第56話 今さら不安になるゼクード
「え? わたし達じゃなくてゼクードくんが呼ばれてるだけなの?」
それは街中を移動している最中の会話で、フランベール先生が驚いたときだった。
そして頷いて答えたのは俺でなく隣のカティアさん。
「そうなんです。ただうちの隊長は国王さまに怒られるのがどうしても嫌みたいで」
「そんな子供みたいに言わんでくださいよ」
口を尖らせる俺にカティアさんは「15才は子供だろう」と言い切る。
「ム? カティアさんだってまだ17才だから子供じゃないですか」
「お前よりは大人だ」
「あ~【竜突き】の件。どうしよっかな~」
「な! おいちょっと待て! 今さら無下にするのはダメだぞ!」
「冗談ですって〜」
「【竜(ドラゴン)突き】ってなんですの?」
やはり気になったらしいローエさんが聞いてきた。
「ああ、いまカティアさんに教えてる【竜斬り】の突き型ですね。今後はローエさんとフランベール先生にもこの【竜剣技】を指導していきますから覚悟してくださいね?」
少し脅しのつもりで言ったのだが。
「あら! それは嬉しいですわ!」
っとむしろ喜んできた。
考えてもみれば当然の反応か。
「わたくし達も隊長のように強くなれますのね!」
「そうです。強くなってもらいます。みんながS級ドラゴンに対抗できるようになれば、今後の狩りが絶対に楽になるはずです」
「そうだね。これさえ習得すればS級ドラゴン相手でもゼクードくん任せにならなくて済むんだ。がんばらなくっちゃ!」
「そうですわね! がんばりましょう先生!」
「うん!」
ローエさんとフランベール先生が本当に嬉しそうに笑い合う。
そうだ。
この二人は少し前に黒いS級ドラゴンに太刀打ちできず、悔しい思いをした二人だった。
強くなれることを喜び合うのはむしろ当然か。
みんなのヤル気も十分だし、部隊の強化は案外とすぐに上手くいきそうだ。
※
【エルガンディ王国】の城に着いた俺たちは【謁見の間】へ赴いた。
国王さまが玉座で待っていた。
俺たちは王の御前で跪く。
「おはようございます国王さま。【ドラゴンキラー隊】隊長ゼクード・フォルス。以下3名参りました」
「うむ」
国王さまが腰を上げ、俺の後ろで跪くカティア・ローエ・フランベールを一瞥して疑問気な顔をする。
「……なぜ部下まで連れてきたのかは知らんが。ゼクードよ。二体目のS級ドラゴンの討伐。誠にご苦労であった」
あ、やっぱり怒ってる様子はない。
やったぜ。
「身に余る御言葉です」
「うむ。だが、今回のような無断の出立は二度とするな」
やっぱり怒ってた。
仕方ないか。
「はい……申し訳ありません国王さま」
「今回は運が良かったと思え。もしお前の留守中にS級ドラゴンがここを襲撃していたらどうなっていたか」
フランベール先生は助かっても【エルガンディ王国】は壊滅して、大勢の人間が死んでいただろう。
考えただけでもゾッとする。
運が良かったと言う国王さまの御言葉は本当にそうなのだ。
「……本当に、申し訳ありません」
それしか言いようがなかった。
頭をしっかりと下げ、今後は自覚を持って慎重な行動を心掛けようと決意する。
「ローエ・マクシア。身内の事情があったのは聞いている。妹殿は無事なのか?」
「は、はい! 隊長とフランベールさんのおかげで一命を取り留め、今も回復しております」
「そうか。ならばいい」
すると国王さまがフゥと大きく一息ついてきた。
「ゼクード……お前も部下の事で頭がいっぱいだったのだろう。今後は気をつけよ」
「はっ!」
「…………本当は、お前がいなければ立ち行かない我々こそ反省せねばならんのだがな」
その国王さまの御言葉は、周囲の人間たちの息をグッと詰まらせた。
もちろん……俺の背後にいるカティアさんたちも。
「昔は英雄フォレッドに頼りきりだった。だから今回こそはそうならないよう努めたが、結局はあいつの血筋を……お前の強さを頼りにしてしまっている。本当にすまない」
「陛下。一国の王が頭を下げてはなりませんぞ」
「わかっている」
そんな大臣と国王さまのやりとりを聞きながら、俺は思った。
フォレッド──親父が頼りきりにされながらも【エルガンディ王国】のために最後まで戦った理由。
それは、親友である国王さまのためもあったのかもしれない。
たぶん、なんとなくそんな気がするのだ。
この国王さまのためなら、さすがの俺でも戦っていいと思えるほどだ。
「それでだなゼクード。お前は誰もが認める『国家功労者』だ。事が落ちつき次第、様々な報酬を用意する。身分・土地・資金と全てを約束しよう」
「そ、そんなにですか!?」
あ、これならフランベール先生やカティアさんやローエさんを嫁にしても大丈夫なんじゃ?
