第198話 勘違い

 え、誰なんですかアレ!?

 あんな綺麗な人……なんで今まで気付かなかったんでしょうか?


 おかしい……ライバルになりそうな美人は、極力頭に入れてあるはずなのに。


 カーティスさんと、あのポニーテールの人、凄く楽しそうに笑い合って歩いてる!


 な、なんて幸せそうな……!


 いや、ホントに、誰なんですかあの女は!?


 オフィーリアは人混みを避けながら進み、カーティスの元へと近づいた。

 声が聞こえる距離までなんとか詰めると。


「──いよいよ妊娠の症状が出始めた。すまないなカーティス。しばらく迷惑を掛ける」


 ん?


 いまなんて?


 にんしん? 


 ニンジンの聞き違いでしょうか?


 いや間違いなく聞き違いですね。

 いきなりそんな、ねぇ?

 

「いえ、気にしないでください。おめでたい事なんですから」


 オ……


 オ……オ……


 オメデタイコトナンデスカラ?


「名前も考えておかないとな。何がいいと思う?」


「そうですね……男ならガレッド。女ならカレンティアなんてどうですか?」


 名前……男なら……女なら……

 か、完全に子供の話をしている。


 聞き違いじゃない……


「ほぅ……良いネーミングセンスだなカーティス。それでいこう」


「ありがとうございます。まぁ、無事に生まれてくれればそれで良しですが」


「そうだな」


 無事に生まれてくれれば……


 カシャン! とオフィーリアは、カーティスに渡すはずだったお弁当を落としてしまった。

 次いでボタボタと大粒の涙が地面に落ちた。


 周りにいた市民たちが驚き、オフィーリアの顔を覗き込む。


「ぉ、おい嬢ちゃん……大丈夫か?」

「あの、大丈夫ですか?」


 そんな気遣いの言葉は耳に入らず、オフィーリアは踵を返して走り出した。


 やっとわかった。

 カーティスさんがわたしを相手にしてくれない理由。


 最初から居たんだ。恋人が。

 いや恋人なんかじゃない。もう妊娠してる。奥さんだ。

 結婚してたんだ。

 

 なんで……言ってくれなかったのだろう?

 なんで。


 もっと早く言ってくれれば、わたしも──


 走り去るオフィーリアに、カーティスが気づくことはなかった。

 


 ……おかしいな。

 いつもならこの時間帯にが来るはずだが……


 カティアと商店街を回りながら、ふとカーティスは思い出した。

 

 朝陽が昇ったこの時間帯には、いつもオフィーリアが頼んでもないお弁当を渡しに来る……はずなのだが、今日はどうしたのだろうか?


 珍しい。


 オレが帰還したことをまだ知らないのかもしれない。

 ……いや、あいつに限ってそれはないか。

 あいつはオレの追跡者だから、そんな情報を逃したりしないはず。


 まさか……風邪でも引いたのか?

 

 だとしたら……


「カーティス?」


 母カティアに顔を覗き込まれ「ぁ……」とカーティスは我に返った。


「どうかしたのか?」


「いえ……ちょっと」


 もし風邪だったら……心配だな。

 

「母さん……あの」


「うん?」


 カーティスはカティアに言った。



 俺は妻二人と娘二人を連れたスーパーハーレム状態で【南の領地】にある広場へ来ていた。

 そこには掲示板が有り、人だかりが出来ている。


 何事だろう? と俺は耳を済ませた。


「おい見ろよ。明日トーナメントだってよ」


「伝説の黒騎士と戦えるチャンス? 優勝者にはSSS級騎士の称号が与えられるって」


「伝説の黒騎士って、あれか? 過去にディザスタードラゴンを倒したって言う」


「そうそう。雪のドラゴンを倒したことでも有名だぜ。ほら、カーティスのお父さんだよ」


「え? でもその人って、帰って来なかったんじゃ?」


「カーティスが黒い鎧着て戦うだけじゃねぇの?」


「参加すりゃあ嘘か本当か分かるさ」


「え? おまえ参加すんの?」


「当たり前だろ? 優勝者になったらSSS級騎士になれるんだぜ? あのカーティスと同格になれるんだ。名を上げるチャンスだぜ!」


「お前らじゃ無理だね。第二のゼクード・フォルスはおれだ!」


「いーやオレ様だね。オレ様もハーレムを目指すんだ!」


 おーおー血気盛んな若者たちだね。

 でもハーレムはオススメしないぞ?

