第8話 裏の事情

「──今、なんて言った?」


 信じられないといった顔でカティアが聞いた。

 ローエ自身も先ほどのゼクードの発言が衝撃的過ぎで理解が追いついていなかった。

 なのでカティアのこの聞き返しは助かる。


「ですから、いま倒したコイツは一匹目じゃなくて五匹目なんですよ」


 ローエとカティアは顔を見合わせた。

 やはり聞き間違いではなかった、と。

 彼は五匹のドラゴンを討伐したと言っている。


 たしかにドラゴンだっていつも動き回っている。

 ゲートで聞いていた数より多くなっている場合など良くあること。


 だから一匹かと思っていたらもっといた!

 という展開に驚くことはない。


 信じられないのはそこじゃないのだ。

 こんな短時間で五匹ものドラゴンを倒してしまった彼が信じられない。


 いくら【S級騎士】と言えど、複数のドラゴンを一度に相手するのは危険だ。

 仲間がいないのなら尚更。

 背後や側面から襲われ、顔を一発で持っていかれて死ぬ可能性だってある。


 単騎で複数のドラゴンを相手にするというのは、騎士の間では愚行とされている。


 いや、でも、彼の先ほどの実力ならば単騎での複数討伐は可能だろう。

 そう思えるほどにゼクードの力量は凄まじかったから。


 おかげで五匹を討伐したという彼の言葉もまるで嘘に聞こえず、疑う気にすらなれなかった。


 内心では信じられない、認めたくないと言っているのに、圧倒的な剣技に魅せられて認めてしまっている。


 仮に五匹目が嘘だとしても、あれほどの強さならば一人の騎士として、いや隊長として認めざるを得ない。


「ぁ、五匹を倒した証拠ならありますよ? 向こうに死体が転がってますからね。案内しましょうか?」


「ぇ、ええ……なら、とりあえずお願いしますわ」


 案内された森の奥には、確かに4匹のドラゴンが息絶えていた。

 みんな見事なまでに身体をバラバラにされている。

 あの恐ろしく堅い竜鱗と竜骨をまとめて両断できるとは。

 

 ゼクードの持つロングブレードの切れ味が良いのか、それとも彼自身の技量故か。


「おい、最初の一匹目はどれくらいで討伐したんだ?」


 カティアが聞くとゼクードは頬を掻きながら口を開く。


「たぶん20秒くらいですかね」


「に……!」


 ローエとカティアはまた絶句してしまった。

 やはり、と予想していたにも拘わらず声が出なくなる。


 自分たちの討伐記録は1分と少し。

 なのに彼はたったの20秒。

 

「最初のドラゴンは運が良かったんですよ。俺好みの動きをしてくれたんです。いきなりブレス吐いてきて俺の【ブラックホール】でそれを吸収して、武器に【カオス・エンチャント】してそのまま顔面をぶった斬ってやりました」


 闇魔法の名称まじりで分かりにくい説明だったが、とりあえずそれでドラゴンを20秒で狩ったということだろう。


 ローエにとって今回の討伐時間は個人的にはベスト記録だった。

 無駄のない素晴らしい狩りだったと誇れるほど。


 なのにそれを容易く越えられた。

 このゼクードという一年生に。


 その事実に、心のどこかでショックを受けている自分がいた。

 彼より年上で、先に騎士として経験を積み上げてきたプライドもあったのだろう。

 心が痛かった。凄く締め付けられるような痛み。


 もちろんそんな心情であることは顔には出さない。

 あくまで平静を保つ。


 隣のカティアもおそらく同じ心情だろう。

 相変わらずムスッとしているが、いつにも増して影が掛かっている。


 ゼクード・フォルス……。

 この歳でこれほどの技量。

 彼はいったい、何者なのだろう?



 あれからローエとカティアは一言も喋らなかった。

 ゲートに戻る道中は、俺でも経験したことのない凄まじく息苦しい沈黙の旅だった。


 俺の前を歩く二人の背中はどこか暗く『声を掛けるなオーラ』さえ漂っていた。

 おかげで俺のことを隊長として認めてくれたのか、認めてくれないのか問い詰められなかった。


 せっかくこんなS級の美人といるのに会話もできないとは。

 無念である。

 仕方ないから俺はローエの金髪とカティアの赤髪ポニーテールを眺めるしかなかった。

 


 ゲートに着き、帰還したことを受付嬢に告げてから俺たちは解散した。

 結局ずっと黙りっぱなしだったローエとカティアは「お疲れ様でした」とだけ俺に言ってゲートから出ていってしまった。

 地味に敬語になっててビックリした。


 しかし俺はぽつんと残され、あっさりむなしく終わったドラゴン狩りデートの余韻に浸ってため息を吐く。


 仕方ない。

 帰るか。

 そう思った瞬間、目の前が真っ暗になった。


「いっ!?」

「だ~れだ?」


 そのトロんとした喋り方を俺が間違えるはずがなかった。

 ふにふにすべすべの優しいその手の持ち主は俺の学校の担任。


「フランベール先生ですね?」

「うん正解」


 嬉しそうに言いながら俺の目を解放してくれたフランベール先生。

 あぁ、もっと目を塞いでてくれても良かったのに。

 ふにふにすべすべの先生の手はとても気持ち良かったから。


「お疲れ様ゼクードくん」


「ありがとうございます先生。どうしてここへ?」


「グリータくんに聞いたのよ。あなたがローエさんとカティアさんに狩り勝負を挑まれてたって。だからここで待っていればすぐ会えると思ったの」


「なるほど」


「それでどうだった? あの二人に認めてもらえた?」


「それが、なんか──」


 俺は成り行きをザッと説明する。

 するとフランベール先生は苦笑した。


「あらあらそうだったの。きっと二人ともショックだったんでしょうね」


「え、ショック?」


「うん。なんとなく分かるわ。わたしもゼクードくんに負けちゃった時は年上として教師として恥ずかしかったしショックだったもの」


 え?

 俺いつ先生と勝負したっけ?


「でも大丈夫よ。あの二人はいまちょっと心の整理をしているだけだから。ちゃんとあなたのことを隊長として認めてくれるはずよ」


「それなら良いんですけど……というか俺が隊長じゃなくてフランベール先生が隊長ならこうはならなかったんじゃ」


 するとフランベール先生の顔が少し砂を噛むような表情になった。


「それはちょっとダメねぇ。他国の【ドラゴンキラー隊】と見比べると女子供で編成された部隊はここ【エルガンディ王国】のわたしたちくらいだもの」


「え? 他国の【ドラゴンキラー隊】はそんな男ばっかなんですか?」


「そうよ? 覚醒する魔法の関係で女騎士がそもそも少ないし、女性ってやっぱり先入観で弱く見られてるし、ただでさえ四人中三人も女性なのに隊長まで女性にしちゃったらどんな目で見られるか」


「なるほど」


『部隊の中で君だけが男だからだよ』

 先日の国王の言葉の裏にはそんな事情があったのか。

 実力さえあれば女性が隊長でもいいと思うんだがね。

 やれやれである。


 それにしても他国の【ドラゴンキラー隊】は野郎ばっかとは。

 なんだろう。

 俺【エルガンディ王国】に生まれて心底よかったと思う。

 本当にそう思う。


 ローエ・カティア・フランベールではなく、むさ苦しい年上の野郎の隊長など絶対に願い下げである。


「先生! 俺この国に生まれて本当に良かったと思います!」


「ん……うん? どうしたの急に?」


「いえ、なんか急にそう思ったんです!」


「ふふふ、変なの」


 フランベール先生が笑う。

 あぁ、尊い。


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