないだろう? 雷が魔法だと確定したわけじゃないし、妊娠してるからって人間と同じように魔法が使えなくなってるとは限らない。それに……」


 俺はまた望遠鏡を覗き、奴の腹部を見た。

 黒い皮膚の赤子が母の中で眠っている。

 ドラゴンにしては小さい。

 人間サイズだ。

 

 あのサイズならば、まだ生まれてくることは無さそうだが……あれは本当にリザードマンの赤ちゃんなのか?


 皮膚が黒いというのが引っかかる。

 リザードマンの赤ちゃんなら赤いはずだが、まだ成体じゃないからだろうか?


 成体になったら色が変わる動物はけっこういるみたいだし。


「あいつの身籠ってる赤ちゃんだが、本当にリザードマン系の赤ちゃんか?」


「ううん。違うと思う」


 答えたのはフランベールで、俺が彼女を見ると理由を話し始めた。


「A級ドラゴンの皮膚は赤い。生えてくる鱗も赤い。S級のブルードラゴンやリザードマンもそのへんは同じだから、あの黒い赤ちゃんは、たぶん新しいタイプのドラゴンだと思う」


「新しいタイプのドラゴン……」


 俺の言葉にフランベールは頷く。

 ここに来てまさかの新種か。

 予想はしていたが。


「見たところリザードマンをさらに小型化させたようなタイプだね。それに生まれるまでもう時間も無さそう」


「え? どうして分かりますの?」


 ローエの問いにフランベールはS級ドラゴンの群れを指差す。


「少し前までS級ドラゴンは外をウロついていただけだよね? それが急にディザスタードラゴンの護衛についた。たぶん、本当に出産が近いんだと思う」


 フランベールの説明に俺やローエ、カティアがディザスタードラゴンを見た。

 言われて見ると確かに、お腹のドラゴンはいつ生まれてもおかしくないほど形状がハッキリしている。

 ほぼ出来上がっているようにも見える。


「あとやっぱりS級ドラゴンが護衛に付かなきゃいけないほど弱体化してる可能性もあるね。本当に雷が使えないのかも」


「叩くなら今しかないってことか」


 俺が言うとフランベールは頷いた。


「うん。それにあのサイズなら【ヨコアナ】に入れる。隠れてる人間を殺すこともできるよ。あれを放置するのはマズイね」


 フランベールの言葉に全員が息を呑んだ。

 そうだ。あのサイズなら【ヨコアナ】に侵入できる。


 侵入されればカーティス達が。

 グリータ達が。

 国王さまが危ない。


 考えてる暇は無さそうだ。

 弱体化している可能性に賭けて、腹を括ろう。


「わかった。なら俺が500匹を引き付ける。その間にみんなはディザスタードラゴンを討て!」


「隊長!?」


 カティアが驚くが、俺は立ち上がってロングブレードを肩に乗せた。


「大丈夫だ。任せろ。全滅させてくるから、そっちは頼んだぜ」


 本当は俺の手で仇をとりたい所だが、カティアたちにとってもディザスタードラゴンは仇である。


 嫁に親父の仇を討って貰えるなら、それはそれでいい。


 それに今回の場合は弱体化したディザスタードラゴンより、500もいるS級ドラゴンの相手の方が遥かに危険だ。


 全滅を視野に入れるなら俺が妥当だろう。


 俺は茂みから身をさらけ出すと、ほぼ同時にドラゴンどもの咆哮が飛んできた。


 見つかった。早いな。

 だが、望むところだ!

 かかってこいザコども!


 そう思っていたのだが、先ほどの咆哮は俺に対してではなかった。


 森の中からA級ドラゴンが一斉に飛び出してきていた。

 驚くのも束の間、A級ドラゴンどもはS級ドラゴン目掛けて火球を吐き散らす。


 瞬く間にA級ドラゴン軍とS級ドラゴン軍の戦いが勃発した!

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