第119話 ラストバトル!
「ぐあああああああああああ!」
眼球が裂ける痛み。
その激痛に耐えきれず、俺は声が裏返るほど絶叫した。
相討ち、だと!?
熱と痛みで悶えながら、片眼を手でなんとか覆う。
果たして地面に血が滴り落ちた。
片眼の視力を失った……途方もない一生物の損失感が俺を襲う。
片眼は、あまりにも大きい代償だった。
だけど人型ドラゴンの顔は、吹き飛ばしてやった。
これで奴は再生できずに終わりだ。
俺はゆっくりと振り返った。
そこには首から上が無くなった……人型ドラゴンの身体があった。
最後の最後まで器用な奴だ。
立ったまま死んでやがる。
どこまでも足癖の悪いドラゴンだったな。
勝てて良かった。
本当に。
「ぅ、ブホッ! ゲボッ!」
大量に吐血した。
足も震えだして膝を付く。
ロングブレードを地面に突き刺して、なんとか倒れそうな全身を支えた。
これは、想像以上に身体のダメージが深刻だ。
長時間戦闘による疲労もあるだろう。
ここで仕留められて、本当に良かった。
これ以上長引いていたら──
──突如、悪寒が走った。
俺はまた、人型ドラゴンの方へ視線を向ける。
首のない人型ドラゴンの全身が、痙攣を始めた。
「!?」
首から溢れる血が、熱を持ったようにブクブクと沸騰し始める。
「な……」
血管らしい細い糸が血の中から現れ、それらが複雑に絡み合うと……ついには消滅したはずの人型ドラゴンの頭部となった。
ギョロっと赤い瞳が俺を捉える。
その顔は、まるで『残念だったな』と嗤っているようだった。
再生してしまった。
顔まで。
脳まで。
「嘘だろ……お前……」
ふざけんなよ……
こんな奴、どうやって……
次の瞬間!
無慈悲な人型ドラゴンの蹴りが、音速の壁を越えて飛んできた!
「――っ!」
それは腹に直撃し、俺は吹き飛んだ。
「がっ!」
吹き飛んでいる最中にも奴の攻撃は続いた。
上からだ。
俺がまだ吹き飛んでいる最中だというのに追い付いてきて、上空からのカカト落としを放ってきた。
それは肩に直撃し、全身ごと地面に叩き付けられた。
「うがっ!」
あまりの衝撃に地面をバウンドした。
そんな俺を人型ドラゴンはさらに追撃する。
それは遠心力の乗ったフルパワーの回し蹴りだった。
受けた鎧が弾けとんで、それでも威力を殺せず俺はまたも吹き飛ばされた。
受け身を取ろうとするも手に力が入らず失敗し、地面を無様に転がる。
ついに鎧が壊れた。
もう全身に力も入らない。
痛みが混雑し過ぎて、もはやどこが一番痛いのかすら分からない。
息も上がりっぱなしで回復が追い付かない。
人型ドラゴンの足音が聴こえる。
やばい。
早く、立たないと……。
しかし、顔を上げるのが精一杯だった。
残った右眼に映ったのは、片手を天に掲げた人型ドラゴンの姿。
何を……している?
天を見やれば、雲が密集し始めていた。
その雲は夕日の空を覆い尽くし、急速に黒くなって雷を轟かせ始めた。
ここにきて……【それ】かよ。
俺は歯を食い縛り、そして絶望した。
【雷】を操る魔法を、奴はしっかり受け継いでいた。
あんな魔法、どうやって対処すればいい?
俺にトドメを刺すつもりだ。
確実に、完全に。
片眼を失い、鎧は破損。
疲労は極限状態。
内臓もやられて、全身は震えの止まらない満身創痍だ。
……たとえ俺が万全だったとしても、どのみち奴の再生能力を上回ることはできない。
そんな攻撃力は、ない。
黒雲が頭上で渦巻き、いよいよ摩擦で雷の轟きが激しくなってきた。
ここで死んだら、親父と変わらないな……俺……
俺が負けたら、誰がこいつを止めるんだろう……
誰も……止められない……
殺されてしまう……
みんな……
死を目前にして脳裏に浮かんだのは、やはりヨコアナに残してきたカーティス・グロリア・レミーベールだった。
また……会いたかったな……
親父も……こんな気持ちで死んだのかな?
