第142話 三児の親

 数時間にも及ぶ移動の末、俺たちは【竜軍の森】を抜けた。

 それは巨木群を抜けた先でもあり、見渡す限り一面の白。

 真っ白な絨毯が広がっている。


【竜軍の森】を越えたのは初めてだ。

 未知の大地を前にし、俺は妙な胸の高鳴りを覚えている。


 この奥に【シエルグリス王国】という五つ目の国があるのか。


【エルガンディ王国】【アークルム王国】【オルブレイブ王国】【リングレイス王国】しか知らなかった俺からすれば、世界の広がりを感じずにはいられない。


 ただ……レイゼたちの振る舞いや言動を見るに、男に対してロクな過去がない国であるのは確かだ。


【竜軍の森】で出会ったレイゼ・リベカ・ミオンと、他の女騎士たちみんなが父親を知らないのだから。


 そこからどんな過去を持った国なのかはだいたい連想できる。

 男は決して歓迎されないだろう。


 だがそんな国でありながら……なぜトップの女王様は俺にだけ会いたいのだろうか?


 そんな不安と疑問を胸に、俺は先頭をひたすら歩くレイゼの背を追った。


「お前、うちの女王と会ったことあんのか?」


 振り返らず、いきなりレイゼが聞いてきた。


「あるわけないだろ。国さえ知らなかったのに」


 俺は当然のようにそう返すが、ロゼという名前にどこか引っ掛かりを覚えてる。

 どこかで聞いたことがあるんだ。

 ここまで覚えてないってことは、本当の幼少期に聞いたのかもしれない。

 どう聞いても女性の名前だから辛うじて脳の隅に記憶として残ってたのかも。


「お前、歳は?」


 またレイゼが聞いてきた。


「17だけど?」


「なんだ年下かよ」


「下? アンタは何歳なんだ?」


「19だよ。見りゃわかんだろ」


「わかるか」


 19歳って言ったら、うちのローエとカティアと同い年じゃないか。

 まぁパッと見た感じ世代は近そうだとは思っていたが。


「ふん。……それにしてもうちのババァも、なんでこんな男に会いたがるんだか……」


 なんかレイゼが一人でぶつぶつ呟いている。

 ババァって露骨な悪口が聞こえたが、誰に対して言ってるんだ?


 セリフの内容的に女王様っぽいぞ。

 仮にも騎士が主君に向かってなんつー言葉を吐くんだ。

 親が泣くぞ?


「俺の事はなんて説明したんだ?」


「何もしてねーよ。なんちゃら・フォルスって教えたら途端に連れてこいって言われたんだ」


「ゼクード・フォルスだよ。覚えろよ」


「うるっせぇな。男の名前なんかいちいち覚えるか」


 小指で耳をほじくりながら、心底めんどくさそうにレイゼが言った。


 あ~もう!

 こいつホンットに可愛くない。

 胸もお尻も大きくてスタイル抜群なのに、この性格で全て台無しだよ。

 顔だって美人に値するレベルなのに、ぜんっぜんドキドキしない。


「だったら覚えるまで何度でも言ってやるよ。俺はゼクードだ。ゼクードゼクードゼクードゼクードゼクードゼクード」


「だぁあ! うるっせぇなクソガキ! おいカティア、さん! こいつあんたの奴隷だろう! 黙らせてくれよ!」


 いやなんで俺がカティアの奴隷になってんだ!?


「バカ者! 私の夫だ! 奴隷じゃない」


「え? だって結婚してるって言ってたじゃねぇか」


「結婚しているのは事実だが、なぜそれが奴隷の話になる?」


 ホントそれ。


「んん? あ~……もしかして【エルガンディ】じゃ違うのか? うちの【シエルグリス】じゃ【結婚】ってのは、女が男を奴隷として所持する契約のことを言うんだ」


「えぇ……」っと俺を含めたフォルス家全員が驚いた。

 レイゼは構わず続けてくる。


「数ある奴隷から優秀で好みの男を選ぶんだ。女の希望次第では複数の場合もあるぜ」


 逆ハーレムだ!


