第199話 オフィーリア
昼になり母カティアと別れたカーティスは【南の領地】にあるオフィーリアの自宅を訪ねていた。
いつも押し掛けてくる彼女が、今日はまったく姿を見せないのだ。
彼女の執念深さを知っている身としてはさすがに無視できるものではなかった。
「オフィーリア? ……オフィーリア!」
彼女の素朴な一軒家。
その玄関をノックするも、彼女が出てくることはなかった。
というか、中に居る気配すらない。
居ない……風邪ではないのか?
ならどこへ行ったんだあいつは?
ノックを止めて一息吐くと、不意にググゥとお腹が鳴った。
空腹だ。
朝から何も食べずに出てきたから。
オフィーリアがどうせ持ってくるだろうと予測して食べなかったのに。
姉のグロリアとレミーベールと同じくらいオフィーリアも料理が下手で不味いが……少しずつ美味くなってきてて、最近はちょっとした楽しみにもなっていたのだが。
くそ……なにかあったんじゃないだろうな。
オフィーリア……
あいつが一人で行きそうな場所は……
※
オフィーリアは街中を横断する川のふもとに来ていた。
そこに掛けられた石橋の下に身を隠し、泣いていた。
いつもイジメられて傷ついた時はここに来て一人で泣いていた。
でもそれは昔の話。
今、ここに来るのは本当に久しぶりだった。
泣くことなんてなくなったから。
カーティスさんのおかげで。
でも……そのカーティスさんには……本当は奥さんがいて……
わたしは今まで……なんのために頑張ってきたんだろう……
カーティスさん……
「こんにちは」
「ひゃっ!?」
いきなり背後から声を掛けられ、オフィーリアは思わず身体をビクつかせた。
即座に振り向くと、そこにはあのパープルの瞳が!
「カ、カーティスさん!?」
しかしよく見ると、その方はカーティスではなかった。
黒い鎧を着た銀髪の男性だった。
同年代くらいの隻眼の騎士だ。
今……一瞬だけカーティスに見えたのに、別人だった。
でもこの人、見覚えがある。
「──……!? あれ? あなたは、今朝の……」
「あ、覚えててくれたんだ。俺はゼクード。よろしく」
ゼクード?
あれ?
どこかで聞いたことあるような……
カーティスさんのお父様も、たしかゼクードだったような……
いや、たまたまでしょう。
この人、お父様にしては若すぎますし。
「……泣いて走ってたの見ちゃってさ。どうしたんだい? カーティスに何か言われたのかい?」
オフィーリアは全身が熱くなる感覚を覚えた。
まさか見られてしまっていたとは。
恥ずかしい……
「ぃ、いえ……別に、なにも……」
「そっか」
「自分で勝手に……舞い上がってただけですから……」
自然とオフィーリアはそう口にしていた。
誰かに聞いてほしかったのかもしれない。
会って間もないこの人に、何を喋ろうとしてるんだろう……
「舞い上がってた? どういうことだい?」
「わたし……カーティスさんの事が好きでした。余所者でイジメられてたわたしを、何度も何度も助けてくれた方なんです」
「へぇ~、やっぱりあいつ優しいところあるじゃないか」
「はい! 優しくて、強くて、本当にカッコいい人なんです!」
なにやってるんだろわたし……
なんでこんなに口を滑らせて……
「カーティスさんのお嫁さんになりたくて、わたしSS級騎士にもなりました」
「ん? なんでSS級騎士?」
「カーティスさんに言われたんです。SS級騎士になれたら正式なお付き合いを考えてくれるって」
会って間もないこのゼクードという男に、自分でも驚くほど饒舌になっていた。
この人は不思議と不快感はない。
よく分からないけれど、カーティスさんと似たような雰囲気を感じてしまっている。
性格は全然違うのに。
何者なんだろう……この人は。
「一昨日やっとSS級騎士に昇格して……今日そのことを報告しようと思ったんです。でも……」
思い出して、また涙が溢れてきた。
「カーティスさんには……奥さんが居たんです」
「へ?」
「わたし……ずっと……遊ばれてたみたいで……」
「ちょ、ちょ、ちょっと待った! あいつに奥さんなんて居ないよ?」
慌ててゼクードがそう言ってきたが、オフィーリアはすぐに首を振った。
「わたし見たんです! 知らない女の人と一緒に歩いてて、もうすぐ生まれる子供の話をしてました……」
「子供……」
「凄く綺麗な人でした。あんなに美人ならカーティスさんが虜になるのも分かります。見たこともない笑顔で楽しそうに喋ってました。あのカーティスさんが……」
自分はカーティスさんの笑顔さえ見たことないのに。
あんなに嬉しそうに、楽しそうに……笑っていた……
自分に引き出せていない彼の一面を、知らない女に先を越されたという虚しさ。
その悔しさが涙となって溢れだす。
「その美人さんってもしかして、赤いポニーテールじゃなかった?」
──え?