「当然だ。お前の父の恩賞もある。時が来れば与えてやってくれとのことだからな」
親父の恩賞?
そうなんだ……てっきりその恩賞って騎士学校の費用が俺だけ無料になってたからソレだと思ってた。
あと月一で国から生活費が支給されるのもソレだと思ってた。
あ、いや、あれは孤児手当てだったかな?
婆ちゃんが死んでから貰えるようになったし。
「ありがたき幸せ。陛下のお心遣いに感謝致します」
知ってる敬語をフル活用して失礼のないようにしっかり答えた。
「今すぐ用意してやれんのが心苦しいが。お前にやろうと考えていた土地もあの青いS級ドラゴンの攻撃で穴だらけになっているんだ。もう少し待ってくれ」
「そんなの後回しにしてください。国の復興が最優先ですよ国王さま」
またS級ドラゴンが来て、せっかく貰った土地がさらに穴だらけになっても嫌だし。
「そう言ってくれると助かる。下がってよいぞ」
「はっ!」
俺が立ち上がるとカティアさんたちも習って立ち上がってきた。
揃って踵を返し【謁見の間】を去ろうとする。
「あ、待てゼクード」
「はい?」
国王さまに呼び止められ、俺は振り返る。
「お前の持つ【竜斬り】なのだが、他の騎士たちにも伝授はできんか?」
「できないことはないと思いますけど、かなり時間を要しますよ」
「どれくらい掛かる?」
「早くて2年かと」
「そんなにもか?」
「はい。俺の部下であるカティア・ローエ・フランベールほどの技量と身体能力があるならまだ短縮できますが、A級クラスの騎士ではまずそこまで持っていくのが大変です。父の【竜剣技】は高い武器の技量と高い身体能力から引き出せる鋭い【気】によって成り立つ技なので」
「そうか……。騎士の養成。早くても2年。……それだけの期間、奴等が待っていてくれるなんてあるわけないか」
国王さまが横目で大臣を見やりながら呟くと、大臣は小さく頷いた。
暗くなる二人を前に、俺はさらに口を開く。
「ですから国王さま。これから俺は部下の三人にこの【気】を引き出す鍛練を開始するつもりです」
「ほう?」
「彼女たちが【気】を引き出せればS級ドラゴンの堅い鱗を貫通させることができるようになると思います」
「彼女たちならすぐに完成させられるということか?」
「はい。少なくともA級騎士よりは。カティアさんたちはもとから身体能力が高いので【気】を引き出すのもそれほど困難ではないはずです」
「うむ。ならば頼む。S級ドラゴンに対抗できる戦力は一人でも多い方がいい」
「おっしゃる通りです」
「……カティア・ルージ。ローエ・マクシア。フランベール・フラム」
「はっ!」と名を呼ばれた三人が姿勢を正す。
「国のためにも、ゼクードの負担を減らすためにも、どうか頑張ってくれ」
「はい!」
女騎士の三人は鋭くやる気に満ちた返事をした。
それで国王さまは安堵したような顔になる。
「呼び止めてすまなかった。さぁ、下がってよいぞ」
「失礼致します」
俺はそう言って【謁見の間】を今度こそ去った。
先にカティアたちが退室し、俺はその後に出る。
しかし去り際にこんな会話が聴こえた。
「今後の騎士たちの養成には【気】を引き出す前提の鍛練を積ませる必要がありますね陛下」
「とっくに手配している」
「え!?」
「しかしクロイツァーもセルディスもお手上げらしい。そう簡単に【気】は引き出せんのだ。この国で【気】を引き出せているのは現時点でもゼクード・クロイツァー・セルディスの三人だけだ」
「どれも精鋭中の精鋭ですな」
「そうだ。つまりはそういうことなんだ。【気】を引き出せる騎士というのは本当に限られている……」
「……先ほどの三人にできますかね? みな女ですが……」
「やってもらわねば困る。女でもそのへんの男より何倍も強いのは確かだ」
……国王さまと臣下の会話は、幸いにも先に退室したカティアたちの耳には届いてなかった。
女性が弱いという風潮は今に始まったことじゃない。
むしろ事実であることは俺でも理解している。
カティアさんたちが特殊なのだ。
こんなに強い女性は、他では見たことがない。
そして俺は今になって不安になってきた。
カティア・ローエ・フランベール三人の強化が国王さま直々の急務になったわけだ。
どうしよう……カティアさんとフランベール先生が、もし妊娠してたら……
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