第129話 未知との遭遇
フランベールは【南】へ向かって走った。
【南東】と【南西】に向かったカティアとローエと別れ、前方にはゼクードが疾走する。
スピードを落とさぬよう彼の足跡を辿り、雪の妨害を避けながら進んだ。
狙ったかのような落ちてくる氷柱や、枝に積もった雪を回避し、仲間の信号が飛んだ方角へ急ぐ。
……また自分は【竜軍の森】を走っているんだと、心のどこかで懐かしい気持ちが沸いた。
前を走るゼクードの背中を見て、今度は自分が仲間を助ける側になっていると自覚する。
助けられるだろうか?
ゼクードくんのように……
一種の不安を胸に抱えながらも、それが試される試練の時はすぐ来た。
「フラン! あそこだ!」
ゼクードが指差す先には、巨木の少ない広間で何者かと戦うS級騎士たちの姿があった。
四人いて、みんな無事のようだ。
良かった。
救援が間に合った。
安堵したのも束の間。
彼らが戦っているのはどう見てもドラゴンのシルエットだった。
そいつは紫がかった青の竜鱗と外皮が美しいドラゴンだった。
まさに氷のようなドラゴンで、空を舞う翼も持っている。
やはり見たこともない新種だ。
こいつが雪の元凶か。
「俺はこのまま奥の味方の救援に向かう! フラン! ここは任せたぞ!」
ゼクードに任されて、それが妙に嬉しくて「了解!」と声が弾んだ。
速度を上げて駆け抜けていくゼクードを背に、フランベールも戦う味方の元へ急ぐ。
味方とドラゴンの距離を確認したフランベールは走りながら大弓を展開する。
【気】を纏わせた【アイスアロー】を瞬時につがえ、引き絞る。
「【アイス・ゼロストーム】!」
唱えて射ち放たれた氷の矢は風を切り、ドラゴンの目前で爆砕し散弾と化した。
最近考案した【アイスアロー・ショット】の遠距離強化版である。
わざわざ自身が接近しなくも高威力の散弾を叩き込める魔法射撃だが、味方が密集していると射ちにくい。
しかし今は味方と敵の距離はほどほどに離れていたから射った。
無数の氷柱と化したアイスアローはドラゴンの全身を襲い、全長20メートルはあろう巨体を吹き飛ばした。
「!? あ、フランベールさん!」
味方のS級騎士たちがこちらに気づき、歓喜の声を上げる。
「みんな下がって! あいつはわたしが抑えます!」
「フランベールさんだけなのですか!? 他の方は!?」
そうか。
彼らは知らないんだ。
他の部隊も救難信号を打ち上げていることを。
巨木の葉や枝に空を覆われたこの場所では気付く術もないだろう。
「他の部隊からも救難信号が上がっているの。他のみんなはそっちの救援に向かったわ。さぁ、急いで下がって」
「了解! おいみんな急げ!」
「「「了解!」」」
素早く撤退していく味方たち。
身の程を弁え、決して無理はしない彼らはゼクードの命令を忠実に守っていた。死なないという命令を。
「フランベールさん気をつけてください! 敵はそいつだけじゃありません! まだ周囲に女騎士たちが──」
女騎士たち?
刹那、吹き飛ばしたドラゴンが飛び起き、尻尾を振り回す。
その尻尾の尖端についた氷の結晶が打ち上げられ、空中で亀裂が走り出す。
「まずい! 全員防御! 捌き切れ!」
味方が叫ぶと、パァンと炸裂音が響いた。
次の瞬間にはダイヤモンドにも似た鋭利な結晶群が弾雨となってフランベールや味方たちに降り注ぐ。
「っ!?」
フランベールは咄嗟に二本の【アイスソード】を召喚し、無数に降り注ぐ氷の弾雨を捌いた。
「くそっ! 下がれ! 下がるんだ! オレたちがここに居てはフランベールさんが動けん!」
「了解!」
「わかってます!」
味方たちが氷の雨を捌きながら撤退していく。
そんな彼らに頼もしささえ感じたフランベールだったが、敵のドラゴンはそんな空気など読みもせず突撃してきた。
弾雨が止んだ瞬間を狙った噛みつき攻撃だった。
飛んでそれを回避したフランベールは、真下に来たドラゴンの頭部目掛けてアイスソードを落下突きする。
命中したが、頭部の竜頭骨は予想外に堅く、脳にまで刃が達しなかった。
ゼクードほどではないにせよ【気】を纏わせた【竜斬り】なのだが。
痛みで暴れだしたドラゴンがフランベールを捕まえようとする。
しかしそれを読んでいたフランベールは難なく掴みの手を回避し、アイスソードを二本とも逆手に持った。
そして暴れ狂うドラゴンの全身を這うように、全身の回転を活かし乱れ斬りをお見舞いする。
二本脚で立つドラゴンの首から右足へと切り刻み抜けていく。
右足を切り抜いた直後にドラゴンは転倒した。
よし。
頭部以外は比較的肉質が柔らかい。
倒せる!
そう思った瞬間、ドラゴンが顔を上げて青いブレスを放ってきた。
「うっ!」
持ち前の反応でギリギリ回避したそれは後ろの巨木に直撃した。
すると瞬く間にその巨木は凍結する。
あっという間に凍った!?
これがA級ドラゴンを氷漬けにした攻撃ね。
あんなのくらったら即死だわ。
フランベールを仕留め損ねたドラゴンは悔しさからか甲高い咆哮を発した。
鼓膜が破れそうになったフランベールは思わず耳を塞ぐ。
バサァと粉雪を散らし翼を広げたドラゴンは空へと逃げた。
フランベールには勝てないと悟ったのだろう。
しかし当のフランベールは逃がすつもりなど毛頭なかった。
「逃がさないわ!」
レミーベールやグロリアたちのため、この場で早期討伐できるなら討伐するまで!
「【アイス・ジャベリン】!」
巨大な氷槍を召喚し愛武器【ブルーブランド】につがえた。
それにありったけの【気】を送り込み、最大まで引き絞る。
空へと逃げ行くドラゴンを狙い、フランベールは目を細めた。
「【アイスジャベリン・ドラゴンストライク】!」
貫通に特化した巨槍が射ち抜かれ、ドラゴンの全身を貫いた。
直撃したドラゴンの両翼が力を無くして止まり、落ちてきた。
何本かの枝をへし折って落下し、ついにはフランベールの目の前に落ちて倒れた。
銀色の瞳は生気を無くし、何度か身体を痙攣させる。
ドラゴンの口からはフランベールの射った巨槍の尖端が露出していた。
大量の竜血を流し、やがて痙攣もしなくなり、ドラゴンは完全に息絶えた。
…………勝てた。
一人でも。
初めて見るS級ドラゴンに、一人で勝てた。
あれだけ魔法を使っても息が上がってない。
凄く強くなれてる。わたし。
今さらながら、そんな事に感動している自分がいた。
一人で勝てたことをゼクードに伝えたい気持ちでいっぱいになった。
しかし、敵がたまたま弱かっただけだと思い直し、少し冷静になる。
何にせよ早期討伐ができて良かった。
味方の犠牲もない。
完璧だ。
ただ一つ、S級騎士たちが言っていた『女騎士たち』というのが気になる。
わたしたち以外にもまだ生き残りの人間がいたというの?
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