「カーティスと同じ赤い髪に赤い鎧だったでしょ?」
「なぜ、それを?」
「その美人さんは俺の妻なんだ。カーティスの奥さんじゃないよ」
妻!?
え!?
この人、結婚してたんですか!?
「え!? だ、だって子供の話を……」
「それは俺とあいつの子供だよ。カーティスは関係ない。心配しなくてもカーティスは独身だよ」
独身……カーティスさんが……独身!
どくん!
冷めきっていた胸の奥が脈動し、熱が宿るのを感じた。
まだ希望はあると。
「ほ、ほ、ほ……本当ですか!? え、でも、じゃあなんで今日、カーティスさんはあの女の人と一緒に歩いてたんですか?」
「そうだなぁ……話せば長くなるんだけど」
「まさか、三角関係ですか!?」
だとしたら最悪だ。
希望どころじゃない!
「違う違う! そんなドロドロしてないって! とりあえず落ち着いて」
最悪の三角関係は否定され、オフィーリアは安堵した。
そしてふと思った。
このゼクードという男は、そもそもカーティスさんの何?
なんだか妙にカーティスさんを知ってるような口ぶりです。
「……あの、ゼクードさんは、カーティスさんの友人さん、なんですか?」
「いえ、お父さんです」
その一言はオフィーリアの熱を冷ました。
頭から冷水をぶっかけられた気分である。
「……あの、からかうのやめてください! カーティスさんの件も冗談なんですか!?」
「じょ、冗談じゃないよ。落ち着いてオフィーリアちゃん。もし本当に君がカーティスに嫁ぐつもりなら、これから言うこと全部信じてほしい」
「なんですか?」
「【フォルス隊】って知ってる?」
「知ってるもなにも伝説の部隊じゃないですか。カーティスさんたちの両親たちで編成されてる最強の部隊です」
「そうそう」
「でもその部隊は帰って来なかったって……」
「うん。でも帰って来たんだ。18年も時間を止められてね」
18年?
……ちょっと何言ってるか分かりませんねこの人。
どこまで信じればいいんでしょうか……
不安に駆られながらもオフィーリアはゼクードの話を最後まで聞いた。
雪のドラゴンとやらに──
「──氷漬けにされて18年も!?」
「うん」
ちょっと話が壮大すぎてついて行けません。
だいたい、氷漬けになった人間が解凍で再起できるものなんでしょうか?
「し、信じられませんよそんなの……。氷漬けにされて生きてるなんて……」
「まぁそうだよなぁ。俺自身もそう思うよ」
とぼけた様に言うゼクードだが、オフィーリアの怪訝な顔をものともせず続けた。
「けど本当なんだ。だから君が今日見た美人さんはカーティスのお母さんなんだ。だから見たことない笑顔で歩いてたんだろう」
あれがカーティスさんのお母様?
若すぎ……いや、先程の氷漬けの件と繋げるとあの若さは分かる。
それにあの滅多に笑わないカーティスさんがあんなに笑顔を溢してたのも、相手が18年越しに再会した母親なら分かる気がする。
わたしが今まで彼女の存在に気づかなかったのもこれで辻褄が合う。
様々な疑問がストンと胸に落ちてスッキリする。
このゼクード……ぁ、いえ、カーティスさんのお父様は本当の事を言っている気がしてきた。
「それとほら、俺の瞳を見て。カーティスと同じ色だろ?」
そう、これだ。このパープルの瞳。
カーティスさんと見間違えるほどにそっくり、というかまったく同じ輝きを放つ瞳。
カーティスさんとゼクードさんが血縁者で父と息子なら、納得いきます。こんなこと、あるんですね。
「……はい。一緒です。本当に……」
「信じてくれたかな? これが今の【フォルス家】の実態なんだ」
「良かった……」
「ん?」
「わたし……カーティスさんに遊ばれたのかと思って……」
本当の意味で安堵した途端、オフィーリアは大粒の涙を流した。
SS級騎士になった努力は無駄じゃなかったんだ。
カーティスさんはまだ独身なんだ。よかった。
本当によかった。
「オフィーリア! そこにいるのか!?」
石橋の上から突如響いたその声は例の!
「!? カーティスさん!」
オフィーリアが顔を上げると、カーティスは石橋を飛び降りて目前に着地した。
「ここにいたのかお前。心配させやがって」
え?
心……配?
カーティスさんが、わたしを?
「……え、父さん!? なぜここに?」
「おおカーティス。良いところに。実は──」
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