第251話 ゼクード講座

「俺、女の子にモテたかったんだ」


 ネオの目が点になった。


「……は?」


 あまりに想像外の言葉にネオは唖然とする。

 ロジェールとエルジーも目を丸くして驚いていた。

 夜明けが近づき明るくなってくる空に反して、ネオは気分が一気に沈むのを感じた。


 そんな彼の心情は露知らず、ゼクードは自信満々に答える。


「俺の騎士道は金・筋肉・女だからな。基本」


「き、騎士道……?」


 騎士道なんて久しぶりに聞いたな……

 だが……冗談だろこいつ?

 ふざけてるのか?

 そんな騎士道があるのか? いやあっていいのか?


「あーでも、今は家族・恩返し・女かな?」


 最後の女だけ変わってない!


「ふざけないでください! 僕は真面目に聞いてるんです!」


「ふざけてないって。俺むかしは本当に女性にモテたくてモテたくてそれしか考えてなかったよ」


「まだ言うんですか!」


「だって本当なんだもん。女性にモテる妄想しながら剣の腕を磨いてたよ。やりたいことがハッキリしてたから、まぁ~捗る捗る」


 …………嘘だろ。

 僕はこんなヤツに負けたのか。

 女の事しか考えていないこんな色ボケ騎士に。


「ネオもせめて女性には優しくなった方がいいぞ?」


「そーだそーだ! ゼクード様の言うとおりですわ!」


「私もそう思います」


 ここぞとばかりにロジェールとエルジーが便乗してくる。

 それをギロッと睨んで黙らせると、ゼクードが大きく溜め息を吐いた。


「ほらそうやってすぐ怒る。女性には優しく! これ基本な? 騎士なら女性には優しくしないと」


「女性女性って、あなたはもう三人も妻がいるじゃないですか。もうモテる必要ないのでは?」


「関係ないよ」


「関係ない?」


 ゼクードは頷く。


「……これは受け売りなんだけど、騎士ってのは本来、後ろに女性がから戦えるんだ」


 居てくれる?

 居てくれるって、なんだ?

 後ろに居るから邪魔なんじゃないか。

 何を言ってるんだこの人は。

 本当にわからん。


「まぁ100歩譲って男性でもいいけど、とりあえず。後ろに誰もいないのに戦うなんて虚しいじゃん?」


「自由でいいと思いますが?」


「本当にそう思うか?」


 ゼクードにまっすぐ見つめられ、ネオはその迫力に押し黙る。


「人間ってさ。結局は誰かの役に立つことで幸せを感じるように出来てるんだと思う。ネオにだって少しくらいそんな経験あるだろ? 誰かの役に立てて嬉しいって感じたこと」


 その言葉に、ネオがフと思い浮かべたのはやはり母ミオンの笑顔だった。

 幼き日に見たあの笑顔。

 あの時の高揚感は、今でも忘れない。


 あの笑顔をたくさん見たくて、子供ならではの凄まじい集中力を発揮し、剣の腕を一気に上げた気がする。


「まぁ……ありますが……」


「だろ? だから俺は女性が好きだから、女性の役に立ちたくて剣の腕を磨いたんだ。だからここまで強くなれたと思ってる」


 なるほど……そういうことか。

 たしかに筋は通っている……気はする。

 自分もあの母の笑顔がなかったら、ここまで強くなろうとは思わなかったかもしれない。

 自分の才能に気付かなかったかもしれない。


 僕とこの男ゼクードの差はここなのか。

 誰の役に立ちたいのかハッキリしている。

 またその事を恥ずかしいことだとすら思っていない。


 思えば過去の自分とゼクードに大した差はないことに気づいた。

 役に立ちたい相手が母親か女性かの違いしかない。


 対して今の僕はどうだ?

 今の僕は……なんのために戦っているんだ?

 母とはケンカ別れし、もうあの笑顔は見られないのに。


 天才……そうだ。


 僕は自分の天才性を周囲に認めさせるために戦っている。

 誰のためでもない。僕自身のためだ。

 これはダメなのか?


「さっすがゼクード様ですわ。言うことが違います。私と結婚しませんか?」


「ロジェール王女様。嬉しいですけど、俺たち親戚ですからね?」


「へ?」


 キョトンとするロジェールを横に、ネオは口を開く。


「誰のためでもない。自身のために戦うのは、ダメなんですか?」


「ダメじゃないよ。それがお前にとって正解ならそれでいいんだ」


 意外だった。

 否定されるとばかり思っていたが、思わぬ肯定だった。


「ネオの場合は他人を見下しすぎだから、そこだけ改善すれば完璧だと思うぞ?」


 ゼクードの指摘に横に並ぶロジェールとエルジーが深く頷きまくる。


 こいつら鬱陶し──……いや、これがダメなのか?


 ロジェールとエルジーに苛立ちを覚えた自分をなんとか抑制し、ネオはゼクードに問う。


「見下すのをやめたら、僕はもっと強くなれますか?」


 なれないと思いつつネオはゼクードに聞いていた。

 感情が剣の技量に大きく影響を与えるとは、とても思えないからだ。


「なれる」


 また意外だった。

 ゼクードの即答だ。

 

「だいたい他人に優しくなれると、他人も自分に優しくしてくれるし、結局は自分もその人たちが好きになっていくんだよ。だからその人たちのために頑張ろうってなって、結果強くなるんだ」


 ……理屈は理解できるが、僕が他人を好きになるだろうか?

 そこだけ疑問だ。凡人なんて見ているだけでイライラしてくるのに。

 

「…………御指導、ありがとうございます」


 まだ心のモヤは晴れてないが、やるべきとこは見つかったのでネオはゼクードに一礼した。

「いいってことよ」っとゼクードは笑う。


 その光景を見ていたロジェールとエルジーが驚愕した。


「あ、あのネオがお礼言ったよ!? 明日は雪でも降るんじゃ!?」


「槍の可能性があります。王女様」


 こいつら……

 いや、抑えろ。

 こんなことでイライラするな。僕。


「ところで王女様。日が昇ってきましたけど、そろそろ帰らなくて大丈夫ですか?」


 ゼクードに言われたロジェールは「あ!」と声を上げ慌て始める。


「大変! まだお父様のお墓に手を合わせていませんわ! みんなこっちです!」


 駆け出すロジェールに追従するエルジー。

 しかしゼクードは先程のロジェールの発言に驚いていた。


「王女様のお父様って!? それって姉さんの夫のことか!? お亡くなりになってたのか!?」


 どうやらゼクードは初耳らしい。

 ネオは小さく頷いた。


「ええ。過去にS級ドラゴンと遭遇してしまったらしくて」


「そんな……姉さん……」


「……手だけでも合わせていきますか?」


「そうだな……」

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