 うちのローエ・カティア・フランベールが奇跡のような仲良しだから成り立ってる。レィナちゃんやリーネちゃんもだ。


 並の女性たちではかなりのストレスにしかならないと思う。


「なんかゼクードくんの話ばっかりだね」


 ふて腐れるフランベールに、隣のローエは「まったくですわ」と面白くなさそうに髪を手で揺らした。


「わたくしたちの話は残ってませんの?」


 言われてみると確かに。

 ローエ・カティア・フランベールの話はいっさい出てこない。

 さっきの若者たちの会話にも。


「そう言われるとそうねぇ……なんでかしら?」


 困ったようにレミーベールが言ってグロリアを見た。

 当のグロリアは肩を竦める


「さぁ? お父さんが凄すぎてお母さんたちの話は誰もしないものね」


「んもぅ……わたくしたちだって頑張ってましたのに」


 ローエが不服そうに言う。

 でも気持ちは分かる。

 まるで俺しか活躍してないみたいになってるから。


 俺と共に戦って、彼女たちも命を賭けたんだ。

 ここは一つ、娘たちに母たちの活躍を知ってもらっておこう。


「そうだよなぁ……ディザスタードラゴン倒したのだって、本当はお母さん達だし」


「え!?」

「それ初耳なんだけど!?」


 やはりレミーベールとグロリアは驚き、この話題に食いついてきた。俺はニヤリと続ける。


「だろうな。ディザスタードラゴンを倒したのはお母さんたち三人で、その取り巻きのS級ドラゴン500匹を狩り尽くしたのもお母さんたちなんだ」


「ええええ!?」

「じゃあお父さん何してたの!?」


「俺はディザスタードラゴンから出てきた人型ドラゴンと戦ってた」


「え……たった一匹に!?」


 グロリアが唖然とした。

 隣のレミーベールも。


「メチャクチャ強かったんだよそいつ。俺の左目を潰したのもそいつなんだ」


 俺は潰れた左目を指差す。

 するとフランベールが口を開いてきた。


「レミー、グロリア。お父さんの名誉のために言うけど、お父さんがその人型ドラゴンを抑えてくれなかったら、わたし達は全滅してたのよ」


「え、うそ!? そんなに!?」


 レミーベールが驚愕し、ローエは頷く。


「間違いありませんわ。だから討伐数だけで見ないでほしいの。お父さんはわたくし達を守ってくれたのですわ。だからあれほどの戦果を上げることが出来ましたのよ」


 ありゃ……なんかローエたちの評価を上げようかと思ってたのに。

 俺が持ち上げられてる。

 どんな時でも旦那を立ててくれる良い妻たちである。


 ──刹那。

 今朝見たオフィーリアが俺の視線に入った。


 あれ?

 あの子は……


 少し遠いが、確かに見えた。

 しかも泣いていた。

 泣きながら走り去って行く。


 何かあったのだろうか?

 

「お父さん? どこ見てんの?」


 グロリアに言われ、俺は遠くを見ていた視線を娘に戻した。


「いや、ちょっと。グリータに聞きたいことがあったんだ。俺ちょっと離脱するよ」


「えー」っとローエたち四人が心底不満そうな顔をする。


 ぉ、俺が抜けるのそんなに嫌なの!?

 嬉しいけど、ちょっと今回はオフィーリアちゃんが気になる。

 もしかしたらカーティスに冷たいこと言われたのかもしれない。


 もしそうなら、カーティスに一言いわねばならない。

 女の子を泣かすのはさすがにダメだ。

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