「選ばれた男の人は結婚しても奴隷扱いなの?」


 最後尾のフランベールが聞くと、レイゼは顔だけ僅かに振り返り答える。


「当然さ。結婚ってのは男の視点で言えば明確な主人を持つってことだからな。身分は変わらねぇよ」


 結婚しても奴隷扱いなんだな。

 最悪だ。

 シエルグリスに生まれなくてよかった。


「結局奴隷扱いならワザワザ結婚する意味ありますの?」


 俺と同じ疑問を持ったらしいローエが問う。


「あるさ。結婚した奴隷なら自宅に持ち帰って好きなように扱える。家事をさせるなりコキ使うなり好きにして良い。あと結婚すれば、そいつと子作りできる。結婚する一番の理由がそれだな」


 あ、そこはちゃんとするんだ。

 あまりにも男を敵視してるから、子供とかどうするんだろって思ってたんだけど……なるほどね。

 まぁさすがに子供生まないと国が滅ぶからな。


「どんなに頑張っても女だけじゃ子供はできねーからな。子供を生まねぇと国が滅ぶ。子作りは避けては通れねぇんだ」


「だからせめて女に男を選ばせて子作りさせる。その方が抵抗も少ないから?」


 答え合わせのようにフランベールが言った。

「御明察」っと素っ気なく返したレイゼは視線を前に戻した。

 しかしフランベールはさらに口を開いた。


「……レイゼさんは【結婚】してるの?」


「してねーよ。したいとも思わねぇ」


「そもそもできねーよお前なんかじゃ」


「んだとコラァッ! もっぺん言ってみろ片眼野郎!」


 振り返り胸ぐらを掴んできたレイゼに、俺は発音を変えずに応じる。


「そもそもできねーよお前なんかじゃ」


「綺麗に繰り返してんじゃねぇよ!」


「もっぺん言えって言ったのお前じゃん」


「ムカつくなテメェはホントにこの野郎! ババァの御呼びだしがなかったらブッ殺してるとこだぞ!」


「やれるもんならやってみろ。武器壊されてビビッてたくせに」


「ぐっ! このっ!」


 ゴンッ!


「ぁいた!」


 カティアに殴られた!

 なんで!?


「いちいち挑発するな馬鹿者。三児の親のやることか」


「う…………ごめん……」


 くぅ……その言い方は卑怯だよカティア。

 ……なんか後ろでローエとフランベールもカティアの発言に頷いてるし。


「レイゼ【シエルグリス】まであとどれくらいだ?」


 カティアが聞くと、レイゼはムスッとしながら答える。 


「ドラゴンと遭遇せず行けば七時間後には着く。だが太陽の位置的に夜までには着かない。悪いが途中でキャンプになるぜ」


「わかった。我々はこの地に疎い。キャンプの場所は任せる」


「あいよ」


 今後の予定を決めて、再び俺たちはレイゼを先頭に歩き出した。

 真っ白で広大な大地の奥には白銀の山が見える。

 晴れているから絶景だ。


「わたし達が【シエルグリス】に住んでたら、ゼクードくんはわたしたちの奴隷になってたんだね」


 急にフランベールがそんなことを言ってきた。


「ですわね。好きなように扱っていいとのことですし」


「面白そうだな。仮にもゼクードが奴隷だったとして、フランとローエは何をさせたい?」


 ちょっとカティア何聞いてんの!?

 やめてよ!


「ゼクードくんって顔がけっこう可愛いからメイド服とかドレスとか着せて女装させたいなぁ」


 こんな隻眼のどこが可愛いの!?

 隻眼女装メイドとか誰も得しないよ!


「わたくしもそれですわ」

「面白そうだな」


 嘘だろお前ら!


「いや! やらないから!」


 妻たちが揃って俺を見てくる。


「そ、そんな目したって俺は絶対にやらないからな! 女装なんて!」

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