第118話 失明
ゼクードが人型ドラゴンを抑えている間、残りのS級ドラゴンはフランベールが単騎で応戦していた。
敵の残りはまだ300ほど。
A級ドラゴンどももリーダーの消滅で、結局敗走を始めている。
フランベールだけで片付けられる数じゃない。
急いで加勢しなくては。
「ぅ、ぼはっ!」
走ろうとしたローエは吐血した。
口から吐き出た赤い液体が地面を濡らす。
口から血が……。
どうやら先ほど腹にくらった蹴りのせいで内臓をやられたらしい。
痛いとは思っていたが、思っていた以上にダメージがあったようだ。
だが、出産の痛みに比べればこんなもの!
「ローエ、大丈夫か!?」
こちらに来てくれたのはカティアだった。
彼女もまたダメージの深刻そうな満身創痍の状態となっている。
頭を切ったらしく、顔面が流血だらけだ。
「カティア……あなたこそ」
「こんなもの、出産の痛みに比べればどうってことはない!」
思わず吹きそうになった。
同じ事を思って自らを奮い立たせていたのだから。
「ふふ……そうですわね。さぁ、行きましょう。動けるフランを中心にしてバックアップに専念しますわ」
「了解だ。だが間違っても死ぬなよローエ。これ以上……家族を失うのはごめんだ」
「その言葉……そっくり返しますわ」
場違いな笑顔でそう返した。
カティアもフッと笑う。
「行くぞ!」
「ええ!」
家族の絆を確認し合ったカティアとローエは、たった一人で戦うフランベールの加勢に走った。
戦場となった花畑はすでに炎の海と化し、空に黒煙を立ち上げ続けた。
※
【フォルス隊】の救援に来ていたグリータは、レィナやガイス、他のS級騎士たちを何十人と引き連れていた。
森の一本道をひたすら進み、日が沈み出す時刻になった。
そこでようやく南の奥から黒煙が上がっているのを発見した。
「あれを見ろ!」
「黒煙が上がってるぞ!」
仲間たちがざわめき出す。
グリータは後ろのガイスとレィナに振り向いた。
察したように二人は同時に頷く。
あの黒煙の元に【フォルス隊】は居る。
こんな奥地まで来た以上、黒煙が上がる要因など人間とドラゴンが争っている他はない。
「みんな行こう!」
グリータは先頭に立ち、部隊を率いて森の一本道をさらに突き進んだ。
そして森を抜けた。
その先の光景にグリータは目を見開く。
「なんだ……これ……」
火の海となっていたその場所には、リザードマンとブルードラゴンの亡骸が大量に転がっていた。
百や二百なんて数じゃない。
300……いや、500は優に越えている。
これだけの数を相手に、みんな倒したのか。
「これは……【フォルス隊】がやったのか?」
後続のガイスが前に出て来て、信じられない様子で言った。
「たぶん……」
グリータもそう答えるしかなかった。
そもそもあの部隊ぐらいしか、こんな真似できないだろうし。
「姉さま!」
いきなり叫んだのはレィナで、グリータとガイスの脇をすり抜けて走って行った。
彼女の向かう先には、見覚えのある三人の女騎士が倒れていた。
「あれは!」
「フランベールくん!」
グリータとガイスも、レィナに続いて走り出した。
後続のS級騎士たちも続く。
「姉さま! カティア姉さま!」
倒れるカティアを抱き起こし呼び続けるレィナだが、彼女は目を覚まさない。
外傷が酷い。
鎧が溶けていたり、火傷を負っていたり、何より出血の量がヤバイ。
これだけの数のS級ドラゴンを相手にし、全滅させたところで三人とも力尽きたようだ。
激戦を思わせる満身創痍だが、みんなまだ息はしている。
良かった。
「なんでこんな無茶を……」
偵察任務だったのになぜ仕掛けたのか。
見つかってやむなく応戦したのだろうか?
たった3人で500匹以上もいるS級ドラゴンを全滅させるとは。
どういう訳か。
A級ドラゴンの死体も混じっている。
こいつらまだいたのか。
「医療道具を持ってる奴はこっちに来てくれ! 酷い傷だ! 手当てをしてほしい!」
「了解! すぐ行く!」
味方に指示を飛ばしてから、グリータはゼクードがいないことに気づいた。
隊長のあいつはどこだ?
燃えてバチンと弾ける木を見ると、その奥で爆音が轟いた。
派手な土煙が上がっている。
どう見ても戦塵だ。
まさか。
「ゼクード……なのか?」
グリータは呟くと、さらに地鳴りがして爆音が鳴り響く。
ガイスやレィナたちもそれに気づいて、みながその方角を見やる。
「義兄さま……まだ戦ってるの?」
レィナの言葉にグリータは「みたいだ」と返した。
「ディザスタードラゴンとやり合ってるんじゃ……」
「いや、それはない」
ガイスに言葉を遮られ、グリータは彼を見た。
するとガイスはある方角を指差し、グリータはそこを注視する。
燃え盛る炎の中に白銀の竜が倒れていた。
ディザスタードラゴンである。
な……どういう事だ?
