第143話 シエルグリス王国

『ランサ! ランサ! あぁ……そんな……』


『くそ! いつまで経っても帰って来ねぇと思ったら……!』


『ランサ……ごめんなさい……私のせいで……』


『母さんは悪くねぇ! ぜんぶ親父のせいだ! あいつが母さんを追い出したりしなければこんなことには!』


『ママ! ママ!』


『ラミナ!』


『お兄ちゃんが……マシャドがやられてた……』


『!』


『ぇ……そこにいるの……ランサお兄ちゃん? うそ……』


『ちくしょう! 人間め! 俺たちが何をしたってんだ!』


『……みんな……私のせいだわ……ごめんなさいマルテロ……ラミナ……』


『だから! 母さんは悪くねぇだろ! 俺に任せろ! 人間なんてみんな食い殺してやる!』


『やめてマルテロ! あなたまで行かないで!』


『母さん! 俺の強さは知ってるだろ? 親父相手ならともかく、人間なんかに負けやしねぇ!』


『ダメ……行かないで……』


『母さん!』


『お願い……マルテロ』


『……』



 ふわりと柔らかい雪が降る中で、俺たちはようやく【シエルグリス王国】の門へとたどり着いた。

 そこはやはり石の城壁によって守られた城塞都市になっている。


 ……約二年ぶりに城壁を見た。

 雪がこびりついた城壁は数メートルの高さを誇り【エルガンディ王国】のそれと同じだった。


 近くまで来ると、その重厚さと巨大さが目前と迫り、ある種の懐かしさを感じた。


「レイゼ様! お帰りなさいませ!」


 門を守る二人の女騎士たちが敬礼した。

「おう」とレイゼも敬礼を返す。

 果たして、女騎士二人の視線が俺を捉えた。


「男っ!」


 険しい顔になり、二人の女騎士たちが俺に槍を突きつけてきた。

 しかしすぐレイゼが片手で制止する。


「待てやめろ。こいつは例の女王のお気に入りだ。話は通ってんだろ?」


「は……失礼しました」

「門を開けろ!」


 片方の女騎士が指示を飛ばすと、重い音を立てて重厚な門が開かれていく。


「おら、行くぞ。オレから離れんなよ? 特にテメェだゼクード。変な行動しやがったらブッ殺すからな」


「わかってるって。俺は女性との約束は守る方だから」


「はん! どうだかな」


 悪態つきながらレイゼは前へ進んだ。

 俺はカティアたちを引き連れ、女騎士二人のキツイ視線を受けながら門をくぐる。


 城壁内は雪のせいで真っ白だった。

 周りの建物は木造ものばかりで、ここは【下級層】なのだろうと理解した。

 

 だがちょっとおかしい。

 どの家のドアや窓にも鉄格子がセットになっている。

 なんだ、これ?


「なんか……牢屋みたいな家がいっぱいあるんだけど?」


 俺はレイゼに問い掛けた。


「みたいじゃなくて牢屋なんだよ。奴隷共のな」


「な、なるほど……」


 元は普通の民間だったのだろう。

 後付け感が凄まじい鉄格子だ。

 街の男たちをみんな奴隷としてるなら、城の牢屋だけでは入りきらない。


 だからこんな即席の牢屋を用意したのかもしれない。

 所詮は木造。あまりイイ案とは思えないが、まぁ木造でも本気で破壊しようとすればかなりの労力がいる。


 仮にも破壊して脱出しても、見回りの女騎士たちがいるからすぐに捕まるだろう。

 悪くないかもしれない。



 そして俺はさらに王国の奥へ。

 途中、仕切りのような石の壁を抜けると家の質が一気に上がった。

 石造りの建物が急激に多くなったのだ。


【上級層】に入ったらしい。

【貴族街】だろうか? 

 エルガンディにも昔はあったな。


 白銀の街並みは美しく、雪と合わさった景色は絶景に値する。

 綺麗だ。

 

 街の美しさを目で楽しんでいると、至るところで男たちが働いている姿が見えた。

 そのどれもが、みな足枷を付けられている。

 誰もがヤツレタ顔をしており、眼は光を失って死んでいる様。

 服装はこの極寒の状況には不足しかない布の服だけ。


 こんな寒いのに、あんなみすぼらしい姿で……

 しかも倒れようものなら見張りの女騎士たちに殴られる。


 少し可哀想だと感じてしまったが……俺はレイゼの背を見た。


 父親を知らないという彼女の出生を鑑みれば、彼らに同情する余地はないと、割り切ることはできた。


「本当に足枷をつけてるんですわね」


「当たり前だろ。男ってのは身体だけは強ぇからな。ある程度は不自由にしとかねぇと危ねぇのさ」


「子供が見当たらんが?」っとカティア。


「チビ共は【教育層】にいる」


「【教育層】?」っとフランベール。


「チビ共はこの国の未来の希望だ。女の扱いをみっちり教えるのさ。隅から隅までな。言ってしまえば洗脳ってやつだ。これを徹底すりゃ国の未来も変わる。女王はそう考えてんだろ」


「男に人権が戻る時代が来るってことか?」


 俺が聞くと、レイゼは振り返らず「そーなんじゃねぇの?」とだけ答えた。


 どうやらこの国の女王は、一枚岩ではないらしい。



 白銀の街並みを抜けると、今度は白銀の城が俺の目に映った。

 これもまた目が覚めるほど美しい。

 女性にしか持ったことのない感情だが、これだけ綺麗な城だと興味がなくても惹かれる。


 城門をくぐり、青い絨毯が敷き詰められた廊下を歩く。

 数名の女騎士とすれ違い、その誰もがレイゼに敬礼し、男のゼクードを睨んできた。

 やれやれである。


 けれど、いろんな女騎士を見てきたが、やはりうちのローエ・カティア・フランベールに敵う美人はいなかった(胸も)。


 唯一、張り合えるとすればこのガサツな女騎士レイゼか、この前見たミオンとか、リベカぐらいのものだろう。

 これから会うロゼという女王も美人らしいが、はたしてどれほどのものか。


「御待ちしておりました」

「レイゼちゃんお帰りぃ~」


 おそらく【謁見の間】であろう部屋の前でリベカとミオンが待っていた。

 彼女たちの後ろには大きくて青くて、装飾豊かな扉がある。


「おう。女王は?」


「奥で待ってるよ~」


「なら行くぞ。くれぐれも失礼すんなよ。特にゼクード」


「さっきからちゃんと名前言えてるなぁ。覚えてくれたんだ?」


「テメェがうるせぇからな!」


 あ~そうですか。


 リベカとミオンが扉を開き、レイゼが先行して入室した。

 彼女に俺たちも続く。


 しかしこの【謁見の間】には、重い圧力にも似た空気が張り詰めていた。


 その空気の発生源は、玉座に腰を下ろす黒髪の女性。

 王族らしからぬ漆黒の鎧を身に纏い、玉座の脇にはロングブレードが立て掛けられている。


 確かに美しい妙齢の女性だ。

 整った顔は白く、瞳は闇のように深く黒い。


 その瞳は……なんかレイゼに似てるような?


「女王様。例の者たちを連れてまいり──」


「フォレッドきさまああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」


 バッキャん!


「なんぶっへぁあああっ!!?!」


 女王の鉄拳がゼクードの頬に炸裂し、ブッ飛んだ!

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