父さん……俺………………――――
「ゼクードオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!」
──ぇ?
「立てよオイ! 死ぬぞ! なに諦めてんだよお前っ! 立てよおおおおおおおおおお!」
この声は……
「立ってくれよゼクード! 頼む! オレまだ死にたくねぇよ!」
グリータ……
「お前で勝てなきゃ誰が! 誰が勝てるんだよ!」
……お前
「頼む立ってくれええええ! やっと彼女が出来たんだよ! これからなんだよ! オレの人生は! だからまだ死にたくねぇよ! まだ! まだまだ死にたくねぇよおおおお!」
ぁぁ……こいつ……やっぱダッセェなぁ……
刹那、ゼクードに雷が落ちた。
※
それは蒼白い閃光だった。
ゼクードはその光に飲み込まれ、影も形も見えなくなった。
「ゼクードオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」
叫びながらも、あまりの眩しさにグリータは目を閉じた。
これは例のディザスタードラゴンが使っていた【雷】だ。
なんであんな小さなドラゴンがあれを!?
そんな疑問もあったが、今のグリータには些細なことだった。
それよりもゼクードが【雷】の直撃を受けたことの方が遥かに重大で。
……ゼクード?
嘘だろ?
ゼクードが、
あのゼクードが、やられたのか?
この世の終わりさえ感じるゼクードの死。
直視したくない現実。
嘘だ……嘘だ……っ!
あいつが負けるなんて……
有り得ない……
だってあいつは……天才なのに……
「ゼクード……」
呟きながら、そっと目を開けた。
そこには──
「お前やっぱダッセェなグリータ」
「っ!?」
片手を天に上げたゼクードが、立っていた。
その片手には黒い渦が発生している。
「もらったぜ……お前の力!」
人型ドラゴンに言い放ち、ゼクードはそのまま【カオス・エンチャント】を唱えた。
そして光だすロングブレードを構え、刃に蒼白い光をスパークさせる。
対する人型ドラゴンは、何が起きたのか理解できていない様子だった。
獲物を仕留めるための一撃を当てたのに、ゼクードが生きていた。
だから困惑して当然なのだが。
しかし人型ドラゴンはすぐに気を取り戻し、ゼクードに向かって蹴りを放つ。
それはあまりにも速く、グリータには見えない攻撃だったが、ゼクードは僅かな身体捌きのみでそれを回避した。
次いで人型ドラゴンの胸部にゼクードが狙いを定める!
「【
切っ先が敵の胸を貫いた!
そして人型ドラゴンの全身を【雷】が走る!
断末魔のような悲鳴を上げる人型ドラゴンは、数秒の間に内部から全身を焼かれ、細胞を焼かれ、ついには焼死体と化した。
さらに黒くなった人型ドラゴンは倒れた。
ゼクードもロングブレードの【カオスエンチャント】を解除し、カチンと鞘に納めた。
勝ったんだ……
勝ったんだゼクードのやつ……
本当に……
オレ、生きてるよな……
はは……
グリータは何故か身体の震えが止まらなかった。
そんな男に、満身創痍のゼクードが寄ってきて、手を差し伸べてくれた。
「大丈夫かグリータ?」
……どう見てもゼクードの方が重傷なのに。
「ゼクードお前……片眼が……」
「ん? ああ、うん。やっちまった。あいつデタラメに強かったからさ。でもまぁ、勝てたから別にいいさ」
ぁぁ……こいつ……やっぱカッケェなぁ……
グリータはゼクードの手を掴み、立ち上がった。
するとゼクードがふらついて、グリータに寄りかかってきた。
「お、おいゼクード! 大丈夫か!」
「無理。もうマジで無理。立てない。歩けない。死にそう。グリータ抱っこして」
「ちょ、バカ! のぼってくんな! 重っ! 元気じゃねぇか!」
「あ~、あとよろしく。寝る」
言ってすぐゼクードは人の背中で本当に寝てしまった。
驚異的な速さである。
どれだけゼクードが無理をしていたか、この速さでグリータは分かった。
あの体力バカのゼクードが、こんなにも疲れきっているなんて。
「ったく……………………お疲れさん」
たった一人のクラスメイト。
たった一人の親友。
凡人は天才を乗せて、仲間の元へ帰って行った。
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