ここに奴の死体がある?
するとまた爆音が響き、戦塵が立った。
「ゼクードの奴、何と戦っているんだ?」
「わからん。だが、ここの三人の状態を見るに、開戦からかなりの時間が経っている。それなのにまだ……あのゼクード隊長が【仕留め切れていない相手】がいる」
ガイスの説明に背筋がゾッとした。
「ディザスタードラゴンよりヤバい奴がいたってことですか?」
グリータが聞くとガイスは頷く。
「おそらくな。ここにゼクード隊長がいないのも、力尽きた三人を巻き込まないようにするためだろう」
「戦塵はそんなに遠くありません。早く加勢に行きましょう!」
レィナがそんなことを言い出した。
グリータはすぐに反対する。
「ダメだ! SSS級のゼクードが苦戦してるんだぞ。オレたちが行っても足を引っ張るだけだ」
「で、でももし義兄さまがやられたら……」
「ああ……人類は今度こそ終わりだろうな」
断言し、それでもゼクードが負けるとは、グリータは思っていなかった。
あの忌々しい天才が負けるとは、どうしても思えない。
悔しいけど男として憧れていた存在でもある。
だから──いや、でも、アイツだって人間だ……
もし英雄フォレッドのように、帰ってこなかったら……
──爆音がまたも轟く。
しかも今度は近い。
グリータは胸騒ぎがして、その場を駆け出した。
「グリータ!?」
「グリータくん!?」
ガイスとレィナの声を聴いたが、グリータは立ち止まらなかった。
そして間もなく……また爆音が鳴った。
何本もの木が倒れる轟音も響いた。
※
「ぅ……ぐ……ッブハァッ!」
俺は吐血した。
足元の草木が赤く染まる。
また音速の蹴りを食らってしまった。
あまりの威力に吹き飛ばされ、何本もの木を貫通させられた。
背中と腹が激痛でくっ付きそうだ。
もうどれだけ戦ってるんだ俺は?
全身の感覚がおかしい。
衝撃と激痛の板挟みで意識が飛びそうだ。
ローエたちは無事なのか?
ダメだ。
息が上がりっぱなしだ。
コイツがまるで休ませてくれない。
人型ドラゴン。
こちらの消耗に対し、奴はまだまだピンピンしている。
再生能力が厄介過ぎて、斬っても斬っても回復される。
しまいには動きそのものの速さが増していった。
おかげでこのザマだ。
再生させないために頭を狙っているが、人型ドラゴンは頭だけはガードが固い。
頭だけは直撃を避けている。
つまり弱点であるという証明なのだが。
まるで当たってくれない。
人型ドラゴンは、木に寄りかかって座る俺を見て、ゆっくりと近づいてきた。
俺は奴が間合いに入った瞬間に【ダークマター】を足下に向かって撃ち放った。
地面に直撃した【ダークマター】は土煙を舞い上がらせ、人型ドラゴンの視界を奪った。
「これならっ!」
死角からの【真・竜突き】を放った。
頭を狙ったその刺突は、奴の眉間に届く前に刃を掴まれ止められた。
嘘だろこいつ! と内心で驚愕した一秒後には俺は宙を舞っていた。
投げられたのだ。
掴まれたロングブレードごと。
しかも片手で。
俺は宙を何度か回転してから地面に着地した。
その着地の硬直を人型ドラゴンが見逃すはずもなく、またも一瞬で肉薄し音速の蹴りを食らわされた。
俺は食らう直前に後ろへ飛んでダメージを軽減した。
それでもなお勢いが止まらず、地面を転がった。
何度も食らっておいて良く生きているとさえ思う。
オリハルコンシリーズ様々である。
すでにあちこちヘコんでいるが、この装備じゃなかったらとっくに死んでいただろう。
俺は激痛だらけの全身をなんとか起こし、こちらに迫りくる人型ドラゴンを睨んだ。
一か八かやってみるか。
俺は片手を前に突き出し、人型ドラゴンに向かって唱えた。
「【ブラックホール】!」
掌に黒い渦が発生し、それは人型ドラゴンを吸引した。
人型ドラゴンは驚き【ブラックホール】の吸引力に足を取られる。
やはり人型なら体重もそこまでない!
吸い寄せられる!
いける!
奴の全身が浮いてこちらに吸い寄せられていく。
チャンスはこれしかない!
「もらったあああああああああ!」
凄まじい勢いで吸い寄せられてくる人型ドラゴンを、俺はすれ違い様に斬った。
人型ドラゴンの顔に何十もの一閃を浴びせ、ミンチにした。
奴の首から上が消滅する。
刹那!
ゼクードの片眼が斬られ、血の飛沫を上げた。
「ぐあああああああああああ!」
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